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第3部『血と硝煙と死体の山の果てに』第16章 春季第三攻勢作戦『電光の双剣』
第1話 休戦の地に人類諸国統合軍は集う
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・・1・・
一八四六年の春を迎える前。
ついに人類諸国各国は戦時動員令を発した。
目的は単純明快。山脈を越え、妖魔帝国本土への侵攻開始である。
作戦名は『電光の双剣』。本土侵攻後に素早く展開、一挙に進出拠点の橋頭堡を二つ築く事から名付けられた。
本作戦の為に人類諸国各国は歴史上最大の遠征軍を編成、名称も指揮権の統一を兼ねて『人類諸国統合軍』に変更された。
『電光の双剣』作戦にあたり編成された各国軍は以下の通りになる。
『電光の双剣』作戦各国軍編成
【アルネシア連合王国軍】
・連合王国軍総司令官兼人類諸国統合軍総司令官:マーチス・ヨーク元帥
・北部統合軍司令官:アルヴィン・ノースロード大将
・南部統合軍司令官:マーチス・ヨーク元帥が兼任
【アルネシア連合王国軍編成】
・北部統合軍:一五個師団
(陸軍航空隊:一〇〇機含む)
・南部統合軍:三〇個師団
(陸軍航空隊:一五〇機含む)
【イリス法国軍】
・遠征軍司令官:マルコ・グイッジ大将
【イリス法国軍編成】
・帝国解放遠征軍:三〇個師団
【スカンディア連邦軍】
・司令官:ノヴェル・スチャーハ大将
【スカンディア連邦軍編成】
・北部統合軍麾下:一〇個師団
【ロンドリウム協商連合軍】
・北部遠征軍司令官:トマス・ウォール大将
・南部遠征軍司令官:ジェイティス・ゴードン大将
【ロンドリウム協商連合軍編成】
・北部遠征軍:一〇個師団
・南部遠征軍:五個師団
【総戦力】
・北部統合軍:三五個師団
・南部統合軍:六五個師団
・総計:一〇〇個師団
各国軍が集結したことにより、まさに史上最大の遠征軍の言葉に恥じない軍勢であった。
その数、一〇〇個師団約一〇〇万人。連合王国軍や法国軍に至っては自国平時編成総戦力の半数以上を投入する力の入れ用である。
なお、この数はあくまで現時点で前線に投入する戦力であり、後方予備は編成完了次第用意される事になっていることを補足しておこう。またこの数には含まれていないが、祖国解放の為にダロノワ臨時大統領兼妖魔諸種族連合共和国軍も一個師団参戦している点も加えておく。
さて、アカツキはというと本作戦においてはやはり重要な立ち位置についている。
アカツキの役目は以下のようになっている。
【アカツキ・ノースロード中将】
・総司令官付副官
・統合軍参謀本部直轄能力者化軍団司令官
・第一〇一能力者化師団師団長
一つ目の総司令官付副官は一応は本来の立場である。マーチス元帥の補佐と言えよう。
二つ目は三つ目に繋がる役目である。本作戦において高機動かつ高い攻撃力を誇る、戦闘要員と治療要員が能力者のみで構成されている能力者化師団については彼の管轄となる。なお、南部統合軍においては三個師団が編成されている。
三つ目は以前は別名『アカツキ旅団』の編成拡大版である。元々アカツキ旅団は能力者が一般的な旅団に比べて多く、今回の能力者化師団の実験的意味合いも含まれていた。
それが再戦となって師団拡大化されたわけである。
ちなみにこの能力者化師団。戦力向上の為に出し惜しみしないという方針で、国庫及びこれまでの採掘分を含めて召喚石を大量使用。在庫となっていた分も含めてほぼ全員が召喚武器を持つに至っている。かなりの割合で近接武器が召喚されたが、中には遠距離用もあり近接戦闘でも中長距離戦でも魔法銃と併せて戦力向上の一助となっていた。
以上のように、人類諸国は妖魔帝国に対して勝利と栄光を掴む為に温度差は少々あれど眼前の戦争に備えていた。
