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第三十五話 いってらっしゃい

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「あっ、そういえば……」

 私が言った瞬間、メジカ隊長の剣はゾングさんの頭の上でピタリと止まりました。
 うつむいたゾングさんの頭に少しかすったのか、頭の天辺から血が垂れてきて一筋血のラインが出来ました。
 それが鼻の頭でたまってポタリポタリと道路の石畳に落ちます。

「な、何でしょうか?」

 メジカ隊長は視線をゾングの頭から私に移しました。

「メジカ隊長は、何しにここへ来たのですか?」

「そっ、そうだ、こんなことをしている場合ではありません。イサ様をお迎えに来たのです」

 メジカ隊長は剣を鞘に収めます。

「えっ??」

 突然自分の名前が出たため、イサちゃんが目をパチクリしています。

「三番隊が帰って来ましたので、これより私の四番隊が前線へ出陣します。イサ様に同行してもらうため探している途中でした」

 どうやら、イサちゃんを探している途中で、騒ぎを聞きつけたようです。

「そうですか。イサちゃん気を付けて行って来てください」

 これで、しばらくイサちゃんとはお別れですね。
 お別れは、いつもさみしいです。
 私は少し涙目で、イサちゃんを見つめました。

「はい。必ずやドウカンを倒し、アサちゃんのかたきを取ってまいります」

 私の気持ちは伝わらなかったのか、イサちゃんの目はギラギラ輝き心が燃えているようです。
 下手な男の人より男らしいです。

「なーーーーっ!! ド、ドウカンって、フト帝国の神将ドウカンですか!! 無理だーー!! そんなこと絶対出来るわけが無い!!」

 ゾングが驚きのあまり声が出てしまったようです。

「うるさいなー!! ゾングさん、そんなことを言う前に命乞いでもしたらどうですか」

 私は冷たい視線をゾングに向けました。

「……か、可愛い。良く見ていなかったから、分からなかったが、こうしてじっくり見て見ると、とんでも無く可愛いらしい……」

 ゾングは顔を上げると、真剣な眼差しで真っ直ぐ私を見つめて言いました。

「はぁーー、な、な、なな、なにを言っているのですかーー!!!! そんなことを言ったぐらいでは許しませんよ」

 男の人にそんなことを言われたのは初めてなので、うろたえてしまいました。
 もう、許してもいいかなーー、なんて思えてきました。

「レイカ様、数々の失礼お詫びいたします。平に、平にご容赦願います」

 ゾングさんは額を石畳に付けて言いました。

「はい、はい。じゃあ皆、帰りましょうか」

 ゾングさんは、私が帰ろうとすると驚いた表情で顔を上げて私を見ました。

「ま、まってくれ!! それでは俺の気がすまない。そうだ、俺の命の対価としてこの店を渡す。慰謝料だ!!」

「えっええーーっ!!!!」

「何を驚く、安すぎるぐらいだ。世界一の商人の命の対価だ! それに、こんな店はたいしたことは無い、フト国の首都にはこれより大きな店がある。…………そっ、そ、その代わり、その……なんだ、し、紫龍剣を一つもらえないだろうか?」

 ゾングさんはバツが悪そうに、私に紫龍剣をおねだりしてきました。
 さすがは、武器商人ですね。私の武器の値打ちをもう分かっているみたいです。
 ちゃっかり世界一の武器をおねだりしてきました。

「わかりました。今は手持ちがありませんが、近いうちに用意しておきます」

「はっ、はははぁぁぁーー、ありがたき幸せ!!」

 ゾングさんは大げさに平伏しました。

「うふふ、大げさですよ」

 私は、少し嬉しくなっていました。

「すげーー!! あのちびっ子、豪商ゾング様を平伏させたぞ!!」
「ああ! あの鎧武者もすごかった。レンカの宝刀を真っ二つに切ってしまった」
「いやいや、あの三人もすごいぞ! 警備員や衛兵をいったい何人倒したんだ!」
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」

 見物人から、拍手喝采が自然に起っていました。
 拍手が終わると、通りはまた通常に戻り静かになりました。
 メジカ隊長は、一頭の騎馬を連れてきます。

「イサ様、これを」

 メジカ隊長がイサちゃんに騎馬を渡そうとします。
 イサちゃんは私の方を見ました。

「うふふ、メジカ隊長、イサちゃんは騎馬には乗れません。イサちゃんの装備はその騎馬と同じぐらいの重さがあります。それに、イサちゃんは、まだ騎馬には乗ったことがありませんので」

「こ、これは、失礼しました。しかし、騎馬に乗らないと距離が遠いので」

「それも大丈夫です。イサちゃんの体は丈夫なので、騎馬より速く長くはしれます」

「ほ、本当ですか?」

「本当です。ねえイサちゃん」

 イサちゃんはコクンとうなずきました。

「では、イサ様。ドウカンはケガが治れば攻めてきます。一刻も早く移動いたしましょう」

 メジカ隊長は騎馬に乗りました。

「ぐえええぇぇぇぇっ!!!!」

 イサちゃんが私に抱きついて来ました。
 私はつぶれそうになり変な声がでました。
 私の声を聞くと、イサちゃんの締め付けはいっぺんに弱まります。
 でも今度は、チマちゃんとシノちゃんとヒジリちゃんが一緒になって、抱きついて来ました。

「ぐわああああーーーーーーー!!!! こらーー!! あんた達、強すぎーー!! 強すぎーー!!!! 死んでしまいます!!」

「ぎゃはははははーーーーーー!!!!!!」

 四人が大声で笑いました。
 でも、全員の目から涙がポトリポトリと落ちています。
 私だけは、おばさん幼女なので涙を我慢しています。

 ――イサちゃん、いってらっしゃい!

 口に出すと涙がこぼれそうなので、心の中で言いました。
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