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第497章『呼びたい』

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第497章『呼びたい』

 先に風呂を遣った後はヤスコとトルゴを玄関に入れ、足を拭いた後は室内に上げて居間へと入り、床で寝そべる二頭を見ながら髪を拭く。そんな中呼び鈴の音に玄関へと出てみれば、当座の着替えやヤスコとトルゴの引き紐や首輪や餌や食器を持ったキムとカタギリが立っており、
「どうせ数日は放してもらえないでしょうから、ごゆっくり」
「仕事の方は先ずは事務所を整えないとどうにもなりませんから、ボス不在の間はそれを片付けておきます」
 呆れた様に笑ってそう言い、基地の方へと戻って行った。置いて行った着替えや餌は少なく見積もっても十日分程は有り、再会したばかりであの敦賀とは言えど、流石に十日も仕事を放棄して家に籠るわけでもなかろうにと笑えば、風呂から出て来た敦賀が下着一枚の格好で頭を拭きながら居間へと入って来る。
「誰か来てたみたいだが、その荷物、お前のところのか」
「ああ、ヴィンスとケインが持って来た。引き紐も有るから、明日の散歩にも行けるな。下着も持って来てくれてるから、もう着替え――」
「…………」
「……ないです、今日はこれで良いです……」
「分かりゃ良いんだ、分かりゃ。つーかお前、部下に、しかも男に自分の下着用意させるのってどうなんだそれは」
「生活力皆無なので、基本的に身の回りの事は部下が持ち回りで面倒見てくれてます……自分でしてるのは仕事と犬の世話と便所でケツ拭く位です……」
「……改善した方が良いんじゃねぇのか、それは」
「えへへ」
「えへへじゃねぇよ……もう寝るぞ」
 本来は面倒臭がりで、しなくて済むのであれば何もしたくないという気質のタカコ、自分の事は一番後回しとはよく言われるが実際はしたくないから後回しにしているだけの事。その惨状に呆れ果てた周囲がしょうがなく世話を焼いてくれている状況を咎められ、笑って誤魔化そうとすれば呆れた様に溜息を吐かれ、もう上に上がるぞと言われながら腕を引かれ、それに逆らう事も無く立ち上がり階段を昇る。
「あ、そっちは――」
 以前高根が寝室に使っていた部屋の扉を無意識に開ければ、暗い室内に寝台は無く、扉を挟んで両側には以前と同じ様に壁全体を覆う程の大きな書架が設置されており、但し、真新しい家具の匂いに、高根が残して行ったのではなく敦賀が同じ様な物を設置したのだという事が窺えた。書架には数十冊の書籍が既に収められており、その背表紙の文字に思わず口を開く。
「ワシントン語、勉強してるのか」
「ああ……合同教導団の団員として選抜されてるからな。これから先、覚えておいて損は無いどころか、覚えなきゃ仕事に支障も出るだろうからな。沿岸警備隊の金子准将とその部下の人達が講師になって、毎日二時間はその講習だ。部屋の中が見たいのなら明日にしとけ、もう寝るぞ」
 ワシントン側も大和語の習得の為の課程を組み、後々の講師には自分達Pの人間が組み込まれる事になってはいるが、確か現在は遭難事故からの生還者である金子とその部下達が当たっていると聞いている。ワシントン人にも大和人にも外国語を教えるとは相当忙しいだろうなと思いつつ、タカコは扉を閉めて敦賀の後に続いてもう一つの部屋へと向かった。
 そちらの扉を開け壁に設置されたスイッチへと手を伸ばし部屋の照明を点けてみれば、目の前には大きな箪笥が二棹、窓際には二人用の大きな寝台が置かれ、枕も二つ。先程風呂を遣った時には洗面台には歯ブラシは敦賀の物しか置いていなかったから、まさかここで二人暮らし仕様を目にするとは思わず、タカコは動きを失ってしまう。そんな彼女を見て目を細め、
