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第20章『花の棘』
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第20章『花の棘』
「あら、高根さん、お久し振りです。お仕事お忙しかったんでしょう?」
「ああ、まあね。疲れてるから慣れてる子で頼むよ」
「はいはい、どうぞ」
通い慣れた、そして数ヶ月の無沙汰をしていたいつもの『店』。そこの店主である女が買い物帰りなのか袋を抱えて戻って来たのと店先でかち合い、軽く挨拶を交わして店内へと入る。
「今誰が空いてるか見て来るから、ちょっと待ってて下さいね」
待合用の部屋へと通され、店主は部屋を出て行く。いつもは注文を付ける事も無く宛がわれる女を抱いていたから、この部屋へと通される事も無く個室へと直行する事が殆どだった。通い初めからの数年間以来だと思いながらソファへと腰を下ろせば、相手が直ぐに見つかったのか先程閉じられたばかりの扉が開かれる。
「あれ?高根さんじゃない、久し振り」
しかし現れたのは店主ではなく、この店で最も古株の商売女、佐希子。高根の任官後十年程経ってからの時分に彼女の水揚げで宛がわれて以来だから、もう十年近くこの店にいる事になる。高根の方から指名した事は無いが、客のあしらいに長けた佐希子は店にとっては上客の相手をさせるにも都合が良いらしく、この店を訪れた時には結構な割合で彼女を部屋に寄越された。
「おお、久し振り。いや何、随分来てなかったろ、そろそろ吐き出さないとな。そこいらの女やら部下に手を出すわけにもいかねぇしな」
「大変ねぇ、立場の有る人だと。もう今日の相手決まったの?まだなら私が相手するよ?」
「佐希子ちゃん、丁度良かった、頼んでも良い?」
店主が見繕って来るのを待っている、高根がそう言おうとした時、佐希子の背後から店主の声がして、佐希子は
「はーい。ほら、高根さん、行こ?」
と、そう言いながら高根に歩み寄り、彼の腕に手を掛ける。
「そうだな、お前なら慣れてるし、色々考えなくて良いや」
どうやら注文通りになった様だ、そう思いながら立ち上がり、佐希子に腕を引かれ個室の一つへと足を踏み入れた。
「お風呂入る?洗ってあげよっか?」
「いや、入るけど一人で入る。お前さ、俺がそういうの嫌いなの知ってんだろ」
「はいはい、言ってみただけ。支度は出来てるからどうぞ」
さっぱりすっきりしたいだけであって、別に触れ合いや関わり合いを求めてここに来ているわけではない、そんな若干の苛立ちを滲ませてそう言えば、佐希子の方は慣れたものなのか軽く受け流し、高根は一人浴室へと入る。掛け湯をして浴槽へと身を沈めれば、入浴剤の香りが立ち込め、それを肺腑へと吸い込みながら暫くの間じっとしていた。
仕事の方は先が見えない状態が続いていて、何をどれだけ片付けても先が見えないどころかすべき事は増えるばかり。本来であればこんな事をしている余裕は全く無いのだが、それでもこちらを適当に流してもそれはそれで宜しくない方向へと事態が転がりかねず、公私共に気が重くなることばかりだと吐き捨て一旦湯へと頭まで潜り十秒程経ってから一気に立ち上がり浴槽を出る。その後は身体を洗う事もせず、適当に身体を拭いて腰にタオルを巻き浴室を出れば、佐希子の方も既に支度を整えていた様で、下着姿で寝台へと腰掛けて紫煙を燻らせていた。
「あら、早いね。身体洗わなかったの?」
「あー、もう何か色々と面倒でな」
「そう、大変なお仕事だもんね。じゃ、今日は私がしてあげる。高根さんは寝転がってれば良いよ」
慣れていない女ではこうはいかない、やはり相手が佐希子で良かったと高根は薄く笑い、佐希子が煙草を消しながら立ち上がった寝台へと代わりに上がる。そして、枕と毛布を背中へと当て状態を半分程起こした姿勢へと落ち着いた。
「ほれ、頼むわ」
腰に巻いたタオルを解き下半身を曝け出せば、その身も蓋も無い所作に佐希子は
