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第15章 戦間期編2
第22話 戦争の足音はすぐそこに。
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・・22・・
第二次妖魔大戦の休戦に関するブカレシタ休戦条約。
その効力切れは一八四六年五月であるが前年の十二の月、年越しを前にして人類諸国と妖魔帝国の定期的な会談で連合王国外務省担当者はこう述べたと記録されている。
「貴国との休戦条約は延長せず、来年五月をもって休戦は解除の方針が本国で決定された」
この発言に妖魔帝国外務省担当者は別段驚きもせず、また彼もこう言った。
「あくまで休戦期間の延長が有り得るのは両者の合意場合。貴国、そして人類諸国が延長せずであるのならば、それもまた運命なのだろう」
妖魔帝国外務省担当者は会談にあたって外務省からの情報と皇帝レオニードからの限定的な情報しか与えられていない。
だからこそ、少し寂しそうに笑ってこうも言ったという。
「貴官と私は二年半の付き合いだった。共に飲む紅茶は美味かった。我々妖魔帝国は人類諸国のみは対等と認めているから。だが次会う時は、いや会えたらだが悪いが敵同士。無条件降伏か絶滅のいずれかだ」
この会談にて互いに条約延長をしない点を確認。翌年五の月十八の日より両国は戦争状態になることも確認された。
既に連合王国は準備動員令を発令。再戦に向けて四○個師団の編成と海軍の編成、そして新生アルネシア連合王国陸軍航空隊と海軍航空隊も着々と準備を進めていた。
翌年、一八四六年となった二の月。
妖魔帝国帝都から遠く離れた、比較的温暖な南東部辺境の地にリシュカはある者達も引き連れていた。
・・Φ・・
1846年2の月16の日
妖魔帝国南東部・チャリャビンスカより東160キルラ地点
トゥリンスカリ実験場・ポイントAより15キーラ観測地点
「リシュカ閣下、最終準備完了の報告がありました。あとは発動するだけとのこと」
「はいはーい。オットー副師団長、報告ありがとー」
リシュカはオットー副師団長からの報告に上機嫌な様子で答える。
ここは妖魔帝国南東部チャリャビンスカからさらに離れたトゥリンスカリ実験場。何も無い平原の地には今、人類諸国の都市を模した建造物群が広がっていた。とある実験の為だけに、小規模な街が作られたのである。
「本当に、今日実験が行われるのですね……」
「そうだよオットー副師団長ー。この世界で初めて、太陽が再現されるの」
「いよいよ、ですな……」
「どうしたの、カルチョトフ主任? 事前の計算は完璧なんでしょ?」
「え、ええ……。間違いなく起動はするはずです……」
緊張している様子のオットー副師団長と、顔が強ばっているレオニブルク計画のカルチョトフ主任をよそに、リシュカはまるでこれから観劇でもするかのような落ち着いた様子だった。
リシュカ達のいる観測地点には多くの白衣姿の研究員や軍人達が忙しなく動き回っていた。簡易陣地のようなものが作られ、そこには観測機材や単眼鏡なども置かれていた。
一五キーラ先に広がっている小さな街並みには粛清された魔人や南方蛮族地域の捕虜、ソズダーニアの失敗作などがいるが、これらは洗脳魔法が施されておりその場からほとんど動いていないか屋内にいた。
そこにいる全ては、いわゆる実験体だった。これから起こる事象を考えれば、何の実験体なのかは言うまでもない。
「どうなるかなー、どういう様を見せてくれるのかなー」
口笛を吹きながらその瞬間を今か今かと待ちわびるリシュカ。
とっくに毒されているオットー副師団長はともかく、カルチョトフ主任は彼女が恐ろしくてたまらなかった。
前世で核爆弾を知っているリシュカを除き、開発にずっと携わっていたカルチョトフ主任はデータ通りならば今から発生する事象がどのようなものかを一番よく知っていた。
実験通りなら、爆心地から二キルラ以内はまずほとんどが死亡するし建造物の大半は倒壊する。こんなものが目標地点に投下されれば阿鼻叫喚の様子になるのは想像に難くない。
だが、目の前にいる女性はパレードが始まる子供のようにニコニコとしているのだ。
(やはり、正気ではないな……。)
カルチョトフ主任は独りごちる。
