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第21章 英雄の慟哭と苦悩と再起編

第11話 再びの大激突は目の前に

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 ・・11・・
 1の月4の日
 午後5時50分
 ムィトゥーラウ市・人類諸国統合軍前線司令本部
 マーチス執務室にて


 年が明けてから四日が経った。去年までならどことなく年明けのめでたい雰囲気もあったけれど、今年は微塵も感じられない。
 わずか一ヶ月の間に本国の悲劇と戦線の苦境に立たされた僕達に、大々的に新年を祝う雰囲気も時間も無かったからだ。
 ただ、兵達の間にはささやかながらも支給品や嗜好品で新年おめでとうをしたらしい。妖魔帝国の厳しい冬だ。酒も多少なら飲まないとやっていられない事もある。スケジュールが詰まっているとはいえ僕を含めて上層部は止めるつもりは無かったし、僕達も僕達で小さいながらも逆転からの戦勝を願って小さい新年祝いは行った。
 妖魔帝国の再侵攻が始まれば、兵力不利にある統合軍にとっては決して楽な戦いにはならない。むしろどれだけの損害が生じるかは大まかにしか読めないし、勝利の見込みも多くはない。それだけ妖魔帝国の兵力は多いんだ。
 だけど、そんな中でもたらされた第二戦線、つまりエジピトリア東沖海戦の勝利は僕達統合軍にとっては士気的な意味で冬の太陽のような報告だった。
 今、僕はマーチス侯爵の軍務室に部屋の主たるマーチス侯爵と、リイナ、エイジスの四人でいた。


「エジピトリア東沖海戦は勝利。オランドのやつ、このタイミングでよくやってくれた。これ程嬉しい報告は無いものだな」

「はい、義父上の仰る通りです。前線の兵士達には早速この戦勝報告が届いており、遠い南方方面で仲間が決死の努力をしたのだから我々も負けるわけにはいかないと、良い意味で息を荒くしておりました」

「まだ推測の域とはいえ、まさか帝国側で感染症が広まっていたなんて思いもしなかったわ。南方大陸独特の感染症は、帝国も予想出来なかったでしょうね」

「ああ。オランド曰く、敵の統率がやや欠けていたのはそれが理由かもしれないとの事だった。真相はさらに時間をかけてみねば分からんがな。とはいえ、だ。敵に不幸があったとしても我々の勝利に変わりはない。オランドや、海軍の将兵が勝利を掴む為に必死に戦ったのだからな」

「肯定。主な勝因は統合軍側が統率力、兵器運用の面で優れていたからこそです」

 昨日起きたエジピトリア東沖海戦は人類諸国統合軍海軍側の勝利で終わった。
 帝国海軍側の不幸があったのは間違いないけれど、勝てたのはやはり統合軍海軍側が統率力に秀でていて最新鋭の兵器を投入したからという面は大きい。

「主な戦果は海戦の花形、大口径による砲撃によるものは間違いないな。海戦の主役はやはり砲戦だ。ただこれまでと違うのは魔法無線装置の利用法だろうな。開戦を経て陸海軍共に魔法無線装置の使用は洗練されていっている」

「これまで難しかった協調砲撃や、時間差斉射などは魔法無線装置あってこそです。また観測射撃についてもかなり効率性が良くなりました。艦上からの観測だけでなく、空中からの観測射撃はかなり有効だったようです」

「妖魔帝国側も空中観測は途中までは行っていたらしいわね」

「補足。ただし妖魔帝国側の偵察飛行隊は統合軍海軍艦載機部隊に撃墜される事が多かった模様」

「防空戦闘及び艦隊決戦時の敵艦隊への妨害攻撃に艦載機部隊を残したオランドの判断は正解であったな。艦載機部隊による敵艦船の撃沈などは数と搭載兵器の威力不足で難しいが、それでも妨害攻撃は効果があったようだ」

「帝国海軍の艦隊行動を乱れさせる、攻撃の妨害をさせるなどの効果は報告によるとあったようです。個人的にはもう少し機数があればさらなる効果を認められたでしょうけれども、まだ黎明的な分野ですからね」

「搭載兵器の威力不足もあるのは間違いないわね。魔石爆弾はあまり大きいものは積めないし、帝国海軍だって対空攻撃はあったようだもの。追尾式魔法と違って投下式だからそう簡単には命中しないわよね」