時は五の月八の日。
人類諸国統合軍の内、主要戦力となる南部統合軍はかつて激戦の地である旧称・ブカレシタ要塞。現・ブカレシタ防衛線に集結していた。
・・Φ・・
1846年5の月8の日
午前10時15分
旧東方領・現人類諸国共同特別統治区域ブカレシタ
ブカレシタ要塞(別名:ブカレシタ防衛線)・中央司令部
今年もあと一ヶ月で折り返し地点になる五の月。僕はリイナとエイジスと共に王都アルネセイラから遠く離れた地、かつて両軍の血で染まったブカレシタにいた。
息子のリオは王都じゃなくて父上と母上がいるノイシュランデに預けた。
当面離れ離れになってしまうのは寂しいけれど、これもリオの世代に平和を享受させたいから。リオはノイシュランデを出立する時にやっぱり泣いちゃったけれど、最後には「早く帰ってきてね。待ってる」と涙ながらに見送ってくれた。
息子の為にも、早く戦争を終わらせないとね。
さて、今僕がいるのはブカレシタ防衛線。以前はブカレシタ要塞だったここは人類諸国側の前線拠点の一つとして整備されていて、いわゆる前線司令部になっている。要塞を流用していて、内部にある司令部建築群は各方面統合軍の司令部群にも劣らない見た目だ。
その建築群の中でも中心にあるのが、中央司令部棟。僕は五階の自身の執務室となる作戦会議室に向かっていた。
約一週間後に迎える期限切れになるけれど、僕がいる南部統合軍もアルヴィンおじさん率いる北部統合軍も期限切れ翌日十七の日夜明けより進軍を開始する。今日は進軍してからの行程を再確認する会議の日なんだよね。
「久しぶりのブカレシタ。昨日到着した時にも思ったけれどあの頃とは見違えるくらい立派になったよね」
「ね、旦那様。私達が知っているブカレシタは廃墟と化していたけれど、今じゃ立派な防衛線だもの」
「いわゆるブカレシタ防衛線だね。塹壕や機関銃陣地とか、より近代的な防御陣地に生まれ変わっているからね。いくら立派で長期間耐えきれるとはいえ、出来ればここは使いたくはないかな」
「全くね。そうそう、妖魔帝国の動きが気がかりだけれども、その話は間違いなくこれからの会議で出るでしょうね」
「うん。僕も意図が掴めないから分かんないけど、あっちの動きについては今後の作戦方針の中で話されると思うよ。エイジス、魔法無線装置通信は念の為連結しておいてね」
「サー、マスター。集約し何かあればすぐにお伝えします」
デフォルトの服を身に纏うエイジスは頷く。
少し歩くと作戦会議室になる大会議室の入り口が見えてきた。
僕は扉の前にいる男性士官に声をかけると、
「アカツキ中将閣下、リイナ准将閣下、エイジス特務官。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。中は結構集まってる?」
「ジェイティス大将閣下とマルコ大将閣下なら既に。各師団長も八割方いらっしゃいます」
「了解」
「席にご案内致しますね」
「よろしく」
大会議室の扉が開かれると、僕達に気付いた中将より下の軍人達は一斉に立ち上がって敬礼をする。中将クラスも僕を見て力は少し抜きつつも敬礼して挨拶をしてくれた。
「おやおや! 久しぶりですねアカツキ中将! リイナ准将、エイジス特務官も久方ぶりですね」
「お久しぶりですわ、マルコ大将閣下」
「おお、アカツキ中将にリイナ准将、エイジス特務官じゃないか。一昨年以来だね」
「お久しぶりです、マルコ大将閣下。ジェイティス大将閣下は二年ぶりでしょうか」
大会議室の最前方に置かれている横並びの机にいたのは、マルコ大将とジェイティス大将閣下だった。
マルコ大将は今回の法国軍総司令官でなんとその数は三〇個師団。連合王国軍と同規模だ。
ジェイティス大将は僕の顔を見ると顔をほころばせる。
ジェイティス・ゴードン大将。年齢は五十四歳。老齢に差し掛かりつつある。雰囲気は飄々としているけれど、まだまだ覇気を滲ませる白髪混じりの明るい金髪の男性だ。
