上 下
3 / 102

第403章『手足』

しおりを挟む
第403章『手足』

 窓の向こうに見える海兵隊基地の本部棟やその他の棟、その向こう側に在る第一防壁の方向から突如として見えた閃光、そしてその後に響いて来た爆音と振動と上がる爆煙、タカコはそれを何も言う事無く静かに見詰めていた。
 彼女の背後には五名の部下が控え、同じ様に鋭い眼差しで窓の向こうに上がる煙を見ている。暫しの間は無言のまま身動ぎもせず、やがてタカコの身体が小さく震えている事に気が付いたカタギリが一歩彼女へと向かって歩み寄る。
『……ボス』
 遠慮がちにそう声を掛けながら彼が手を伸ばしたのは窓枠に掛けられたタカコの手、窓枠をきつく握り締め血の気が失せて白くなった指先を覆う様にして手を重ね、
『……ボス』
 と、もう一度静かに呼び掛けた。
 何の因果か海兵隊の保護を受ける様になってから今迄の三年弱、タカコが本来の立場と役目を弁えつつもどれ程に彼等に対して心を砕いて来たのか、親愛の情を感じそれを胸に抱き共に生きて来たのか。タカコ達に先んじて海兵隊へと潜入し『あの日』にも居合わせ、そして極近いところで彼女を見守り続けて来たカタギリにはよく分かっていた。
 状況が許すのであれば、こんなところに隠れたり等せず、彼等と共に在りたいのであろう事は簡単に想像がつく。それでも尚こうして必死に自らに制動をかけ留まっているのは、役目と、そしてカタギリを始めとした部下達の為なのだろう。
 自分達は、信じていた、そして頼りにしていた者を見限ったり見捨てられ、生きる意味や指針を見失っていた者ばかり。どう生きれば良いのかも分からずに生きながら腐り始めていた、その自分達の生きる意味そのものとなってくれたのが、タカコ。
 タカコが自分達を集めたのは、自分が思うがままに全力で動く為、その極めて利己的な理由で自分達は見出され、選ばれた。
 しかし、だからこそ彼女は自分達に誠実であろうとし続けている、そこを無かった事にして私利私欲にのみ従い続けられる程彼女は傲慢でも鈍感でもない。利己的な理由で自分達の『生きる意味』に成り代わったからこそ、その『意味』がぶれる事が有ってはならないと、それがせめてもの誠意なのだと、そう考えているのだろう。
 共に戦い抜き生きて来た仲間、そして伴侶として選んだ男、それを捨ててでも彼女は自分達のボスとして在ろうとしてくれている。それだけでもう充分だろう、カタギリはそんな風に考えつつタカコの白く冷たくなってしまった指をそっと撫で、背後にいる仲間達を振り返る。
 そこに在ったのは鋭くも何処か優しい眼差しで自らの主を見詰める四人。その彼等を見て小さく笑いながら頷けば同じ様にして頷き返され、カタギリはそれを見て大きく息を吐くと、タカコへと向き直り、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
『ボス、御命令を。大和への助勢は本国からの命令に背くものではありません、そして、自我々も助勢に異論は有りません。いつも我々のボスとして在ろうとしてくれている事には感謝しますが……今は、貴方の御心のままに。貴方は出会ってから今迄、一度たりとも我々を裏切った事は有りません、常に、如何なる時も我々の生きる意味で在り続けてくれました……今もそうです、貴方のなさりたい様に、その為に我々は今ここにいます……御命令を』
 指先を撫でていた手でタカコの手をそっと握れば、掌の中の力が段々と緩んでいく。それを感じたカタギリが笑みを深くし手を離し一歩下がれば、小さな背中が一度ふるりと震え、次に大きく、大きく深呼吸をしてゆっくりと振り返る。
『……大和への再度の合流はしない。今の様子からするとホーネット以外にもサーモバリックやクラスターを投下したんだろう、そんなものを持ち出されたんじゃ何の装備も無い今の我々に出来る事は無い。大和も馬鹿じゃない、それなりの動きをとるだろう。そうなれば今後大和軍の注意は対馬区の方向に集中する筈だ。ヨシユキの直轄部隊が艦隊へと帰投した様子も無い、恐らくはこの博多やその近辺に潜んだまま、ホーネット部隊の動きに合わせて大和軍を背中から叩くつもりだろう。そちらは、我々が受け持つぞ……ここを出た後は各個の判断により戦闘に移れ、今後一切の制限を無いものとする……見付け次第、殺せ、それが命令だ』
『了解です』
『了解』
『了解です』
『了解しました』
『了解です』
『行け、思う存分暴れて来い』
 部下達へと向き直り命令を口にするタカコ、その面差しには迷いも苦渋も悲嘆も感じられず、鋭く獰猛な殺気がその眼光に湛えられている。
 そうだ、この迷いの無さと力強さ、それが暴力的な迄の説得力を生んだ。貴方がそう在ってくれれば、命令が例えどんなものであったとしても自分達は安心してそれに従う事が出来る。自分達の事を配慮してくれる必要は無い、貴方は自身の望みの為に自分達を手足として使い命令してくれれば良い、各々がそんな事を考えつつ挙手敬礼をし、手早く装備を整えて踵を返し、そして部屋を出ようと歩き出した、その時。
『――それと……絶対に死ぬな。また新しい人間を探すのも面倒だし、私は葬儀の作法も知らん……私に恥を掻かせない為にも絶対に死ぬな……何が有っても生きて戻って来い』
 部下達の歩みを止めたのは上官であるタカコのそんなぶっきらぼうな言葉。思わず振り向けば彼女は既に窓の方へと再度向き直っていて、優しさが隠しきれていないその不器用さに一同は顔を見合わせ、思わず気の抜けた笑いをその顔に浮かべて小さく笑い合い、
『了解です、ボスも御武運を』
 笑いの滲んだ口調でそう答え、今度こそ本当に歩き出し階下へと降りて行く。
 遠くなる複数の足音と気配、タカコはそれを感じながら、身動ぎもせずに窓の向こうに上る煙を見詰めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴
ファンタジー
同じ民族を祖先に持ち違う国に生まれた二人、戦う為、一人は刀を、一人は銃をその手にとった。 大災害により一度文明が滅びた後の日本、福岡。 ユーラシア大陸とは海底の隆起により朝鮮半島を通じて地続きとなり、大災害を生き残った人々は、そこを通ってやって来る異形の化け物との戦いを長年続けていた。 そんな彼等の前に、或る日突然一人の人間が現れた。 更新時間を3月2日より月水金曜日の0時に変更させて頂きます。 シリーズものとなっています、上部の作者情報からどうぞ。 ※第四部は完結しました。  第五部は6月24日0時より公開を開始します。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