「相変わらずだね、普通はもっと色々してからでしょ、こういうところでも」
そう言って笑い、それでもそれ以上は何か言う事も無く高根の下半身へと顔を寄せる。
口付けも指や舌での愛撫も、経験が無いわけではない。寧ろ自信は有る方だが、そういった事は場の流れ且つ自分が楽しむ為にやるものであり、色々と考える事も多く吐き出してすっきり出来ればそれで良い今は、逆に鬱陶しさしか感じない。佐希子の方も長い付き合いでそれは分かっているからこそ多くは言わないのだろう、今はとにかく吐き出せればそれで良いのだと、彼女の指と掌、そして唇と舌が一点へと触れるのをぼんやりと感じていた。
「……高根さん?何か有ったの?」
数分も経ってからだろうか、突然に佐希子が顔を上げて高根へと声を掛ける。一体何なんだと天井へと向けていた視線を彼女へと向ければ、彼女は少し困った様にして言葉を続けた。
「……あの、全っ然反応しないんだけど……病気?考え事?」
何をそう思って視線を彼女の顔から僅かに下へと落とせば、成程、そこには全く元気の無い、萎びたままの『息子』の姿が有り、高根はおい一体どういう事だと自らと『息子』に問い掛けながら身体を起こす。
「……いや、今日の朝は物凄ぇ元気に勃ってたんだけどよ……どうなってんだ、これ」
朝の勢いに色々と危機感を覚えたからこそ今ここにいるというのに、一体全体何がどうなっているのかと佐希子を遠ざけつつ胡坐を掻いて頭を抱えれば、暫くして聞こえて来たのは、佐希子の押し殺す様な笑い声。何がおかしいと顔を上げれば、佐希子は俯いて肩を震わせていて、遂には耐え切れなくなったのか顔を上げて声を放って笑い出す。おかしくて堪らないといった風情のその様子に不快感を覚えた高根が険を深くして睨み付ければ、佐希子は腹を抱えて笑いながら目尻に浮かんだ涙を拭って高根へと向けて口を開いた。
「っ……高根さん……、好きな人、出来たんでしょ、絶対そうだよそれ。何、自覚無かったの?もう四十だっけ、四十一?そんな歳になってても自分の気持ち分かってないとか、マジおかしいわ……やー、ほんとお腹痛い」
「あら、高根さん、お久し振りです。お仕事お忙しかったんでしょう?」
「ああ、まあね。疲れてるから慣れてる子で頼むよ」
「はいはい、どうぞ」
通い慣れた、そして数ヶ月の無沙汰をしていたいつもの『店』。そこの店主である女が買い物帰りなのか袋を抱えて戻って来たのと店先でかち合い、軽く挨拶を交わして店内へと入る。
「今誰が空いてるか見て来るから、ちょっと待ってて下さいね」
待合用の部屋へと通され、店主は部屋を出て行く。いつもは注文を付ける事も無く宛がわれる女を抱いていたから、この部屋へと通される事も無く個室へと直行する事が殆どだった。通い初めからの数年間以来だと思いながらソファへと腰を下ろせば、相手が直ぐに見つかったのか先程閉じられたばかりの扉が開かれる。
「あれ?高根さんじゃない、久し振り」
しかし現れたのは店主ではなく、この店で最も古株の商売女、佐希子。高根の任官後十年程経ってからの時分に彼女の水揚げで宛がわれて以来だから、もう十年近くこの店にいる事になる。高根の方から指名した事は無いが、客のあしらいに長けた佐希子は店にとっては上客の相手をさせるにも都合が良いらしく、この店を訪れた時には結構な割合で彼女を部屋に寄越された。
「おお、久し振り。いや何、随分来てなかったろ、そろそろ吐き出さないとな。そこいらの女やら部下に手を出すわけにもいかねぇしな」
「大変ねぇ、立場の有る人だと。もう今日の相手決まったの?まだなら私が相手するよ?」
「佐希子ちゃん、丁度良かった、頼んでも良い?」
店主が見繕って来るのを待っている、高根がそう言おうとした時、佐希子の背後から店主の声がして、佐希子は
「はーい。ほら、高根さん、行こ?」
と、そう言いながら高根に歩み寄り、彼の腕に手を掛ける。
「そうだな、お前なら慣れてるし、色々考えなくて良いや」
どうやら注文通りになった様だ、そう思いながら立ち上がり、佐希子に腕を引かれ個室の一つへと足を踏み入れた。
