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第111章『旧約聖書詩篇144篇』
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第111章『旧約聖書詩篇144篇』
運動場での高根からの訓示の後、再度全員でトラックに乗り、出撃の朝という事で無人だった所為で難を逃れ殆ど無傷で残っていた体育館へと一度相当数を下ろした。一度に該当者全員を離脱させる事は不可能、数度に分けて残っているトラックと人員で正門付近の柵迄運ぶしか無いが、その間ここであれば鉄扉さえ閉じていれば何もせずに持ち堪えられるだろう、高根を始めとする古参級の人間によりそう判断され決定された。
「台数はどうする?出来るだけ早く離脱を完了させる為に確保出来たトラック全部動員させるか?」
「そうだな、その方が――」
「止めた方が良い。防衛戦が長くなればそれだけ弾幕は薄くなる、万が一にでも突破されたら最後だぞ」
体育館へと移動する前の最後の打ち合わせ、そこに口を挟んだのはタカコ、古参達の視線が集中する中、出過ぎた真似を済まないと断ってから再度彼女は口を開く。
「これは攻めの戦いじゃない、言うなれば退却戦だ。攻めではない以上確実な方法を採るべきだ、時間は掛かっても防御を堅くし車列は少なめ……最大でも五台。一台の荷台に配置する射手は三名の計十五名十五丁、私が遊撃として一丁持ち合計十六丁を離脱作戦に割り当て、残り四丁は万が一の時の為に今から向かう体育館に置いておいた方が良い」
「……その根拠は?」
タカコの言葉に返したのは総司令である高根、現在確認出来ている生存者はタカコも含めて七百四十三名、これが全てなら海兵隊は兵員の七割を失った事になる、これ以上一人たりとも失うわけにはいかない、意見を出すのであれば全員が納得出来る根拠を、高根がそう思い求めるのは至極当然の事で、タカコもそれは分かっているのか彼の目を真っ直ぐに見て答えを口にする。
「我が国、ワシントンが長年の活骸との戦いで完成させた黄金比だ、私はそれを身体と頭に叩き込み仲間を助けて来た。これが根拠だ」
普段ならば根拠と言うのには弱いだろう、それでも頼らざるを得ない状況とタカコの纏う空気が後押しになったのか、特に反対される事も無く提案は受け入れられ、部隊はそれに合わせて編成し直された。その後射手が選ばれタカコから扱い方の教示を受け、車列はいよいよ体育館へと向けて動き出す。
一台が体育館の入口に付けて一気に兵員を下ろし、他は周囲を走行し活骸を引き付ける、それを繰り返し残り五台となったところで正門付近へと移動を開始する段になった。一度正門とは反対方向に活骸を引き付けてからの方が良いだろう、これもタカコから提案され全員が納得し、車列は先ずは活骸がぎりぎり追いつけない程度の低速で正門とは反対方向へと走り出す。
「前方と横方向からの襲撃には細心の注意を払え!発砲は私の命令が有る迄待機、散弾銃を使用した戦闘については一時的にだが総司令から指揮権を預けられている、私の命令が絶対だ、良いな!」
「了解!」
荷台の上で後方へと向けて声を放ればそちらから上がる声、タカコはそれに小さく頷いて手にした散弾銃を抱え直す。
ここに至る迄の間に或る程度は無力化したがまだまだ相当数の活骸が残っている、厳しい状態は依然として続いていると言うべきだろう。この程度の事は今迄に何度も経験はしているものの、それでも出来ればもう遭遇したくなかったなと内心で吐き捨てる。
「タカコ!横から来た!」
突然後方から上がって来た声に視線を向ければ、タカコから見て斜め後方から迫って来る数体の活骸の姿。それを見て自らの持つ散弾銃をそちらへと向けて構え、声を張り上げた。
