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第18章 ドエニプラ攻防戦編
第9話 冬までの決着と諸問題の報告
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・・9・・
10の月6の日
午前9時20分
人類諸国統合軍南部方面・オルジョク市街設置の移動司令部
山脈を越えて僕達が妖魔帝国本土に侵攻してから四ヶ月が経過した。
十の月になると朝晩は冷え込むようになって、最高気温も十度くらいを少し越えるくらいになった。
僕達にとって幸いなことに今年はいつもより暖かいらしく――ダロノワ大統領曰く――、とはいえこの調子で秋が深まれば十一の月のどこかで雪がちらつき始めるらしい。
本格的な侵攻が可能なタイムリミットが刻々と迫る中で、僕達人類諸国統合軍はやっとのことでドエニプラ近郊にある北部方面の都市コルロフカと南部方面のオルジョクを占領。
南部方面の最進出地点はドエニプラまであと一七キーラまでようやく迫れていた。
僕は何度かマーチス元帥などがいる前線総本部と今いる移動司令部を会議で行き来していたけれど、今日は最前線で定例の視察準備の為に司令部テントにいて参謀達から報告を受けていた。いつも通りエイジスはいるけれど、リイナは近くの司令部テントである部隊の指揮官と会議中だ。
「各々報告をよろしく」
『はっ』
「まずは我々、作戦部からの報告です。現在北部方面と南部方面からの挟撃にてドエニプラへ攻勢を仕掛けておりますが、作戦部では南北方面軍を遮る形で位置している沼沢地帯と森林地帯より、能力者化師団から選抜した特殊任務連隊を分散進撃。敵の横っ腹を抉りとる作戦を立案完了。『ロイヤル・フライヤーズ』による空襲作戦と協同で決行予定です」
「いい作戦だね。決行を許可するよ。ただし、時期はもう少し後で。追って日程を決定しよう。恐らく相手もある程度は予測していると思われるから、場合によっては結構中止もありうるから覚えておいて」
典型的な連合王国軍人である厳格そうな作戦参謀長が発言した作戦は、ドエニプラの早期占領を狙った地上奇襲作戦についてだ。
ドエニプラ西部に広がっていて統合軍南北両面の間に広がる沼沢地帯と森林地帯はコルツォーク川が東西に分かれている間の中洲に存在している。中洲と言っても前世日本で想像するような小規模なものではなくて面積は広大で、その広さは中規模の市の面積くらいはある。
この地域を利用した作戦は僕達も妖魔帝国軍も小規模なものを除いて実行していない。足場が悪くて大規模部隊の展開には不向きだからだ。
威力偵察程度であれば妖魔帝国軍はここから現れた事はあったけれど、せいぜいが中隊規模。少なくとも数千人規模の連隊が伏兵での攻撃は想定されにくいというのが作戦部の読みだ。
だけど、相手はあのシェーコフ大将だ。無能ならともかく有能な指揮官となれば予測してくるかもしれない。
だからこの作戦には細心の注意を払った上で連日変更されている暗号を用いた魔法無線装置も作戦ギリギリまで封鎖して決行の予定だ。
ちなみにだけど水先案内人として、この地出身の妖魔諸種族連合共和国軍の兵士が派遣されている。
さらに、この作戦への参加人員は連隊だけではないんだよね。
「はっ。アカツキ中将閣下の大隊については、閣下よりお受け取りした作戦提案書を採用しようと考えております」
「連隊による攻撃前の撹乱攻撃だね。アレン中佐はこの作戦の意気込みも強いし、連隊への教導もしてくれてる。確実に果たしてくれる部隊だから引き続き多くを学ぶように連隊へ指示を」
「承知致しました。また、ドエニプラ市街への突入の際に、妖魔諸種族連合共和国軍から立案がございました。閣下直々ご指導の『あの訓練仕込み』の大隊が作戦投入部隊です」
「あぁ、あそこから。『最初の大隊』だっけ」
「はっ。はい、ダロノワ大統領閣下の直轄にある部隊です」
諸種族連合共和国軍の『最初の大隊』は、僕が北ジトゥーミラの戦いで最後まで頑強に抵抗し、ダロノワ大統領に忠誠高い直属護衛部隊の事だ。
