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第68章『隠していた事』
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第68章『隠していた事』
「凛ちゃん、ちょっと聞きたい事が有るんだけど」
突然背後から聞こえて来た声、飛び上がりそうな程に驚いて振り返れば、そこには台所と居間の間の引き戸から半分だけ顔を覗かせた高根の姿。
「真吾さん、びっくりさせないで下さい!どうしたんですか?」
玄関の開錠と扉が開く音が聞こえて来てそれを合図に出迎えるというのがいつもの流れだが、今日は鍵の音も扉が開く音もしなかった。何故そんなに音と気配を忍ばせて入って来たのかと問い掛ければ、高根は何とも気まずそうな重苦しい面持ちで台所へと入って来て凛の前に立つ。
「そう言えば、聞きたい事って……何です?」
そう、確かに高根は『聞きたい事が有る』、そう言った。改まってそんな真剣な面持ちで何を聞きたいのかと水を向ければ、高根は暫くの間逡巡する様に無言のまま、そして、意を決した様に凛へと向けて言葉を吐き出した。
「君のお祖父さん、海兵隊の先々代総司令の島津義弘中将?お兄さんは島津仁一?」
一瞬、心臓が大きく跳ねた。どんな経緯かは分からないが、自分の出自が高根へと伝わったのだと瞬時に理解し、今更これ以上隠し立てする事ではない、彼の気持ちも自分の気持ちももう大丈夫、そう己に言い聞かせ、努めていつも通りの調子で口を開く。
「はい、そうですよ。島津凛、先々代海兵隊総司令、島津義弘の孫で、第一次博多曝露で戦死した島津仁一の妹です」
その言葉を聞いた瞬間、高根は基地の方角へと向かいがくんと膝を折り両の掌を床へと叩き付け、そして、
「先々代!申し訳有りません!」
という言葉と共に額も床へと叩き付けた。
「……あの……し、真吾、さん?」
唐突な高根の土下座、凛はそれを唖然として見ながら、何が有ったのかと彼の脇へと膝を突き肩へと手を掛けて問い掛ける。高根はそれでも暫くの間そのままの姿勢で固まっており、漸く身体を起こしたかと思えば、凛にしてみれば『何を今更』といった事を凛へと告白し始めた。
「……言ってなかった事が有る、俺、海兵隊の総司令なんだ……海兵隊総司令当代、高根真吾准将……です……それが俺のお仕事」
「え……はい、知ってます」
凛の返答に大きく揺れる高根の眼差し、そして、窺う様な弱々しい調子で凛へと問い掛ける。
「曝露の時の……タカコの格好見て気が付いたのか……?敦賀とかも来たと思うけど、タカコもあいつ等も戦闘服着てたし」
「いえ、祖父の葬儀の時にお見かけしたので最初から顔も立場も知ってました」
その言葉がとどめとなったのだろう、高根は全身の支えを失い、べしゃり、と床に崩れ落ちる。そして
「……何、何なの俺……最初からバレてたのに今迄必死になって隠してたのかよ……かっこ悪ぃ……」
呻く様な声音で言葉を吐き出しながら、台所の床に正座して話を聞いていた凛の膝へと頭を乗せ頬を摺り寄せた。
「……格好悪いな、俺」
「……そうですね」
「……お前が曝露で家族亡くしたって聞いてて、あの時俺等が戻って来るのが遅かったから護れなかった人も大勢いて……だからさ、そんなんだったから、お前が海兵隊に良い印象持ってないんじゃないかと思って……それで、言えなかった」
「そんな事無いですよ?海兵隊も陸軍も、国を護る為に必死で戦ってる事位、私にも分かります。良く思わないなんて、絶対に無いですよ?」
「……そうか?」
「はい。私は真吾さんが自分の立場を私に隠してるのは、お仕事の領分に私が踏み込んで来るのが嫌だからなんだと思ってました」
「んな事無ぇよ……で?何でお前は今俺を迄知ってる事も自分の事も言わなかったんだ?」
「それは……あの、真吾さんも祖父の下で仕事をしていた時期が有ると思いますし、身内の私が言うのもおかしいですけど、祖父に対して恩義を感じている部分も有ると思うんです。だから、そんな相手の孫だって知ったら、真吾さんの重荷になっちゃうんじゃないかと思って……それで言えませんでした」
