犬と子猫

良治堂 馬琴

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第22章『知恵熱』

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第22章『知恵熱』

 組み敷かれ、そして貫かれ突き上げられる小さな身体。間断無く上がる艶に満ちた喘ぎに自らの中の欲が更に膨れ上がるのを感じつつ、もっと喘げ、求めろと、強く腰を突き出した。

「……だから……駄目だろそういうのはよぉ……何やってんだよ俺」
 視界へと入って来たのはいつもの天井、はぁ、と溜息を吐きつつ起き上がり布団を捲れば、下半身に何とも言えない違和感を覚え、恐る恐る、寝間着と下着、その中身を覗いてみる。
「……俺、もしかしてまだ十五歳とかそんなだったっけな……」
 下腹部と下着をじっとり濡らす何とも嫌な感触、この歳になって夢精とはとがっくりと肩を落とし、高根は寝台脇の机の上に置いてあったちり紙を数枚乱暴に引き出しそれで下腹部を手早く拭き、寝台から降り箪笥を開け中から下着を一枚取り出し穿き替える。下着の方はこれを凛に洗濯させるわけにもいかないからもうゴミとして捨ててしまうしか無いだろう、通勤途中の集積所にだすわけにもいかないから、基地の焼却炉にでも叩き込むか、そんな算段を頭の中で付けつつ、汚れた下着と拭き取ったちり紙を手近な紙袋の中に突っ込んだ。
「高根さん、調子悪いんですか?」
「え?」
「昨日の夜からずっと咳してるし、顔色もあんまり良くないですよ?無理しないで下さいね?」
 朝の食卓、向かいに座った凛が心配そうに高根へと話しかける。言われてみれば昨日からどうも喉の調子が悪く咳き込む事が多い気がするし、身体も全体的にだるくすっきりしない。一昨日の明け方近く迄寒空の下をふらふらと放浪していた所為で、どうやら風邪をひいたらしい。
「お仕事……休みますか?」
「いやいや、熱は無いから……でも、喉が痛いから、何か喉に優しい飲み物でも水筒に用意してくれると嬉しいんだけど」
「はい、じゃあ、柚子とかりんの蜂蜜漬けを作ってたんですけど、それのお湯割りを作りますね」
「うん、有り難うな」
 そんな遣り取りの間にも数度咳き込み、人に改めて言われると余計に実感するなと思いつつ、手早く朝食を済ませ身支度を整える。
「忙しいから休んだりは無理なんでしょうけど……無理しないで下さいね。はい、お弁当と飲み物です」
 凛のそんな気遣いを受けつつ弁当と水筒を受け取り家を出る。京都よりは多少はましだが、博多も朝と夜の冷え込みは段々と厳しくなっている、もう少し経てば年の瀬、これから年明けにかけて更に冷え込むなと肩を竦めつついつもの道を歩き基地へと入る。正門で警衛の敬礼を受けそれに軽く返しつつ、先ずは焼却炉へと向かいそこに今朝の不始末の結果を袋ごと放り込み、その後に漸く本部棟の自らの執務室へと入る。
「お早う御座います……大丈夫ですか?嫌な感じの咳ですね、無理はなさらずに」
「ああ……有り難う、何、大した事は無いだろう」
 道すがらも頻繁に咳き込み、家を出て気管を冷気に曝しその後に再び暖気に触れるという急激な温度変化が頻繁に有った所為か、家を出る前よりも咳き込みは更に激しく頻繁になる。体調はその後も回復する事は無く、昼飯時には全身の倦怠感だけではなく肩や首や節々が痛み始め、夕方近くには高根自身がはっきりと発熱を感じる程に悪化し続けた。
「おい、大丈夫か?」
「……あー……?おう、お前か……何、何とかなるだろうよ、仕事も詰まってるし休むわけにもいかんからな……あー、だりぃ……」
 日は完全に落ち時計は十九時を指し示した時分、執務室を訪れたのは副司令の小此木。室内にも廊下にも誰もいないのわ確かめた彼は砕けた口調で近寄って来て、執務机に半分突っ伏した状態で書類を片付けていた高根の額へと掌を当てた。
「いやこれ大丈夫じゃねぇよ、かなり熱出てんぞ。お前今日はもう帰れ、で、明日は休め。一晩寝て治る程度じゃないわ今のお前。明日一日しっかり休んで、明後日からまた出て来い、明日は俺が何とかするから。明日から暫くは陸との会議やら入ってなかったのが幸いだったな、明日一日寝ても良くならなかったら明後日も出て来るんじゃねぇぞ、しっかり休んで治ったら出て来い。しんどいと思うけど毎日朝には連絡入れてくれ」
「あー……悪い、甘えるわ、帰る」
「薬は?つか、明日にでも病院行けよ」
「んー……分かった、悪いな、お先」
 実感しているよりも熱が高いのだろう、掌から伝わる体温に驚いた小此木が早く帰れと急き立て、それに反論する気力も残っていなかった高根はのろのろと立ち上がり節々の痛みを堪えながら私服へと着替える。その途中も激しく咳き込み、数度脇の執務机へと身体を預けつつ何とか着替え終え、弁当の包みと水筒を手にふらふらと歩きながら正門へと向かった。
「総司令、具合でも?車を出しますからここで――」
「いや、近いから大丈夫だ、有り難う」
 正門の警衛達にも気遣われつつ基地を出て、重い足取りで自宅への道を進む。折角凛が作ってくれた弁当も、今日は食欲が全く無く殆ど食べられなかった。水筒の中身は全て飲み干しそれで喉の調子は随分と助けられたが、弁当の方は申し訳無い以外の言葉が見つからない。
 仕事で考える事は幾らでも有りそれは無限であるとすら思えるのに、そんな時に極個人的な事で思い悩み挙句に熱迄出すとは。自らの不明に悪態を吐きつつ激しく咳き込む事を繰り返し、いつもの倍の時間を掛けてゆっくりと歩き自宅へと帰り着く。いつもの様に出迎えてくれた凛は高根の様子を見て血相を変えて台所から小走りで近寄って来て、
「大丈夫ですか?直ぐにお布団に」
 そう言って高根の手から荷物を受け取り、玄関から室内へと上がった高根の身体を支え二階の彼の自室へと誘導する。
「上着脱いで、寝間着に着替えて下さいね。私は下で何かお粥でも作って来ますから、寝てて下さい。置き薬とか、有りますか?」
「いや……無い……悪いね、うん」
「気にしないで……早く横になって、休んでて下さいね」
「昼間のお茶……水筒の中身、美味しかった、あれも持って来てくれるか?」
「分かりました、とにかく横になって」
「うん」
 返事に頷いて部屋を出て行く凛、高根は階段を降りて行く足音を聞きながら服を脱いで下着姿になり、大きく息を吐く。普段の家の事以外にも面倒を掛けてしまって申し訳ないと思いつつ、それでもこんな風に体調の悪い時に誰かが傍にいる、それは存外に心強く安心出来る事なのかも知れない、そんな事も考えた。
「……とにかく……今はもう寝よ……流石にしんどいわ」
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