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第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編

第14話 後退劇の末、アカツキは棺桶の蓋を閉じる

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 ・・14・・
「総員撤退せよ!! 全速で駆けろ!!」

 僕は一斉にこの場に生きて残っている部隊へ命令を下し、自分も身体強化魔法をフル稼働させて西へと走り始めた。

「逃がすわけねえだろぉ、クソ英雄!! 貴様ら、追撃開始だ!! 何としてでもクソ英雄とその取り巻き共の首をはねろ!!」

『御意!!』

 僕達が一挙に動き出してから数秒後。
 あの人は突然かつ予想外の出来事に呆然としていたのだろうか。しかし我に返ってのだろう、背後から自分の部下に命令を出す怒号が聞こえ、エイジスが提供してくれる情報から赤い点、つまり敵が動き出している事を現していた。

「エイジス、侵攻妨害にフル攻撃だ。敵に命中はさせなくていい」

「サー、マスター。後方支援砲撃も間もなく着弾しますので、そのタイミングで撃ちます」

「任せる。アレン大佐、エイジスがフル攻撃するのと同時に一旦停止。大隊統制法撃を」

「了解しました!」

 ここから先は無理に攻撃はしなくてもいい。けど、敵の追撃をどれだけかわせるかが鍵となる。
 あっちも直前の戦闘までで消耗をしているだろうけど、こちらはそれ以上だ。正直、僕自身も魔力が心許なくなりつつあるし。
 情報共有画面には続々と帝国軍が市街中心部になだれ込んでいる様が映っていた。
 僕がエイジスとアレン大佐に命令をしてから数十秒後。前方から多数の砲撃音。待っていた支援砲撃だ。

「エイジス!」

「サー。妨害攻撃、開始」

「大隊統制法撃開始! 当てなくとも構わん! とにかく妨害に徹しろ!」

『了解!!』

 着弾までの時間はエイジスが計測している。
 あとちょうど七秒の段階で僕達は一旦停止、向く方角を変えてあの人と視線は相対する形へ。

「よくもまあ、あんなに歪んだ表情が出来るものだよ」

「全くです、マスター。おおよそ人がする表情ではありません。悪鬼羅刹の類です」

 憎悪に満ちたあの人の顔つきに対するエイジスの言葉に、僕は言い得て妙だと思いつつ自身も大隊統制法撃の一つに加わる。

「魔法火力、フルファイア」

「放てぇ!!」

 砲撃が着弾しようとする独特の音と同時に、僕達は敵部隊がいる方へと火力を集中させる。
 場を支配する爆音。通常ならばここからもう一回同じ攻撃を行うけど、今はそんな必要は無い。

『総員後退再開!! 指定ポイントまであと三キーラだ!!』

 僕は声を張り上げて再び西へ向けて走り始める。
 今ので何秒稼げるだろうか。そう思った直後だった。

「うざってぇなぁクソ英雄! さっきまでの威勢はどこ行ったのさぁ!」

「信じられないわね。あれだけ妨害して、ちょっとの猶予にしかならないなんて」

「ったく、同感だよリイナ」

 いくら当てるつもりは無かったとはいえ、エイジスのフル攻撃に大隊統制法撃をして稼げた時間は僅か一分足らず。相対距離を約四〇〇メーラにするのが精一杯という事実にリイナは呆れた様子で言う。
 あの人、リシュカは余程激怒しているのだろうね。自身の部隊を突出させてまでこちらを追いかけてきていた。しつこいったらありゃしない。

「アカツキくん、わたしに任せて」

「アレゼル大将閣下!?」

「手持ちのゴーレムを全部あいつに向けさせる。ちょっとは持つでしょ?」

 次の手はどう打とうかと考えていたら、殿をしている僕達の所へやってきたのはアレゼル大将閣下。
 大将閣下は僕の肩を叩いて言うと、続けて。

「ごめんね、私のゴーレム達。あの外道の執念を挫く為に、その身を捧げて」

 彼女と一緒に行動していたゴーレムと、残しておいた最後の召喚可能なゴーレム、そして僕の隣にいて守ってくれていたゴーレムキングは頼もしく頷くと、その巨体はあの人がいる方へ向かう。

「さあ行くよアカツキくん!」

「…………すみません、アレゼル大将閣下。今ので打ち止めですよね」

「気にしない気にしない。全てを再召喚可能まで半月かかっちゃうけど、それより今でしょ?」

「感謝します、大将閣下」

「そそ、それでいいの」

 悲しそうに笑うアレゼル大将閣下。
 いくら再召喚可能とはいえ、自分の相棒達が粉々になるのが分かっているのに命令を出したという事実は心にくるものがあるんだろう。
 後ろからは相変わらず甲高い罵声が聞こえる。大将閣下のゴーレム達があの人のいる所まで到達すると、破壊される音に混じってさらに罵詈雑言が放たれるのが耳に入ってきた。
 それらは全て僕に向けられている。でも、何故だろう。今はなんとも思わないし、むしろ笑みさえこぼれてきた。

「くく、くくくくっ。やっぱり、そうだよね。そういう事だよね」

「…………旦那様?」

「どうしたの、リイナ」

「いえ、急にアナタが笑い出すものだから。しかも、随分とあくどい笑いよ」

「ああ、そんな笑いをしてたんだ。ごめん、リイナ。一つ、確信を持てたものだから」

 こんな状況で笑っていた僕にリイナはかなり心配をしていたようだけど、勘づいたのか、ああ、そういう事ね。と納得していた。

「アナタ、作戦が成功すると思ったのね?」

「ご名答。よく分かったね」

「アカツキよ、妾にはその根拠がさっぱり分からぬのじゃが……」

 すぐ前を走っているココノエ陛下は困惑した様子で僕の方に顔を向ける。後退しながらも少しでも時間稼ぎをする為に、ゴーレム達を直接動かしていて余裕のないアレゼル大将閣下はともかくとしてアレン大佐はというと、なんとなくは察している様子だった。