彼は協商連合内で巻き起こって今も燻り続ける政争を、局外中立の立場についてのらりくらりと交わしているやり手の軍人だ。
本人曰く、
「阿呆らしい政争になんて巻き込まれたくないし、そもそも軍人たる者が権力争いに無闇矢鱈に首を突っ込むものじゃないよ。大体、私はあの手の連中を好かないし、フィリーネ女史の二の舞いは御免だよ」
とのこと。
これを初めて会う僕に堂々と言うもんだから苦笑いしたけれど、まあその通りだよね。あんな面倒な争い、僕も協商連合軍人なら巻き込まれたくないし。
「マルコ大将閣下。この度は法国にも大きな協力を頂きありがとうございます」
「気にしないでくださいアカツキ中将。休戦前までは妖魔帝国軍に終始いいようにしてやられていましたが、条約で得た莫大は賠償金と奪還した旧東方領の資源等で財政も良くなり、貴国の技術支援のお陰で法国軍は近代化されました。貴国のような先進的軍隊とまではいきませんが、これまでの法国軍とは違う姿をきっとお見せ出来ますよ」
マルコ大将は自信満々に語る。
休戦後、法国は条約で得た賠償金と奪還した旧東方領法国領土から産出される魔石や魔液などの資源を獲得したことによって軍も経済も回復。特に経済については今や協商連合を上回る成長率になっていて、これまで暗い話の多かった法国は明るい話が増えている。
軍についてはマルコ大将が軍部門の実権を握ったこともあって、緩やかながらも改革と近代化を果たしていた。
法国首脳部も領土回復運動の旗印をもとにあれだけ活躍したマルコ大将に対しては重用する姿勢に転じていて、軍についてはマルコ大将とその派閥にある程度任せるようにしていた。
その結果が、今の法国軍だ。ライフルと魔法銃は僕達連合王国の技術支援と新式ライフル制式採用に伴う払い下げで近代化されていて、砲についても前線展開師団は新しいものに更新されていた。
僕が法国を頼りにしているのはこういった事情があるからだ。
対して、今のやり取りを聞いていたジェイティス大将は苦笑いだ。
「自分達協商連合軍は二手に分かれてとはいえ、此方には五個師団しか派兵出来なくて申し訳ない限りだよ。一五個師団の派遣についても本国で揉めに揉めた末にようやく決まったくらいでね。後手後手に回ってすまない」
「いえ、お気になさらず。ジェイティス大将閣下。ジェイティス大将閣下のご尽力で本来は一〇個師団だったのを、理由はどうであれ上手く保守党を焚き付けてくれたお陰で増派になった訳ですから」
「ったく、連中は利権争いとなるとすぐにこれだからね。乗り遅れては後々――、と言ったら掌を変えたさ。とはいえ、局外中立の私が任されたのは少ない方の五師団だ。ちなみにだが、北部の一〇個師団の司令官サードス大将は気を付けた方がいい。あれは無能ではないけれど、保守党の息がかかりすぎている。君の叔父には伝えておいた方がいいと思うよ」
「ありがとうございます、ジェイティス大将閣下。既にアルヴィン大将閣下には話してありますが、魔法無線装置にて改めてお伝え致しますね」
「ああ、そうするといいよ」
ジェイティス大将の言うように協商連合軍の派兵は事情が複雑だった。
当初、連合王国軍が主導となるこれからの戦いに保守党の影響がある協商連合軍はあまり乗り気ではなかった。
けれど、法国軍が三〇個師団の派遣が決定されスカンディア連邦軍も一〇個師団の派遣が決定。
となった際に、これを材料に交渉した一人のジェイティス大将の提言に対して協商連合政府は、連合王国と並ぶ大国というプライドからなのか、はたまたいつになるかまだ分からない戦後における人類諸国の影響力を維持したいからなのか増派を決定した。
後方予備も派遣予定で、獲得した旧東方領利権の防衛も担当する事になったのだから、色々と欲望が見え透いている気がする。
