333 / 390
第22章 死守せよ、ムィトゥーラウ―オチャルフ絶対防衛線編
第4話 龍光一閃
しおりを挟む
・・4・・
午後3時20分
最前線交戦地帯より約8キーラ地点
「報告。妖魔帝国軍、予測通り後退を続行する第一〇一師団を追撃中。推測、通常より早い後退速度に帝国軍師団指揮官は追い落とすつもりかと」
「上々だね。読み通り動いてくれて助かるよ。同ブロック内の能力者化師団以外は?」
「既に一〇一より後方に後退済みです。稼働可能な砲兵隊及びロケット部隊のみ稼働し後方支援攻撃中。追加報告。帝国軍、間もなく作戦射程区域に到達」
「よし、上手いこと誘導されてるね」
ココノエ陛下から立案された作戦を即時決定し各方面と調整を行ってから、僕達は作戦区域にいた。ここに居るのはココノエ陛下や実朝に椿など戦術級魔法の中核を担う五人と、座標管制兼護衛を行うエイジス、そして護衛専門の僕やリイナにアレン大佐の部下、アリッサ大尉が率いる一個中隊からなる護衛部隊だ。アレン大佐は残り三個中隊で前線にて一〇一の支援部隊として動いてもらっている。
それにしても、本当にこの作戦はココノエ陛下が即席で考えたと言うにはかなりベターな構成だ。
足らない中であらゆる資源と選択の集中を行った上で、元々の後退作戦の筋書きからあまり外れていないから調整も容易。後方支援攻撃を担う部隊からも殆ど修正が必要が無いから手配はすぐに出来ると言っていた。
その結果が今だ。せいぜいこちらの支援攻撃の場所を集中させている位で、砲撃や射撃も正確だ。相変わらず連合王国軍の砲兵隊は良い腕をしている。
「アレゼル大将閣下より通信あり」
「読み上げて」
刻一刻と変わる戦線の様子をエイジスの情報共有画面で見ていると、この作戦にあたり急遽依頼した相手から連絡が入る。アレゼル大将閣下だ。
「『其方でも確認済みであるだろうが、貴部隊より要請のあったゴーレム搭乗能力者部隊約三五を指定区域への移動完了し既に後退支援作戦を遂行中。作戦完了及び成功後作戦段階についても自由裁量に使ってよろしい』とのこと」
「アレゼル大将閣下には頭が上がらないよね。手が足らない中で捻り出してくれたんだからさ。『援助感謝致します』と送っておいて」
「了解」
「二つ返事で許可を下さったのには助かったわ」
アレゼル大将閣下からの通信に、僕とリイナは感謝の念を彼女がいる一ブロック北に向ける。
作戦の万全を期す為と、戦術級魔法発動後の追撃戦力に少し不足を感じたからあの後すぐに連絡を送ったんだ。
「アカツキ中将閣下、アレゼル大将閣下より追伸ありです」
「ん? まだ何かあった?」
「『返礼は凱旋後の祝杯でよろしくね。今日参加させてる部隊の子達全員のお代をよろしく。私にはノイシュランデのオススメのカフェのコーヒーに洋菓子フルセットで!』だそうです」
「まったくあの人はこんな時でも余裕があるなあ。流石だよ。『お安い御用です』の返信を」
「ははっ、了解しました」
通信要員は笑顔で答えるとすぐに返信を始めた。
さて、戦場の中での和やかなやりとりもどうやらもう終わりのようだ。敵がいる先より小高い場所にいる僕達には敵が徐々に迫り来る姿が確認出来る。エイジスの情報共有画面には作戦区域がマップにオレンジ色でマークされていて、帝国軍部隊の幾らかが侵入をし始めたからだ。
「マスター」
「うん、分かってる。そろそろ発動しよう。ここからが、正念場だ」
「サー」
「の、のう。アカツキよ。己で立案しておいてなんじゃが、上手くいくかの……」
「大丈夫です、陛下。必ず上手くいきます。いえ、我々が成功させるのです。どうかご安心を、陛下。陛下には指一本触れさせませんから」
「……うむ。うむ! ならば全力を尽くそう!」