白蓮の魔女 ~記憶喪失からはじまる契約婚? 時を逆行し記憶を失った令嬢ですが、バッドエンドを回避したら何故か溺愛がはじまりました!!

友坂 悠
ファンタジー
「——だから、これは契約による婚姻だ。私が君を愛する事はない」 気がついた時。目の前の男性がそう宣った。 婚姻? 契約? 言葉の意味はわかる。わかるけど。でも—— ♢♢♢ ある夜いきなり見知らぬ場所で男性からそう宣言された主人公セラフィーナ。 しかし彼女はそれまでの記憶を失っていて。 自分が誰かもどうしてここにいるかもわからない状態だった。 記憶がないままでもなんとか前向きに今いる状態を受け入れていくセラフィーナ。 その明るい性格に、『ろくに口もきけないおとなしい控えめな女性』と聞かされていた彼女の契約上の夫、ルークヴァルト・ウイルフォード公爵も次第に心を開いていく。 そして、彼女のその身に秘めた魔法の力によって危機から救われたことで、彼の彼女を見る目は劇的に変わったのだった。 これは、内気で暗い陰鬱令嬢と渾名されていたお飾り妻のセラフィーナが、自分と兄、そして最愛の夫の危機に直面した際、大魔法使い「白蓮の魔女」であった前世を思い出し、その権能を解放して時間を逆行したことで一時的に記憶が混乱、喪失するも、記憶がないままでもその持ち前のバイタリティと魔法の力によって活躍し、幸せを掴むまでの物語。

【完結】婚約者様の仰られる通りの素晴らしい女性になるため、日々、精進しております!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のバーバラは幼くして、名門侯爵家の若君と婚約をする。 両家の顔合わせで、バーバラは婚約者に罵倒されてしまう。 どうやら婚約者はバーバラのふくよかな体形(デブ)がお気に召さなかったようだ。 父親である侯爵による「愛の鞭」にも屈しないほどに。 文句をいう婚約者は大変な美少年だ。バーバラも相手の美貌をみて頷けるものがあった。 両親は、この婚約(クソガキ)に難色を示すも、婚約は続行されることに。 帰りの馬車のなかで婚約者を罵りまくる両親。 それでも婚約を辞めることは出来ない。 なにやら複雑な理由がある模様。 幼過ぎる娘に、婚約の何たるかを話すことはないものの、バーバラは察するところがあった。 回避できないのならば、とバーバラは一大決心する。 食べることが大好きな少女は過酷なダイエットで僅か一年でスリム体形を手に入れた。 婚約者は、更なる試練ともいえることを言い放つも、未来の旦那様のため、引いては伯爵家のためにと、バーバラの奮闘が始まった。 連載開始しました。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

はぐれ聖女 ジルの冒険 ~その聖女、意外と純情派につき~

タツダノキイチ
ファンタジー
少し変わった聖女もの。 冒険者兼聖女の主人公ジルが冒険と出会いを通し、成長して行く物語。 聖魔法の素養がありつつも教会に属さず、幼いころからの夢であった冒険者として生きていくことを選んだ主人公、ジル。 しかし、教会から懇願され、時折聖女として各地の地脈の浄化という仕事も請け負うことに。 そこから教会に属さない聖女=「はぐれ聖女」兼冒険者としての日々が始まる。 最初はいやいやだったものの、ある日をきっかけに聖女としての責任を自覚するように。 冒険者や他の様々な人達との出会いを通して、自分の未熟さを自覚し、しかし、人生を前向きに生きて行こうとする若い女性の物語。 ちょっと「吞兵衛」な女子、主人公ジルが、冒険者として、はぐれ聖女として、そして人として成長していく過程をお楽しみいただければ幸いです。 カクヨム・小説家になろうにも掲載 先行掲載はカクヨム

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

処理中です...