「お前と二人で暮らす家だ、お前の箪笥も二人で寝る寝台も、有って当然だろうが。そんな事で何驚いてんだ」
 そう言いながらタカコの背後へと回り彼女を抱き締め、項にそっと口付け緩く吸い上げる。その感触にか大きく震える身体、竦められる肩、小さく漏れた艶の有る声音。その全てに煽られて長い間色々な感情を堰き止め続けていた堤は呆気無く決壊し、敦賀はそのままタカコの身体を持ち上げて室内へと入り、寝台へと彼女諸共一気に沈み込んだ。
 俯せになっていたタカコを仰向けにさせ、噛み付く様に口付けた後はまるで口腔から彼女の体内に入り込もうとでもするかの様に舌で割って入り、中を深く激しく侵す。苦しいのか最初は押し戻す素振りをしていたタカコの腕も舌もいつしか敦賀の身体へとしがみ付き舌に絡められ、もっと、と求められる様に強く抱き寄せられた。その全てが敦賀を煽りに煽り、何とか踏み止まって上半身を離そうとしてみれば、タカコはそれを嫌がる様に抱き付く腕に力を込め、潤んだ眼差しで見上げてくる。
「……手加減とか、無理だぞ?」
「……しなくて、良い……思い切り、抱いて……欲しい」
 交わした言葉はそれだけ、どれだけ負担を掛けるかも分からず、敦賀は胸の内でそっと彼女に詫びながら、それでも許しは得たとばかりに動きを再開する。唇だけでは飽き足らず頬に額に瞼に、そして耳朶に首筋にと場所を移しながら、
「タカコ……タカコ……!」
 と、今迄に積もり積もった想いや感情をぶつける様に、苦しげに、声を絞り出す様にして彼女の名を囁き、呼び続けた。それに反応する様に強張り熱くなる身体、艶を増す喘ぎ、それに更に気持ちを昂ぶらせながら愛撫し名前を呼び続ければ、喘ぎに混じって、何処か躊躇いがちにタカコが何かを言おうとする様子が伝わって来て、一体どうしたのかと敦賀は顔を上げ彼女の顔を覗き込む。
「どうした……?嫌、か?」
 その問い掛けに返されたのはふるふると頭を振る無言の否定、それでも表情は何故か苦しそうで、敦賀は額へと一つ口付け、もう一度
「どうした?」
 と、努めて優しい声音で問い掛ける。
「名前……私、ずっと、呼んでない」
 その言葉に、そう言えば、と思い出す。再会してから今迄、タカコは一度も自分を『敦賀』と呼んでいない。その事に違和感を感じなかったわけではないが、何故その事を、そこ迄考えて、理由が自分が今していた事に有るのだと思い至る。タカコの名を呼び続けていた自分に対し、恐らくは彼女も同じ事を返そうと、そう思ってくれたのだろう。しかし、別れる前も一度も自分を『貴之』と呼んだ事は無い。その理由について彼女は話してくれたし、経緯を知れば『タカユキ』という音そのものに大きな意味が有る事は分かっていたから、敦賀自身、無理強いしようと思った事は一度も無かった。現在もその考えは変わっていないし、これから先ゆっくり慣れて行けば、いつか呼んでくれれば良いと目を細めて頬へと口付けてから、
「無理しないで良い、お前の気持ちの整理がつく迄、待ってるから」
 額をこつんと突き合わせ顔を覗き込んでそう言えば、泣き出しそうに顔を歪めたタカコが
「私も……呼びたいんだ……でも、ずっと苗字で呼んでたし、どうすれば良いのか、分からなくて」
 と、消え入りそうな声で囁く。
 その必死な様子にそれが本心である事は手に取る様に伝わり、敦賀はまた目を細め
「……分かってるから、お前の気持ちは。とにかく、今はこっちに集中しろ」
 耳朶に緩く歯を立てながらそう言って、下着の中へするりと手を差し入れ、その奥に在る熱く潤み始めた場所へとそっと指を這わせゆっくりと撫で上げた。途端に上がる喘ぎ強張る身体、再び自分へとしがみついて来た腕の感触を感じながら、先の事は明日以降に考えれば良いと敦賀は自分へと言い聞かせ、行為へと入り込んで行った。
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