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九州激闘編

第三百六十五話 暗い顔の訳

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「よし、常久ー!! そいつの首を叩き切れー!!」

「はあぁーっ!?」
 ――はあぁーっ!?

 ですよねー。と、突然何を言い出すのでしょうか。
 常久様が目を見開いて驚いています。
 私も同じです。大殿からまさかの言葉です。
 それだけ、豊前や筑前を荒らした事に怒っているのでしょうか?
 おかげで常久様から、さっきまでの怒りがどこかへ飛んで行ったように感じます。

「くっ!」

 副隊長は、土下座の状態から顔を上げる事も無く、目だけで常久様の槍の穂先を見つめます。
 抵抗もせず、切られる気なのでしょうか。
 私が同じ立場なら、黙って切られます。
 見苦しい事をすれば、私だけでは無く木田家までが馬鹿にされるからです。私にもその覚悟は出来ています。
 この副隊長もさすがですね。副隊長になるだけのことはあります。天晴れです。

「いまなら、切り落としやすいぞ! ほれっ!」

 大殿は言葉とは、うらはら冷たい感じで言います。

「さ、さすがに、土下座をして待ってくださいと言う者の首をそのままは切れませぬ」

「ふむ、常久が待つというものを、俺がつべこべ言うのは違うのう。よかったなあ待つらしいぞ、何か申したい事があれば言ってみよ」

「はっ! ありがたきお言葉……俺はどうなってもかまいません……どうか配下の兵士の命だけは許してはもらえませんでしょうか」

「虫が良すぎる。常久、皆殺しにせよ!!!!」

 既に、おおと……アンナメーダーマンが言おうとする事を察したのか、常久様の鼻の穴がヒクヒクしています。

「配下を思う将の言葉にございます」

 常久様が、少し笑いかけています。
 本気の人に対して失礼すぎますよ。

「なるほどなあ、常久はやさしいのう。では、全員返してやる。ついでに五番隊の退却にも手出しをしないでおいてやろう。常久に感謝せよ! ただし、それでは常久の腹の虫がおさまらんであろうなあ。そこで、こうしてはどうだ。九州から連れて行った者達を全員返還するというのは? 返還を確認出来れば、ついでにそこの隊長、副隊長も返してやる。もし、返却が無ければ、そこの隊長達は安東家へ引き渡す。と、言う事でどうだ? ああ、首相の鈴木に聞かないと返事はできないのか?」

「いいえ。ふふふ、首相の返事など必要ございません。我ら副隊長以上の者は全員、ハルラ様直属です。鈴木などに口出しはさせません。わかりました。実行する事を約束いたしましょう」

「ハルラだと?」

 常久様は初めて聞くのか、質問しました。

「ハ、ハルラ様を呼び捨てにするな!!」

 副隊長が常久様をにらみ付けました。
 どれほど心酔しているのでしょうか。

「ふふふ、ハルラとは俺の天敵だ。俺が戦う最終目標だ。とてつもない悪の権化さ。俺でも勝てるかどうか分からない最強の相手だ」

 わざとでしょうか。
 アンナメーダーマンも呼び捨てにしました。
 でも、副隊長は何もいえません。
 おそらく、アンナメーダーマンをハルラと同格とみているのでしょう。さすがアンナメーダーマンです。

「そ、それほどの者がこの日本にまだいるのですか?」

「ふふふ、それがよう、困った事にいるのさ。俺がいなければ、日本は新政府軍と奴の物になり、今頃日本人は滅んでいただろうなあ」

「なっ……!?」

「奴は、世界が滅ぶ事を望んでいる節がある。日本ではただ、子供の様に無邪気に遊んでいるように感じる。新政府の政治に苦しむ人々をみて喜んでいるようにさえ感じるのだ」

「なんという……悪魔ですな」

「悪魔ではない取り消せ! ハルラ様は神だ。そしてアンナメーダーマン! お前こそ悪の魔王だ!!!!」

「な、なにっーー!!!!!!」

 これには、大殿配下の人達が全員怒りをあらわにします。
 大殿は左手を直角に曲げて上に持ち上げました。
 それだけで、全員が静まります。

「ここからは、平行線だ。もう行っていいぞ。しばらくは関門海峡を越えないでおいてやる。まあそっちが攻めて来れば、相手になるがなあ。追撃はしねえから、ケガ人をつれてゆっくり帰ってくれ」

 そう言うとアンナメーダーマンはくるりと後ろを向きました。

「撤退だーー!!!! 安東の気が変わらねえ内に、帰るぞーー!!」

 その言葉を聞くと、皆の元へ歩き出しました。
 アンナメーダーマンは、安東様の横を通り過ぎるときに声をかけました。

「すまねえなあ。復讐をしたかったであろうなあ」

「いいえ、この常久! 大殿の御采配、心服いたしました! 九州の民が無事帰って来るのなら。復讐など些細なことにございます」

「うむ。そう言ってもらえると、俺の心も救われる。俺は、良い家臣に恵まれて幸せ者だ」

 その言葉を聞き、常久様は肩をふるわせています。
 死んで行った者は絶対帰って来ませんが、これで生きている人が救われるのです。常久様の心中は複雑なのでしょう。

 大殿は常久様の肩を叩くと、大きく息を吸いました。

「みんなーー、腹が減っただろう。ウナギ祭りの開催じゃーー!!!!」

「おっおおおーーーーーっ!!!!!」

 全軍で声が上がりました。



 大殿は、食事の準備を済ますと、常久様とベッキー様を呼びました。

「二人を呼んだのは他でもない。大事な使命を与えようと思ってなあ」

 大殿は、既にアンナメーダーマンから大殿に戻っています。
 まあ、ヘルメットを取っただけですけど。

「……」

 二人は大殿の顔を黙って見つめ、次の言葉を待ちます。

「ベッキー、お前には豊前を任せる。安東と島津と協力して、新政府軍の侵攻から九州を守ってくれ」

「……!?? はっ、ははっ!」

 ベッキー様は驚いた表情をしましたがすぐさま返事をしました。

「常久には、筑前と恐らく肥前も任せる事になるだろう。ベッキーを助けてやってくれ」

「な、なんと、竜造寺と有馬は……?」

「あの二人は、民衆を置き去りにした。俺からして見れば、一番大事な者を見捨てたという事になる。殺す事は無いが、全ての財産を没収の上、呂瞬のもとで足軽から出直してもらう事になるだろう。まあ、民主化したあとなら、また議員に立候補して政治家に復帰してくれればいい。民意が奴らを求めるならそれでいい。悲しいがそれが、選挙であり民主主義なのだ」

「な、ならば、民主化などせず、大殿が……」

 常久様が言いかけた途中で、大殿は手のひらを常久様に向けて言葉をさえぎりました。
 そして、黙って首を数回振りました。
 大殿にはその気はまるで無いようです。
 なぜ、ここまでかたくななのでしょう。

「ふー、これで、九州のこともだいたい片付いたなあ。いよいよ俺も……」

 その後を言いかけて、黙ってしまいました。
 何を言いかけたのでしょう。
 気になります。
 でも、ミサ様は分かったみたいです。
 すごく、暗い顔になりました。
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