僕の言葉にそれまで不安げにしていた陛下は顔を明るくさせた後、帝国軍のいる方角を睨む。そろそろ始めるつもりだろう。
「ねえ、旦那様」
「どうしたの、リイナ」
「アナタ、真顔で割と凄いことを言ったわよ?」
「そう?」
「…………まったく、変なとこで鈍感なんだから」
リイナはやや呆れたような顔つきになり僕は首を傾げるけれど、すぐに彼女も顔つきはまじめなものになる。ココノエ陛下のいる横から高濃度の魔力を感じたからだ。
「始まるわね」
「うん。全力で守ろう」
「了解、旦那様」
ついにココノエ陛下の戦術級魔法の詠唱が開始された。皇国式術式の中でも古代言語だからだろうか、陛下から現代様式の光龍語を少し教えて貰った僕では素では何と言っているかは分からない。エイジスの翻訳でようやく意味を掴めるくらいだ。
それは一文を詠み終えた後に現れた戦術級に相応しい巨大な魔法陣からも見て取れた。
「これが皇国式術式、その中でも僕達では全然分からない部類のものなんだね」
「陛下曰く、古光龍術式だったかしら。現代光龍語を多少教わった程度の私達が聞いただけでは意味を理解出来なくて当然だわ」
「魔法陣も独特だね。円形が多いヨールネイト式の術式とは大違いだし、魔法陣内にある言語も古皇国語だろうね」
「警告。帝国軍がこちらの戦術級魔法を探知。敵砲兵隊の活動活発化。また、敵部隊の前進速度が上がりました。特に突撃に優れるソズダーニア及び随伴はかなりの速さです。推測、第八軍の中でも能力者化師団兵員に匹敵する練度の部隊」
「来るね。総員、迎撃術式用意!!」
『了解!!』
「後方支援攻撃部隊及び、航空部隊にも通達します」
「よろしく」
「了解しました」
戦術級魔法は強大な魔力を発するだけあってすぐに露呈する。戦術級以上の使い勝手の悪さの一つだ。
だけど、エイジスや精鋭達がいるなら話は別だ。エイジスは前世で言えばイージスシステム。現界当初からあのシステムに匹敵する能力を持った彼女は、今や膨大な自己学習によってイージスシステム以上の能力を保有するにまで至っている。
この鉄壁は、何人たりとも、そして一発の砲弾すらも通さない。
さあ、くるぞ。かかってこい妖魔共。
「砲兵隊第一射を確認。随時推測着弾地点をマーク。座標管制と並列してモード・ディフェンスを発動。迎撃、開始」
「リイナ、エイジスの情報がある僕達は至近弾のみを狙うよ」
「分かったわ」
「迎撃部隊総員、狙うのは至近弾及び自身の身に危険が生じるものだけにしろ! 外れ弾は狙うな!」
『了解!!』
帝国軍の砲兵隊は第一射だけでも凄まじい量が向かってきていた。最初だから狙いはズレているものがあるけれど、こっちが動けないだけに初弾からそこそこの精度で撃ち込んでくる。帝国軍第八軍の師団の高い練度を嫌でも分からせてくる。
けど、それがどうした。
「帝国軍第一射、全迎撃を確認」
「よくやったよエイジス、その調子で続行」
「サー。戦術級魔法発動まであと七分四十秒」
「後方支援攻撃砲兵隊より通達! これより空中観測による敵砲兵隊妨害砲撃を開始とのこと!」
「後方支援攻撃は全て当該部隊に一任すると伝えて。少しでも火力が減ればその分迎撃も楽になる」
「了解!」
「警告、第二射準備行動を探知」
「戦術級魔法を防ぐ為に複数の魔法測距まで組み込んできたか。そりゃ相手も必死だよね」
だとしても第二射までの行動が早いな。一般的な師団に比べると手際がいい。これはあと七分苦労させられそうだ。
「第二射、探知。迎撃開始」
「第二射くるぞ!!」
第二射の数はさっきより増えている上に狙いがさらに正確になっている。
僕とリイナは追尾式の魔法を起動し、僕は爆発系火属性魔法を、リイナは氷属性に切断強化も付与して発動する。迎撃部隊も統制射撃ではなく各個迎撃法撃を始めた。