「しっかりと見ておけ大和海兵隊諸君!これが、我がワシントンの戦い方だ――!!」
距離が有る、通常の散弾だけではなくスラッグ――、単発弾も作ってもらっておいて良かった、自分にはこれを使った精密射の方が向いていると一瞬口元を歪めて笑うと一気に引き金を引き絞る。
重い反動、強い力で後ろへと押されながらも身体は微動だにしない、走行し振動するトラックの荷台という悪条件ではあるが良い調子だと思いつつ活骸を見据えれば、発砲とほぼ同時に一体の頭部が綺麗に吹き飛んだ。
「――褒むべきかな、我が岩である主よ」
次へと狙いを定めながら口から零れ出たのは祈りの言葉、そう信心深いわけでもないが部隊の狙撃手でもあった戦友がいつも呟いていたのをいつの間にか覚えていた。そして、いつしか自分も狙撃の時には口にするようになっていた。
「主よ、貴方は戦の為に我が手を、戦の為に我が指を教え、そして鍛えられる」
活骸を撃ち殺す事に何の痛痒も感じはしない、活骸どころか人間でさえ、必要ならば何の心の動きも無く引き金を引き刃を突き立てる事が出来る。
「主は我が恵み、我が砦、我が櫓、我を救う方」
活骸が人間である、そう知った後もそれは変わりはしなかった、人間だろうがなんだろうが、自分達を脅かすものは速やかに排除すべきなのだから。
「我が盾、我が身の避け所。我が民を我に服させる方」
それでも、今は、今は違う。
今自分がこうして次々と撃ち殺している活骸は、つい昨夜迄は親しく付き合っていた、仮初めのとは言え仲間なのだ。仲間を撃ち殺す事に何も感じずにいられる程、人間性を無くしてはいなかった事が恨めしい。
「主は我が岩我が城我が砦、我を救うものなり」
また一人崩れ落ちる、また一人、殺した。
「主は我が盾、我が拠り頼む者なり」
この痛みを引き受けるのは自分だけで良い、大和海兵隊の彼等が味わうべき地獄ではない。
それでも、彼等もそれを背負わなければならないのなら、少しでも多く自分が殺し、そして、彼等の重みを少しでも減らしてやろう。
「――アーメン」
運動場での高根からの訓示の後、再度全員でトラックに乗り、出撃の朝という事で無人だった所為で難を逃れ殆ど無傷で残っていた体育館へと一度相当数を下ろした。一度に該当者全員を離脱させる事は不可能、数度に分けて残っているトラックと人員で正門付近の柵迄運ぶしか無いが、その間ここであれば鉄扉さえ閉じていれば何もせずに持ち堪えられるだろう、高根を始めとする古参級の人間によりそう判断され決定された。
「台数はどうする?出来るだけ早く離脱を完了させる為に確保出来たトラック全部動員させるか?」
「そうだな、その方が――」
「止めた方が良い。防衛戦が長くなればそれだけ弾幕は薄くなる、万が一にでも突破されたら最後だぞ」
体育館へと移動する前の最後の打ち合わせ、そこに口を挟んだのはタカコ、古参達の視線が集中する中、出過ぎた真似を済まないと断ってから再度彼女は口を開く。
「これは攻めの戦いじゃない、言うなれば退却戦だ。攻めではない以上確実な方法を採るべきだ、時間は掛かっても防御を堅くし車列は少なめ……最大でも五台。一台の荷台に配置する射手は三名の計十五名十五丁、私が遊撃として一丁持ち合計十六丁を離脱作戦に割り当て、残り四丁は万が一の時の為に今から向かう体育館に置いておいた方が良い」
「……その根拠は?」
タカコの言葉に返したのは総司令である高根、現在確認出来ている生存者はタカコも含めて七百四十三名、これが全てなら海兵隊は兵員の七割を失った事になる、これ以上一人たりとも失うわけにはいかない、意見を出すのであれば全員が納得出来る根拠を、高根がそう思い求めるのは至極当然の事で、タカコもそれは分かっているのか彼の目を真っ直ぐに見て答えを口にする。
「我が国、ワシントンが長年の活骸との戦いで完成させた黄金比だ、私はそれを身体と頭に叩き込み仲間を助けて来た。これが根拠だ」
