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最終話
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ヒューゴはその夜はレオの横で一夜を過ごした。レオを失う悲しさや絶望は寝る前には薄まり、不思議と気持ちよく眠ることができた。
幸せな夢だった。これまでの思い出がぎゅっと詰まったような、今までの幸せすら本当は夢だったのではと疑ってしまうほどの、いい夢だった。
ひんやりとした空気を感じ、ヒューゴは目を覚ました。隣で眠っていたはずのレオが立ち上がって小屋の入り口の方をにらんでいた。普段はおとなしいレオだったが珍しく、爪を立て鱗も心なしか逆立っているようだった。
門の外には昨日の騎士が立っていた。レオがのどを鳴らし、ヒューゴを守るように前出た。改めて見るレオの大きく伸びた背中は、いつもの猫背からは想像できない頼もしさがあった。
「安心しろ、レオ。別に僕を取って食おうとしているわけじゃないんだ。」
本当に守ってやらないといけないのはレオの方だった。それがわかっていたから、ヒューゴは何かに押しつぶされそうな情けない笑顔で大きな背中をさすり、なだめた。
「ここが最後の赤の小屋だな。全部で3頭いるはずだが、揃っているな?」
「…はい。…あの…こいつも連れていくんですか?」
「当然だ。ここのドラゴンはすべて帝国が管理する。」
「管理するって言って本当は何か悪いことに利用しようとしているんじゃないんですか!」
「何を言っている?そのような話、誰に吹き込まれたのか知らんがそれが我ら騎士を侮辱することになることだとは思わないのか?」
騎士を名乗る男が右手を剣の柄にかける。それを見たレオが先ほどにもまして威圧感を表に出す。男はその様子をじっと見つめ、部下に早くドラゴンたちを連れて行くように命令した。
顔全体を覆うように目隠しをつけられたドラゴンたちが次々に雪の大地へと引きずり出されていった。
最後にレオが引きずり出されると、小屋には一人の少年だけが残った。
その日の朝食は味がしなかった。重く沈んだ雰囲気の食卓で最後の一口を父が飲み込むと、黙って皆、父の言葉を待っていた。
「おそらく、いやほぼ確実に今日連れていかれた12頭は反帝国のものの手によって調教され、何か良からぬことに利用されることはほぼ間違いないだろう。だが、俺はお前たちを守る方が大事だ。だから、今回は俺のわがままということで許してほしい。」
「もし、あの子たちが帝国やガウコを襲ってくるようなことがあったときはどうするつもり?」
今回の件でなす術のなかった母はここぞとばかりに不安を顕にした。誰も、顔を上げられなかった。結果として反帝国派に協力する形になったこと、そして何よりドラゴンたちを守れなかったことを不甲斐なく思っていた。
「少なくとも半年以内にそんなことが起こることはないだろう。あの子たちはまだ若い。それに、この件はガウコの騎士団にも伝えてある。今回は間に合わなかったが次はきっと、この農園を守ることはできるだろう。」
珍しいことがあるもので、父のこの予想は外れた。
レオがいなくなってから3か月が経って春がすぐそこに来ていた。あの日以来、ヒューゴはレオが寝ていた小屋で寝るようになっていた。
レオがいなくなる前に見た夢をもう一度見たかった。小屋で寝ればきっとみられると思い続けていた。
(会いたいなんて贅沢は言わないから、もう一度だけレオの夢を見たい。夢でいいから顔を見たい…)
一日中そんなことを考え続けていた結果、ヒューゴの目からは生気がなくなっていた。
朝になって外が騒がしくなっていることに気が付いた。遠くから聞こえるのは母の叫び声とそれをなだめるような父の声だった。
「何だろう…?」
遠い目で小屋の戸を開けて外を見ると、そこは火の海だった。熱気が部屋に入り込む。
(山火事?)
上空で人の声が聞こえた。見上げると、ドラゴンたちが火を吐き、農場を燃やしている様子が目に映った。その中の一頭に気づくと、ヒューゴのうつろな目は輝きを一瞬で取り戻した。
「…レオ?レオ!帰ってきたんだ!おーい!レオ!こっちだー!」
ヒューゴは熱さなど感じていないように外へと走りだし、そのドラゴンの方に向かって手を振った。腹の底から名前を叫んだ。
「レオ、レオ、お前、火を吐けるようになったんだね!やったじゃないか!また会いに来てくれるなんて嬉しいよ」
ドラゴンが降り立ち、武装した男がヒューゴのほうへ歩いてきた。
「あなたが新しい飼い主さんでしたか!いやぁ、こんなに立派に育ててくださるなんて!こいつ冬の時なんて火すら…」
止まらぬ勢いで話すヒューゴに恐怖を覚えたのか男は何もせずに引き返した。男が背に乗ると、ドラゴンはヒューゴには見向きもせず、飛び立っていった。
「レオ―!元気で、ねー…、ハァ、…また遊びに…」
熱さは感じていなかったがヒューゴの体はやけどで消耗しきっていた。
愛したドラゴンの名を口にしながら少年は灰となっていった。
反帝国軍は南の大陸、モンドルクの進んだ技術支援を受け一気に勢力を拡大させ、ガウコを含むナパージャ大陸全土を制圧した。そして、モンドルク大陸の大国、その名も皇国モンドルクの傀儡政権が生まれたのち、数年たって徐々に元反帝国軍の勢力もそがれ、完全にナパージャ大陸はモンドルク皇国となった。