捕虜になり、ダロノワ大統領が妖魔帝国軍から離反して今の形になってからは諸種族連合共和国軍で最も高い練度を誇る部隊でもある。この部隊も、僕がココノエ陛下達にしたのと同じ訓練を乗り越えていて、今ではアレン中佐の大隊と遜色ない水準になっているんだ。
そこの部隊を使った作戦というのは興味があるね。
「気になるね。最高機密書類で来てるでしょ? 見せてもらっても?」
「アカツキ中将閣下ならそう仰ると思いまして、お持ち致しました。魔法封印もした上でに保管されているこちらになります」
「ありがとう」
僕は作戦参謀長から受け取ると、内容を読んでいく。
……………………なるほど。これは面白いね。
「採用しよう。僕が最高責任者になる」
「マーチス元帥閣下への裁可はよろしいのですか?」
「勿論伝えるよ。マーチス元帥閣下からは計画遅延が起きている現状を鑑みて作戦裁量権の拡大があったし、ドエニプラの戦いについての特殊作戦については全権委任されてるから」
「なるほど。であれば大丈夫ですね。すぐに文書で伝えます」
「よろしく。特殊作戦においては魔法無線装置でのやり取りは避けたいし」
「はっ!」
作戦参謀長は話が纏まったので、僕がいるテントを後にする。
「次に情報参謀長」
情報参謀長は筋骨隆々ながらも知的な印象を伺わせる人だ。彼は少し芳しくない様子で口を開く。
「はっ。情報部では妖魔帝国軍の魔法無線装置傍受を引き続き試みております。アカツキ中将閣下の読み通りと言うべきでしょうか、暗号強度が増しております。この四ヶ月で変更頻度も増えており、ドエニプラの戦いにおいては敵の作戦解読はかなり難しいかと……」
「やっぱりか……。解読作業は?」
「肝心の部分が未知の言語か略した言語で送られており、諸種族連合共和国軍とココノエ陛下の近衛部隊からも助力をしてもらってますが、不明とのことでした。解読員によると、特定の語句をコードにした上で乱数も用いているかと……」
「コードに乱数か……」
「我々も用いている手法の一つになりますね。無論、あちらとこちらでは中身は全く別物ですが」
暗号の方式としては前世でも十七世紀にはあったものだけど、使われると面倒なタイプだ。略された意味の一覧表なりがあるだろうけれど、その情報が無ければ分からない。法則さえ分かればいいんだけど、それも不明。オマケに乱数まで使われたとなると尚更さっぱりだ。
暗号の分野においても、妖魔帝国軍は大きく進化を遂げている。休戦前なら読みたい放題だったのに、今じゃ解読困難になってきているんだからね。
「となると、捕虜の口から割ってもらうしかないか……。けど……」
「割らないかと。頻繁な変更がある点までは聴取出来ましたし、中には漏らした捕虜もいますが一致しませんでした。ドエニプラではさらに高度になったか、別のパターンに変更されているかと思われます」
「追っかけっこだね……」
「本国の数学者や暗号に詳しい者にも要請して引き続き任務は続行致します」
「了解。報告お疲れ様」
「はっ!」
「最後に後方参謀長」
後方参謀長はメガネをかけた事務方といった様子の軍人だ。ただし種族は人ではなくエルフ。まあ、エルフの参謀も普通にいる世の中だから何も珍しくはないけど。
「はっ。予定より侵攻計画が遅延している事も含めて、毎月あらゆる物資の必要量が増加しています。食糧、弾薬、兵器類については今のところ輸送に問題ありませんが、そろそろ冬を見越さねばなりませんので、今の供給量は満たせなくなるかと」
「雪が降ったら何割くらいになる?」
「エイジス特務官殿にも協力してもらい、算出しました。最も良い状態で八九パルセント。天候次第では八一パルセントです」
「補足。後方における敵撹乱が無い場合での数値となります。また想定より医療物資必要量が特に増えている為、まだ問題は生じていませんが輸送が圧迫されています。マスター」
「うーん……。兵站面も読み通りにはいかないか……。いや、兵站面だからこそかな」