「……そっか……何だ、俺等二人共、相手に変に気遣いしてたからこんな遠回りしたんだな」
「……そうですね」
下腹部に押し付けられた高根の顔、そこから心地良い振動が伝わって来て、彼が笑ったのだという事が窺い知れる。お互いに妙な遠慮や気遣いが有った、その滑稽さに凛も小さく笑い、高根の短く固い頭髪へと手を伸ばし、そこを数度優しく撫で摩った。
そこで思い至るのは兄の事。もう隠している事は何も無いのだから、兄について話を聞き、きちんと墓参りをしてやりたい。そう思って胸の内を膝の上の高根へとそのまま告げれば、
「……うん、明日、案内するから……な?」
と、身体を起こした高根に頭を撫でながらそう言われた。
「……真吾さん、兄の……兄の最期は……どうでしたか?」
「うん、そういうのも含めて全部明日案内して話すから……だから、泣くな」
近付いて来る高根の顔、唇が眦に触れ、溢れ出した涙をそっと吸い取っていく。その様子に、ああ、やはり兄はもうこの世にはいないのだと今更ながらに実感し、高根の身体へと両腕を伸ばしきつくしがみついた。
「大丈夫……全部、全部うまくいくから……だから、泣かないでくれ……な?」
抱き締め返す太く逞しい腕、背中を撫で摩る大きな掌。その温かさと力強さ、そして優しさに更に感情は昂り凛は声を上げて泣き始め、高根はそんな彼女をあやす様に、いつまでも優しく抱き締め背中を撫で続けていた。
「それじゃ……行って来ます」
「はい、行ってらっしゃい」
「島津の……兄さんの事、今日中にちゃんと説明するから」
「はい、分かりました」
翌朝の高根宅の玄関、いつもの様に高根が玄関へと立ち、それを凛が見送る。
「あの……さ」
「はい」
「今日から……制服とか戦闘服で帰って来て良いかな……お前が来てからは私服で行って向こうで着替えてたけど……すげぇ面倒なんだ、本当は」
「……はい、分かりました」
「じゃ」
「はい、行ってらっしゃい」
そんな遣り取りの後に玄関を出て基地へと向かって歩いていく高根、凛も外へと出てその背中を黙って見送り、冷たく澄み渡る早春の空へと視線を向け、一つ、溜息を吐いた。
「凛ちゃん、ちょっと聞きたい事が有るんだけど」
突然背後から聞こえて来た声、飛び上がりそうな程に驚いて振り返れば、そこには台所と居間の間の引き戸から半分だけ顔を覗かせた高根の姿。
「真吾さん、びっくりさせないで下さい!どうしたんですか?」
玄関の開錠と扉が開く音が聞こえて来てそれを合図に出迎えるというのがいつもの流れだが、今日は鍵の音も扉が開く音もしなかった。何故そんなに音と気配を忍ばせて入って来たのかと問い掛ければ、高根は何とも気まずそうな重苦しい面持ちで台所へと入って来て凛の前に立つ。
「そう言えば、聞きたい事って……何です?」
そう、確かに高根は『聞きたい事が有る』、そう言った。改まってそんな真剣な面持ちで何を聞きたいのかと水を向ければ、高根は暫くの間逡巡する様に無言のまま、そして、意を決した様に凛へと向けて言葉を吐き出した。
「君のお祖父さん、海兵隊の先々代総司令の島津義弘中将?お兄さんは島津仁一?」
一瞬、心臓が大きく跳ねた。どんな経緯かは分からないが、自分の出自が高根へと伝わったのだと瞬時に理解し、今更これ以上隠し立てする事ではない、彼の気持ちも自分の気持ちももう大丈夫、そう己に言い聞かせ、努めていつも通りの調子で口を開く。
「はい、そうですよ。島津凛、先々代海兵隊総司令、島津義弘の孫で、第一次博多曝露で戦死した島津仁一の妹です」
その言葉を聞いた瞬間、高根は基地の方角へと向かいがくんと膝を折り両の掌を床へと叩き付け、そして、
「先々代!申し訳有りません!」
という言葉と共に額も床へと叩き付けた。
「……あの……し、真吾、さん?」
唐突な高根の土下座、凛はそれを唖然として見ながら、何が有ったのかと彼の脇へと膝を突き肩へと手を掛けて問い掛ける。高根はそれでも暫くの間そのままの姿勢で固まっており、漸く身体を起こしたかと思えば、凛にしてみれば『何を今更』といった事を凛へと告白し始めた。
