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第197章『待ち伏せ』
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第197章『待ち伏せ』
あの音は百二十mm砲、担いで簡単に持ち運べる代物ではない、使い捨てるにしても少なくとも後数発は同じ場所で砲撃を加える筈だ。何とかそれ迄に追い付いて無力化を、可能であれば確保を、そう思いながら全力で疾走するタカコへと敦賀が追い付いて来て並走に入り、前を見据えながらも彼女へと声を放る。
「どういう事だ!?」
「読まれてたんだよ!活骸との戦いしか知らない大和人ならあそこに指揮所を設置するって!あそこなら鳥栖市街地を一望出来るから!夜になる迄何も無かったのはこの夜陰に乗じて逃走する為だ、日中は活骸も多くて身動きが取れなかったしな!」
長らく人間との殺し合いをして来た自分、本来であれば直ぐに、誰よりも早く気付けた筈なのに、大和人と長く共に在った事で勘が鈍っていた、とんでもない失態だと歯噛みしつつ尚も走れば再度前方に発射の軌跡が走る。
指揮所は、高根と黒川は無事なのか、九州地方の守りの双璧、あの二人に万が一の事が有れば士気が落ちるどころの話ではない、活骸との戦いは停滞どころか大きく後退する事にもなりかねない。そうなればワシントンと大和の交渉も大和にとっては苦しいものになるだろう、自分も本国に対して嘘を吐く事は出来ない、どうか、どうか無事でいてくれと祈りつつタカコは更に走る速度を上げ、発射元であろう建物へと飛び込みその屋上へと向かって敦賀と二人で駆け上がった。
扉を蹴り開けて外へと飛び出そうと足を振り上げる敦賀、その彼の眼前に翳されたのはきつく握り締められたタカコの左手、『止まれ』を意味するそれに敦賀が自らの身体に急制動を掛ければ、扉の脇へと立て掛け置かれていた数本の箒を手にして扉を蹴り開け、それと同時に箒を外へと放り出す。同時にそれへと浴びせられる銃弾、箒の柄や繊維が弾け飛び、弾の方向が二方向である事を視認したタカコは床を蹴り、仰向けに屋上の床面へと身を投げる様な形で外へと飛び出した。
先ずは右上方から、そちらへと銃口を向ければ月と星と炎に照らされてぼんやりと浮かび上がる人影、それが手にした銃がこちらへと固定される前に数発発射すれば綺麗に決まったのか声も無く崩れ落ち、どさりと落ちる音が聞こえて来る。次は左と屋上の床に叩き付けられながら身体を捻れば、飛び出した敦賀が手した武蔵でもう一人を斬り伏せるのが視界に入る。
「馬鹿!相手は飛び道具持ってるのに何飛び出て来てんだ!」
「うるせぇ!無傷だったんだから良いだろうが!てめぇも飛び出したのに偉そうな事言ってるな!」
得物が銃と太刀では違うだろうが、そう言いながら身体を起こせば敦賀が近寄って来てタカコの腕を掴んで立ち上がらせる、設置した後の砲撃は一基を二名で扱うから一か八かで飛び出したが幸運にも当たっていた様だ、他に人の気配は無い。迫撃砲は、と見渡せば少し離れたところに設置された迫撃砲と、その横に装填前の弾薬が十数発置かれているのが見て取れた。二発は撃たれてしまったが他は間に合った、後は既に放たれた二発を撃ち込まれたであろう指揮所が無事である事を祈るだけ。砲身と弾薬はこのまま工廠へと引き渡せば模倣して量産する事も可能だろう、現物が手に入って良かったとそちらへと歩み寄ろうとした瞬間、タカコの背筋を冷たいものが走り抜ける。
「敦賀、止まれ」
「……ああ……分かってる」
突如として背後に現れた複数の気配、ぶつけられる殺気。燃え盛る炎が生み出す上昇気流が雲を呼んだのか具合悪く夜空の光は遮られ、周囲は闇の中へと落ち込んで行く。残ったのは近隣で上がる炎の揺らめく頼り無い暗い赤、そんな中でタカコは手にした拳銃を床へと放り、ゆっくりと両手を掲げて頭の後ろで組んで見せ、敦賀もゆっくりとそれに続いた。
(一、二、三……三人か……どうにかなるか……?)