「ええ……。エイジス特務官の言うようにこれ以上輸送量が増えると不味いかと。現在、本国後方で割り当てている軍輸送をブカレシタからオディッサまでに割り当てれば増強は可能になりますが、この場合は民間徴用での輸送代行をする事になるかと。現在の戦況ではまだそこまでの必要はありませんが……」
「民間徴用か……。ジトゥーミラの時に緊急輸送で実績はあるけれど、あれは緊急事態で有志が動いてくれたってパターンの特殊事例だからね……」
民間徴用とは前世の戦争でもよくある事例だ。陸だけでなく海でもあった事で、民間の輸送車両を徴用したり民間の船を徴用したりして軍の輸送に割り当てるといったもの。
ただこれらは総力戦において逼迫した状況にならない限りは極力避けたいし、そもそも軍が民間の輸送車両や船を徴用なんて不安しか煽らない。
とはいっても、輸送量増大にどれだけ軍の兵站部が耐えられるかは分からない。
今は生産される輸送用蒸気トラックの軍向け割り当てをふやしたり、新しく開発された今のより輸送量が大きい大型輸送蒸気トラック――前世現代のそれには劣るけれど――の投入などでやり過ごすしかないだろう。
「現状、海軍にも輸送量を増やしてもらえるように交渉が纏まっておりますので少なくとも今年は。ただ、さらに兵站線の伸びる来年以降となると本国にある軍の輸送トラックを転用せざるを得なくなるかもしれません。となれば、輸送会社に軍の食糧物資輸送を委託することになるかもしれません。それと、エルフ理事会にもかけあって屯田兵の活用も模索していきます」
「分かった。そうだね……。来年、いや再来年以降はやむなしとするしかないか……。アルネセイラの統合本部には改めて輸送計画の策定をしてもらおう。兵站は戦争の要だ。最低限、八五パルセントは死守するように」
「はっ。承知しました。冬季戦装備は今月中か来月上旬に全兵士に届くよう開戦時から手配しておりましたので、こちらは問題ありません。――兵站部からは以上となります」
「お疲れ様。引き続きよろしく」
「了解しました。では、私も失礼します」
最後に話した兵站参謀長も退室し、僕の執務室となっているテントからはエイジス以外いなくなった。
僕は大きく息をつくと、机に置いてあったタバコの箱から一本取ると、火付けの魔導具で火をつける。
「ふぅ……。報告だけで小一時間経ったなあ……」
「お疲れ様です、マスター」
「ありがとう、エイジス」
彼女の労いに礼を言うと、紫煙を天井に向けて吐き出す。今日も最前線から砲声が聞こえてくる。
午後からは前線視察が控えているけれど、それまでに山積みになっている抱えている問題の解決法を探らないといけない。
この世界の時代水準にしてはここまで大きく占領地域を伸ばしたといっても決して世辞ではない。しかし快勝と聞かれれば疑問符がつく。
ドエニプラの戦いは計画遅延中。新たな作戦を立案して少しでも早く占領を果たそうと作戦部が動いてくれている。情報面では日を追う事に強くなる帝国軍の暗号強度。そして、要とも言える兵站面での問題。
戦地で命を賭けて戦う将兵の為に参謀総動員での状況改善に動いているけれど、果たしてどれだけ満たせるかどうか。
この世界に転生してからもう何年も経っていい加減この手の仕事も慣れてきたけれど、創作のように思い通りにいくことなんて少ない。主人公が羨ましくなるよね……。
…………いけないいけない。思考を切り替えないと。
「推奨。甘味の摂取。糖分は思考回路を活発化させると同時にストレスの緩和にもなります」
「そうだね。視察前に食べておこう。リイナもそろそろ戻ってくるしさ」
10の月6の日
午前9時20分
人類諸国統合軍南部方面・オルジョク市街設置の移動司令部
山脈を越えて僕達が妖魔帝国本土に侵攻してから四ヶ月が経過した。
十の月になると朝晩は冷え込むようになって、最高気温も十度くらいを少し越えるくらいになった。
僕達にとって幸いなことに今年はいつもより暖かいらしく――ダロノワ大統領曰く――、とはいえこの調子で秋が深まれば十一の月のどこかで雪がちらつき始めるらしい。
