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第20章 絶望の帝国冬季大攻勢編

第5話 ブリックの最期

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 ・・5・・
 リシュカの視線の先にいたブリックは迫り来る帝国軍の魔法兵やソズダーニア銃砲兵に対して部下と共に善戦していた。
 彼等が今いるのは、かつてシェーコフの副官がアカツキに殺された場所と同じ広場を兼ねたラウンドアバウト。そこには帝国軍の兵士達が殺到し、今も統合軍の一個大隊が戦っている。対する帝国軍は二個大隊が投入されていた。数だけ見れば、これまでの統合軍であれば戦える兵力差。ただし違いがあるとすれば、統合軍は一個大隊しかおらず増援の見込みは絶望的。帝国軍はまだまだ追加で送り込む余裕が幾らでもある点だろうか。
 それが証拠に帝国軍は余裕の表情を浮かべているが、統合軍の将兵が限界が近付いていた。
 そんな時に現れたのが、よりにもよってリシュカ達である。

「パラセーラ大佐、周辺の状況は?」

「我々『断頭大隊』と近衛師団によって包囲網は完成しつつあります」

「だったら奴等は袋のネズミ。逃げられないし殺せるわけだね」

「はっ。はい。確実に殺れます」

「じゃあ早々に殺して統合軍を崩壊させよっか。ブリックが戦ってる時点でお察しだけど、この後を考えると余計な犠牲は増やしたくないし」

「了解しました。では、閣下」

「殺れ」

「はっ」

 パラセーラは自身に身体強化魔法を付与させ、さらに腰に据えていた黒い鞘に入った細剣を抜剣すると、刀身に漆黒のオーラを纏うと次には。

「目標捕捉。惨殺開始」

 ブリック目掛けて突撃していく。
 時速六〇キーラ以上で走るパラセーラがブリックに到達するのにそう時間はかからなかった。
 統合軍の兵士を一人、二人と紙を斬るより容易く切断すると細剣を振り下ろす。

「ぬぅぅぅ!!」

 ブリックも将官の位についている高位魔法能力者であり、熟練の域に達した個人だけあってこれを受け止める。

「やりますね」

「けど、私を忘れちゃダメだよぉ?」

「なっ!?」

 パラセーラが身を引いた直後に現れたのは既に抜刀していたリシュカ。刀身に魔力を込めて上から振り下ろすと、ブリック大将が展開していた五枚の魔法障壁を叩き割る。
 しかし、破壊出来たのは五枚の内の三枚。残り二枚までを破壊する事は出来なかった。

「子供が何故ここに!」

「しっつれいなー」

 ブリックはすかさず反撃として片手剣を振るい、さらに高級士官用の回転式魔法拳銃を二発放つ。
 しかしリシュカに通じるはずもなく、魔法障壁を一枚破壊されたもののバックステップで回避。

「誰だ貴様は!!」

「ガキが来るとこじゃねえぞ!!」

「よくもブリック大将閣下に!!」

 ブリックの部下達の連携は流石と言えるべきだった。
 余裕のある者が数人、リシュカがバックステップの着地の瞬間を狙って統制の取れた法撃と銃撃を行う。
 だが、リシュカに彼らの攻撃は届かない。魔法障壁を瞬時に十枚展開したリシュカによって全てが防がれる。
 それだけではない。

「その程度で倒されると思って? 『闇の剣よ、穿て』」

 リシュカの周囲に黒剣が多数顕現し、攻撃を行った部下達に降り注ぐ。出来上がったのは人数分の死体だった。
 僅かばかりの間の出来事にブリックを含む統合軍の将兵は驚愕し、少しであるが奇妙な間が生まれる。

「貴様、ただの子供ではないな? 悪魔か?」

「間違っちゃいないけどぉ。てか、マーチスの右腕だけあってやるじゃん。アレを防ぎきるなら立派だよ」

「ちっ。大口を叩くだけの実力はありそうだな」

「ブリック大将閣下! 閣下をお守り致します!」

「ガキの一人や二人、今更増えたところで!」

「ブリック大将閣下には指一本触れさせん!」

「ふぅん。戦友を殺されてもなお立ち塞がるなんて、連合王国の連中はどいつもこいつも骨はあるようじゃん。けどさぁ、これを見ても同じこと言える?」

 リシュカはニタァ、と不気味に笑うと隠していた魔力を放出させる。またの名を剥き出しにした膨大な殺気。
 いくら連合王国軍の精鋭と言えどもリシュカの殺気に当てられるとなると小さく悲鳴が上がった。

(これは、まずいな……。帝国軍め、飛んだ隠し玉を持っていたとは……)

 ブリックは脂汗をかくのを感じた。
 目の前にいる少女と見紛うような悪魔はどうやら自分より上手らしい。尊大と感じる自信はどうやら信じられない程に強大な魔力だからこそか。
 ブリックは自己と照らし合わせて戦力分析をする。

