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第459章『融合』

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第459章『融合』

 上がる叫びと血飛沫、その中から飛び出して来たのは太刀を両手で構えたタカコで、脇に二本、同じ様な太刀を抱えている。
 敦賀が投げた物はこれだったのか、だから一番大和生活の長かった自分達が指名されたのだと、カタギリとキムの二人は漸く思い至り、それならば後は命令の通りにやるだけだとタカコへと向かって走り出す。
『散開!』
『了解!』
『了解です!!』
 投げて寄越された太刀を受け取り鞘を抜いた後は、墜落した機体を中心にして等間隔で展開し、機体を背に夫々が活骸と対峙する。機内を確認している様子は無い、上空では救助の為の要員の降下が始まりそうな気配がしているし、そちらは彼等に完全に任せてしまおう、そう思いながらタカコは戦闘服のズボンで刃の血糊を拭い、襲い掛かろうかどうかを躊躇しているらしい活骸の群れへと視線を向けた。
 大から小迄、活骸以外の動物をこの対馬区で目にする事は無い。大陸から回廊地帯を通ってここ迄押し寄せる活骸の群れ、それに食い尽くされるからだ。加えて約一ヶ月に一度の頻度で彼等に齎されていた『大和海兵隊の肉』という餌も今は途絶え、恐らくは相当数が共食いによって殺されているだろう。そんな中で突然空から降って来た生きた人間という極上の餌、それに飛び付くべきなのかそれとも直前に襲い来た災害を用心すべきなのか。知性が劣化しているとは言えど多少は警戒心は働くのか、どうしたものかとうろうろと歩き叫びを上げる様子に、このまま膠着状態が続けば良いのだが、そんな事を考えた。
 しかし事態はそう易々とは運ばず、やはり新鮮な血肉の誘惑に抗えなかった個体が叫びと共に地面を蹴って走り出した事を皮切りに、一体、また一体とタカコ達へと向かって走り出す。
『だよなぁ!それでこそバケモンだ!!』
 活骸相手に太刀を抜くのは鳥栖曝露以来だ、勘が鈍っていなけば良いがと口角を歪めて笑い、タカコもまた地面を蹴った。
 飛び込んで来る活骸の、その大きく開けられた口腔に鋭い一突き、脊髄諸共に延髄を貫き直ぐ様下がり、崩れ落ちる活骸には目もくれずに次へと移る。鳥栖曝露の時に高根の動きを見て覚えたこの動き、体格が良いわけではなく力も強くはない自分にとっては、やはりこれが一番楽で効率が良いなとまた笑い、同じ動きで次々に仕留めて行く。
 部下二人の動きを注視する事は出来ないが、それでも自分と同じ様に活骸を斬り伏せ片付けている気配が伝わって来る。上空からは未だ突っ込んで来てはいない活骸の群れへと掃射を浴びせている銃声、背後では地面に降り立ち
『生存者の確認!ホイスト下ろせ!!』
『四名生存確認三名死亡!全員自力で動けそうだ!!』
『早く機外に!!纏めて吊り上げるぞ!!』
 という、そんな声が聞こえて来る。
 全員とはいかずとも生存者がいた様だ、危険を冒してでも降下した価値が有ったなとタカコはそんな事を考えつつ、再び活骸へと向かって地面を蹴った。
 旧態然とした生身での特攻戦法、距離をとって銃により片付けるのが最善だと、寧ろそれ以外の戦法等存在したのかと、最初の内はそんな事を考えていた。金属資源の乏しい大和、そんな状況下で戦いを試みるならば、撃ったら後は失うだけの弾薬は無限ではないどころか使える数は多くなく、持ち主が斃れても回収さえ出来れば再利用が可能な太刀こそが最も有効なのだと、それを理解しても正気の沙汰とは思えなかった。
 しかし市街地への活骸の出現により齎された、人間と活骸――、『敵』との混在、乱戦、一度そうなってしまえば何処迄も真っ直ぐに飛んで行くだけの銃弾では同士討ちの頻発しか招かない。最も重要な『迅速な非難による非戦闘員の排除』、それが完了せず、自陣営や民間人の中に活骸が混入する事態、それが一度起きてしまえば、銃はほぼ無用の長物となってしまう事を思い知らされた。
 そうなってしまった時、持ち主の能力に大きく左右されるとは言えど、絶大な効果を発揮するのが、化石時代の戦法と武器だと思っていた太刀での戦い。無論そんな事態にならない為に、銃での戦術内で事態が収束する様に努力すべきである事は変わらないが、それでも、古来から生き残って来た戦法には生き残って来ただけの意味や理由や利点が有るのだと、改めて実感する。
 敦賀の事だ、自分がこんな行動に出る事は予想がついていたのだろう、そして、部下達がそれに付き合わざるを得ないであろう事も。降下しての接触戦ともなれば、銃器の使用はホーネットも地上の人間も極端に制限される事になる。そんな時には『これ』が一番役に立つ、だから使え、戦って生き延びろ、名前を呼ばれたと感じたあの時、きっと彼はそう言っていたのだろう。
『大和の助力と薫陶、確かに受け取った!感謝するぞ大和人!!心強い同盟相手!!』
 どちらかが優位に立ち相手を下に置くのではなく、互いに対等な立ち位置で、互いの足りないものを補い合う――、もし他国と同盟を締結する事が出来るのならば、そんな関係が理想だと、そう思っていた。どうやら現状を見るにそれは僅かばかりでも実現したらしい。ワシントンの銃と大和の太刀、二つの戦術の融合した新しい戦術、これこそが自分が望んでいたものだ、その結実に自分が関わり尽力する事が出来た。その事に思い至りタカコの身体を凄まじい高揚感と震えが駆け抜け、迸る感情のままにタカコは咆哮し一体、また一体と活骸を斬り伏せていく。
 愛した男の一人は自分の手で殺し、一人は彼の人生を想い手放さざるを得なかった。過去に宿した子供と、女性だけに授けられた機能すらも失い、余りにも多くのものを失い続けて来た。その事を今でも悲しまないわけでも後悔しないわけでもないが、それでも全てを失ったわけではない。望まれて今の地位に就き、全幅の信頼を寄せ絶対の忠誠を誓ってくれている頼もしい部下達もいる。その上、こうして人類の繁栄に僅かばかりでも貢献する事が出来たのだ、それでもう充分じゃないか――、タカコは脳裏でそんな事を考えながら、
『回収完了です!!ボス達も早く!!』
 という、撤収を呼びかける部下達の声を、何処か遠くで聞いていた。
『今行く!ケイン!ヴィンス!来い!!』
 その言葉と共にもう一閃活骸へと鋒を叩き込み、踵を返して走り出すタカコ。その彼女の眦から零れ落ちた一粒の雫は、誰に見られる事も無く、対馬区の大地へと染み込んでいった。
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