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第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編

第9話 初動をくじかれようとも

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 ・・9・・
『お前の思い通りにいくと思うなよ、バーカ』

 割り込みされた通信が届いたのと防衛型術式の魔力反応の発現、マーチス侯爵の独自魔法の発動はほぼ同時だった。
 マーチス侯爵がいる方の魔法陣からは『神光閃火かみのいかづちをここに』の拡散型、数千本の光の槍が帝国軍のいる方角へと飛翔して降り注ごうとする。
 けれど、それを阻むように現れたのは帝国軍将兵を包み込む黒い壁だった。

「なんだよあれは!?」

「不明。ただし超高密度魔法障壁に類似する反応を探知しました。…………訂正。攻勢反応も感知」

「なんだって!?」

 エイジスが新たな反応を探知した瞬間に、彼女の発した攻勢反応の正体はすぐに現れた。
 闇の槍が黒い壁から射出されたんだ。
 光の槍が着弾しようとする箇所をまるで読んでいるかのようにそれらは飛んでいく。いくつも光の槍は闇の槍に衝突し、空中で爆発を起こしていた。
 これらを回避した光の槍も黒い壁に衝突し、攻撃は無効化されていく。
 マーチス侯爵の独自魔法は全体の三割が闇の槍によって阻まれ、もう三割は闇の壁にぶつかって意味を成さなくなった。結局、着弾したのはたったの四割。僕達が想定していた帝国軍に与えられる損害よりずっと少ないのは確定だった。
 なんてことだ……。と言いたいところだけど、問題はそれだけじゃない。

「報告。マーチス元帥閣下の独自魔法により、ワタクシの探知は約四分程度使用不能。懸念、リシュカ・フィブラの探知も不可能」

「くそっ、してやられたな……。全体共有したいのに魔法無線装置も同様に使えない……。周辺総員への報告は……」

「控えた方がいいわ。ただでさえ謎の黒壁で動揺が広がっているところにあの女の存在を知らせるのは得策じゃないわよ。まあ、あの黒壁で勘のいい人は気づいているでしょうけど……」

「そうだね。もし対象が現れたとしても狙いは僕だ。エイジス、目視でもいいから警戒を厳として。僕はレーダー回復までに次の手はどうするべきか考えるし、周りへの作戦指揮も立てておく。アレン大佐達も頼むね」

「サー」

『了解』

 …………さて、ここから僕はどうするべきなんだ。
 まず超短期的にはあの人の奇襲に備えないといけない。もし奇襲となれば決死の覚悟だ。部下どころか僕やリイナにエイジスのいずれかが戦死になりかねない。
 あの人の底無しの魔力量と前世含めてこれまでの経験に裏打ちされた練度もあるから、たった一人に一個大隊の戦力をぶつけなければ対抗は難しいだろう。
 ただ、僕は奇襲の線は薄いと信じたい。黒壁はアーティファクトの類ではなくて、あの人の戦術級魔法だと推測しているからだ。
 あくまで統合軍で共有している情報の範囲内ではあの手のアーティファクトないし魔法科学技術による装置は確認されていない。つまり、こちらで確認されていない戦術級魔法が発動された可能性が高いわけだ。
 もし僕の読みが当たっていれば、あの魔法にどれだけ魔力を消費しているはず。だとすればあの人が自身の部下を率いてこっちに来る可能性は低くなる。
 とすると、それより考えるべきは棺桶誘導から発動時の離脱までの予備プラン発動か……。

「エイジス、回復まであと何分?」

「一分半ですマスター。……目視報告。帝国軍、未確認攻勢防御型魔法、黒壁の解除を確認。数分の内に攻撃が再開されるかと」

「早いね……。回復完了後すぐに、三箇所にこれから言うことを送信して」

「サー、マスター。内容は?」

「一点目、マーチス元帥閣下。帝国軍への損害は想定の四割程度。予備プランの発動許可。二点目、アレゼル大将閣下。予備プランの発動に伴う、作戦変更と事前打ち合わせ済内容での行動準備。三点目、能力化師団及び予備プラン該当師団全体。予備プラン発動準備。即送って」