本格的な侵攻が可能なタイムリミットが刻々と迫る中で、僕達人類諸国統合軍はやっとのことでドエニプラ近郊にある北部方面の都市コルロフカと南部方面のオルジョクを占領。
南部方面の最進出地点はドエニプラまであと一七キーラまでようやく迫れていた。
僕は何度かマーチス元帥などがいる前線総本部と今いる移動司令部を会議で行き来していたけれど、今日は最前線で定例の視察準備の為に司令部テントにいて参謀達から報告を受けていた。いつも通りエイジスはいるけれど、リイナは近くの司令部テントである部隊の指揮官と会議中だ。
「各々報告をよろしく」
『はっ』
「まずは我々、作戦部からの報告です。現在北部方面と南部方面からの挟撃にてドエニプラへ攻勢を仕掛けておりますが、作戦部では南北方面軍を遮る形で位置している沼沢地帯と森林地帯より、能力者化師団から選抜した特殊任務連隊を分散進撃。敵の横っ腹を抉りとる作戦を立案完了。『ロイヤル・フライヤーズ』による空襲作戦と協同で決行予定です」
「いい作戦だね。決行を許可するよ。ただし、時期はもう少し後で。追って日程を決定しよう。恐らく相手もある程度は予測していると思われるから、場合によっては結構中止もありうるから覚えておいて」
典型的な連合王国軍人である厳格そうな作戦参謀長が発言した作戦は、ドエニプラの早期占領を狙った地上奇襲作戦についてだ。
ドエニプラ西部に広がっていて統合軍南北両面の間に広がる沼沢地帯と森林地帯はコルツォーク川が東西に分かれている間の中洲に存在している。中洲と言っても前世日本で想像するような小規模なものではなくて面積は広大で、その広さは中規模の市の面積くらいはある。
この地域を利用した作戦は僕達も妖魔帝国軍も小規模なものを除いて実行していない。足場が悪くて大規模部隊の展開には不向きだからだ。
威力偵察程度であれば妖魔帝国軍はここから現れた事はあったけれど、せいぜいが中隊規模。少なくとも数千人規模の連隊が伏兵での攻撃は想定されにくいというのが作戦部の読みだ。
だけど、相手はあのシェーコフ大将だ。無能ならともかく有能な指揮官となれば予測してくるかもしれない。
だからこの作戦には細心の注意を払った上で連日変更されている暗号を用いた魔法無線装置も作戦ギリギリまで封鎖して決行の予定だ。
ちなみにだけど水先案内人として、この地出身の妖魔諸種族連合共和国軍の兵士が派遣されている。
さらに、この作戦への参加人員は連隊だけではないんだよね。
「はっ。アカツキ中将閣下の大隊については、閣下よりお受け取りした作戦提案書を採用しようと考えております」
「連隊による攻撃前の撹乱攻撃だね。アレン中佐はこの作戦の意気込みも強いし、連隊への教導もしてくれてる。確実に果たしてくれる部隊だから引き続き多くを学ぶように連隊へ指示を」
「承知致しました。また、ドエニプラ市街への突入の際に、妖魔諸種族連合共和国軍から立案がございました。閣下直々ご指導の『あの訓練仕込み』の大隊が作戦投入部隊です」
「あぁ、あそこから。『最初の大隊』だっけ」
「はっ。はい、ダロノワ大統領閣下の直轄にある部隊です」
諸種族連合共和国軍の『最初の大隊』は、僕が北ジトゥーミラの戦いで最後まで頑強に抵抗し、ダロノワ大統領に忠誠高い直属護衛部隊の事だ。
捕虜になり、ダロノワ大統領が妖魔帝国軍から離反して今の形になってからは諸種族連合共和国軍で最も高い練度を誇る部隊でもある。この部隊も、僕がココノエ陛下達にしたのと同じ訓練を乗り越えていて、今ではアレン中佐の大隊と遜色ない水準になっているんだ。
そこの部隊を使った作戦というのは興味があるね。
「気になるね。最高機密書類で来てるでしょ? 見せてもらっても?」
「アカツキ中将閣下ならそう仰ると思いまして、お持ち致しました。魔法封印もした上でに保管されているこちらになります」
「ありがとう」
僕は作戦参謀長から受け取ると、内容を読んでいく。
……………………なるほど。これは面白いね。
「採用しよう。僕が最高責任者になる」
「マーチス元帥閣下への裁可はよろしいのですか?」