とはいえ、大軍勢の妖魔帝国と戦争をするのだから一個師団でも多く必要な僕達にとっては悪くない話ではあった。
だけど、ジェイティス大将が口にした北部方面担当のサードス大将については僕も少し不安はある。
無能ではないけれど有能でもない。良くいえば普通で悪く言うと凡庸なサードス大将。彼は保守党の半傀儡みたいな人物でそれ故に保守党の意向を強く求めようとする所があるという。
正直、人類諸国統合軍となったからには余計な口を挟まれたくない僕にとっては、何も無ければいいけれど。と心配している。
それを知ってなのか、ジェイティス大将は忠告をしたんだろうね。
「何はともあれ今日の作戦会議ではお二人共よろしくお願い致します」
「私からも。どうぞ、よろしくお願い致しますわ」
僕とリイナ、エイジスが改めて敬礼をすると二人はにこやかに返礼する。
しばらくの間雑談をしていると、会議室の中にいた士官は。
「人類諸国統合軍総司令官、マーチス・ヨーク連合王国軍元帥が到着されました。皆様ご起立ください」
呼び掛けに対してその場にいた師団長クラスと参謀本部高級士官クラスを含む全員が起立する。僕も背筋を整えた。
扉が開かれるとマーチス侯爵が現れる。僕含めて全員が敬礼をした。
周りを見渡しながらマーチス侯爵は答礼をすると歩き、僕の隣にいたマルコ大将の隣にある、最前方の席の真ん中に着席する。それに合わせて僕達も座った。
「少し待たせて済まなかった。皆集まっているようだな」
『はっ!』
「うむ。今回の作戦、『電光の双剣』にあたっては各国軍に集まってもらったこと感謝する。何せ史上最大規模で、後方予備を除いても約一〇〇個師団なのだからな。――さて、既に北部及び南部統合軍の合同作戦会議は先に済ませた通りだが、それではこれより南部統合軍の作戦確認会議を始めようか」
一八四六年の春を迎える前。
ついに人類諸国各国は戦時動員令を発した。
目的は単純明快。山脈を越え、妖魔帝国本土への侵攻開始である。
作戦名は『電光の双剣』。本土侵攻後に素早く展開、一挙に進出拠点の橋頭堡を二つ築く事から名付けられた。
本作戦の為に人類諸国各国は歴史上最大の遠征軍を編成、名称も指揮権の統一を兼ねて『人類諸国統合軍』に変更された。
『電光の双剣』作戦にあたり編成された各国軍は以下の通りになる。
『電光の双剣』作戦各国軍編成
【アルネシア連合王国軍】
・連合王国軍総司令官兼人類諸国統合軍総司令官:マーチス・ヨーク元帥
・北部統合軍司令官:アルヴィン・ノースロード大将
・南部統合軍司令官:マーチス・ヨーク元帥が兼任
【アルネシア連合王国軍編成】
・北部統合軍:一五個師団
(陸軍航空隊:一〇〇機含む)
・南部統合軍:三〇個師団
(陸軍航空隊:一五〇機含む)
【イリス法国軍】
・遠征軍司令官:マルコ・グイッジ大将
【イリス法国軍編成】
・帝国解放遠征軍:三〇個師団
【スカンディア連邦軍】
・司令官:ノヴェル・スチャーハ大将
【スカンディア連邦軍編成】
・北部統合軍麾下:一〇個師団
【ロンドリウム協商連合軍】
・北部遠征軍司令官:トマス・ウォール大将
・南部遠征軍司令官:ジェイティス・ゴードン大将
【ロンドリウム協商連合軍編成】
・北部遠征軍:一〇個師団
・南部遠征軍:五個師団
【総戦力】
・北部統合軍:三五個師団
・南部統合軍:六五個師団
・総計:一〇〇個師団
各国軍が集結したことにより、まさに史上最大の遠征軍の言葉に恥じない軍勢であった。
その数、一〇〇個師団約一〇〇万人。連合王国軍や法国軍に至っては自国平時編成総戦力の半数以上を投入する力の入れ用である。
なお、この数はあくまで現時点で前線に投入する戦力であり、後方予備は編成完了次第用意される事になっていることを補足しておこう。またこの数には含まれていないが、祖国解放の為にダロノワ臨時大統領兼妖魔諸種族連合共和国軍も一個師団参戦している点も加えておく。