「リシュカ・フィブラは頭に血が上っている。僕を追いかけて、追いついて首を取ろうとすることだけしか頭にない。これが僕達にとってどれだけありがたいことか陛下ならお分かりのはずです」

「…………合点がいったわ。将としては、愚中の愚じゃの」

「はい。今、僕達の行動は確固たる作戦をもとにしています。逃げているけど、おびき寄せるのが目的です。対して、あちらは無警戒に突っ込んでいる。リシュカ・フィブラ直衛の部隊がその典型ですし、釣られて帝国軍部隊も前進しています。友軍の犠牲は少なくありませんが、本作戦で我々は間違いなく勝ちますよ」

「じゃろうな。リシュカ・フィブラとやら、これまでの戦略眼や指揮は敵であっても認めたくなる程に優秀じゃったが、これが彼奴の弱点じゃの」

「ええ、ここまでまんまと乗ってくれるとは思いませんでしたが」

 僕はそう言いつつも、あの人の手腕は錆び付いていると確信した。
 かつてのあの人なら、こんな分かりやすい手に乗じてなんてこなかった。乗ってきたとしても、あえて敵の掌に転がされるのを演じるか、そうでなくても最低限警戒はしていた。
 ところが今はどうだ。僕を追おうとアレゼル大将閣下のゴーレムを木っ端微塵にするのに集中していて、視野狭窄になっている。あの様子じゃ他部隊の指揮はしてないだろうし、それが証拠に各部隊の撤退は思ったより上手くいっている。帝国軍部隊は網としている中心市街へと雪崩の如く次々と突入しているからだ。
 人は復讐に囚われ過ぎると我を失うというけれど、あの人は今まさにその状態。
 ならば、勝てる。少なくともムィトゥーラウの棺桶は完成する。いいや、したも同然だ。

「アカツキくん、王も倒れた! 悪いけど、こっから先は私はあんまり力になれないよ!」

「いえ、十分過ぎるくらい彼等は時間を稼いでくれました!」

「みたいだね! ポイントが見えてきた!」

 ゴーレム達がリシュカ・フィブラを足止めしたのは約一〇分。それまでに相対距離は約一キーラ近くにまで広がった。
 さあ、後残した段階は一つだけだ。
 僕達は目標地点に辿り着く。後退を始めてここまで来るのに経過したのは約一時間。エイジスの情報共有からはあとは棺桶の蓋をするだけだと示されていた。
 雪は強くなってきた。この様子だと友軍の航空支援は多くを望めなくなるけれど、同時に帝国軍も洗脳化光龍を飛ばせなくなる。戦いは、陸で決せられる。
 そして、あまり時間が経たないうちにあの人はやってきた。自身の部下を少しだけ数を減らしてね。

「めんどくせぇ、うざってぇ手ばかり使いやがって。けどクソ英雄ぅ、もう鬼ごっこはおしまいだぞぉ? これからどうなるか、分かってるよねぇ?」

「のぉ、アカツキ」

「なんでしょうか、陛下」

「この期に及んで気付きもしないとなると、いっそ哀れじゃの」

「ええ。ですが、ここで彼女は仕留められません。恐らくそれは、ムィトゥーラウではなく次の地で、でしょう」

「で、あろうな。作戦の性質上、彼奴の討伐ではないからの。じゃが、塔よりも高そうなプライドはへし折れるじゃろ?」

「随分と楽しそうですね、陛下」

「そりゃの。ここまでやられっぱなしだったのじゃから」

「間違いありません」

「おいおい無視かよクソ英雄ぅ。遺言の一つでも言ったらどうなのぉ?」

 挑発的な態度をさせながら、自分の大隊を戦闘体系へと動かしていくリシュカ・フィブラ。
 よし、こちらの意図を勘づいていない。あの人は僕しか見ていない。あの人は、僕の掌の上だ。
 この、大きな広場も兼ねているラウンドアバウトの中に。

「遺言? 馬鹿を言うなよ」

「あぁ? なんだって?」

「こめかみに青筋浮かばせてるみたいだけど、少しは冷静になったどうなんだい?」

「随分とデカい口を叩くじゃんか。なになに、もしかして、いたぶられるのをお望みってわけ?」

「まさか。お前に送るのは遺言でも無ければ、僕の身柄でもない」

「へぇ? じゃあ一体、何をくれるのかなぁ?」

「決まってるじゃないか。お前にやるのは、棺桶だ」

「はぁ? 随分と舐めた口を――」

「リシュカ閣下、こちらへお下がりください!! これは敵の罠です!!」

「罠ぁ? オットー、冗談も程々に――」

 あの人にしては間抜けすぎるよね。どうやら副官すら置いてけぼりにしてここまで来たらしい。
 頭が冷静なあの人の副官、オットー――事前に彼の情報は得ていた――は僕達の作戦に気付いたようだけどさ。

「もう遅いよ。作戦発動、『蓋を閉じろ』」

 僕は振り上げた手を降ろし、あの人へ向けて言う。
 直後、ラウンドアバウトの向こう側から、そして中心市街地のあちこちから大爆発音が発せられた。
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