「勿論伝えるよ。マーチス元帥閣下からは計画遅延が起きている現状を鑑みて作戦裁量権の拡大があったし、ドエニプラの戦いについての特殊作戦については全権委任されてるから」
「なるほど。であれば大丈夫ですね。すぐに文書で伝えます」
「よろしく。特殊作戦においては魔法無線装置でのやり取りは避けたいし」
「はっ!」
作戦参謀長は話が纏まったので、僕がいるテントを後にする。
「次に情報参謀長」
情報参謀長は筋骨隆々ながらも知的な印象を伺わせる人だ。彼は少し芳しくない様子で口を開く。
「はっ。情報部では妖魔帝国軍の魔法無線装置傍受を引き続き試みております。アカツキ中将閣下の読み通りと言うべきでしょうか、暗号強度が増しております。この四ヶ月で変更頻度も増えており、ドエニプラの戦いにおいては敵の作戦解読はかなり難しいかと……」
「やっぱりか……。解読作業は?」
「肝心の部分が未知の言語か略した言語で送られており、諸種族連合共和国軍とココノエ陛下の近衛部隊からも助力をしてもらってますが、不明とのことでした。解読員によると、特定の語句をコードにした上で乱数も用いているかと……」
「コードに乱数か……」
「我々も用いている手法の一つになりますね。無論、あちらとこちらでは中身は全く別物ですが」
暗号の方式としては前世でも十七世紀にはあったものだけど、使われると面倒なタイプだ。略された意味の一覧表なりがあるだろうけれど、その情報が無ければ分からない。法則さえ分かればいいんだけど、それも不明。オマケに乱数まで使われたとなると尚更さっぱりだ。
暗号の分野においても、妖魔帝国軍は大きく進化を遂げている。休戦前なら読みたい放題だったのに、今じゃ解読困難になってきているんだからね。
「となると、捕虜の口から割ってもらうしかないか……。けど……」
「割らないかと。頻繁な変更がある点までは聴取出来ましたし、中には漏らした捕虜もいますが一致しませんでした。ドエニプラではさらに高度になったか、別のパターンに変更されているかと思われます」
「追っかけっこだね……」
「本国の数学者や暗号に詳しい者にも要請して引き続き任務は続行致します」
「了解。報告お疲れ様」
「はっ!」
「最後に後方参謀長」
後方参謀長はメガネをかけた事務方といった様子の軍人だ。ただし種族は人ではなくエルフ。まあ、エルフの参謀も普通にいる世の中だから何も珍しくはないけど。
「はっ。予定より侵攻計画が遅延している事も含めて、毎月あらゆる物資の必要量が増加しています。食糧、弾薬、兵器類については今のところ輸送に問題ありませんが、そろそろ冬を見越さねばなりませんので、今の供給量は満たせなくなるかと」
「雪が降ったら何割くらいになる?」
「エイジス特務官殿にも協力してもらい、算出しました。最も良い状態で八九パルセント。天候次第では八一パルセントです」
「補足。後方における敵撹乱が無い場合での数値となります。また想定より医療物資必要量が特に増えている為、まだ問題は生じていませんが輸送が圧迫されています。マスター」
「うーん……。兵站面も読み通りにはいかないか……。いや、兵站面だからこそかな」
「ええ……。エイジス特務官の言うようにこれ以上輸送量が増えると不味いかと。現在、本国後方で割り当てている軍輸送をブカレシタからオディッサまでに割り当てれば増強は可能になりますが、この場合は民間徴用での輸送代行をする事になるかと。現在の戦況ではまだそこまでの必要はありませんが……」
「民間徴用か……。ジトゥーミラの時に緊急輸送で実績はあるけれど、あれは緊急事態で有志が動いてくれたってパターンの特殊事例だからね……」
民間徴用とは前世の戦争でもよくある事例だ。陸だけでなく海でもあった事で、民間の輸送車両を徴用したり民間の船を徴用したりして軍の輸送に割り当てるといったもの。
ただこれらは総力戦において逼迫した状況にならない限りは極力避けたいし、そもそも軍が民間の輸送車両や船を徴用なんて不安しか煽らない。
とはいっても、輸送量増大にどれだけ軍の兵站部が耐えられるかは分からない。
