上 下
426 / 428
最終章 明と暗

第四百二十六話 八兵衛黄金焼きそば

しおりを挟む
「えーーっ!!?? 八兵衛さんのお店は焼きそばの屋台なのですか?」

「それが、どうしましたか?」

「いえ、これだけ、美味しそうな屋台が並んでいたら、焼きそばは誰も食べないのじゃないでしょうか?」

「だ、だよなあ、朝からお客さんが誰も寄りつかない……」

 俺は大げさに悲しそうな顔をした。

「ふふふ、で、ございましたら、私が一つ食べましょう。他に食べたい物が一杯ありますが、焼きそばを食べましょう」

 なんだか嫌そうだよなあ。

「あの、信さん。嫌なら無理しなくても良いんですよ」

「そそそそそそ、そんなことはありません。と、とても食べたいと思っています。思っていますとも」

「ほんとうですかーー??」

 俺は言いながら、屋台の鉄板を熱くした。
 最初に豚肉の細切りを焼き、火が通ったら保温部分に移動する。
 肉から出た油に、二個分の木田産の溶き卵をのせ、そこに焼きそばの麺、細切りのこれまた木田産の細切りキャベツを、さらに焼き上がっている細切りの豚肉も戻して玉子を絡めるように目一杯の強火で焼く。

 目一杯の強火なので、こがさないように素早くまぜて、まぜて……まぜまくって、具材の一つ一つに玉子をまとわせた、黄金焼きそばにする。仕上げに特製ソースをたっぷりかける。
 この強火が家庭用のフライパンでは出来ない。
 屋台のこの鉄とミスリルの合金製の、分厚い鉄板じゃないと出来ないのである。

「出来ました。どうぞ召し上がって下さい」

「は、はい。あの……八兵衛さん」

「なんですか?」

「すごく、食欲をそそる香りですね」

「ふふっ、わかりますか。このソースにはシャインマスカットを使っているのですよ。素人が手探りで作ったシャインマスカットなので不作でした。粒が小さくて色も悪い。味は良いのですが量も少ないのでどうしようかと迷い、多くの人に味わってもらうためソースの材料にしたのです」

「へーーっ……」

 気のない「へーっ」いただきました。
 信さんは返事の後一口、焼きそばを口に運びました。
 その瞬間、目を閉じて一歩後ろに下がりました。
 そして、そのまま動きを止めています。

「ごくり……」

 俺は返事がおそいので、思わずツバを飲んでしまった。
 信さんの奴、返事をためすぎなんだよなあ。

「きゃああああーーーーーー!!!!!!」

 信さんからすごい悲鳴が上がった。
 声が女みたいだ。
 どこから出るんだこんな声。

「しんさん、大丈夫ですか?」

「を、……おいしいいいいいぃぃぃぃーーーー!!!!」

 両目を、カッっと見開き俺の顔を見つめてくる。
 ちょっ、その顔! 美味しいときの顔じゃないよ。
 親の敵を見つけた時の顔だよ。目が充血して、ちょっと恐いんですけど……

「そ、それはよかった。ほっとしました」

「胃袋までつかまれました」

 信さんの目がハートになっているように見えます。
 頬まで真っ赤になってきた。

「ははは、嬉しいけど、男どうしだからなー」

「すごくおいしい!! 全ての具材に玉子がからみ、具材の太さが麺と同じようにそろえられていて、弾力のあるお肉とシャキシャキのキャベツ、もちもちの麺の食感がとても良いです。そしてこの爽やかな香りと甘さのソース。人生で最高の焼きそばです。ここにある全ての屋台より美味しいかもしれません。これと同じ位のおいしさの物を探すなら、うな重しか思い当たりません」