さて、アカツキはというと本作戦においてはやはり重要な立ち位置についている。
アカツキの役目は以下のようになっている。
【アカツキ・ノースロード中将】
・総司令官付副官
・統合軍参謀本部直轄能力者化軍団司令官
・第一〇一能力者化師団師団長
一つ目の総司令官付副官は一応は本来の立場である。マーチス元帥の補佐と言えよう。
二つ目は三つ目に繋がる役目である。本作戦において高機動かつ高い攻撃力を誇る、戦闘要員と治療要員が能力者のみで構成されている能力者化師団については彼の管轄となる。なお、南部統合軍においては三個師団が編成されている。
三つ目は以前は別名『アカツキ旅団』の編成拡大版である。元々アカツキ旅団は能力者が一般的な旅団に比べて多く、今回の能力者化師団の実験的意味合いも含まれていた。
それが再戦となって師団拡大化されたわけである。
ちなみにこの能力者化師団。戦力向上の為に出し惜しみしないという方針で、国庫及びこれまでの採掘分を含めて召喚石を大量使用。在庫となっていた分も含めてほぼ全員が召喚武器を持つに至っている。かなりの割合で近接武器が召喚されたが、中には遠距離用もあり近接戦闘でも中長距離戦でも魔法銃と併せて戦力向上の一助となっていた。
以上のように、人類諸国は妖魔帝国に対して勝利と栄光を掴む為に温度差は少々あれど眼前の戦争に備えていた。
時は五の月八の日。
人類諸国統合軍の内、主要戦力となる南部統合軍はかつて激戦の地である旧称・ブカレシタ要塞。現・ブカレシタ防衛線に集結していた。
・・Φ・・
1846年5の月8の日
午前10時15分
旧東方領・現人類諸国共同特別統治区域ブカレシタ
ブカレシタ要塞(別名:ブカレシタ防衛線)・中央司令部
今年もあと一ヶ月で折り返し地点になる五の月。僕はリイナとエイジスと共に王都アルネセイラから遠く離れた地、かつて両軍の血で染まったブカレシタにいた。
息子のリオは王都じゃなくて父上と母上がいるノイシュランデに預けた。
当面離れ離れになってしまうのは寂しいけれど、これもリオの世代に平和を享受させたいから。リオはノイシュランデを出立する時にやっぱり泣いちゃったけれど、最後には「早く帰ってきてね。待ってる」と涙ながらに見送ってくれた。
息子の為にも、早く戦争を終わらせないとね。
さて、今僕がいるのはブカレシタ防衛線。以前はブカレシタ要塞だったここは人類諸国側の前線拠点の一つとして整備されていて、いわゆる前線司令部になっている。要塞を流用していて、内部にある司令部建築群は各方面統合軍の司令部群にも劣らない見た目だ。
その建築群の中でも中心にあるのが、中央司令部棟。僕は五階の自身の執務室となる作戦会議室に向かっていた。
約一週間後に迎える期限切れになるけれど、僕がいる南部統合軍もアルヴィンおじさん率いる北部統合軍も期限切れ翌日十七の日夜明けより進軍を開始する。今日は進軍してからの行程を再確認する会議の日なんだよね。
「久しぶりのブカレシタ。昨日到着した時にも思ったけれどあの頃とは見違えるくらい立派になったよね」
「ね、旦那様。私達が知っているブカレシタは廃墟と化していたけれど、今じゃ立派な防衛線だもの」
「いわゆるブカレシタ防衛線だね。塹壕や機関銃陣地とか、より近代的な防御陣地に生まれ変わっているからね。いくら立派で長期間耐えきれるとはいえ、出来ればここは使いたくはないかな」
「全くね。そうそう、妖魔帝国の動きが気がかりだけれども、その話は間違いなくこれからの会議で出るでしょうね」
「うん。僕も意図が掴めないから分かんないけど、あっちの動きについては今後の作戦方針の中で話されると思うよ。エイジス、魔法無線装置通信は念の為連結しておいてね」
「サー、マスター。集約し何かあればすぐにお伝えします」
デフォルトの服を身に纏うエイジスは頷く。
