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第407章『交信』

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第407章『交信』

 あまり派手に動けば大和軍に察知され動き難くなる、それはタカコ達だけではなくヨシユキの率いる部隊も同じ考えだったのか、直ぐに激しい戦闘に発展する事は無く水面下で時折戦闘が発生し、その繰り返しで時間が過ぎていった。
 想定していた様にやはりあの防壁前の地下の空洞は活骸の侵攻を阻む為の塹壕だったのか、既に夜明けに近い時間帯にも関わらず、第一防壁の方向に明かりと大勢が慌ただしく動いている気配が消える事は無い。タカコは長く連なる投光器の光を窓から眺め、総司令執務室直近の便所の中へするりと身体を滑り込ませ、一番奥の個室へと入り後ろ手に鍵を掛け便器の上へとどかりと腰を下ろす。
 どの程度待つ事になるかは分からないが、高根はこの便所へと用足しにやって来る、その時にこちらの意向を伝える手紙を便所の前に置いて去れば、もう一度だけ自分達は同盟に基づいた戦いへと赴けるだろう。この階は高級士官か最先任である敦賀しか執務室を持たない、指揮所となっている会議室へと詰めている陸軍の士官を含めても、便所を出る時に遭遇する可能性はそう高くないだろう。
 取り急ぎ今後の動きを全員に伝えた後、直ぐにこの海兵隊基地本部棟へと潜り込んだから、部下達は今頃自分の不在に気が付いて探しているかも知れない。戻ったらまた小言を食らう事になるなとタカコは小さく笑い、暫くの間眠るかと目を閉じた。
 そうやって基地の一角に潜んだタカコが動き出したのは午後になってから、何度か便所へと入って来た気配はどれも自分が目的とする人物のものではなく、漸く現れた気配に静かに動き出す。
 入口に一番近い個室へと入った人物は鍵を掛けると同時に盛大に嘔吐し、タカコはそれを聞きながら少々の同情の念を以て肩を竦めて笑い、一度、目的の人物――、高根が籠っている個室の前で立ち止まり、姿勢を正し挙手敬礼をして便所の扉へと手を掛ける。外、廊下に人の気配は無し、昼になってしまっているから脱出には多少の難しさも有るが何とかなるだろうと扉を閉め、その前、廊下の床に認めて来た手紙を置いて何処かへと去って行った。

『話がしたい、無線周波数を○○に合わせてくれ タカコ』

 紙に書かれたのはたったそれだけ、それでも今の大和にとってはそれは何よりも心強く感じ、そして縋りたくなるもので、高根が握り締めて指揮所へと飛び込んで来た『希望』は長机の上に置かれ、それを高根や黒川や副長を始めとした高級士官の面々が取り囲んでいた。
「無線は?」
「はい、指定の周波数に合わせてありますが未だ感無しです」
「そうか、注意、怠るな」
「はい」
 今になって、しかも発見拘束される危険を冒してでも基地内へと入って来た理由は何なのか、したい話とは一体何なのか。誰にもその見当はつかず、未だ無言のままの無線機とタカコが残して行った手紙を交互に見詰め、時折苛立った様に頭を掻いたり歩き回り煙草をふかしたり。そんな落ち着かない空気が満ちる中、二時間程経過した頃、遂に無線機が待ち望んでいた音声を吐き出し始めた。
『大和海兵隊総司令、高根真吾准将、聞こえるか?こちらはワシントン軍統合参謀本部直轄部隊『Providence』司令、タカコ・シミズ大佐だ』
 この場で一番階級が高いのは中将である副長、高根はその彼にタカコとの交渉役を一度は譲ろうとしたものの、伝言を残したのは高根にだったのだろうから彼女の意志を尊重するべきだと言われ、それに大きく頷き無線機の前に置かれた椅子へと腰を下ろす。
「……ああ、聞こえてる。タカコ、俺だ」
 以前のままの気取らない口調で応えたのは意識しての事、どうかまたあの時の様に戻れればと思い無線機の向こうにいる友人へと語り掛けるものの、それに返されたのは淡々とした硬い言葉。
『数日中にワシントン本国から侵攻艦隊鎮圧の命令を受けた正規軍の艦隊が大和近海に到達する。東シナ海から日本海へと入り博多沖へと進むが、大和沿警隊にはそれへの手出しは無用との連絡と静観の徹底を通達願いたい。彼等は貴方方の敵ではない、援軍だ』
「その言葉に何の保証が有るのかなんて、今更言う気は無ぇよ。同盟を組んだ相手に余計な疑いは持たねぇさ。分かった、ここには浅田さんもいる、当該海域の艦艇にも直ぐに伝わるだろう」
 無線機の向こうのタカコへと言葉を返しながら、高根は手元に有った紙に
『敦賀を直ぐに呼べ』
 と書き付けて近くに居た士官に渡し、それを見た士官は頷き小走りで指揮所を出て行く。強い意志の持ち主であるタカコ、その彼女が下した別離という決断を覆せるとは思っていない。しかしそれでも何か出来ないのか、何も出来ないのだとしても漸く想いの通じ合った敦賀に声だけでも聞かせてやりたいと咄嗟に出た行動、後は敦賀が間に合ってくれれば良いがと再び無線機へと語り掛ける。
「援軍の情報、正直有り難いよ、助かった。俺達は何をすれば良い?」
『市街地には上陸した部隊が未だ潜伏している、大和軍の意識が対馬区の方向へと向いている今、それを背中から叩く為に。実際、我々の方でも接触から戦闘に発展している。そちらの方は、貴方方の背中は我々の部隊が預かった、背後の事は考えずに活骸とホーネット、飛行機部隊の方に集中してくれ。今の我々には大部隊を相手に立ち回るだけの装備も人員も無い、そちらは貴方方に任せたい』
「俺達にだってそんな装備は無ぇんだがな……まぁ、頭数だけはお前等よりは揃ってるからな。分かった、お互いに背中と心臓、預け合う事にしようじゃねぇか」
『活骸はともかくとして、大和側にもホーネット部隊に対して何か手立てが有るわけじゃない事は私もよく分かっているが、それでも、頭数を揃えて防壁の前に控えていてくれるだけで一定の示威効果は有る。申し訳無いが、そちらは頼む。その代わり、市街地戦は我々に全て任せてくれ』
「ああ、お互いに本領を発揮しよう」
 淡々としたタカコの言葉、それでもそれが伝える内容は大和人達にとっては心強いの一語に尽きるもので、高根を取り囲む彼等の顔には喜びの色が滲んでいる。
 敦賀が指揮所へと飛び込んで来たのはそんな時、無線機を取り囲む高級士官達を押し退けて高根の脇へと辿り着き、彼の手から送話器を奪い取り声を張り上げた。
「おい!タカコ!!」

『これにて交信を終了する。 ...God bless you, 武運を』

 敦賀からの言葉は聞こえていた筈なのに、それへの返答は一切無いままに一方的に交信は打ち切られる。
 その後に聞こえるのは微かな雑音だけ、静まり返った室内に、その音だけが響いていた。
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