上 下
343 / 428
九州漫遊編

第三百四十三話 対立

しおりを挟む
 大殿を見る伊藤様の顔は、目に涙が一杯で唇が微かに震えているようにみえます。
 大殿は、伊藤様から視線を代官尺樽の方へ移しました。

「さて、代官尺樽!」

「ひゃっ、ひゃい!!」

 悪代官様はすっかりおびえています。
 悪くすれば死罪とでも思っているのでしょうか。
 でも、大殿が死罪にする事は無いと思います。
 どうするつもりなのでしょう。

「人間の欲望には限りが無いと言われているが、今の世の中で偉い奴がそれをすると民が苦しむ事になる。欲を捨てよとまでは言わねえが、もう少し控えてはくれねえかなーー」

 大殿は、普通に話しかけました。
 さっきまでは、おびえた顔をしていましたが、死罪で無い事が分ると、安心して悪代官の顔に戻り始めています。

「そう言われますが、大殿も美女をそんなに従え、贅の限りをしつくしておられるのでしょう? 俺ばかりにそれを望むのは、筋違いというものではございませんか?」

 悪代官は、悪い笑顔を大殿に向けました。
 背筋が寒くなるほどの嫌な笑顔です。

「ふむ、そうか……」

 ふむ、そうかではありません。
 何を言い負かされているのでしょうか。ガッカリです。
 大殿は他人にはそう見えているのか、とでも考えているのか悲しげな表情になりました。

「な、何を言うのですか!! 恥を知りなさい!! 大殿はこれまで私の知る限り、あなたのような欲望の赴くままに、何かをするところを見た事がありません! 美女を連れていると言いましたが、無理矢理連れてこられた人など一人もいません。自ら望んでここに居ます。何も知らないあなたごときが、馬鹿な事を言わないでください!!」

 私がガッカリしていると、見かねて響子さんが怒りをあらわにしました。
 温厚な菩薩のような響子さんが怒ると迫力が違います。
 でも、それは普段の響子さんを知っている私達だからこそのようです。
 悪代官は、薄笑いを浮かべています。悪代官の心にはまったく響いていないようです。

「ひゃははは、権力を持った者が、より多くの金を手にして、いい女を力ずくで手に入れるのは権利なのだ。やらねえ奴はふぬけだ。権力者にとって貧乏人の暮らしなど、どうでもいい事だ!! かつての政治家や金持ちは全員結託して弱い者から搾取していただろう。お前は知らないのか」

 ふてくされた表情で吐き捨てるように言いました。
 とても憎たらしいです。

「貴方こそ知らないの? 木田の大殿は、今では一円の収入も取らず、自分の持っている物は多くの人に分け与えるばかりで、私利私欲になど一切とらわれていない事を!! 弱き人の側に立ち清廉潔白に生きる事の方があなたより余程尊いわ!!」

 今度はカノンちゃんが怒りをあらわに言いました。
 キリリと引き締まった美少女の怒りの表情は美しさに磨きをかけます。

「だまれ、小娘!! お前ごときに俺の何が分るというのだ!! 清廉潔白だと笑わせる。俺がどれだけ苦労をしてこの地位にまで昇ったと思うのか!! 昇ったからには好きにするのが人間だ!!」

「尺樽、もういい。お前の言い分はわかった。
 だが、俺は底辺にいた人間だから、お前が切り捨てる底辺の人の生活がとても大切だと思っている。
 底辺の人がさらに貧乏になるような重税をかけ、搾取するなどと言う事はあってはならないのだ。
 木田家は俺が大殿でいる間は、お前がいう貧乏人が豊かな暮らしが出来る様に努力する。
 その上で余ったお金が、権力者の収入になるのだ。
 お前の考えとは真逆に感じるなあ。
 俺の考えが受け入れられないのなら仕方が無い、お前は新政府に行くといいだろう。
 そこではお前が言うような国作りがなされている。
 きっと、思うままに生きられるだろう」

 そうですよね。権力者の方から富をむしり取っていったら、残ったわずかな物を大勢で分ける事になり、庶民の暮らしが豊かになるはずがありませんよね。
 その上、税金が底辺の人に重くなる仕組みを作り、苦しい生活がさらに苦しくなっていく、そんなことはあってはならないことです。
 たしか以前の日本という国では、わずかな年金で暮らしている人にまで重い税金がかかっていましたよね。本当におかしな国でした。