「リイナ様に肯定。例として戦艦の直上へ投下したとして、明らかに威力が足りません。また、これは駆逐艦等に装備している新鋭の魚雷も同様です」

「エイジスの言う通りだ。魚雷はまだまだこれからの兵器で速力も射程も、炸薬量も足らないとこが多いからね」

 この海戦ではL1Bロケット等以外にも本格的導入された兵器がある。それが魚雷だ。
 魚雷というと、前世地球でも十九世紀後半には実戦的な兵器として登場している。それが日露戦争や第一次世界大戦を経て第二次世界大戦の頃になると必殺の兵器になっていた。航空機から投下するタイプもあった。ちなみに日本軍が開発した酸素魚雷も必殺兵器になっていたそれの一つだ。これが二〇世紀後半になると艦船直下で爆発し竜骨をへし折る文字通りの一撃必殺兵器になっていたし、それより前には追尾式魚雷も誕生している。あと記憶に残っているのはスーパーキャビテーション魚雷だっけか。新幹線並みの速度を出す魚雷だったはず。
 その魚雷、この世界でも開発されている。ただ本格的な実戦使用は今回が初めてだ。
 まだ黎明期の兵器らしさがあり不発も見受けられ、速力もせいぜい時速約二五キーラ程度。射程も一キーラ程度で正直肉薄攻撃には厳しい。今回は夜戦が無かったから尚更だね。
 それでも相応の成果は出したらしいから今後に期待の持てる兵器と言えるだろう。

「今後海戦が起きたとして、データになるものも多い実りのある海戦でもあったな。オランドからの報告では、今向かっているであろうが艦隊はエジピトリア北部の港に向かうようだ。感染症罹患疑惑のある捕虜を含めて陸に下ろさねばならんし、何よりエジピトリア北部方面はリチリアへ向かうには必ず通る海路。ここで睨みを効かせるらしい。ブカレシタ南部の沖合にも一部艦隊を分けて哨戒網を設置するとも言っていた」

「何にせよ、これで副戦線もひとまずは落ち着きそうですね。少なくとも海路での本土奇襲は防げそうです。我々も負けてはいられません」

「うむ。その我々、つまりこの地での戦闘だが帝国軍の動きが活発になってきたそうだな」

 話は海戦の振り返りから自分達が直接関わる戦線へと移る。
 マーチス侯爵の言うように、年明け辺りから帝国軍は前線での動静が活発化してきた。恐らく兵站などあらゆる物資の輸送が安定化したんだろう。

「情報参謀部からも報告が上がっておりました。航空偵察を含めて常に最新の情報が届いておりますが、帝国軍は続々と前線に集結しており、特に砲兵隊の動きが目立ちます」

「再攻勢開始の予測日は六の日から七の日。つまり明後日から明明後日だったわね」

「予測。帝国軍は兵数有利による一斉突撃のほか、洗脳化光龍部隊による空襲を、地上では砲兵部隊による面的制圧砲撃を行うのでしょう。物資が豊富であるのならば、消費を躊躇せず行うので非常に厄介です」

「やはり一筋縄ではいかなさそうだな……。アカツキ、ムィトゥーラウの防御線構築の方はどうだ?」

「約八割強といったところでしょうか。完全ではありませんが敵の攻勢に耐えうる程度の防御線は構築されていると報告が上がっています。オチャルフに資材をある程度優先させていますので仕方ありませんが、ムィトゥーラウは元々重要拠点として復旧させたので大きな問題にはならないかと」

「そのオチャルフはどうなっている?」

「将兵一丸となり予想より早い構築が進んでいます。作戦通りに進んだのであれば、九割近くの完成度まで持っていけるかと」

 オチャルフについては僕が思っているより順調に建築が進んでいた。士気面の低下が回復したのもあるけれど、後が無くなりつつあるという状況が大きい。

「オチャルフの将兵には感謝せねばならんな。それに地元民の存在も大きい。もう妖魔帝国の治世には戻りたくないのか、元々西方が優遇されていなかったからか、はたまた妖魔諸種族連合共和国の大統領の人望か、オチャルフの防衛線を手伝っている民間人もいるからな」

「幾ら近代化してここ数年良くなったとはいえ、妖魔帝国の治世は世辞にも褒められたものではありませんからね。見捨てられた庶民にとっては不信感もあるのかと。また、義父上の仰るようにダロノワ大統領の人望もあるようです。ですので、オチャルフの戦闘では巻き込まれないように手伝ってくれて市民には十分な食糧を持たせてオディッサに避難してもらう予定です」

「今後の戦争で逆転勝利し、戦勝の際には報いねばならんな。ではアカツキ。事前の計画通り事は進められそうだな」

「はい。以前話させて頂きました『ムィトゥーラウの棺桶作戦』は参謀本部も変更無しで決行とのことです」

「大変結構だ。海戦での勝利は我々にとっても弾みとなる。一度ムィトゥーラウを失う事にはなるが、見かけだけの敗北だ。必ず勝利し、戦況を再び覆させるぞ。アカツキ、リイナ、エイジス。頼んだぞ」

『はっ!』

 妖魔帝国の再攻勢が迫る中、統合軍は一丸となって作戦を進めていく。
 再び勝利を掴むのを、僕は改めて強く決意した。
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