(勝てんだろうな……。アカツキ中将ですら勝てるかどうかの相手だぞ……。)

 だが、退く訳にはいかない。
 退いたら終わりだ。自分に命じられたのは時間稼ぎ。だとするならば、一秒でも長くとどまらせるべきだろう。
 特に、目の前にいる悪夢のような存在は。

「貴様、名前はなんだ?」

「名乗る程のものでもないけど、リシュカ。私はリシュカ・フィブラ。よろしくね?」

「…………貴様があのリシュカ・フィブラだったとはな。まさか街行く少女のような外見とは思わなかった」

「よく言われるよ」

「リシュカ・フィブラ。悪いが降伏はせん。死守命令が出ているのでな」

「あらそう。立派な忠誠心だこと」

 リシュカは嘲笑うかのように小さく拍手をする。
 そして。

「その証に死んでもらうね? パラセーラ。部下と一緒に奴の取り巻きは任せたよ」

「御意」

 再戦である。
 ブリックは片手剣を構える。先に動いたのはパラセーラと数人の『断頭大隊』兵士。だが彼女の目標はブリックの部下達。
 リシュカはというと光龍刀に禍々しい黒いオーラを付与させる。
 とん、とステップを踏んだ次にはもうブリックの目の前にいた。

(嘘だろ!?)

 さっきの速度ですら手を抜いていたのかとブリックに衝撃が走る。
 ブリックは咄嗟に魔法障壁を展開しようとするが遅かった。

「ひひっ!」

 一刀両断。
 魔法障壁があっかりと全破壊された上に刃は目前に迫る。
 普通の兵士ならこれで即死である。しかしブリックも熟達した腕を持つ実力者。
 片手剣の刀身が破壊され右腕こそはね飛ばされたものの致命的な一撃だけは逃れる事が出来た。
 とはいえ右腕を切断された代償は大きい。

「ぐぅぅぅぅぅ!!」

(ちっ、急所を狙ったの咄嗟の判断で避けてきたか。訓練ばっかで実戦から長いこと離れると良くないね。)

 今の一撃で殺すつもりだったリシュカは内心不満げだが、相手も実力者と割り切って次の行動に移る。

「『闇ヨ、喰ラエ』」

 リシュカが発動したのは上級闇属性空間操作術式魔法。しかも短縮術式で、である。
 苦悶の表情を浮かべるブリックの眼前に、魔法陣が現れた。

(しまっ……)

 回避が出来ない。
 と、悟ったブリックだったが。

「ブリック大将閣下、危な――」

 ブリックの身体を誰かが押しのけた。彼の部下だった。そしてこれが彼の最期の言葉だった。
 次の瞬間に黒い球形が現れ、塵一つ残さずにブリックの部下を呑み込む。
 死体を残すことすら許されぬ戦死だった。

「はぁ……、邪魔すんなよ……」

 茫然自失となるブリックと、呆れたように溜息をつくリシュカ。

「まあ、いいや。興が醒めた。死ね」

 リシュカは再びブリックの目の前に迫ると、横振りすると刀身に纏わせた衝撃波でブリックを吹き飛ばす。
 ブリックは瓦礫と化した建物に強く衝突し、吐血する。

(く、そ……。瞬殺か……)

 ブリックの視線に最期に映ったのはリシュカの嘲笑。

「ホント、あっけないこと」

 心臓を抉るように一刺し。それで終わりだった。
 統合軍の将兵達はブリックの戦死を目の当たりにしてしまった。

「ブリック大将閣下が……」

「そんな……」

「一瞬で……」

 絶望である。
 あのブリックがあっという間にねじ伏せられて殺されたのだ。
 目の前の女に敵うわけがない。と、思うのは何もおかしくはなかった。
 ところが、これで終わらなかった。

「ブリックは死んだよ。だからお前達も死ね。忠誠誓った上官のとこに行けるんだから感謝しなよ?」

 降伏の一言を発しなかったのをいい事に、そこからはただひたすらの虐殺だった。
 命乞いした者だけがリシュカの興味を失いゴミを見るような目で見下されたことで、まさに命だけ助けられたが待つ末路は惨たらしいものであろう。リシュカは端から降伏した統合軍の兵士は中央へ研究素材として送るか強制労働所送りにするつもりなのである。
 彼女にとって統合軍の兵士である時点で等しく復讐の対象で人権など頭にすらないのだから。
 この日の夜。ドエニプラの中心市街地は帝国軍が奪還し、翌日には崩壊した統合軍は散り散りになって敗走をしていく。
 が、リシュカは命じた。

「逃げた統合軍兵士は一人残らず狩り尽くせ」

 と。
 後に『ドエニプラの虐殺』と呼ばれる悪辣極まりない光景だった。
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