本来であれば五人で扱う筈の迫撃砲、残る三名が別の場所で隠れて狙っていたのかと小さく舌を打ち、直ぐ脇にいる敦賀を視線だけ動かして見てみれば同じ様にして視線を返され、いけるか、やれるか、そう問い掛ければ微かに頷いて肯定の意を返される。動くのは私が先だ、お前はそれに合わせろ、唇だけを動かせばそれも伝わったのか同じ様に微かに頷かれ、それを確認したタカコは背後の三人に全神経を集中させる。
二つの大きな気配、残る一つは自分と然程変わらない、女も投入しているのか、溶け込む事を考えればそれも当然かと思いつつ、ゆっくりと、ゆっくりと近付き始めた気配が自分の間合いへと入って来るのを只管に待つ。後三歩、後二歩、後一歩、そしてその最後の一歩を相手が踏み出し自分の間合いへと完全に入ったのを確認した瞬間、僅かに身を屈めつつ踵を返し自分へと向けて構えられた拳銃へと手を伸ばす。
「――!!」
拳銃のスライドをがっちりと掴めばそれでもう発射は出来なくなる、何が有っても離すものか、これを離してしまえば敦賀か自分が鉛弾を食らう事になる。しっかりと掴んだ銃をそのまま左方向へと捻り上げれば軽く掛かっていたであろう人差し指を上手い事引っ掛ける事が出来たらしく、相手の短く低い呻きが聞こえて来た。このまま全力で捻り上げれば、そう思いながら更に手に力を込めれば横から飛んで来る脚、それが脇腹に決まる前に軽く横に飛び、その拍子に相手が離した拳銃を掴んだまま距離を取る。その一連の動きを合図に敦賀も動き出し、小さな影一つを残し屋上での接触戦が突如として始まったかに思われた。
しかし、それはタカコが組み合った相手が放った一言で、突如として終わりを迎える事となる。
『ボスー!会いたかったー!』
あの音は百二十mm砲、担いで簡単に持ち運べる代物ではない、使い捨てるにしても少なくとも後数発は同じ場所で砲撃を加える筈だ。何とかそれ迄に追い付いて無力化を、可能であれば確保を、そう思いながら全力で疾走するタカコへと敦賀が追い付いて来て並走に入り、前を見据えながらも彼女へと声を放る。
「どういう事だ!?」
「読まれてたんだよ!活骸との戦いしか知らない大和人ならあそこに指揮所を設置するって!あそこなら鳥栖市街地を一望出来るから!夜になる迄何も無かったのはこの夜陰に乗じて逃走する為だ、日中は活骸も多くて身動きが取れなかったしな!」
長らく人間との殺し合いをして来た自分、本来であれば直ぐに、誰よりも早く気付けた筈なのに、大和人と長く共に在った事で勘が鈍っていた、とんでもない失態だと歯噛みしつつ尚も走れば再度前方に発射の軌跡が走る。
指揮所は、高根と黒川は無事なのか、九州地方の守りの双璧、あの二人に万が一の事が有れば士気が落ちるどころの話ではない、活骸との戦いは停滞どころか大きく後退する事にもなりかねない。そうなればワシントンと大和の交渉も大和にとっては苦しいものになるだろう、自分も本国に対して嘘を吐く事は出来ない、どうか、どうか無事でいてくれと祈りつつタカコは更に走る速度を上げ、発射元であろう建物へと飛び込みその屋上へと向かって敦賀と二人で駆け上がった。
扉を蹴り開けて外へと飛び出そうと足を振り上げる敦賀、その彼の眼前に翳されたのはきつく握り締められたタカコの左手、『止まれ』を意味するそれに敦賀が自らの身体に急制動を掛ければ、扉の脇へと立て掛け置かれていた数本の箒を手にして扉を蹴り開け、それと同時に箒を外へと放り出す。同時にそれへと浴びせられる銃弾、箒の柄や繊維が弾け飛び、弾の方向が二方向である事を視認したタカコは床を蹴り、仰向けに屋上の床面へと身を投げる様な形で外へと飛び出した。