少し歩くと作戦会議室になる大会議室の入り口が見えてきた。
僕は扉の前にいる男性士官に声をかけると、
「アカツキ中将閣下、リイナ准将閣下、エイジス特務官。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。中は結構集まってる?」
「ジェイティス大将閣下とマルコ大将閣下なら既に。各師団長も八割方いらっしゃいます」
「了解」
「席にご案内致しますね」
「よろしく」
大会議室の扉が開かれると、僕達に気付いた中将より下の軍人達は一斉に立ち上がって敬礼をする。中将クラスも僕を見て力は少し抜きつつも敬礼して挨拶をしてくれた。
「おやおや! 久しぶりですねアカツキ中将! リイナ准将、エイジス特務官も久方ぶりですね」
「お久しぶりですわ、マルコ大将閣下」
「おお、アカツキ中将にリイナ准将、エイジス特務官じゃないか。一昨年以来だね」
「お久しぶりです、マルコ大将閣下。ジェイティス大将閣下は二年ぶりでしょうか」
大会議室の最前方に置かれている横並びの机にいたのは、マルコ大将とジェイティス大将閣下だった。
マルコ大将は今回の法国軍総司令官でなんとその数は三〇個師団。連合王国軍と同規模だ。
ジェイティス大将は僕の顔を見ると顔をほころばせる。
ジェイティス・ゴードン大将。年齢は五十四歳。老齢に差し掛かりつつある。雰囲気は飄々としているけれど、まだまだ覇気を滲ませる白髪混じりの明るい金髪の男性だ。
彼は協商連合内で巻き起こって今も燻り続ける政争を、局外中立の立場についてのらりくらりと交わしているやり手の軍人だ。
本人曰く、
「阿呆らしい政争になんて巻き込まれたくないし、そもそも軍人たる者が権力争いに無闇矢鱈に首を突っ込むものじゃないよ。大体、私はあの手の連中を好かないし、フィリーネ女史の二の舞いは御免だよ」
とのこと。
これを初めて会う僕に堂々と言うもんだから苦笑いしたけれど、まあその通りだよね。あんな面倒な争い、僕も協商連合軍人なら巻き込まれたくないし。
「マルコ大将閣下。この度は法国にも大きな協力を頂きありがとうございます」
「気にしないでくださいアカツキ中将。休戦前までは妖魔帝国軍に終始いいようにしてやられていましたが、条約で得た莫大は賠償金と奪還した旧東方領の資源等で財政も良くなり、貴国の技術支援のお陰で法国軍は近代化されました。貴国のような先進的軍隊とまではいきませんが、これまでの法国軍とは違う姿をきっとお見せ出来ますよ」
マルコ大将は自信満々に語る。
休戦後、法国は条約で得た賠償金と奪還した旧東方領法国領土から産出される魔石や魔液などの資源を獲得したことによって軍も経済も回復。特に経済については今や協商連合を上回る成長率になっていて、これまで暗い話の多かった法国は明るい話が増えている。
軍についてはマルコ大将が軍部門の実権を握ったこともあって、緩やかながらも改革と近代化を果たしていた。
法国首脳部も領土回復運動の旗印をもとにあれだけ活躍したマルコ大将に対しては重用する姿勢に転じていて、軍についてはマルコ大将とその派閥にある程度任せるようにしていた。
その結果が、今の法国軍だ。ライフルと魔法銃は僕達連合王国の技術支援と新式ライフル制式採用に伴う払い下げで近代化されていて、砲についても前線展開師団は新しいものに更新されていた。
僕が法国を頼りにしているのはこういった事情があるからだ。
対して、今のやり取りを聞いていたジェイティス大将は苦笑いだ。
「自分達協商連合軍は二手に分かれてとはいえ、此方には五個師団しか派兵出来なくて申し訳ない限りだよ。一五個師団の派遣についても本国で揉めに揉めた末にようやく決まったくらいでね。後手後手に回ってすまない」
「いえ、お気になさらず。ジェイティス大将閣下。ジェイティス大将閣下のご尽力で本来は一〇個師団だったのを、理由はどうであれ上手く保守党を焚き付けてくれたお陰で増派になった訳ですから」