「警告。マスター付近に二発着弾予想。申し訳ありません、撃ち漏らしになります。着弾まで一五秒」
「この程度気にしないで。『炎爆射』!」
「魔法障壁もあるんだから多少は平気よ。『氷刃』!」
僕とリイナめがけて飛来する砲弾も十五秒もあれば余裕に迎撃出来る。すぐさま対応した法撃で砲弾を爆発させた。こんな針を糸で通すようなやり方、エイジスの補助――法撃補助管制――が無きゃ出来ないけどね。
僕達だけじゃない。エイジス提案の迎撃陣形で配置された中隊の隊員達も効率的かつ効果的に脅威となる砲弾を爆破させてくれていた。
発動まで残り四分。
わずか数分で帝国軍の攻勢は局地的かつ極度に強まる。既にソズダーニアと随伴歩兵の部隊は僕達の所からあと四キーラまで迫っていた。
「警告。砲撃第五射魔法測距開始探知。続けてソズダーニア随伴歩兵は間もなく魔法銃推定射程内になります」
「相手も必死ってわけか」
「戦術級魔法なんて放たれれば即、死を意味するものね」
「警告、随伴歩兵長距離魔法準備を確認」
「総員来るぞ!! 迎撃準備に加え、魔法障壁の最大展開!!」
すぐに帝国軍の第五射は放たれた。それだけじゃなくて、ソズダーニアの随伴歩兵も長距離魔法を射出する。
くっそ、なんて数だ。まさに砲弾と法撃の雨だ。さっきまでとは密度が違う。
「マスター近辺の魔法障壁最大化。迎撃魔法八〇パルセントまで稼働します」
「頼んだよ!」
「サー」
僕とリイナも中隊員達も迎撃用の魔法をそれぞれ詠唱する。アレン大佐達も余裕が少しでもあれば戦闘の合間に迎撃をしてくれていた。
が、しかし。やはり数が多い。
第五射にして初めて全ての迎撃が不可能となり魔法障壁に砲弾や法撃が命中して破壊音が聞こえる。
「エイジス、ダメージレポート!」
「サー。負傷者ゼロ。ただし魔法障壁の密度が低下」
「ならいい。各員魔法障壁の密度は減らすな! 迎撃が難しくなるなら魔法障壁の展開に集中!」
『了解!!』
エイジスが各通信要員に送ったのと、僕が拡声魔法を用いて送った命令に即返答が来る。
発動まであと三分。
帝国軍砲兵隊の斉射速度が上がっている。もう座標修正もいらなくなったからだろう。動かない目標なんて練度の高い砲兵隊なら容易い的でしかない。
あと何発かは貰うことになる。果たして耐えきれるか……?
「エイジス、座標管制は?」
「リソース率最大部分、山場は越えました。余裕分は順次迎撃魔法に振り分けています」
「了解。いつもなら五パルセントの余裕分は残してるけど一パルセントまで基準を下げていい。って、もうやってるか。流石だよ」
「理由。いくらワタクシでもこれだけの迎撃は余裕がありませんので……。しかし、必ず守りきります」
「アカツキ達よすまぬ! もう少しの辛抱じゃ!」
ココノエ陛下は詠唱の合間に申し訳なさそうに僕達に言う。
「お気になさらず! 我々は一人一人が迎撃の塔です。ただ一秒でも早く発動するなら助かります!」
「相分かった! なんとかしてみせよう!」
「報告。発動までの時間を修正。五秒短縮。発動まで二分三十秒」
ココノエ陛下は可能な限りで詠唱時間の短縮を行う。精度を欠かない為に短縮は僅かだけど、その僅かが有難い。
「総員あと二分半! 踏ん張ってくれ!」
僕は中隊員達を励ます。
帝国軍の攻勢は凄まじく、撤退中の一〇一師団やアレン大佐達の部隊からも負傷者が続出していた。
残り二分半というのもあって、射程内に残る友軍もかなり減ってきた。
「警告。帝国軍砲兵隊第六射魔法測距を観測。ソズダーニア随伴歩兵の攻撃密度上昇。帝国軍部隊と彼我の距離、約三五〇〇メーラ」
「これ以上の接近を許すな! 後方支援攻撃は?」
「報告。最大速度で行われています。友軍の妨害攻撃により第一射と比して若干ながら帝国軍攻撃能力が低下」
「最大火力の支援は助かるよ」
