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第233章『写真』

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第233章『写真』

 自分が何をしたのか実感しつつある浜口、重さに耐えかねて泣き出す彼を何も言わず見詰めていたウォーレンがここで漸く口を開いた。
「浜口曹長、君に話しかけて来たのは……この男、じゃないか?」
 そう言いながらウォーレンが戦闘服の内ポケットから財布を取り出し、その中から一枚の紙を取り出して浜口の前に置く。
「何だ?……写真?」
 置かれたのは一枚の写真、大和のものではない戦闘服に身を包んだ十人程の集合写真で、明るく笑うカタギリやキムやジュリアーニ、笑顔は無くとも何処と無く柔らかな面持ちのウォーレンとマクギャレットの姿をその中に見つけられて、その中央には一人の男に抱き締められて全開の笑顔を向ける、今よりも僅かに若いタカコがいた。
「浜口曹長、よく見てくれ。この、マスターを抱き締めてる男、彼が……彼が君に対してそんな事を吹き込んだんじゃないのか?」
 妙に言い淀むウォーレン、それを妙に思いつつも高根は浜口の方を見て彼が答えを口にするのを待つ。未だ机に伏したまま泣き続ける浜口、身体を起こす気力も無いのか長い事そのままで、
「浜口、見てくれ、恐らくとても大事な事だ」
 と、痺れを切らした高根がそう口にした事で漸く緩慢ながらも身体を起こし写真を覗き込む。
「……これだ、この、マスターを抱き締めてる男だ」
「…………」
 写真も印刷からそれなりの時間が経過しているのか画像は多少掠れており、浜口はウォーレンが指し示した男にじっと見入り、そして、ゆっくりと口を開いた。
「……はい、この男です……服装は喪服でしたけど、間違い有りません」
 彼のその言葉に膨れ上がる二人の怒りと殺気、一体どうしたのか、高根がそう問い掛ければ、二人は
「……マスターを陥れた張本人が、浜口曹長を唆してボスを殺させようとしたんです……全ての曝露も……この、男の……彼の仕業です……!」
 と、怒りに塗れた言葉を絞り出す様にして吐きだした。
「え……じゃあ、俺、俺は……自分の子供を殺した張本人に言われて……タカコを、ころ、殺し――」
 そこ迄言ったところで今度こそ耐え切れなくなったのか再び机に伏して声を放って泣き出す浜口、高根はそれを苦々し気に見ながらゆっくりと口を開いた。
「……教えてくれ……写真を見る限りタカコと親しい間柄の様だが、一体そいつは何者なんだ」
 高根にしてみれば当然の問い掛け、海兵隊最高司令官として、それ以前に大和人として自分達の領域で何が起きていて何故多くの犠牲を出さねばならなかったのか、知る権利が彼には有る。相手の素性と事情を多少でも知っているのであれば話して、そして協力して欲しいと思うのは彼にしてみれば当然の事で、直後、二人の口から出た言葉に珍しく激昂する事となる。
「……出来ません、我々には話す権限も、その気も有りません」
「話す気が無いってどういう事だ!お前等が関わってるこいつが大和に禍を齎した張本人だって、今自分で言ったんだぞ!」
 苦々しいという表現がぴったりのカタギリとウォーレン、その彼等に高根が思わず荒い言葉をぶつければ、返されたのは膨れ上がった怒りと殺気。視線だけで人を殺しかねない程の彼等の様子に高根が思わず怯めば、こちらもまた高根の勢いを受けてか荒い口調で言葉を吐き出した。
「勘違いしないで頂きたい、我々は大和人でもなければ貴方の部下でもないんです。我々の上官たるあの人の命令で協力しているに過ぎない、それを忘れないで下さい!」
「軍事機密とかそういう事か!?だったらそんなもんクソ食らえだ!ワシントンの軍事機密なんざ大和人の俺が知った事か!!いいか!?手前ぇ等ワシントン人の思惑が俺の国に持ち込まれてこうなったんだぞ!?それを話せねぇとはどういう事だ!」