先ずは右上方から、そちらへと銃口を向ければ月と星と炎に照らされてぼんやりと浮かび上がる人影、それが手にした銃がこちらへと固定される前に数発発射すれば綺麗に決まったのか声も無く崩れ落ち、どさりと落ちる音が聞こえて来る。次は左と屋上の床に叩き付けられながら身体を捻れば、飛び出した敦賀が手した武蔵でもう一人を斬り伏せるのが視界に入る。
「馬鹿!相手は飛び道具持ってるのに何飛び出て来てんだ!」
「うるせぇ!無傷だったんだから良いだろうが!てめぇも飛び出したのに偉そうな事言ってるな!」
得物が銃と太刀では違うだろうが、そう言いながら身体を起こせば敦賀が近寄って来てタカコの腕を掴んで立ち上がらせる、設置した後の砲撃は一基を二名で扱うから一か八かで飛び出したが幸運にも当たっていた様だ、他に人の気配は無い。迫撃砲は、と見渡せば少し離れたところに設置された迫撃砲と、その横に装填前の弾薬が十数発置かれているのが見て取れた。二発は撃たれてしまったが他は間に合った、後は既に放たれた二発を撃ち込まれたであろう指揮所が無事である事を祈るだけ。砲身と弾薬はこのまま工廠へと引き渡せば模倣して量産する事も可能だろう、現物が手に入って良かったとそちらへと歩み寄ろうとした瞬間、タカコの背筋を冷たいものが走り抜ける。
「敦賀、止まれ」
「……ああ……分かってる」
突如として背後に現れた複数の気配、ぶつけられる殺気。燃え盛る炎が生み出す上昇気流が雲を呼んだのか具合悪く夜空の光は遮られ、周囲は闇の中へと落ち込んで行く。残ったのは近隣で上がる炎の揺らめく頼り無い暗い赤、そんな中でタカコは手にした拳銃を床へと放り、ゆっくりと両手を掲げて頭の後ろで組んで見せ、敦賀もゆっくりとそれに続いた。
(一、二、三……三人か……どうにかなるか……?)
本来であれば五人で扱う筈の迫撃砲、残る三名が別の場所で隠れて狙っていたのかと小さく舌を打ち、直ぐ脇にいる敦賀を視線だけ動かして見てみれば同じ様にして視線を返され、いけるか、やれるか、そう問い掛ければ微かに頷いて肯定の意を返される。動くのは私が先だ、お前はそれに合わせろ、唇だけを動かせばそれも伝わったのか同じ様に微かに頷かれ、それを確認したタカコは背後の三人に全神経を集中させる。
二つの大きな気配、残る一つは自分と然程変わらない、女も投入しているのか、溶け込む事を考えればそれも当然かと思いつつ、ゆっくりと、ゆっくりと近付き始めた気配が自分の間合いへと入って来るのを只管に待つ。後三歩、後二歩、後一歩、そしてその最後の一歩を相手が踏み出し自分の間合いへと完全に入ったのを確認した瞬間、僅かに身を屈めつつ踵を返し自分へと向けて構えられた拳銃へと手を伸ばす。
「――!!」
拳銃のスライドをがっちりと掴めばそれでもう発射は出来なくなる、何が有っても離すものか、これを離してしまえば敦賀か自分が鉛弾を食らう事になる。しっかりと掴んだ銃をそのまま左方向へと捻り上げれば軽く掛かっていたであろう人差し指を上手い事引っ掛ける事が出来たらしく、相手の短く低い呻きが聞こえて来た。このまま全力で捻り上げれば、そう思いながら更に手に力を込めれば横から飛んで来る脚、それが脇腹に決まる前に軽く横に飛び、その拍子に相手が離した拳銃を掴んだまま距離を取る。その一連の動きを合図に敦賀も動き出し、小さな影一つを残し屋上での接触戦が突如として始まったかに思われた。
しかし、それはタカコが組み合った相手が放った一言で、突如として終わりを迎える事となる。
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