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北と南の戦い

第三百十話 握手でお別れ

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「大変って、いったい何があったんだ?」

 俺は爺さんの事だから、大したことは無いと高をくくっていた。

「ふむ、島津家久殿と言えば……。そうじゃな、ここより屋上の方がいいじゃろう。こっちじゃ!!」

「……」

 爺さんは、足早に階段をのぼった。
 俺達は、黙ってそれについていった。

「お前達はもういい。しばらく休憩をしてこい!」

「はっ!!」

 屋上につくと、爺さんは人払いのため見張りの新兵に休憩の指示をした。
 ――すげー、爺さん! 隊長が板についている。

 見張りの兵士が、姿を消すと爺さんは西を指さした。
 豊前の西には山地があり、夜の山は空より暗いため真っ黒な影になっている。
 まるで黒い壁のように見える。
 空が星明かりで薄ら明るいので、黒さが際立っている。

「どこを見ている。こっちじゃ」

 爺さんは指を少し北に動かしていた。
 指をさし間違えていたのだが、それを無かった事にした。

「あっ、あれは?」

 黒い影が平野に張り出している所があり、その下がオレンジ色に光っている。
 オレンジ色の正体は松明で、それが二重三重に囲んでいるように見える。

「あれは、山に陣を築いた九州雄藩連合を、新政府軍第五軍が包囲している所だ」

「ほう」

「だが、雄藩連合軍というのは弱い、すでに半数以上が恐れをなして逃げて行った残りかすじゃ」

「それが……?」

「ふふ、残っているのは島津家久殿じゃ。明日五番隊が総攻撃をかける。このままでは全滅じゃろう」

「なにっ!? た、大変じゃねえか!」

「だから、最初からそういっておるじゃろう! だが、慌てる事はない。総攻撃は明日の日の出後、飯を食ってからじゃ」

「よし、久美子さんすぐに救出に行こう」

「全く、あんちゃんはせっかちじゃのう。まだ時間はあると言っているじゃろ。言いたい事はまだあるのじゃ」

「な、なんだ!?」

「わしは、先週まで広島にいた」

「うむ」

「ずっと、娼館通いじゃ! ひひひ」

 くそーーっ、まじめに聞いた俺が馬鹿だったーー。
 何を言い出しゃあがったーー!

「そんな事を自慢したいだけかよー」

「そんな事とはなんじゃ! 大事な事じゃ! 今新政府内では、物価が高騰している。玉子が一個二百円、一番安い米が十キロ六万円じゃ。わしらが金を落さんと女達は飯も食えないのじゃ」

「ふ、ふむ」

 そういえば、「娼婦というのはたいへんな重労働です。尊敬しなければならない労働ですよ」と柳川が言っていたなあ。

「だいたい、そんな事を言いたいわけじゃ無い! あんちゃん、話の腰を折るでない! 黙って聞け! 広島にいた時の事を話したいのじゃ。わしは広島に大量の武器があったと言いたかったのじゃ」

「なにーっ!? どうして?」

「ほれ見ろ、関心があるのじゃ無いか!」

 いやいや、だったら、娼館の話はいらないよね。
 子供がいるのだから、だめですよそんな話。
 あーーっ、カノンちゃんは、見た目は子供、中身は大人だった。セーフか。

「ぐぬぬ。でっ!?」

「その武器は、政府軍桜木様が率いる一番隊から四番隊の新政府軍主力が、織田軍の明智軍と羽柴軍に勝利して奪いとった物じゃ。
 明智と羽柴の軍は主力が越中へ行っていたため、留守じゃったから、その隙をついて攻め上がり連戦連勝、日本刀や槍を奪いとったのじゃ。
 まあ、それもこれも九州雄藩連合が弱すぎるため、主力を入れる必要が無いと判断出来た為じゃがのう。
 これで新政府軍は、近江の西半分と京都までを取り戻したようじゃ。
 大阪は、巨大な城と堀が完成していて手が出せなかったと聞いておる」

「なるほど」

 さすがに出世しただけの事はある。
 良く情勢を把握している。俺は爺さんを見直していた。
 しかし、明智軍と羽柴軍が攻め込まれていたとは、さすがは桜木だ判断がはやい。

「すべて、娼館の女の子から聞いた話じゃ」

 なんだって、見直して損した。

「そ、そうなのか」

 俺は、階段に歩き出そうとした。

「だから、まだ話は途中だ!! このあわてん坊がー!!」

 爺さんに怒られてしまった。

「まだ、なにかあるのか?」

「ある! この街の北は今日まで九州雄藩連合の部隊が守っていた。だが、犬飼隊長と六番隊で撃退した」

「ふむ、それが?」

「壊滅した九州雄藩連合に島津歳久殿率いる島津隊がいた」

「なんだって! そ、それで島津歳久様はどうしたんだ?」

「捕まってはおらんが、少ない手勢でどこかに隠れているのじゃろう」

「何だよ。わかっていないのかよー」

 がっかりだぜ。

「そんなもん、わかるかーー!! わしは食糧調達隊じゃーー!!」

「それもそうか。いや爺さん、ありがとう。これだけでも充分ありがたい情報だ」

「じゃろう!」

「……」

 怒られるといけないので次の言葉を待った。

「なんじゃ。もう終わりじゃ」

「終わりかよーー!!」

「当たり前じゃー。あんちゃんも、ありがとうと言っていたじゃろうがー」

「そ、それもそうか。爺さん助かった。どうだ、一緒に行かないか?」

 爺さんは、大きな目を見開いて本当に行きたそうな顔をした。
 もちろん俺は本気だ。
 いままで、いろいろ世話になった。出来ればのんびり暮らしてもらいたい。

 だが、爺さんは泣きそうな顔をして首を振った。

「わしが、いなくなれば部下達が困る。多くは年端もいかない子供達じゃ。わし以外なら、いじめられるか見捨てられる」

「そうか…………。じゃあ、お別れだ。また会おう。それまで前線には出てこないようにな」

「ふふふ、それだけは自信がある。まかせておけ!」

 爺さんは口だけ笑顔になって言った。
 その顔、鼻から上は泣き顔だぜ。
 スケさんとカクさん、響子さんとカノンちゃんが爺さんと握手をしている。続いて、謙之信、ミサ、久美子さん、そして俺の順で握手をして爺さんと別れた。
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