 また思い出しました。その昔、ハウルス ハーンでしたっけ、車の会社の社長なんか、会社が赤字だというのに何億円も給料を取り、社員を大勢くびにしていましたよね。
 あれは、酷いと思ったものでした。
 社員の首を切る前に自分の給料を返上しろと思ったものです。

「ふはははっ!! ならばそうさせてもらう! おい、お前達の中で俺と共に来る者はいないか? 一緒に連れて行ってやるぞ!!」

 代官尺樽は、悪びれる様子も無く笑いながら言いました。
 この言葉に数百人の兵士が立ち上がりました。
 代官子飼いの兵士達でしょうか。

「ふむ、いいだろう。行くのも行かないのも当然自由だ。
 家族を連れて行くのも許そう。
 但し、残りたいという家族を無理矢理連れ出す事はゆるさんからな。
 出て行くお前達には何もしてやれないが、せめて日向から出るまでは護衛をつけよう、達者でやってくれ」

 そう言われた尺樽達は、振り返る事もなくこの場を後にしました。
 尺樽の後ろ姿を、伊藤様は険しい表情で見送ります。

「大殿よろしいのですか? もし、お許しを頂けるのでしたら、討ち取って参りますが」

 伊藤様が、拳を振るわせて言いました。

「いや、いい……」

 大殿は、つらそうな顔をして、何か言おうとしましたがそれを飲み込みました。

「だれか、尺樽を監視して下さい」

 私は大殿に知られないように、近くの部下に小声で命じました。

「では、桃井様。私達が行って参ります」

「ええ、お願いします」

「はっ!」

 部下達も極小さな声で返事をし、誰にも知られる事無く行動を開始しました。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

勇者から逃亡した魔王は、北海道の片田舎から人生をやり直す

栗金団(くりきんとん)
ファンタジー
「ふははは!さぁ勇者よ、開戦だ!」 魔族と人間が対立して1000年。 災厄と呼ばれる魔王がいる魔王城に、世界平和を取り戻すため、勇者一向が訪れる。 城に攻め入り四大幹部を打ち倒した勇者は、ついに魔族の頂点に君臨する「転移の魔王」とあいまみえる。 魔族を倒すことに特化した聖魔法の奥義魔法を使い、勇者は魔王を追い詰める。 千年間生きていて最大の危機に、魔王は前代未聞の「逃走」を選択する。 そして、異世界で最強種族の頂点にいた魔王は現代日本に転移する。 命からがら転移するも大気圏から落下して重症の魔王は、怪我をした動物と間違われて少年に拾われる。 この物語は、魔族としては初めて勇者から逃亡した魔王のその後の物語。 そして、新しい世界で初めて魔族と出会ったとある少年の話だ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】魔導騎士から始まる、現代のゴーレムマスター

呑兵衛和尚
ファンタジー
 異世界での二十五年間の生活を終えて、無事に生まれ故郷の地球に帰ってきた|十六夜悠《いざよい・ゆう》  帰還時の運試しで、三つのスキル・加護を持ち帰ることができることになったので、『|空間収納《チェスト》』と『ゴーレムマスター』という加護を持ち帰ることにした。  その加護を選んだ理由は一つで、地球でゴーレム魔法を使って『|魔導騎士《マーギア・ギア》』という、身長30cmほどのゴーレムを作り出し、誰でも手軽に『ゴーレムバトル』を楽しんでもらおうと考えたのである。  最初に自分をサポートさせるために作り出した、汎用ゴーレムの『綾姫』と、隣に住む幼馴染の【秋田小町』との三人で、ゴーレムを世界に普及させる‼︎  この物語は、魔法の存在しない地球で、ゴーレムマスターの主人公【十六夜悠】が、のんびりといろんなゴーレムやマジックアイテムを製作し、とんでも事件に巻き込まれるという面白おかしい人生の物語である。 ・第一部  十六夜悠による魔導騎士(マーギア・ギア)の開発史がメインストーリーです。 ・第二部  十六夜悠の息子の『十六夜銀河』が主人公の、高校生・魔導騎士(マーギア・ギア)バトルがメインストーリーです。

処理中です...