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第23章オチャルフ要塞決戦編(前)

第6話 トルポッサ市街地の戦い1

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 ・・6・・
 3の月3の日
 午前9時過ぎ
 トルポッサ市中心街から東8キロ
 統合軍第1能力者化師団第11連隊担当区域


 三の月三日になると、帝国軍は遅れを取り戻そうと各戦線で攻勢を続けていた。第一能力者師団を含むトルポッサ方面はその中でも一際激しい攻撃を受けていたものの、後方からの十分な物資補給や弾薬補充によって火力を維持。作戦の通りに少しずつ後退しながらも帝国軍のそれを受け止めきっていた。
 ツェルロイ川を越えた帝国軍とトルポッサ市街地で相対するのは第一能力者師団。その中でもトルポッサ市街東部中央ブロックには、第一一連隊のチェスティー率いる第三〇一大隊と、ウェルダー率いる第四〇一大隊が奮戦していた。ただ、この中に普段連隊では見かけられない小綺麗な格好をした高級士官もいた。
 戦場はいつも通り砲声と銃声に法撃の音が響き、戦場音楽が奏でられていた。

 「なあ、やはりこの状況はおかしくないか!? 僕は作戦参謀だぞ!? なんで前線で魔法銃ぶっぱなしてんだ!?」

 「仕方ないじゃないですかー。ザレッツ中佐がたまたま視察に来られたのと、連中の攻勢が急に激しくなったのが被っちゃったんですから」

 「チェスティー少佐、お前間延びした声で随分落ち着いているんだな!?」

 「まあ最早日常みたいなもんですしー?」

 「嫌な日常もあったもんだな!」

 戦場に慣れきったチェスティーとは対照的に、戦闘に巻き込まれたのが不本意だからか声を荒らげているのは、ザレッツ・マンシュタイン中佐。第一能力者化師団作戦参謀だ。本来彼のような作戦参謀は滅多に最前線に顔を出さないのだが、状況確認も兼ねてここに来たのが運の尽きだった。突如として一一連隊付近に想定を越える敵勢力の攻勢が行われたのである。
 そのせいでザレッツ中佐まで戦闘に駆り出され今に至る。これが魔法が使えない参謀だとか、魔法能力が大したことがなければチェスティーにウェルダーもすぐさま退避させたのだが、いかんせんその暇がない上にザレッツの魔法能力者ランクはB+。平均より上なのだ。さらに彼の持つ特技も相まって尚更後方退避は後になっていたのである。

 「ザレッツ中佐は我々がお守り致します。しかし、戦ってもらえるとありがたいのですが。その自費購入した魔法狙撃銃は使えるのでしょう?」

 「使えるともさ! 選び抜かれた優秀な狙撃銃だからな!」

 「じゃあ俺の土魔法を支え変わりにするんで、敵の隊長クラスの頭をぶち抜いて貰えますか? 頭じゃなくてもいいですが」

 「やってやるよ!! だーもうちくしょうくそったれ!!」

 アカツキの前世の言葉を借りるならブチ切れ状態のザレッツは、戦間期に生産された魔法銃に弾を装填していく。
 彼の隣には忙しい二人の大隊長の代わりに観測手と護衛の兵士が数人いた。

 「ボクとウェルダーは塹壕から出て帝国軍をぶっ殺しにいくのでお願いしますね」

 「分かったよ!! とっとと行ってこい!!」

 「はいはーい」

 「ではザレッツ中佐、ご武運を」

 「お前達もな!」

 チェスティーとウェルダーは言うと、気を見計らって塹壕の外へ出て帝国軍兵士達が殺到している方へ向かう。
 ザレッツ中佐はどうしてこうなった! と叫びたかったが、叫んだところで何も変わらない。彼は深呼吸をすると、すぐさま冷静さを取り戻した。

 「コイル観測手、選定は任せる。お前が選んだら、僕が敵の部隊長の頭なりどこかを吹っ飛ばす。いいな?」

 「了解しました。あの、ザレッツ中佐」

 「なんだ」

 「ザレッツ中佐は変わった参謀ですね」

 「は?」

 「いえ、最前線にいるのに我々みたいに振る舞えるのだと」

 「……僕は参謀である前に連合王国軍人だぞ。参謀だろうが何だろうが、死地に身を投じれば全力を尽くすまで。皮肉な事に、僕にはこの才能があるからな」

 ザレッツは発言通り皮肉ったように言うと身体強化魔法で視力を強化し、狙いを探し始める。
 隣にいたコイル軍曹も会話は打ち切り、観測手としての役目をし始めた。

 「見つけました。二時方向です。推定中隊長クラス、距離約九五〇。魔法銃なら狙える距離ですが、いけますか?」

 「任せろ」

 ザレッツはすぐにコイルの言った方角へ銃を向ける。

 「見つけた。アレか」

 「はい、アレですね」

 「魔法障壁がやや残っている。貫通までいけるか難しいぞ」

 「かといって友軍があそこに都合良く攻撃出来るとは思えません。どうしますか?」

 「こいつは装弾数六発だが、ボルトアクション方式だから一度照準が外れるからな……。魔法障壁の弱くなっている部分を探すか。…………見つけた」

 「もうですか」

 「兵士クラスでも習うことだろ」

 「まあ、そうですが」

 コイルは驚いていた。いくら魔法障壁が弱くなっている箇所を探すのは末端の兵士に至るまでの必修事項とはいえ、こうも早く発見すると思わなかったからだ。
 もしかしてこの参謀、選抜狙撃手に向いているんじゃないかと思いながらもすぐに我に返る。

