上 下
313 / 390
第20章 絶望の帝国冬季大攻勢編

第9話 彼の回復を願って

しおりを挟む
 ・・9・・
 12の月14の日
 午前4時20分
 統合軍野営地

「ココノエ陛下。アカツキ中将閣下を、どうかよろしくお願い致します……」

「…………うむ。任せよ。――行くぞ」

「御意」

「御意に」

 アレンがココノエ達にアカツキを任せたのがほんの三十分前の事であった。
 夜中に発生した事象にも関わらず、アカツキのムィトゥーラウ搬送は驚くほど早く決定が下された。マーチスが速やかにムィトゥーラウへ運ばせるように即決したからである。ココノエ達であれば今の野営地からムィトゥーラウの司令部まで夜が明ける前に到着可能だからだ。
 アレンはココノエ達に自身の上官を預けると、自分と部下のアリッサはようやく一息つくことが出来た。
 時刻は既に午前四時半前。リシュカ達が行った破壊工作は小規模であったのもあり消化作業も終わっていた。野営地の混乱も収まり、今は静けさが支配している。
 しかし、アレンやアリッサは眠ることなど出来るはずもなかった。
 アレンは熱いコーヒーに口をつけて、リシュカと対敵した時のことを思い出していた。

「アリッサ大尉」

「はい。なんでしょうか、アレン大佐」

「私は、あんな中将閣下を初めて見た……」

「アレン大佐でも、ですか……」

「ああ。自慢ではないが、今や統合軍全体に影響力を持つアカツキ中将閣下がまだ大隊を持つくらいの頃から知っているんだ。だから初めて顔を合わせた頃を含めれば十年以上だろうか。その私でも、あんな中将閣下は見たことがない」

 アレンはアカツキがまだA号改革を打ち出す前、つまり転生前の状態から知る数少ない人物でもある。アリッサはまだ第一〇三大隊の名前だった頃に入隊している。アレンよりは後にせよ、今や最古参と言っても差し支えの女性士官。
 その二人が、アカツキが恐慌状態に陥り錯乱していたのを見るのが初めてなのだから余程の何かがあったには違いないと感じていた。

「…………一体、どうしてあんな様子になられたのでしょうか」

「詳しくは私も分からない。ただ、ありきたりな理由で良ければ、それらを並べようとすれば幾つも出てくるだろうな……」

「ブリック大将閣下の死でしょうか」

「あるだろうな」

「今月に入ってから退却を続けていますが、遅滞防御の指揮は」

「それもだな。ドエニプラから後退して以降、中将閣下の睡眠時間は極端に減っている。元からあの方は過労気味だが平時は休日もあって余暇を取られておられていたし、先月までは休む時間があった」

「ええ。自分達はアカツキ中将閣下があちらこちらに視察に向かわれる際に護衛として同行していましたから、精力的に動かれていたのは存じております」

「ああ。だが、今月に入ってからはどうだ? 退却ルートの選定だけでなく三個軍を崩壊させないよう士気の低下に極力努め、兵士達に声を掛け、空襲となれば自身も戦われ、支援が必要となれば可能な限りムィトゥーラウに要請をかけられておられた。移動中も常に地図を見られ、入った情報からベターな選択肢を選び続ける。他にもいくらでもあるぞ。――ともかくとして三個軍の中で敗走中にも関わらず脱落者が少なく軍の体裁を保っていられたのは、アカツキ中将閣下によるものが大きい」

 アレンは自らの目で見てきたアカツキの様子をアリッサに語る。
 一般的に敗北し後退する軍を、それも三個軍を組織力を保って動かすなど至難の業である。アカツキが前世で学んだ知識はあくまで中隊クラスの指揮であり、今日のように軍規模を指揮出来ているのはこの世界での経験の賜物である。前世の知識と今世の経験の歯車が噛み合ってこそ、今のアカツキがあるのだ。
 とはいえ、これにも限界はある。
 敗走している厳しい条件下の中にも関わらず、アカツキの指揮下に入る参謀本部の人数が減っている。これはブリックが一個軍を率いてドエニプラに留まり時間稼ぎをした影響もある。いくらブリックが三個軍用に作戦指揮系統の人員を振り分けていたとはいえ、自身の一個軍用にも必要だからだ。
 結果として、三個軍としてはやや心許ない人員数。
 敗走という統合軍にとっては初の環境下での士気低下。
 帝国軍による夜間空襲による精神的消耗。
 今まで自分達が行ってきた戦法をお返しだと言わんばかりに帝国軍に受けたことで、軍の頭脳たる参謀達も睡眠不足により日増しに摩耗していったのである。
 そのような中でもアカツキは、表面上は普段とほぼ変わらない振る舞いを見せていたのだ。

「アカツキ中将閣下のおかげで我々は他方面に比べて被害が少なく済んでいるというわけですね……。しかし、中将閣下も人。精神はすり減っていき、今日の件がトドメを刺した、と……」

「恐らくはな。リイナ准将閣下は仰っていた。あの女を見た瞬間からおかしくなったと。ただ、私には理由が皆目検討がつかない」

「…………そう、ですか」

 アリッサはコーヒーに口をつけて夜空を見上げた。チラついていた小雪は止み、しかし曇天によって星は見えない。

「だがな、アリッサ大尉。原因が何であれ私達のすべき事は変わらない。むしろアカツキ中将閣下が一時的に指揮不能になった今こそ、我々の働きが求められる。私達ですらこうだ。奥様でもあるリイナ准将閣下の方がショックと心労は大きいだろう」

「はい……」

「故に、我々はリイナ准将閣下をお支えしなければならない。少なくとも、ムィトゥーラウにつくまでは」

「了解しました。…………自分は、アカツキ中将閣下が早く良くなればと思います」

「私もだ。アカツキ中将閣下が統合軍にとって欠けてはならない軍人だからではない。一人の、お人としてだ」

「はい……」

 アカツキの心身不調に衝撃を受けたアレン達。
 だが、彼等はただ打ちひしがれてはいなかった。自分の成すべきことを成し、軍人として務めを果たそうとしていた。
 二人はコーヒーを飲み終えると、いつも通り軍務に戻ったという。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界帰還組の英雄譚〜ハッピーエンドのはずだったのに故郷が侵略されていたので、もう一度世界を救います〜

金華高乃
ファンタジー
〈異世界帰還後に彼等が初めて会ったのは、地球ではありえない異形のバケモノたち〉  異世界から帰還した四人を待っていたのは、新たな戦争の幕開けだった。  六年前、米原孝弘たち四人の男女は事故で死ぬ運命だったが異世界に転移させられた。  世界を救って欲しいと無茶振りをされた彼等は、世界を救わねばどのみち地球に帰れないと知り、紆余曲折を経て異世界を救い日本へ帰還した。  これからは日常。ハッピーエンドの後日談を迎える……、はずだった。  しかし。  彼等の前に広がっていたのは凄惨な光景。日本は、世界は、異世界からの侵略者と戦争を繰り広げていた。  彼等は故郷を救うことが出来るのか。  血と硝煙。数々の苦難と絶望があろうとも、ハッピーエンドがその先にあると信じて、四人は戦いに身を投じる。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。 ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。 基本ゆったり進行で話が進みます。 四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...