「お風呂入る?洗ってあげよっか?」
「いや、入るけど一人で入る。お前さ、俺がそういうの嫌いなの知ってんだろ」
「はいはい、言ってみただけ。支度は出来てるからどうぞ」
さっぱりすっきりしたいだけであって、別に触れ合いや関わり合いを求めてここに来ているわけではない、そんな若干の苛立ちを滲ませてそう言えば、佐希子の方は慣れたものなのか軽く受け流し、高根は一人浴室へと入る。掛け湯をして浴槽へと身を沈めれば、入浴剤の香りが立ち込め、それを肺腑へと吸い込みながら暫くの間じっとしていた。
仕事の方は先が見えない状態が続いていて、何をどれだけ片付けても先が見えないどころかすべき事は増えるばかり。本来であればこんな事をしている余裕は全く無いのだが、それでもこちらを適当に流してもそれはそれで宜しくない方向へと事態が転がりかねず、公私共に気が重くなることばかりだと吐き捨て一旦湯へと頭まで潜り十秒程経ってから一気に立ち上がり浴槽を出る。その後は身体を洗う事もせず、適当に身体を拭いて腰にタオルを巻き浴室を出れば、佐希子の方も既に支度を整えていた様で、下着姿で寝台へと腰掛けて紫煙を燻らせていた。
「あら、早いね。身体洗わなかったの?」
「あー、もう何か色々と面倒でな」
「そう、大変なお仕事だもんね。じゃ、今日は私がしてあげる。高根さんは寝転がってれば良いよ」
慣れていない女ではこうはいかない、やはり相手が佐希子で良かったと高根は薄く笑い、佐希子が煙草を消しながら立ち上がった寝台へと代わりに上がる。そして、枕と毛布を背中へと当て状態を半分程起こした姿勢へと落ち着いた。
「ほれ、頼むわ」
腰に巻いたタオルを解き下半身を曝け出せば、その身も蓋も無い所作に佐希子は
「相変わらずだね、普通はもっと色々してからでしょ、こういうところでも」
そう言って笑い、それでもそれ以上は何か言う事も無く高根の下半身へと顔を寄せる。
口付けも指や舌での愛撫も、経験が無いわけではない。寧ろ自信は有る方だが、そういった事は場の流れ且つ自分が楽しむ為にやるものであり、色々と考える事も多く吐き出してすっきり出来ればそれで良い今は、逆に鬱陶しさしか感じない。佐希子の方も長い付き合いでそれは分かっているからこそ多くは言わないのだろう、今はとにかく吐き出せればそれで良いのだと、彼女の指と掌、そして唇と舌が一点へと触れるのをぼんやりと感じていた。
「……高根さん?何か有ったの?」
数分も経ってからだろうか、突然に佐希子が顔を上げて高根へと声を掛ける。一体何なんだと天井へと向けていた視線を彼女へと向ければ、彼女は少し困った様にして言葉を続けた。
「……あの、全っ然反応しないんだけど……病気?考え事?」
何をそう思って視線を彼女の顔から僅かに下へと落とせば、成程、そこには全く元気の無い、萎びたままの『息子』の姿が有り、高根はおい一体どういう事だと自らと『息子』に問い掛けながら身体を起こす。
「……いや、今日の朝は物凄ぇ元気に勃ってたんだけどよ……どうなってんだ、これ」
朝の勢いに色々と危機感を覚えたからこそ今ここにいるというのに、一体全体何がどうなっているのかと佐希子を遠ざけつつ胡坐を掻いて頭を抱えれば、暫くして聞こえて来たのは、佐希子の押し殺す様な笑い声。何がおかしいと顔を上げれば、佐希子は俯いて肩を震わせていて、遂には耐え切れなくなったのか顔を上げて声を放って笑い出す。おかしくて堪らないといった風情のその様子に不快感を覚えた高根が険を深くして睨み付ければ、佐希子は腹を抱えて笑いながら目尻に浮かんだ涙を拭って高根へと向けて口を開いた。
「っ……高根さん……、好きな人、出来たんでしょ、絶対そうだよそれ。何、自覚無かったの?もう四十だっけ、四十一?そんな歳になってても自分の気持ち分かってないとか、マジおかしいわ……やー、ほんとお腹痛い」
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