普段ならば根拠と言うのには弱いだろう、それでも頼らざるを得ない状況とタカコの纏う空気が後押しになったのか、特に反対される事も無く提案は受け入れられ、部隊はそれに合わせて編成し直された。その後射手が選ばれタカコから扱い方の教示を受け、車列はいよいよ体育館へと向けて動き出す。
一台が体育館の入口に付けて一気に兵員を下ろし、他は周囲を走行し活骸を引き付ける、それを繰り返し残り五台となったところで正門付近へと移動を開始する段になった。一度正門とは反対方向に活骸を引き付けてからの方が良いだろう、これもタカコから提案され全員が納得し、車列は先ずは活骸がぎりぎり追いつけない程度の低速で正門とは反対方向へと走り出す。
「前方と横方向からの襲撃には細心の注意を払え!発砲は私の命令が有る迄待機、散弾銃を使用した戦闘については一時的にだが総司令から指揮権を預けられている、私の命令が絶対だ、良いな!」
「了解!」
荷台の上で後方へと向けて声を放ればそちらから上がる声、タカコはそれに小さく頷いて手にした散弾銃を抱え直す。
ここに至る迄の間に或る程度は無力化したがまだまだ相当数の活骸が残っている、厳しい状態は依然として続いていると言うべきだろう。この程度の事は今迄に何度も経験はしているものの、それでも出来ればもう遭遇したくなかったなと内心で吐き捨てる。
「タカコ!横から来た!」
突然後方から上がって来た声に視線を向ければ、タカコから見て斜め後方から迫って来る数体の活骸の姿。それを見て自らの持つ散弾銃をそちらへと向けて構え、声を張り上げた。
「しっかりと見ておけ大和海兵隊諸君!これが、我がワシントンの戦い方だ――!!」
距離が有る、通常の散弾だけではなくスラッグ――、単発弾も作ってもらっておいて良かった、自分にはこれを使った精密射の方が向いていると一瞬口元を歪めて笑うと一気に引き金を引き絞る。
重い反動、強い力で後ろへと押されながらも身体は微動だにしない、走行し振動するトラックの荷台という悪条件ではあるが良い調子だと思いつつ活骸を見据えれば、発砲とほぼ同時に一体の頭部が綺麗に吹き飛んだ。
「――褒むべきかな、我が岩である主よ」
次へと狙いを定めながら口から零れ出たのは祈りの言葉、そう信心深いわけでもないが部隊の狙撃手でもあった戦友がいつも呟いていたのをいつの間にか覚えていた。そして、いつしか自分も狙撃の時には口にするようになっていた。
「主よ、貴方は戦の為に我が手を、戦の為に我が指を教え、そして鍛えられる」
活骸を撃ち殺す事に何の痛痒も感じはしない、活骸どころか人間でさえ、必要ならば何の心の動きも無く引き金を引き刃を突き立てる事が出来る。
「主は我が恵み、我が砦、我が櫓、我を救う方」
活骸が人間である、そう知った後もそれは変わりはしなかった、人間だろうがなんだろうが、自分達を脅かすものは速やかに排除すべきなのだから。
「我が盾、我が身の避け所。我が民を我に服させる方」
それでも、今は、今は違う。
今自分がこうして次々と撃ち殺している活骸は、つい昨夜迄は親しく付き合っていた、仮初めのとは言え仲間なのだ。仲間を撃ち殺す事に何も感じずにいられる程、人間性を無くしてはいなかった事が恨めしい。
「主は我が岩我が城我が砦、我を救うものなり」
また一人崩れ落ちる、また一人、殺した。
「主は我が盾、我が拠り頼む者なり」
この痛みを引き受けるのは自分だけで良い、大和海兵隊の彼等が味わうべき地獄ではない。
それでも、彼等もそれを背負わなければならないのなら、少しでも多く自分が殺し、そして、彼等の重みを少しでも減らしてやろう。
「――アーメン」
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