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第百五十一話 激豚

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「やれやれ、ファングさん、あんた少し体が大きくなっているじゃ無いですか。牙も立派になっている」

「フフフ、ソウダ。チャント鍛エテイタダ」

 ファングさんは小声で答えると、巨体から目にも止まらぬ速さのパンチを繰り出します。

 ブオン、ブオン

 風が私達の所に届きます。
 だんだん鋭さを増すパンチは目で追えなくなりました。
 そのパンチを、アンナメーダーマンは華麗なステップですべてかわしているみたいです。
 余裕があるのでしょうか。
 見物客のすぐ近くまで行き、よけながら子供達の頭を易しく撫でています。

「きゃーーっ!!!! アンナメーダーマン! かっこいいーー!!」

 撫でられた子供達は大喜びです。
 ふたたび、駐車場の中央まで戻りました。
 アイアンファングは手を止めました。

「ふふふ、アイアンファング、一発パンチを受けてやろう。撃ってこい!!」

 なっ、何てことを言うのでしょう。
 あんなパンチ、大砲ぐらい威力があると思います。
 アンナメーダーマンは仁王立ちです。

「ナメスギダーー!!!」

 ファングさんは凄い勢いで近づくと、腹に猛烈なパンチを入れました。

「がふっ!!」

 アンナメーダーマンの口から音がもれました。
 そして、体は宙を真上に飛びどんどん小さくなりました。
 何メートル飛んで行くのでしょう。
 見物客のクビが九十度曲がって、真上を向いています。
 胡麻くらいに見える高さに飛ぶと。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」

 声が聞こえてきました。

 ドン!!!

 駐車場のアスファルトに大の字に落ちました。
 でも、頭だけはヘルメットが壊れないように宙に浮かせています。
 まさか、余裕だったのでしょうか。
 でも、体は少しアスファルトに沈んでいます。
 まるで漫画のようです。

「はーーっ、まいったぜ。すげーパンチだ」

 そして、頭もアスファルトにつけました。
 気絶してしまったのでしょうか。

「おい、何をしている。声援だ!!」

 アンナメーダーマンが、本多さんに小声で言いました。

「よい子の皆さーん、正義のヒーローに声援を送って下さい。声援があればヒーローは永遠に不滅です」

 本多さんが大声を出しました。

「アンナメーダーーーーーマーーーン!!」

 子供達が大声を出しました。
 子供達は素直でかわいいです。
 アンナメーダーマンは、頭をピクリと動かし持ち上げました。
 でも、すぐにアスファルトにつけてしまいます。

「声援が足りません。大人の方も恥ずかしがらずに、全員で声援を送りましょう!!」

「アンナメーーーーダーーーーーマーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!」

 今度の声援は、すごく大きいです。
 鼓膜がビリビリします。

 倒れているアンナメーダーマンが、ゆっくり震えながら立とうとしています。
 まるで、生まれたての子鹿のようです。
 アンナメーダーマンが倒れていた所が、人型にへこんでいます。
 フラフラ立ち上がったアンナメーダーマンにアイアンファングが襲いかかりました。

「きゃーーーーーーーーっ!!!!!」

 まわりから、悲鳴が上がります。

「コレデ終リダーーー!!! アンナメーダーマーーン!!!!」

 さっきよりも大きく振りかぶってアイアンファングがパンチを出します。

 パアアアアアアン!!!

 大きな音がしました。
 パンチはアンナメーダーマンが手のひらでうけています。

 あたりが静かになりました。誰も物音を出しません。大人も子供もかたずを飲んで見守ります。

 アンナメーダーマンがその手をアイアンファングの、のびきった手首に持ち替えました。

 ボッ

 強い重低音があたりを震動させます。
 アンナメーダーマンが、手のひらをアイアンファングの胸に、強く速く押し当てたのです。
 手首を持ったのはこの攻撃で、アイアンファングさんの体を吹飛ばして、観客にけがをさせない為でしょうか。易しい配慮です。
 震動に遅れて、すごい風が吹きます。
 地を這うような強力な風は、大変な事を起こしました。

 そうです、女性のスカートを天に持ち上げたのです。

「きゃーーーああああ!!」

 白や赤、黒にピンク。誰に見せる為なのか、超セクシーなのから、リボンのついたかわいいのまで、色々なパンツが丸出しになっています。
 女性は隠そうとスカートを押さえますが、強い風が止みません。
 前は隠せても横は丸出しです。
 スカートの中を全員が必死で見ているようです。
 女なのに私まで見てしまいました。

「ふふふ、俺はねえ、日本人に正義の心を植え付けるのは、幼い日のヒーローショーだと思うのですよ。心の奥の、引き出しの片隅に悪人と戦い、弱き者を助ける。そして、悪事を働かず正しい行いをする。そんな心を、しっかり教えてくれているのじゃないでしょうか」

 私の横にいつの間にか、黒い豚カレーからただの豚カレーにもどったアンナメーダーマンが立っていました。
 見物人の視線がパンツに向いたのを確認して、変身を解除したようです。

「ヤ、ヤラレタダーー!!」

 胸にくっきり手のひらの跡がついています。
 アイアンファングはゆっくり倒れました。

「うわああああああーーーーーーーー!!!!!!」

 仙台駅に大歓声がこだましました。
 大人も子供も大喜びです。
 ヒーローショーの凄さを知りました。
 私も感動しています。

「かっこいいです」

 はっ! しまった。私は何を言っているのでしょうか。
 横を見ると、黄色いださいジャージの、気持ちの悪い豚顔の男がいます。

「ははは、こんなデブですよ。顔をヘルメットで隠さないといけないようなブ男です。かっこいいはずが、ありません。ふふ、好きでこんな顔に生まれたわけじゃないのに……」

 な、なんでしょう。この胸に湧き上がるもやもやした感情は。
 寂しそうな顔をする豚顔の男になにか、やさしい声をかけたくて、しょうがありません。

「あなたに、かっこいい顔があったら、女はみんなほれてしまいます。その顔だから丁度良いのですよ」

 わ、私は何を言っているのでしょうか。
 顔が悪いと言っているだけじゃ無いですか。

「ありがとう。上杉さん、あなたの事が好きになれそうです。日本を元に戻す為一緒に頑張りましょう」

 豚カレーさんが頭を下げました。

 す、す、好き。そ、そう言いましたか?

 キューーンと、なっています。
 私は、初恋をしてしまったかもしれません。
 だって、日本を元に戻す、そんなことを考えているのです。このお方は。
 私は、今日を生きる事しか考えていませんでしたが、この人はこんな日本で未来を見ていたのです。
 うつわが違いすぎます。

「ヒドイダ! アンナメーダーマンハ! ホンキデ攻撃ヲシテキタダー」

 悪役を演じたアイアンファングさんがもどって来ました。

「えーーっ、あんな攻撃全然本気じゃありませんよ。手加減しまくりました」

「えーーーーっ!!!!!」

 全員が驚いています。
 アイアンファングさんがずっこけて、豚カレー様のジャージのズボンに手をかけました。
 ズルリとズボンが脱げました。
 ズボンが脱げて顔を出したパンツに、激豚と書いてあります。

「ぎゃーーー!! な、何をするのですかー!!」

「ス、スマネエダ」

 子供達の激豚の意味がわかりました。
 きっとアンナメーダーマンは皆の前で、ズボンが脱げて激豚を見せてしまったのでしょう。
 幻滅です。
 ですが、そう言うところもかわいくて良いです。
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