ラース農場の跡地には新しく軍需工場が建てられ、ガウコの名がつけられた。
その工場の下では今でも自分のドラゴンを呼び続ける少年が眠っているとかいないとか。
幸せな夢だった。これまでの思い出がぎゅっと詰まったような、今までの幸せすら本当は夢だったのではと疑ってしまうほどの、いい夢だった。
ひんやりとした空気を感じ、ヒューゴは目を覚ました。隣で眠っていたはずのレオが立ち上がって小屋の入り口の方をにらんでいた。普段はおとなしいレオだったが珍しく、爪を立て鱗も心なしか逆立っているようだった。
門の外には昨日の騎士が立っていた。レオがのどを鳴らし、ヒューゴを守るように前出た。改めて見るレオの大きく伸びた背中は、いつもの猫背からは想像できない頼もしさがあった。
「安心しろ、レオ。別に僕を取って食おうとしているわけじゃないんだ。」
本当に守ってやらないといけないのはレオの方だった。それがわかっていたから、ヒューゴは何かに押しつぶされそうな情けない笑顔で大きな背中をさすり、なだめた。
「ここが最後の赤の小屋だな。全部で3頭いるはずだが、揃っているな?」
「…はい。…あの…こいつも連れていくんですか?」
「当然だ。ここのドラゴンはすべて帝国が管理する。」
「管理するって言って本当は何か悪いことに利用しようとしているんじゃないんですか!」
「何を言っている?そのような話、誰に吹き込まれたのか知らんがそれが我ら騎士を侮辱することになることだとは思わないのか?」
騎士を名乗る男が右手を剣の柄にかける。それを見たレオが先ほどにもまして威圧感を表に出す。男はその様子をじっと見つめ、部下に早くドラゴンたちを連れて行くように命令した。
顔全体を覆うように目隠しをつけられたドラゴンたちが次々に雪の大地へと引きずり出されていった。
最後にレオが引きずり出されると、小屋には一人の少年だけが残った。
その日の朝食は味がしなかった。重く沈んだ雰囲気の食卓で最後の一口を父が飲み込むと、黙って皆、父の言葉を待っていた。
「おそらく、いやほぼ確実に今日連れていかれた12頭は反帝国のものの手によって調教され、何か良からぬことに利用されることはほぼ間違いないだろう。だが、俺はお前たちを守る方が大事だ。だから、今回は俺のわがままということで許してほしい。」
「もし、あの子たちが帝国やガウコを襲ってくるようなことがあったときはどうするつもり?」
今回の件でなす術のなかった母はここぞとばかりに不安を顕にした。誰も、顔を上げられなかった。結果として反帝国派に協力する形になったこと、そして何よりドラゴンたちを守れなかったことを不甲斐なく思っていた。
「少なくとも半年以内にそんなことが起こることはないだろう。あの子たちはまだ若い。それに、この件はガウコの騎士団にも伝えてある。今回は間に合わなかったが次はきっと、この農園を守ることはできるだろう。」
珍しいことがあるもので、父のこの予想は外れた。
レオがいなくなってから3か月が経って春がすぐそこに来ていた。あの日以来、ヒューゴはレオが寝ていた小屋で寝るようになっていた。
レオがいなくなる前に見た夢をもう一度見たかった。小屋で寝ればきっとみられると思い続けていた。
(会いたいなんて贅沢は言わないから、もう一度だけレオの夢を見たい。夢でいいから顔を見たい…)
一日中そんなことを考え続けていた結果、ヒューゴの目からは生気がなくなっていた。
朝になって外が騒がしくなっていることに気が付いた。遠くから聞こえるのは母の叫び声とそれをなだめるような父の声だった。
「何だろう…?」
遠い目で小屋の戸を開けて外を見ると、そこは火の海だった。熱気が部屋に入り込む。
(山火事?)
上空で人の声が聞こえた。見上げると、ドラゴンたちが火を吐き、農場を燃やしている様子が目に映った。その中の一頭に気づくと、ヒューゴのうつろな目は輝きを一瞬で取り戻した。
「…レオ?レオ!帰ってきたんだ!おーい!レオ!こっちだー!」
ヒューゴは熱さなど感じていないように外へと走りだし、そのドラゴンの方に向かって手を振った。腹の底から名前を叫んだ。
「レオ、レオ、お前、火を吐けるようになったんだね!やったじゃないか!また会いに来てくれるなんて嬉しいよ」
ドラゴンが降り立ち、武装した男がヒューゴのほうへ歩いてきた。
「あなたが新しい飼い主さんでしたか!いやぁ、こんなに立派に育ててくださるなんて!こいつ冬の時なんて火すら…」
止まらぬ勢いで話すヒューゴに恐怖を覚えたのか男は何もせずに引き返した。男が背に乗ると、ドラゴンはヒューゴには見向きもせず、飛び立っていった。
「レオ―!元気で、ねー…、ハァ、…また遊びに…」
熱さは感じていなかったがヒューゴの体はやけどで消耗しきっていた。
愛したドラゴンの名を口にしながら少年は灰となっていった。
反帝国軍は南の大陸、モンドルクの進んだ技術支援を受け一気に勢力を拡大させ、ガウコを含むナパージャ大陸全土を制圧した。そして、モンドルク大陸の大国、その名も皇国モンドルクの傀儡政権が生まれたのち、数年たって徐々に元反帝国軍の勢力もそがれ、完全にナパージャ大陸はモンドルク皇国となった。
ラース農場の跡地には新しく軍需工場が建てられ、ガウコの名がつけられた。
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