「――警告。間もなく第六射」
「了解。総員第六射来るぞ!!」
直後、帝国軍砲兵隊が火を噴く。
僕とリイナも最大魔法火力で迎撃を行い、中隊員達も必死で迎撃と防御を行う。
だけど、着弾の直後ついに負傷者も現れた。魔法障壁での防御も限界に近づいてきたわけだ。
発動まであと一分。
となると……。もういっそ迎撃は諦めるか。
「総員通達!! 魔法障壁を最大展開にして迎撃終了!! これより部隊は後退しつつ敵部隊接近阻止の攻撃へ移行しろ!! 発動まであと一分!!」
『りょ、了解!!』
発動まで残り一分なら迎撃するより魔法障壁で防いで近づきつつある帝国兵を攻撃しつつ後退した方がいい。
戦術級魔法は座標よりある程度離れていないと巻き込まれかねない。
既に一〇一もアレン大佐達の部隊もほぼ範囲外に出ている。
もうすぐだ。
「報告。帝国軍砲兵隊第七射魔法測距開始、いえ……、魔法測距中止? …………推測、撤退!!」
「判断が遅いよ。この判断の遅さは、リシュカ・フィブラはいない。現地指揮官の判断だ」
「ということはつまり、戦術級魔法を邪魔出来そうな奴はいないわけね!」
「うん、そういうこと。さあ、帝国軍。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか」
僕とリイナがニヤリと笑った瞬間、情報共有画面に表示されている発動時間はテンカウントへ。
そして。最終詠唱まで完了した。
ココノエ陛下の流麗な声が響く。
翻訳画面には、こう訳されていた。
『悪鬼ヲ滅シ、邪ヲ祓エ。――龍光閃』
瞬間、帝国軍将兵を滅する光の光線は横薙ぎに放たれた。
午後3時20分
最前線交戦地帯より約8キーラ地点
「報告。妖魔帝国軍、予測通り後退を続行する第一〇一師団を追撃中。推測、通常より早い後退速度に帝国軍師団指揮官は追い落とすつもりかと」
「上々だね。読み通り動いてくれて助かるよ。同ブロック内の能力者化師団以外は?」
「既に一〇一より後方に後退済みです。稼働可能な砲兵隊及びロケット部隊のみ稼働し後方支援攻撃中。追加報告。帝国軍、間もなく作戦射程区域に到達」
「よし、上手いこと誘導されてるね」
ココノエ陛下から立案された作戦を即時決定し各方面と調整を行ってから、僕達は作戦区域にいた。ここに居るのはココノエ陛下や実朝に椿など戦術級魔法の中核を担う五人と、座標管制兼護衛を行うエイジス、そして護衛専門の僕やリイナにアレン大佐の部下、アリッサ大尉が率いる一個中隊からなる護衛部隊だ。アレン大佐は残り三個中隊で前線にて一〇一の支援部隊として動いてもらっている。
それにしても、本当にこの作戦はココノエ陛下が即席で考えたと言うにはかなりベターな構成だ。
足らない中であらゆる資源と選択の集中を行った上で、元々の後退作戦の筋書きからあまり外れていないから調整も容易。後方支援攻撃を担う部隊からも殆ど修正が必要が無いから手配はすぐに出来ると言っていた。
その結果が今だ。せいぜいこちらの支援攻撃の場所を集中させている位で、砲撃や射撃も正確だ。相変わらず連合王国軍の砲兵隊は良い腕をしている。
「アレゼル大将閣下より通信あり」
「読み上げて」
刻一刻と変わる戦線の様子をエイジスの情報共有画面で見ていると、この作戦にあたり急遽依頼した相手から連絡が入る。アレゼル大将閣下だ。
「『其方でも確認済みであるだろうが、貴部隊より要請のあったゴーレム搭乗能力者部隊約三五を指定区域への移動完了し既に後退支援作戦を遂行中。作戦完了及び成功後作戦段階についても自由裁量に使ってよろしい』とのこと」
「アレゼル大将閣下には頭が上がらないよね。手が足らない中で捻り出してくれたんだからさ。『援助感謝致します』と送っておいて」
「了解」
「二つ返事で許可を下さったのには助かったわ」