 「今の位置は」

 「距離九四〇。風速三。風向き東南東です」

 「了解。調整完了。いつでもいけるぞ」

 「中佐のタイミングでどうぞ」

 「分かった。――主よ、我に敵を貫きし力を与え給え。我は国の防人。国を守り、民を守りし神の御使い。今ここにおられるのならば、我に力を授け給え」

 先程とは人が変わったかのような様子のザレッツは呼吸や拍動によるブレが伝わりにくいようにすると、祈りのような言葉を発して射撃。大きな銃声が響いた。
 放たれたのは貫通系魔法が付与された銃弾。それは見事に中隊長と思われる帝国軍士官の頭を撃ち抜き、帝国軍士官は地に伏して二度と動かなかった。

 「お見事です、中佐」

 「約九四〇なら僕は当てられる距離だ」

 「…………参謀から選抜狙撃手に変わられては?」

 「御免こうむるに決まってるだろ。僕は参謀だ」

 こんな参謀いてたまるかとコイルは思いつつも、目標を次へと移す。

 「発見しました。十時方向の距離一〇〇〇。推定小隊長クラスです」

 「アレか。…………発射」

 「…………命中。死亡確認」

 「次は」

 「次ですか!?」

 「ああ次だ」

 「――十一時方向、距離約一〇八〇。風速四に変わりました。小隊長ですかね」

 「再計算する。――終了。撃つ」

 三回目の射撃音。既に一般的な兵士では当てられない、狙撃手でようやく命中させられる距離だったが、ザレッツの放った弾丸はは小隊長クラスの帝国士官の心臓は貫いた。

 「…………ヒット。中佐、あなた本当に参謀なんですか?」

 「だから参謀だと言っているだろ。残念ながら参謀としては人並みだけどな」

 「実績はこれで人並み以上どころか勲章ものだと思いますが。見てくださいよ、中佐が殺した隊長の部隊は混乱してますよ」

 「なら結構だ。チェスティー少佐やウェルダー少佐が戦いやすくなる。さて、ここからは参謀の仕事もしていくぞ。通信兵を呼んでくれ。必要ならば僕は狙撃もするが、彼等に情報を提供し続ける」

 「はっ。通信兵! 誰かこっちに来い! 中佐が指揮をなさる!」

 それからザレッツ中佐はチェスティーやウェルダーの部隊に、周辺にいた部隊にも情報提供をしながら時には狙撃銃を手に取り帝国軍将兵を射殺していった。その数中隊長クラス二人、小隊長クラス四人、その他兵士八人。大戦果だった。
 この戦果もあってかザレッツは後に、参謀としては異例の狙撃手勲章と敵討伐数に応じた敢闘勲章を授与されることとなり、『首狩りの凶弾手』と味方からは畏敬の念で見られるようになり、敵からは恐れられたという。
 当のザレッツは複雑な表情をしていたが。


 ・・Φ・・
 所変わって、ザレッツがいる場所から数百メートル先で戦闘中のチェスティーとウェルダーに一つの報告が入っていた。

 「報告! ザレッツ中佐、魔法銃にて部隊長クラス数人を射殺! 戦線に影響あり、敵部隊の一部統率が乱れています!」

 「へー、あの参謀やるじゃんか」

 「狙撃手としての腕は本物という噂は間違いではなかったようだな」

 チェスティーとウェルダーは法撃で迫り来る帝国兵を倒しながら、ザレッツのことを評価していた。
 いくら訓練で狙撃の評価が最良だったとしても、またこの三ヶ月で何度か実績を出していたとしても、まさかここまでずば抜けた腕を持っているとは思っていなかったからだ。
 だが、彼のおかげで自分達が幾分か戦いやすくなっているのも事実。その点を二人だけでなく、大隊の兵士達も世辞抜きで褒めていた。
 たまたま視察に来ていた参謀が魔法銃狙撃で援護してくれている。しかもその数は多い。となれば、彼等の闘志にも火がつくというもの。

 「ボク達も参謀殿には負けらんないよね」

 「無論だ。何としてでも予定時刻まではここを守りきるぞ」

 「あいあい。ぐっすり寝る為にもね」

 時刻はまだ午前十時過ぎ。彼等の視線の先には帝国兵が途切れなく現れている。
 戦いはまだ始まったばかりだった。
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