「サー。回復まで一分。送信内容作成開始」

「よろしく」

 エイジスはすぐさま送信内容にとりかかる。

「旦那様、予備プランの発動ね」

「うん。棺桶の第一は失敗も同然。こうなると帝国軍の市街地流入が当初より激しくなるから遅滞防御になる。最低でも二日は覚悟してもらうことになるかな」

「了解。私はいつでも旦那様と共にあるわ。任せなさい」

「助かるよ。――アレン大佐」

「はっ」

「予備プランは発動したくなかったけど、せざるを得なくなった。現状の司令部は放棄。移動しながら棺桶発動まで持久戦だ。やれるね?」

「もちろんです」

「よし。大隊総員をすぐさま集結させて」

「了解しました!」

「報告。魔法無線装置及びレーダー回復」

「送信開始。続けてリシュカ・フィブラの精密探知」

「サー」

 魔法無線装置とレーダーが回復すると、エイジスはすぐさま送信を開始。アレン大佐達は大隊を集結させ始め、僕が直接指揮している能力化師団も師団長が命令を出して既に次段作戦の用意に取り掛かっていた。
 エイジスが送信してすぐ、まずマーチス侯爵から返信があった。

「報告。マーチス元帥閣下より、予備プラン発動の許可。『すまない。棺桶発動まで貴官とアレゼル大将に作戦を一任する』とのこと」

「分かった。マーチス元帥閣下には、『お任せ下さい。ただ、後方火力支援は全力投射をお願いします』と送っておいて」

「サー。――続けて、アレゼル大将閣下から返信。『総司令部より予備プラン発動の命令受領。事前内容での行動を開始』とのこと」

「了解。アレゼル大将閣下には申し訳ないけど、大将閣下が頼りだからね」

「アカツキ中将閣下!」

「モーゼフ師団長、どうした?」

「師団司令部の移動化はいつでも可能です」

「毎度のことだけど、激戦に投じさせて悪いね。でも、棺桶はこの作戦に不可欠だ。僕に師団総員の命を預けてくれるかな」

「勿論です、閣下。師団一同、閣下に我々の命を託します」

「了解。早速行動開始を。こうなった場合に備えて、事前に後方火力支援は行われるようにしてあるから、重火力攻撃がもうすぐ始まるはずだ」

「はっ。すぐに命令を布告します」

「よろしく」

「報告。リシュカ・フィブラの魔力精密探知の結果、反応が再度ロストしました。捕捉不可能」

「捕捉不可能だって? どういうことだ……」

「推測。魔力探知から逃れる為再度魔力隠蔽を開始したかと」

「何故か理由は分からないけど、今直ぐにでもこっちに来ないのが分かっただけでもよしとするしかないか……」

「あの女、行動が謎すぎるわね……」

「リイナに同意だよ。でも、今の段階で奇襲される可能性はほぼゼロになったんだ。一安心だよ。もちろん、この後の油断は出来ないけどね」

 リイナにそうは言いつつも、僕はなぜあの人が行動せずに魔力を隠すようなことをしたのか疑念が生じる。
 昔のあの人なら、今こそ好機と動揺が広がっている統合軍に自らが先頭に立って攻勢を仕掛けてくるはず。でもそうしないのは、やっぱりあの黒壁で魔力を消費してるからか。
 …………やめよう。謎が謎を呼ぶばかりだ。他に集中すべき事に思考を巡らせよう。

「アカツキ、アカツキよ!! 到着遅れてすまぬ!!」

 僕が気持ちを切り替えた直後、ココノエ陛下達が着陸して人型になるとこちらにやってきた。

「申し訳ありません、陛下。棺桶作戦は初動からくじかれました。陛下の力をお貸しください」

「当たり前じゃろう。空は任せよ」

「よろしくお願いします」

「うむ!」

 マーチス侯爵の独自魔法による作戦はほぼ失敗という形に終わってしまった。
 でも、僕達は諦めない。
 棺桶に帝国軍を誘う為、あの人の思いどおりにさせない為。何よりも作戦を成功させる為。
 僕達は予備プランでの行動を開始した。
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