アレゼル大将閣下からの通信に、僕とリイナは感謝の念を彼女がいる一ブロック北に向ける。
作戦の万全を期す為と、戦術級魔法発動後の追撃戦力に少し不足を感じたからあの後すぐに連絡を送ったんだ。
「アカツキ中将閣下、アレゼル大将閣下より追伸ありです」
「ん? まだ何かあった?」
「『返礼は凱旋後の祝杯でよろしくね。今日参加させてる部隊の子達全員のお代をよろしく。私にはノイシュランデのオススメのカフェのコーヒーに洋菓子フルセットで!』だそうです」
「まったくあの人はこんな時でも余裕があるなあ。流石だよ。『お安い御用です』の返信を」
「ははっ、了解しました」
通信要員は笑顔で答えるとすぐに返信を始めた。
さて、戦場の中での和やかなやりとりもどうやらもう終わりのようだ。敵がいる先より小高い場所にいる僕達には敵が徐々に迫り来る姿が確認出来る。エイジスの情報共有画面には作戦区域がマップにオレンジ色でマークされていて、帝国軍部隊の幾らかが侵入をし始めたからだ。
「マスター」
「うん、分かってる。そろそろ発動しよう。ここからが、正念場だ」
「サー」
「の、のう。アカツキよ。己で立案しておいてなんじゃが、上手くいくかの……」
「大丈夫です、陛下。必ず上手くいきます。いえ、我々が成功させるのです。どうかご安心を、陛下。陛下には指一本触れさせませんから」
「……うむ。うむ! ならば全力を尽くそう!」
僕の言葉にそれまで不安げにしていた陛下は顔を明るくさせた後、帝国軍のいる方角を睨む。そろそろ始めるつもりだろう。
「ねえ、旦那様」
「どうしたの、リイナ」
「アナタ、真顔で割と凄いことを言ったわよ?」
「そう?」
「…………まったく、変なとこで鈍感なんだから」
リイナはやや呆れたような顔つきになり僕は首を傾げるけれど、すぐに彼女も顔つきはまじめなものになる。ココノエ陛下のいる横から高濃度の魔力を感じたからだ。
「始まるわね」
「うん。全力で守ろう」
「了解、旦那様」
ついにココノエ陛下の戦術級魔法の詠唱が開始された。皇国式術式の中でも古代言語だからだろうか、陛下から現代様式の光龍語を少し教えて貰った僕では素では何と言っているかは分からない。エイジスの翻訳でようやく意味を掴めるくらいだ。
それは一文を詠み終えた後に現れた戦術級に相応しい巨大な魔法陣からも見て取れた。
「これが皇国式術式、その中でも僕達では全然分からない部類のものなんだね」
「陛下曰く、古光龍術式だったかしら。現代光龍語を多少教わった程度の私達が聞いただけでは意味を理解出来なくて当然だわ」
「魔法陣も独特だね。円形が多いヨールネイト式の術式とは大違いだし、魔法陣内にある言語も古皇国語だろうね」
「警告。帝国軍がこちらの戦術級魔法を探知。敵砲兵隊の活動活発化。また、敵部隊の前進速度が上がりました。特に突撃に優れるソズダーニア及び随伴はかなりの速さです。推測、第八軍の中でも能力者化師団兵員に匹敵する練度の部隊」
「来るね。総員、迎撃術式用意!!」
『了解!!』
「後方支援攻撃部隊及び、航空部隊にも通達します」
「よろしく」
「了解しました」
戦術級魔法は強大な魔力を発するだけあってすぐに露呈する。戦術級以上の使い勝手の悪さの一つだ。
だけど、エイジスや精鋭達がいるなら話は別だ。エイジスは前世で言えばイージスシステム。現界当初からあのシステムに匹敵する能力を持った彼女は、今や膨大な自己学習によってイージスシステム以上の能力を保有するにまで至っている。
この鉄壁は、何人たりとも、そして一発の砲弾すらも通さない。
さあ、くるぞ。かかってこい妖魔共。
「砲兵隊第一射を確認。随時推測着弾地点をマーク。座標管制と並列してモード・ディフェンスを発動。迎撃、開始」
