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第437章『束の間の笑い』

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第437章『束の間の笑い』

「おい!手当てを――」
 夜通し走り続けで疲労困憊のタカコ、その様子に何処か大怪我でもしているのかと手当てを叫ぶ島津の姿に、タカコは一瞬ワシントン語で
『大丈夫、少し疲れただけだ』
 と返そうとするが、自分以外にはワシントン語を解する人間がしない状況を思い出し、もう色々と面倒になったのか小さく溜息を吐き口を開いた。
「大丈夫、ちっとばかし疲れただけだ。大した怪我はしてないよ、大丈夫」
 と、久し振りに明瞭な大和語を口にする。
「本当に?平気か?」
「ああ、心配無いよ。一晩中全速力で走り回って流石に疲れたけどな」
 抱き起こし顔を覗き込む島津に言葉を返し、彼の二の腕を数度軽く叩きながら自分の脚でしっかりと立ち上がり周囲を見渡せば、そこにいたのは大和海兵隊の懐かしい面々。何も言わずに黙って出て来てしまった事を多少は負い目に感じているタカコが、彼等に何と言えば良いものやらと口籠もれば、直ぐ脇に立っていた島津が
「佐世保の件は忘れてやる……お帰り」
 明後日の方向を見ながらそう言って、タカコの髪をがしがしと乱暴に撫で回す。それを切っ掛けにして周囲の海兵達も
「お帰り」
「お帰りなさい、曹長」
「お帰り」
 と、口々にそう言って歩み寄り、タカコの周囲にはあっと言う間に人だかりが出来た。その彼等も半分程は何処かしら負傷しており、少なからず敵との戦闘が発生していた事を窺わせた。
 蛍光弾を浴びせられた時、周囲に彼等がいる状況の中的になる事だけは、と、頭で考えるよりも先に走り出していた。引き離して個別撃破を、その考えと同時に一瞬浮かび上がった考えを振り払うと同時に背後から聞こえて来たのは、嘗ての仲間達が手にしていた小銃を打ち捨てる音。
 自分達が囮になり敵を引き付け、大和海兵隊が追走し敵の背後から襲い掛かり仕留める――、その実現の為には、大和海兵隊と自分達の間に敵を挟むという形になる以上、彼等に銃器の使用を放棄してもらう以外に無かった。それは危険過ぎる、と、否定しようと思った直後に当の彼等はその道を選んだ。
 何も言葉を交わさなかったのに、何故同じ事を考えたのか、そして選んだのか。傷を負った彼等の様子を見ながら何とも言えない感情が胸に溢れ、僅かに顔を歪めれば、それを見た海兵が笑いながら、
「先任の発案だ、襲撃されればこうなるだろうってな。それに、俺達だってやりゃあ出来るさ、お前に育てられたんだし……仲間だろ」
 そう言って緩く握った拳をタカコの胸へと軽く打ち付ける。
 数名ではあるが、行動不能な程の重傷を負ってしまった者もいる様で、その彼等の移送も有るから、申し訳無いがこれ以上は休めない、移動しようと島津が言えば、周囲はそれに応えて動き出し、タカコも移送が有るのならば手伝うか、と、先程弾き飛ばされたナイフと自ら打ち捨てた拳銃を拾いそれを腰に差し、市街地の方向へと向かって歩き始めた。
 そうこうしている内、にあちこちに散らばっていたPの面々と大和海兵隊があちこちから合流して来る。部下達もあちこちを多少なりとも負傷しており、その上体力を使い尽しているのか海兵達の肩を借りており、しかしそれでも何とか無事ではある様だとタカコが内心安堵すれば、部下達からは笑顔と頷きを返される。
「リーサは?」
「アリサです。ここですよ、ボス。ちゃんと生きてます」
 マクギャレットの姿が見当たらないと声に出して周囲を見てみれば、声のした方にいたのは藤田に背負われたマクギャレット。彼女も相当消耗したのだろう、小柄であれば肩を貸して移動するよりも背負った方が早いのが道理ではあるが、何とも居心地の悪そうな部下の姿とそれを背負う藤田の笑顔のちぐはぐさに、思わず小さく噴き出した。
「後は……ケインか」
「そう言えばギリがまだいないな……援護に行った連中も戻って来てないみたいだが」
 カタギリとそれを追い掛けて行った海兵達がまだ合流していない、まさかまだ、と、一瞬その場に緊張が走るが、直後、森の中から聞こえて来た随分と賑やかな声にそれは瞬時に霧散した。
「ふっざけんなよてめぇ!一度と言わず二度も邪魔するとか殺すぞ!!」
「そりゃこっちの台詞だ!何でよりによってお前なんかに二度も抱き締められなきゃいけないんだ!!」
「足捻挫して背負われる厄介かけてる人間の言う台詞か!ここに捨てて行くぞ!!」
「おお下ろせ!とっとと下ろせ!!誰もお前に背負ってくれなんて頼んでねぇ!!」
「先任!ギリは怪我人なんですから!」
「そうですよ、だいたい、勝手に勘違いしたのは先任の方じゃないですか」
「うるせぇ!!」
 そんな遣り取りを交わしながら森の中から現れたのは、カタギリと彼を背負った敦賀、そして、ぎゃんぎゃんと喚き合う二人をうんざりした面持ちで宥める海兵隊の面々。
「……そういや……昨日、私達が飛び降りた時、敦賀がケインを受け止めてなかったか?」
「だな。お前と間違えて全力で抱き締めて逆切れしてた」
「あの様子だと、今回もそうだったみたいっすね」
「捻挫がどうとか言ってたし、ギリが地面に倒れるかどうかしてて誰だかよく分からなかったのかもな」
「……一度ならず二度も、か……」
「しかも何だかんだ言いながら背負ってやってるし」
「愛ですね」
「ああ、愛だな」
「間違い無いな、愛だ」
 直後、緊張の糸が切れたのか一斉に笑い出すタタカコ達、敦賀とカタギリは自分達を迎えた仲間達のその反応が面白くないのか気色ばんで言い募り、それがまた笑いを誘う。先程迄の緊迫した状況との落差にいつ迄経っても笑いは収まらず、地面に伏せてそこへ拳を打ち付ける者迄出る状況の中、それに毒気を抜かれた二人が夫々明後日の方向を不機嫌に向き、周囲には何とも言えず明るい空気が漂っていた。
「ケイン、御苦労だったな。皆もよくやってくれた」
「御命令とあらば」
「これ位軽い軽い、って言いたいところだけど、流石に疲れたね」
「マスター、お怪我は?」
 大和海兵隊に肩を、背を借りていた部下達がタカコの周囲へと歩み寄り、タカコは彼等に笑みを浮かべながら言葉を掛け、労を労う。数時間ぶりに彼女の無事な姿を目にした敦賀はそれに安堵しつつ、今度こそ何か言葉を掛けようと、彼女へと一歩、歩み寄った。
 彼女を振り向かせようと手を伸ばしたのと、指先が肩に触れる前にタカコが振り返り、凄まじい殺気を叩き付けて来たのはほぼ同時。それに一瞬身構えるが、彼女の視線が自分ではなく上空に向けられている事に直ぐに気付き、敦賀もまたそちらへと視線を遣る。
「おい……冗談だろ……退避!退避!!」
 響く不気味な羽音、こちらへと向けられた機体側部の扉は全開になり、機銃の銃口が向けられている。それを視認した敦賀や島津、そしてタカコが退避しろと声を張り上げるのと同時に、周囲に機銃の掃射音が響き渡った。
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