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第78章『夢見』

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第78章『夢見』

 活骸の子供が殺されてから十日程、犯人は未だに分からず物々しい空気は多少薄まったとは言え完全には消えず、敦賀もまた再び雑多な業務に忙殺される日々に戻っていた。
 タカコももう活骸の親子がいないとあっては研究棟に入り浸る事も無く、ここ最近は敦賀の仕事を手伝い二人でいる事が多くなりつつあった。それでも件の話題になればまだ彼女には聞かせられない事も多く、そんな時には然りげ無くタカコが席を外しその場を離れている。
 高根とも話し合ったが可能性が多岐に渡り過ぎている、士官の単純な犯行であればまだ良い方で斥候が複数の勢力から入り込んでいる可能性や、最悪の場合はタカコもそれに関わっている可能性、現状手にしている情報だけではその全てを排除するには至らず、注意を払うべきところが多過ぎて頭痛すらして来る程の煩雑な状態がずっと続いていた。
 夜も完全には頭が休まらないのかいつもよりも眠りがずっと浅くなっている、元々滅多に深く寝入る方ではないが今は窓の外を吹く風の音でも目が覚める程だ。
「……何時だ……今……」
 そして今夜もまた目が覚めた、入眠は出来ても直ぐに目が覚めてしまうというのも不眠に該当するのか、こうも眠りが浅くてはまた仕事に響く様になる、次の出撃も近いのに。そう思いつつ舌打ちをして身体を起こせば、隣のタカコの部屋から彼女の声と何か重たいものが床に落ちる音と振動が伝わって来た。
 何が有った、斥候でも入り込んだかと枕元の武蔵を掴んで飛び出しタカコの部屋の扉を開けて中へと飛び込めば、ベッド脇の床に独り蹲り、両腕で自らを抱き締めて大きく荒い息を吐くタカコの姿が薄明かりの中に見えた。
 他に人の気配は無い、誰もいない様だが何か有ったのか、そう思いつつタカコへと足早に歩み寄り脇へと膝を突き武蔵を床に置けば、身体がカタカタと小さく震えているのにも気が付いて、とにかく落ち着かせようと震えるタカコに手を伸ばす。
「どうした、何が有った、とにかく落ち――」
「触るな!お前には関係無い!!ほっといてくれ!!」
 身体に触れる前に拒まれ弾かれた手、思わず動きを止めればタカコはまた自分を抱き締め、荒い呼吸と震えを繰り返す。遅れてやって来る手の痛み、頼れと言ったのに、頼って欲しいのに、手を弾かれた勢いで敦賀の中のその感情が爆発し、気が付いた時には彼女を怒鳴りつけていた。
「この……馬鹿女!頼れって言ったろうが!話せとは言わねぇよ、それでも辛いなら頼れ、寄り掛かれ、甘えるのでも何でも良い!俺がその程度の度量も無ぇと思ってんのか!」
 声を荒げてそう言いながら目の前の身体を抱き寄せれば暴れて抵抗され、それでも無視して強く抱き締めれば、やがて抵抗は止みその代わりに押し殺した様な泣き声が腕の中から聞こえて来る。
「……話したくねぇなら話さねぇで良い、その代わりに頼れ、寄り掛かって甘えろ……そんな程度受け止められねぇ様な小せぇ器じゃねぇよ」
 初めて聞く彼女の泣き声、あまりにも辛そうで、それでもそれを必死に押し殺しているその様子に胸が痛くなる。泣くな、泣かなくて良い、そう言いながらあやす様に宥める様に背中を撫で続ければ、やがて腕が背中へと回され、きゅ、と抱きついて来た。
「……もう寝ろ、一緒にいてやるから……嫌か?」
 腕の中のタカコがふるふると頭を振り、敦賀はそれを認めると髪に一つ口付けを落とし彼女を抱き上げて寝台に寝かせると、自分もその横に横たわり布団を被り再度優しく抱き締める。
「……辛いなら頼れ、甘えろ……付き合ってやる」
 言葉で答える代わりに背中に回された腕に力が込められ、
「てめぇは何でも一人で抱え込み過ぎだ、この馬鹿女」
 そう言って頭を掌で押し付ける様にして軽く叩き、その後はタカコが寝入る迄只管に背中と頭を撫でていた。
 それからも数回同じ様な事が有り、敦賀はその度にタカコの部屋に入り抱き締めて宥め、寝入る迄背中を撫で続けた。その内に段々と面倒になったのか何なのか、今敦賀は金物屋で購入して来た鍵をタカコの部屋の扉に取り付け、部屋の主であるタカコはその作業の様子を背後で黙って見詰めている。
「……何してんの?」
「見て分からねぇのか、鍵付けてんだよ」
「……いや、それは分かるんだけど、その理由は?」
「夜中にいちいちこっちに来るのが面倒臭ぇ、てめぇが落ち着く迄俺もこっちで寝る事にした」
「……ぱーどぅん?」
「何だそりゃ、意味が分からん」
「意味が分からんはこっちの台詞だ、何でお前が私の部屋で寝るんだよ、私は何処で寝りゃ良いんだ」
「馬鹿かてめぇ、人の話聞いてねぇのか?夜中に飛び起きて転げ落ちてるてめぇを宥めるのに態々隣からこっちに来るのが面倒だから、最初から一緒に寝るって言ってんだろうが」
「……自分の言ってる事理解してるか?」
「何だ、そういう事期待してんのか」
 取り付けを終えて立ち上がりつつそう言ってタカコの方へと向き直れば、即座に
「してねぇよ、ふざけんな馬鹿」
 という言葉が返って来て、あんな状態に何度もなっておいてどっちが馬鹿なのか、性欲やそういう願望が無いとは言わないが今はそれを何とか脇に置いているんだと思いつつ、呆れた様な面持ちのタカコを見下ろしてみる。
「頼れって言ってんだろうが、頭の悪い女だなてめぇは。そんな脳みそで本当に指揮官務まってたのか、アレか、まんまお飾り指揮官か」
「今てめぇから物凄い失礼な事を言われているというのは理解出来てるぞ、安心しろ」
「……とにかく、だ」
 言葉と共にタカコの肩を掴んで引き寄せ腕の中に収め、片腕で抱き上げて明かりを消し、寝台へと向かって歩き出した。
「夜の寒い中に出てこっちに来るのも面倒だ、お前が飛び起きても横にいりゃ直ぐに宥めてやれるだろうが。文句言わずに黙っとけ、何もしやしねぇよ」
「そう言って手篭めにする気なんだ!私が寝入ったところを縛り上げてあんな事やこんな事を!」
「そうか、して欲しいのか。縛る趣味は俺には無ぇが期待に答え」
「なくて良いです!大人しく寝ます!文句も言いません!」
「分かれば良い、とっとと寝ろ」
 タカコを下ろし自分も寝台へと上がり布団を被りつつそんな遣り取りを交わし、そのまま抱き締めて目を閉じる。暫くして腕の中から聞こえて来た規則的な寝息、それを確認した敦賀は腕に僅かに力を込め、額へと口付けて再び目を閉じた。
 それ以降タカコが魘される事は無くなったが、彼女と眠る事を止めなかったのは敦賀の狡さ。
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