「リイナ、エイジスの情報がある僕達は至近弾のみを狙うよ」
「分かったわ」
「迎撃部隊総員、狙うのは至近弾及び自身の身に危険が生じるものだけにしろ! 外れ弾は狙うな!」
『了解!!』
帝国軍の砲兵隊は第一射だけでも凄まじい量が向かってきていた。最初だから狙いはズレているものがあるけれど、こっちが動けないだけに初弾からそこそこの精度で撃ち込んでくる。帝国軍第八軍の師団の高い練度を嫌でも分からせてくる。
けど、それがどうした。
「帝国軍第一射、全迎撃を確認」
「よくやったよエイジス、その調子で続行」
「サー。戦術級魔法発動まであと七分四十秒」
「後方支援攻撃砲兵隊より通達! これより空中観測による敵砲兵隊妨害砲撃を開始とのこと!」
「後方支援攻撃は全て当該部隊に一任すると伝えて。少しでも火力が減ればその分迎撃も楽になる」
「了解!」
「警告、第二射準備行動を探知」
「戦術級魔法を防ぐ為に複数の魔法測距まで組み込んできたか。そりゃ相手も必死だよね」
だとしても第二射までの行動が早いな。一般的な師団に比べると手際がいい。これはあと七分苦労させられそうだ。
「第二射、探知。迎撃開始」
「第二射くるぞ!!」
第二射の数はさっきより増えている上に狙いがさらに正確になっている。
僕とリイナは追尾式の魔法を起動し、僕は爆発系火属性魔法を、リイナは氷属性に切断強化も付与して発動する。迎撃部隊も統制射撃ではなく各個迎撃法撃を始めた。
「警告。マスター付近に二発着弾予想。申し訳ありません、撃ち漏らしになります。着弾まで一五秒」
「この程度気にしないで。『炎爆射』!」
「魔法障壁もあるんだから多少は平気よ。『氷刃』!」
僕とリイナめがけて飛来する砲弾も十五秒もあれば余裕に迎撃出来る。すぐさま対応した法撃で砲弾を爆発させた。こんな針を糸で通すようなやり方、エイジスの補助――法撃補助管制――が無きゃ出来ないけどね。
僕達だけじゃない。エイジス提案の迎撃陣形で配置された中隊の隊員達も効率的かつ効果的に脅威となる砲弾を爆破させてくれていた。
発動まで残り四分。
わずか数分で帝国軍の攻勢は局地的かつ極度に強まる。既にソズダーニアと随伴歩兵の部隊は僕達の所からあと四キーラまで迫っていた。
「警告。砲撃第五射魔法測距開始探知。続けてソズダーニア随伴歩兵は間もなく魔法銃推定射程内になります」
「相手も必死ってわけか」
「戦術級魔法なんて放たれれば即、死を意味するものね」
「警告、随伴歩兵長距離魔法準備を確認」
「総員来るぞ!! 迎撃準備に加え、魔法障壁の最大展開!!」
すぐに帝国軍の第五射は放たれた。それだけじゃなくて、ソズダーニアの随伴歩兵も長距離魔法を射出する。
くっそ、なんて数だ。まさに砲弾と法撃の雨だ。さっきまでとは密度が違う。
「マスター近辺の魔法障壁最大化。迎撃魔法八〇パルセントまで稼働します」
「頼んだよ!」
「サー」
僕とリイナも中隊員達も迎撃用の魔法をそれぞれ詠唱する。アレン大佐達も余裕が少しでもあれば戦闘の合間に迎撃をしてくれていた。
が、しかし。やはり数が多い。
第五射にして初めて全ての迎撃が不可能となり魔法障壁に砲弾や法撃が命中して破壊音が聞こえる。
「エイジス、ダメージレポート!」
「サー。負傷者ゼロ。ただし魔法障壁の密度が低下」
「ならいい。各員魔法障壁の密度は減らすな! 迎撃が難しくなるなら魔法障壁の展開に集中!」
『了解!!』
エイジスが各通信要員に送ったのと、僕が拡声魔法を用いて送った命令に即返答が来る。
発動まであと三分。
帝国軍砲兵隊の斉射速度が上がっている。もう座標修正もいらなくなったからだろう。動かない目標なんて練度の高い砲兵隊なら容易い的でしかない。
あと何発かは貰うことになる。果たして耐えきれるか……?