 なんだか、食レポがはじまった。
 言い終わると信さんは、呼吸を忘れて次々かきこんだ。
 男らしい良い食いっぷりだ。

「おいおい、そんなに慌てると喉に詰まるぞ」

「お、おかわりーー!! お替わりをお願いします!!」

「えーーっ!! ただの焼きそばだよ。そんなに食べると、他の物が何もたべられなくなるぜ」

「な、な、なにが、ただの焼きそばですかーー!! 最高の焼きそばです。おなか一杯食べないと気が済みません!! は、はやくお替わりを、お替わりをお願いします」

「はいよっ!!」

 もはや、信さんの食欲は止まらなさそうだ。
 俺は屋台のおやじっぽく、次の焼きそばを焼き始めた。
 まあ、これだけ気に入ってくれれば悪い気はしない。

 丁度その時、駅に列車が到着したのか、人が流れてきた。
 だが、焼きそばなどに足を止める人はいなかった。
 少し先にはステーキの文字が目立っている。

「なんだか、良いにおいがするなあ」

 その人の流れの中から一人背の高い男が近づいて来る。
 きっと、変わり者だ。

「おい、総司!! 屋台の焼きそばなんか、まずいと相場が決まっている。先に進むぞ!! こんな所でまずい焼きそばで腹をふくらす馬鹿はいねえ」

 どうやら、北海道の土方さんと総さんのようだ。
 すると、今降りてきたのは北海道の人達か。
 楽しんでくれるといいなあ。

「まったく、土方さんはすぐにそういう言い方をする。見てくださいあれを」

「うおっ!!!! おおと……」

 俺は胸の名札を指さし、もう一つの手の人差し指を口の前に置いた。
 そして、焼き上がった焼きそばを信さんに渡した。

「う、う、う、うまーーーいぃ!!!! 八兵衛さん、やっぱりうますぎます!!」

 そう言うと信さんは次々口に運んだ。

「見てくださいよ! 土方さん。おいしそうじゃないですかー」

「ふん、サクラだろ!! 焼きそばなんて物は、うまくったって、しれてらあな」

「これだからなあ。土方さんは」

「殿ーーーー!!!!」

「おお、本庄!!」

「と、との??????」

 土方さんと総さんが顔を見合わせている。

「ああ、言っていませんでしたか。信さんは、越後商人十田謙之信とは世を忍ぶ仮の姿、本当は上杉謙信様なのですよ。ねえ本庄さん」

「そうですとも。殿こそが、木田の大殿より出羽、越後、越中の三国をお預かりする上杉謙信様にあらせられます。殿、先程の件、上杉家家臣に周知徹底いたしました」

 信さんは焼きそばを口一杯に頬張ったまま小さくうなずいた。

「こ、ここ、これは失礼いたしました」

 律儀に土方さんは、信さんに向って頭を下げた。
 でも、総さんはニコニコしたまま突っ立ったままだ。
 おーい総さん、土方さんは顔を下げたまま、すごい鋭い目でにらんでいますよーー。

「れしたら、まずは、このやきしょばを食べてみてくだしゃい」

 口一杯に焼きそばを入れたまま信さんが言った。
 はあぁぁー、あの上杉謙信様がしまらないなあ。

「ふふふ、八兵衛さん、二人分お願いします」

「へいっ、二人前!!」

「八兵衛さんは、屋台のおやじが似合いますねえ」

「ここ、こら、総司!! ぉぉとのだぞ……!!」

 土方さんが総さんの服をつまんで引っ張って小声で言った。

「良いじゃないですか。ねえ八兵衛さん!!」

「ふふふ、そうですとも、望んでやっていますから。土方さんも、普通でお願いします。はいどうぞ!!」

 俺は出来上がった焼きそばを二人の前に出した。
 二人はすぐさま口に運んだ。

「ふわああああぁぁぁぁーー!! 何ですかこれは??」
「……」

 総さんは大声を上げて、土方さんは無言になった。

「どうかしましたか??」

「うまーーい!!!!」

 二人の顔を見て、信さんが満足そうにわらった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

勇者から逃亡した魔王は、北海道の片田舎から人生をやり直す

栗金団(くりきんとん)
ファンタジー
「ふははは!さぁ勇者よ、開戦だ!」 魔族と人間が対立して1000年。 災厄と呼ばれる魔王がいる魔王城に、世界平和を取り戻すため、勇者一向が訪れる。 城に攻め入り四大幹部を打ち倒した勇者は、ついに魔族の頂点に君臨する「転移の魔王」とあいまみえる。 魔族を倒すことに特化した聖魔法の奥義魔法を使い、勇者は魔王を追い詰める。 千年間生きていて最大の危機に、魔王は前代未聞の「逃走」を選択する。 そして、異世界で最強種族の頂点にいた魔王は現代日本に転移する。 命からがら転移するも大気圏から落下して重症の魔王は、怪我をした動物と間違われて少年に拾われる。 この物語は、魔族としては初めて勇者から逃亡した魔王のその後の物語。 そして、新しい世界で初めて魔族と出会ったとある少年の話だ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

隠しスキルを手に入れた俺のうぬ惚れ人生

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
【更新をやめております。外部URLの作品3章から読み直していただければ一応完結までお読みいただけます】 https://ncode.syosetu.com/n1436fa/ アウロス暦1280年、この世界は大きな二つの勢力に分かれこの後20年に渡る長き戦の時代へと移っていった リチャード=アウロス国王率いる王国騎士団、周辺の多種族を率いて大帝国を名乗っていた帝国軍 長き戦は、皇帝ジークフリードが崩御されたことにより決着がつき 後に帝国に組していた複数の種族がその種を絶やすことになっていった アウロス暦1400年、長き戦から100年の月日が流れ 世界はサルヴァン=アウロス国王に統治され、魔物達の闊歩するこの世界は複数のダンジョンと冒険者ギルドによって均衡が保たれていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...