「赤の他人に我々が分も弁えずにほいほい話せる事じゃない、そう言ってるんです!」
 途中で我に返ったのか口を閉じたウォーレンと違いカタギリの方は収まりがつかないのか、肩を掴んで制止しようとするウォーレンを振り解く勢いで口角泡を飛ばし、高根がそれに更に煽られて怒鳴りつける。その声音は部屋の外にも漏れ出し、様子を見た方が良いのではと外に控えていた警務隊が顔を見合わせた、その時だった。
「あ、コマン……総司令に呼ばれて来たんだけど、入っても良い?」
 やって来たのは掴み所の無い笑みを湛えたジュリアーニ、今は中がちょっと揉めているから待ってくれ、警務隊がそう言って制止しようとするのを
「――退け、殺すよ?」
 と、笑みの消えた面持ちでそう言って下がらせ、道を開けた彼等に再び笑みを浮かべ礼を言って扉を開けて室内へと入って行く。そこにいたのは今にも手が出そうになっている高根と同僚であるカタギリ、そんな彼を弱いながらも制止しようとしているウォーレンの姿そして、机に伏して泣いている浜口の姿。
 融通の利かない二人だけで高根と話をさせたのは失敗だったのではなかろうか、これで関係が決裂してタカコから遠ざけられる様な事が有ったらどうするもりだ、そんな事を考えつつカタギリへと歩み寄り、高根に対して敵意剥き出しの眼差しを向けている彼の頸に遠慮無く手刀を叩き込む。途端にがっくりと崩れ落ちるカタギリ、ジュリアーニはそれを見て吐き捨てる様にして口を開いた。
「なーにやってんのさ?どんな話になってたのかはだいたい想像つくけど、お前が下手打って俺のボスに何か有ったらマジで殺すよ?」
 意識は失っていないものの身体に力が入らないのか崩れ落ちたままのカタギリ、それを冷めた目で見下ろしつつ彼の脇腹へと一つ蹴りを入れ、ジュリアーニは高根へと向き直る。
「すみませんね、コマンダント・タカネ。言ってる事は分かります、ただ、この件に関してはボスの個人的な事情が複雑に絡んでて、自分達が分も弁えずに話せる事ではいなんです。ボスの意識が回復してからボス自身の判断で話すというのなら自分達が言う事は何も有りません、先ずはボスの回復を待ってくれませんか?勿論、その間もボスの命令は維持されていますから我々は協力を惜しんだりはしません」
「……この件について話す事以外は、か」
「そういう事です。もしこの件について話せと強要するのであれば、残念ですがそこで決裂ですね、拘束でも何でもお好きにどうぞ。ボスの容態が安定したら離脱させてもらいますよ。貴方方があの人に危害を加える事は無いでしょうし、連れて行くわけにもいきませんからボスは置いて行きます。離脱する時に少々暴れる事になるでしょうから海兵隊は多少の損害を出す事になるでしょうが……それこそ俺達の知った事では無いですよね?」
 笑みを浮かべて軽い口調でそう言って退ける男を前に、高根はどうも口を割らせる事は出来ないらしい、そう判断する。拘束して尋問したところでそういった技術は彼等の方が上である事は思い知った、自分達に口を割らせる事は出来ないだろう。海兵隊がその立場と思惑からタカコに対して危害を加える事は出来ないという事も見越しての発言、そこ迄算盤を弾いているのであれば、こちら側が一旦は引き下がるしか無い。
「分かった、あいつが回復して目を覚ますのを待つ事にする……その代わり」
「はい、我々の協力体制は今迄通りに。ボス不在の今、一時的にではありますが貴方の直接の指揮下に入ります」
 思惑も正義も立ち位置も、何もかもが違う二つの陣営の奇妙な同盟、タカコが不在の今その薫陶を受けているであろう彼等と協力する他は無いか、と、小さく溜息を吐いた。
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