「エイジス、座標管制は?」
「リソース率最大部分、山場は越えました。余裕分は順次迎撃魔法に振り分けています」
「了解。いつもなら五パルセントの余裕分は残してるけど一パルセントまで基準を下げていい。って、もうやってるか。流石だよ」
「理由。いくらワタクシでもこれだけの迎撃は余裕がありませんので……。しかし、必ず守りきります」
「アカツキ達よすまぬ! もう少しの辛抱じゃ!」
ココノエ陛下は詠唱の合間に申し訳なさそうに僕達に言う。
「お気になさらず! 我々は一人一人が迎撃の塔です。ただ一秒でも早く発動するなら助かります!」
「相分かった! なんとかしてみせよう!」
「報告。発動までの時間を修正。五秒短縮。発動まで二分三十秒」
ココノエ陛下は可能な限りで詠唱時間の短縮を行う。精度を欠かない為に短縮は僅かだけど、その僅かが有難い。
「総員あと二分半! 踏ん張ってくれ!」
僕は中隊員達を励ます。
帝国軍の攻勢は凄まじく、撤退中の一〇一師団やアレン大佐達の部隊からも負傷者が続出していた。
残り二分半というのもあって、射程内に残る友軍もかなり減ってきた。
「警告。帝国軍砲兵隊第六射魔法測距を観測。ソズダーニア随伴歩兵の攻撃密度上昇。帝国軍部隊と彼我の距離、約三五〇〇メーラ」
「これ以上の接近を許すな! 後方支援攻撃は?」
「報告。最大速度で行われています。友軍の妨害攻撃により第一射と比して若干ながら帝国軍攻撃能力が低下」
「最大火力の支援は助かるよ」
「――警告。間もなく第六射」
「了解。総員第六射来るぞ!!」
直後、帝国軍砲兵隊が火を噴く。
僕とリイナも最大魔法火力で迎撃を行い、中隊員達も必死で迎撃と防御を行う。
だけど、着弾の直後ついに負傷者も現れた。魔法障壁での防御も限界に近づいてきたわけだ。
発動まであと一分。
となると……。もういっそ迎撃は諦めるか。
「総員通達!! 魔法障壁を最大展開にして迎撃終了!! これより部隊は後退しつつ敵部隊接近阻止の攻撃へ移行しろ!! 発動まであと一分!!」
『りょ、了解!!』
発動まで残り一分なら迎撃するより魔法障壁で防いで近づきつつある帝国兵を攻撃しつつ後退した方がいい。
戦術級魔法は座標よりある程度離れていないと巻き込まれかねない。
既に一〇一もアレン大佐達の部隊もほぼ範囲外に出ている。
もうすぐだ。
「報告。帝国軍砲兵隊第七射魔法測距開始、いえ……、魔法測距中止? …………推測、撤退!!」
「判断が遅いよ。この判断の遅さは、リシュカ・フィブラはいない。現地指揮官の判断だ」
「ということはつまり、戦術級魔法を邪魔出来そうな奴はいないわけね!」
「うん、そういうこと。さあ、帝国軍。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか」
僕とリイナがニヤリと笑った瞬間、情報共有画面に表示されている発動時間はテンカウントへ。
そして。最終詠唱まで完了した。
ココノエ陛下の流麗な声が響く。
翻訳画面には、こう訳されていた。
『悪鬼ヲ滅シ、邪ヲ祓エ。――龍光閃』
瞬間、帝国軍将兵を滅する光の光線は横薙ぎに放たれた。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~
クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。
だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。
リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。
だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。
あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。
そして身体の所有権が俺に移る。
リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。
よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。
お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。
お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう!
味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。
絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ!
そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!
異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜
KeyBow
ファンタジー
主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。
そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。
転生した先は侯爵家の子息。
妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。
女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。
ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。
理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。
メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。
しかしそう簡単な話ではない。
女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。
2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・
多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。
しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。
信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。
いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。
孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。
また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。
果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる