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第478章『強心臓』

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第478章『強心臓』

「認めなくても構いません、立場上出来ない事も理解します……ただ、少し考えてみて下さい。今は我々三人を含む極少数しか知らない、我々が所有するこの膨大な情報を、我が国の政府が……そして、国民が知ったとしたら……貴国が我が国で展開しようとしている政策や戦略は……どうなるんでしょうね?」

 その言葉に室内の空気が張り詰めそして凍り付く。しかし、その後に黒川の顔に浮かんだのは言葉とは裏腹な穏やかな笑顔、先程迄の強い眼差しとの落差にテイラーとグレアムは一瞬一息吐きかけるが、黒川の方はそれを許さず、笑顔はそのままに流れる様に言葉を吐き出した。
「どうでしょう、この情報を我々の中で留めておく、それを確約する代わりに、シミズ大佐を計画に参加させてもらえませんか。それを実現して頂けるのであれば、政府には一切あなた方の目論見は伝えません。我々は何も見なかった、聞かなかった、知らなかった事にしましょう。統合参謀本部直轄とは言えど、小さな部隊を一つこの国に寄越すだけです。別に彼女を大和に寄越せと言っているわけじゃありません、あくまでもワシントンからの助言役として教導団計画へと招聘する、そうするだけであなた方の大和での生活は格段に快適なものになる……悪い話ではないでしょう?」
 穏やかな口調、同じ様に穏やかな笑み。それでもその言葉が持つ力は強く有無を言わせぬ気迫に満ち満ちており、それを暫くの間無言のまま見詰めていたテイラーは、金子に対し
『リア・アドミラルカネコ、この会話は通訳しないでくれないか』
 そう言い、隣に座るグレアムへと向き直り、何とも言えない面持ちで半分程は白髪になっている強い癖毛の頭をがしがしと掻く。
『ここ迄とは予想外だ……どうする?』
『何ともな……しかし、話の筋は通ってる、データを公開されれば、本国はとかもかくとしても我々派遣艦隊はこの国に駐留し続ける事は不可能になるぞ』
『我々だけで判断出来る事じゃないが、それでもProvidenceを計画へと参加させれば他の全てを不問にしても良いというのが本当なら、安いものなんじゃないか?存在自体が機密だった事は確かだが、あの部隊一つだけなら、他の全てに勝るという事は無いだろう』
『そうだな……国防長官は?』
『今はまだキョートだ、視察も有るから追々このハカタにも来ると思うが』
 通訳するなとは言ったものの金子は大和軍の人間、話が漏れてはならないと顔を寄せ合い小声で言葉を交わし合う。
 タカコと彼女が指揮する部隊が少数最精鋭を誇る強力な部隊であり、同時にその性質から今迄は一部の高級士官しか存在を知らなかった程の秘匿部隊である事は確かだが、それでも、テイラーの言葉の通り、他の全てを犠牲にしてでも守るべき機密ではない。ワシントン陣営にしてみれば、侵攻艦隊の存在とそれが博多沖へ出現した顛末そのものが凄まじい醜聞であり、そちらを隠蔽する事の方が重要性が高い事は明らかだった。黒川もその程度の事は見通し、その上で最後の駄目押しとばかりに今回の話を持ち掛けて来たのだろう、天秤にかければどちらが上がるのか、彼も分かっているのだ。
 Providenceを計画に投入しさえすれば、大和側は矛先を収めると言っている、これだけ強気で脅迫じみた事を言って来ているのだ、大和側が自らのその提案を反故にする事は無いだろう。そうなのであれば――、二人は夫々の脳内で凄まじい速度で計算式を描き、それが十分程経った頃合いだろうか、漸く最終的な結論を弾き出した。
『カネコ、通訳を。分かりました、その提案、受け入れる方向で話を進めます。しかし、流石に我々だけで承認する事は出来ません、Providenceは上位の部署である統合参謀本部直轄の部隊です。それに、全権大使の任とそれに伴う権限は既に国防長官に移っています、我々から長官へと話を持って行き、数日中には最終的な回答が出来るかと……それで構いませんか』
「結構です。シミズ大佐の派遣さえ承認し実行してくれれば、我々はそれ以外には何も望みません、強いて言うのであれば、友好的な同盟関係の継続、その程度です」
『分かりました、直ぐに長官に話を』
「有り難う御座います、分かって頂けて、我々も嬉しいです」
 話の方向性が決まれば後は動くだけとばかりにテイラーとグレアムが立ち上がり、それに続いて立ち上がった黒川と高根、そして副長と二人は握手を交わす。そうして自分達の司令部へと戻ろうと踵を返し歩き出した二人に、黒川が更にもう一つ、そして最も重い言葉を向けたのはそんな時だった。

「この約束を破棄し、断交と同盟の破棄を選択すれば、あなた方は大和二千五百万を敵に回す事になる、それをお忘れ無く。そして、あなた方が我々に銃口を向ける時、あなた方はこの地へと押し寄せる無数の活骸に無防備な背を向ける事になります……後顧の憂い無く、お互いに協力して対馬区戦線を大陸側へと押し遣りたいものですね」

 その言葉に返事は無く、金子の通訳を聞きながら、ワシントンの高級士官二人は執務室を出て行った。
 後に残ったのは部屋の主である高根と副長、そして黒川。高根と副長の二人が滲んだ汗を拭いながらソファへと腰を下ろすと、それに黒川も続くが、こちらは先程の剣呑な空気等何処吹く風、にんまりと笑いながら煙草を咥えて火を点け、目を細めて煙を吐き出して見せる。
「お前よぉ……よくもまぁあれだけ派手にブチかましたな……生きた心地がしなかったぞ俺は」
「そうか?退路を断って断って断って、こっちが誘導したい道を逃げ道だと思わせてやりゃ良いんだよ、狙った通りになったろ?どうせ最初から中央にタカコの話を持って行く気は無かったんだ、それを使って相手に恩を売れた様なもんだしな、儲けもんってやつ?」
 凄まじい重圧が有った筈なのに、それを何とも思っていなかったかの様な黒川の振る舞い、その上言い出した事は相当に狡猾と言って良いもので、あまりの老獪な狸ぶりに、それを見ていた副長が高根へと向かって口を開く。
「高根司令……君は黒川総監と幼馴染の親友だそうだが……何と言うか、こう……友達は選んだ方が良いんじゃないのか?」
「いや、お言葉ですが副長、それは私の台詞です。陸軍は高級士官にいったいどんな教育してるんですか……」
 褒めているのか貶しているのか何とも微妙な二人の言い草、黒川はそれを聞きながら笑い、そう遠くはない未来に再会出来るであろう大切な友人の笑顔を思い浮かべ、今度は小さく微笑んだ。

 テイラー達と国防長官との間にどんな遣り取りが為されたのかは不明だが、長官から副長へと宛てて黒川の提案を承認する旨の連絡が入ったのは、その五日後の事だった。
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