「ったく、連中は利権争いとなるとすぐにこれだからね。乗り遅れては後々――、と言ったら掌を変えたさ。とはいえ、局外中立の私が任されたのは少ない方の五師団だ。ちなみにだが、北部の一〇個師団の司令官サードス大将は気を付けた方がいい。あれは無能ではないけれど、保守党の息がかかりすぎている。君の叔父には伝えておいた方がいいと思うよ」
「ありがとうございます、ジェイティス大将閣下。既にアルヴィン大将閣下には話してありますが、魔法無線装置にて改めてお伝え致しますね」
「ああ、そうするといいよ」
ジェイティス大将の言うように協商連合軍の派兵は事情が複雑だった。
当初、連合王国軍が主導となるこれからの戦いに保守党の影響がある協商連合軍はあまり乗り気ではなかった。
けれど、法国軍が三〇個師団の派遣が決定されスカンディア連邦軍も一〇個師団の派遣が決定。
となった際に、これを材料に交渉した一人のジェイティス大将の提言に対して協商連合政府は、連合王国と並ぶ大国というプライドからなのか、はたまたいつになるかまだ分からない戦後における人類諸国の影響力を維持したいからなのか増派を決定した。
後方予備も派遣予定で、獲得した旧東方領利権の防衛も担当する事になったのだから、色々と欲望が見え透いている気がする。
とはいえ、大軍勢の妖魔帝国と戦争をするのだから一個師団でも多く必要な僕達にとっては悪くない話ではあった。
だけど、ジェイティス大将が口にした北部方面担当のサードス大将については僕も少し不安はある。
無能ではないけれど有能でもない。良くいえば普通で悪く言うと凡庸なサードス大将。彼は保守党の半傀儡みたいな人物でそれ故に保守党の意向を強く求めようとする所があるという。
正直、人類諸国統合軍となったからには余計な口を挟まれたくない僕にとっては、何も無ければいいけれど。と心配している。
それを知ってなのか、ジェイティス大将は忠告をしたんだろうね。
「何はともあれ今日の作戦会議ではお二人共よろしくお願い致します」
「私からも。どうぞ、よろしくお願い致しますわ」
僕とリイナ、エイジスが改めて敬礼をすると二人はにこやかに返礼する。
しばらくの間雑談をしていると、会議室の中にいた士官は。
「人類諸国統合軍総司令官、マーチス・ヨーク連合王国軍元帥が到着されました。皆様ご起立ください」
呼び掛けに対してその場にいた師団長クラスと参謀本部高級士官クラスを含む全員が起立する。僕も背筋を整えた。
扉が開かれるとマーチス侯爵が現れる。僕含めて全員が敬礼をした。
周りを見渡しながらマーチス侯爵は答礼をすると歩き、僕の隣にいたマルコ大将の隣にある、最前方の席の真ん中に着席する。それに合わせて僕達も座った。
「少し待たせて済まなかった。皆集まっているようだな」
『はっ!』
「うむ。今回の作戦、『電光の双剣』にあたっては各国軍に集まってもらったこと感謝する。何せ史上最大規模で、後方予備を除いても約一〇〇個師団なのだからな。――さて、既に北部及び南部統合軍の合同作戦会議は先に済ませた通りだが、それではこれより南部統合軍の作戦確認会議を始めようか」
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襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
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カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
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