今は生産される輸送用蒸気トラックの軍向け割り当てをふやしたり、新しく開発された今のより輸送量が大きい大型輸送蒸気トラック――前世現代のそれには劣るけれど――の投入などでやり過ごすしかないだろう。
「現状、海軍にも輸送量を増やしてもらえるように交渉が纏まっておりますので少なくとも今年は。ただ、さらに兵站線の伸びる来年以降となると本国にある軍の輸送トラックを転用せざるを得なくなるかもしれません。となれば、輸送会社に軍の食糧物資輸送を委託することになるかもしれません。それと、エルフ理事会にもかけあって屯田兵の活用も模索していきます」
「分かった。そうだね……。来年、いや再来年以降はやむなしとするしかないか……。アルネセイラの統合本部には改めて輸送計画の策定をしてもらおう。兵站は戦争の要だ。最低限、八五パルセントは死守するように」
「はっ。承知しました。冬季戦装備は今月中か来月上旬に全兵士に届くよう開戦時から手配しておりましたので、こちらは問題ありません。――兵站部からは以上となります」
「お疲れ様。引き続きよろしく」
「了解しました。では、私も失礼します」
最後に話した兵站参謀長も退室し、僕の執務室となっているテントからはエイジス以外いなくなった。
僕は大きく息をつくと、机に置いてあったタバコの箱から一本取ると、火付けの魔導具で火をつける。
「ふぅ……。報告だけで小一時間経ったなあ……」
「お疲れ様です、マスター」
「ありがとう、エイジス」
彼女の労いに礼を言うと、紫煙を天井に向けて吐き出す。今日も最前線から砲声が聞こえてくる。
午後からは前線視察が控えているけれど、それまでに山積みになっている抱えている問題の解決法を探らないといけない。
この世界の時代水準にしてはここまで大きく占領地域を伸ばしたといっても決して世辞ではない。しかし快勝と聞かれれば疑問符がつく。
ドエニプラの戦いは計画遅延中。新たな作戦を立案して少しでも早く占領を果たそうと作戦部が動いてくれている。情報面では日を追う事に強くなる帝国軍の暗号強度。そして、要とも言える兵站面での問題。
戦地で命を賭けて戦う将兵の為に参謀総動員での状況改善に動いているけれど、果たしてどれだけ満たせるかどうか。
この世界に転生してからもう何年も経っていい加減この手の仕事も慣れてきたけれど、創作のように思い通りにいくことなんて少ない。主人公が羨ましくなるよね……。
…………いけないいけない。思考を切り替えないと。
「推奨。甘味の摂取。糖分は思考回路を活発化させると同時にストレスの緩和にもなります」
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突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。
※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。
武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。
人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】
前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。
そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。
そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。
様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。
村を出て冒険者となったその先は…。
※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
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