「……言ってなかった事が有る、俺、海兵隊の総司令なんだ……海兵隊総司令当代、高根真吾准将……です……それが俺のお仕事」
「え……はい、知ってます」
凛の返答に大きく揺れる高根の眼差し、そして、窺う様な弱々しい調子で凛へと問い掛ける。
「曝露の時の……タカコの格好見て気が付いたのか……?敦賀とかも来たと思うけど、タカコもあいつ等も戦闘服着てたし」
「いえ、祖父の葬儀の時にお見かけしたので最初から顔も立場も知ってました」
その言葉がとどめとなったのだろう、高根は全身の支えを失い、べしゃり、と床に崩れ落ちる。そして
「……何、何なの俺……最初からバレてたのに今迄必死になって隠してたのかよ……かっこ悪ぃ……」
呻く様な声音で言葉を吐き出しながら、台所の床に正座して話を聞いていた凛の膝へと頭を乗せ頬を摺り寄せた。
「……格好悪いな、俺」
「……そうですね」
「……お前が曝露で家族亡くしたって聞いてて、あの時俺等が戻って来るのが遅かったから護れなかった人も大勢いて……だからさ、そんなんだったから、お前が海兵隊に良い印象持ってないんじゃないかと思って……それで、言えなかった」
「そんな事無いですよ?海兵隊も陸軍も、国を護る為に必死で戦ってる事位、私にも分かります。良く思わないなんて、絶対に無いですよ?」
「……そうか?」
「はい。私は真吾さんが自分の立場を私に隠してるのは、お仕事の領分に私が踏み込んで来るのが嫌だからなんだと思ってました」
「んな事無ぇよ……で?何でお前は今俺を迄知ってる事も自分の事も言わなかったんだ?」
「それは……あの、真吾さんも祖父の下で仕事をしていた時期が有ると思いますし、身内の私が言うのもおかしいですけど、祖父に対して恩義を感じている部分も有ると思うんです。だから、そんな相手の孫だって知ったら、真吾さんの重荷になっちゃうんじゃないかと思って……それで言えませんでした」
「……そっか……何だ、俺等二人共、相手に変に気遣いしてたからこんな遠回りしたんだな」
「……そうですね」
下腹部に押し付けられた高根の顔、そこから心地良い振動が伝わって来て、彼が笑ったのだという事が窺い知れる。お互いに妙な遠慮や気遣いが有った、その滑稽さに凛も小さく笑い、高根の短く固い頭髪へと手を伸ばし、そこを数度優しく撫で摩った。
そこで思い至るのは兄の事。もう隠している事は何も無いのだから、兄について話を聞き、きちんと墓参りをしてやりたい。そう思って胸の内を膝の上の高根へとそのまま告げれば、
「……うん、明日、案内するから……な?」
と、身体を起こした高根に頭を撫でながらそう言われた。
「……真吾さん、兄の……兄の最期は……どうでしたか?」
「うん、そういうのも含めて全部明日案内して話すから……だから、泣くな」
近付いて来る高根の顔、唇が眦に触れ、溢れ出した涙をそっと吸い取っていく。その様子に、ああ、やはり兄はもうこの世にはいないのだと今更ながらに実感し、高根の身体へと両腕を伸ばしきつくしがみついた。
「大丈夫……全部、全部うまくいくから……だから、泣かないでくれ……な?」
抱き締め返す太く逞しい腕、背中を撫で摩る大きな掌。その温かさと力強さ、そして優しさに更に感情は昂り凛は声を上げて泣き始め、高根はそんな彼女をあやす様に、いつまでも優しく抱き締め背中を撫で続けていた。
「それじゃ……行って来ます」
「はい、行ってらっしゃい」
「島津の……兄さんの事、今日中にちゃんと説明するから」
「はい、分かりました」
翌朝の高根宅の玄関、いつもの様に高根が玄関へと立ち、それを凛が見送る。
「あの……さ」
「はい」
「今日から……制服とか戦闘服で帰って来て良いかな……お前が来てからは私服で行って向こうで着替えてたけど……すげぇ面倒なんだ、本当は」
「……はい、分かりました」
「じゃ」
「はい、行ってらっしゃい」
そんな遣り取りの後に玄関を出て基地へと向かって歩いていく高根、凛も外へと出てその背中を黙って見送り、冷たく澄み渡る早春の空へと視線を向け、一つ、溜息を吐いた。
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