だが、カルチョトフ主任も今更反対する気など無かった。自分は勅命で研究開発をしただけであり投入は上が決めるのだからと、責任転嫁をしていた。
「カルチョトフ主任、魔力伝導線もチェック完了しました。起動術式を発動すれば爆発します」
「分かった。…………リシュカ閣下、やりますか?」
「いいよ。実験体を除く軍人と研究員の退避が終了次第、始めてちょうだい」
カルチョトフ主任が報告を受けると、リシュカに言う。リシュカはあっさりと許可した。
魔力伝導線とは、今回の実験に限り用意されたものである。
本来ならば『煉獄の太陽』は発動者が直接起動させるものであり、有線方式ではない。実際に使う目標地点ではそのようなバレバレな形態は使えないからだ。
しかし、今回はあくまで実験である為に有線方式での起動となった。ノウハウ自体はさして難しいものでは無いし、装置に取り付けるだけの微調整――装置が入った事による若干の再計算はされたが――で済んでいる。
その優先はこの観測地点から爆心地になるであろう場所まで伸びていた。
「研究員の退避、確認しました」
「監視各小隊の退避も確認。安全圏まで出ました」
「よーし、じゃあ安全装置の解除を始めてー」
「了解!」
リシュカの命令により研究員の一人が装置を動かし始める。安全装置を解除して、後は魔力を流し込むだけの状態にした。
「完了しました!」
「おっけ。どうせ誰もやらないから私が起動させるよ。魔法障壁担当、念の為に最大展開しなさい」
「はっ!」
リシュカは意気揚々と装置の前に立つ。
起動術式の消費魔力は妖魔帝国主要種族の魔人にとってはそう大したものでは無い。リシュカであれば尚更だった。
リシュカは軽く息を吸うと。
「起動術式、第一作動」
リシュカが魔力伝導機器に触れると第一作動が始まり淡く青白い光が放たれる。
「第一作動完了です」
「おっけ。続けて第二作動を開始」
リシュカが第二作動を開始すると、研究員達も軍人達も固唾を飲んで見守る。
自分達が歴史の証明者になることを、震えながら待つ者もいた。
「――線は点に繋がり、太陽は光輝く。あるのは絶望と破滅。今ここに、煉獄の太陽は発動する。…………ひひひ、滅べ。死に絶えろ。全てを、呑み込んでしまえ……!」
リシュカが流し込んだ魔力は伝導線を伝わって装置に流入する。
瞬間、観測機器は『煉獄の太陽』に魔力が注入された事を示し、そして針は一気に振れて――。
彼女等の目の前に太陽は発現した。
次に耳に入るはこの歴史の舞台にいる者が初めて味わう凄まじい爆音。
「うぉ……!!」
「一五キルラも離れているのに……!?」
さらに衝撃波が到達。
安全圏からより離れたこの地点ですら、魔法障壁が空気が、ビリビリと音を立てた。
初期段階では爆発による黒炎と煙が爆心地を包む為に何も見えなくなる。恐らくあの中心地にいた実験体は蒸発してしまっただろう。二キルラより先ですらも無事では済まない。何も無い平原だ。防壁となる山や丘すらも無いのだから、観測地点にも衝撃波直撃した。
「魔法無線装置、通信不能に!」
「観測機器、観測不能です!」
当然ではあるが、この爆発により魔力粒子は攪拌。一時観測不能の事態になる。
十分近く経って。ようやく魔法無線装置が影響の少ない観測地点より近い場所との交信が再開された。
そしてさらに数分。周辺部の粉塵もようやく収まりつつある中で、実験の全容が少しずつ判明してきた。
「なんて、なんて爆煙だ……」
「あんなに、煙が高く……」
「天高く伸びている……」
爆心地には高く高く、黒煙が巻き起こりキノコ状の雲を作り出した。所謂キノコ雲と呼称されるものだ。
まさに前世の原子爆弾と遜色の無い爆発力。ある程度の時間が経過すれば、爆発と粉塵によって発生する黒い雨、フォールアウトと同様の現象が起きるだろう。
リシュカはしばらくじっと爆心地を見つめていたが、周りの者達が未体験の現象に動揺している中でゆっくりと口角を歪に曲げていた。
「…………くひ」
「リシュカ、閣下……?」
その様子を初めに目撃したカルチョトフ主任は顔を引き攣らせながら、声を掛ける。
だがリシュカから返答は無い。代わりに。
「くひひ、くひひひひひひっ!! ひひひひひひひっっ!! 素晴らしい!! 最高だよ!!」
「……は?」
高笑いを、狂笑をするリシュカの表情はおぞましさを感じさせるには十分だった。
キノコ雲を背景に、彼女は両手を広げ嗤う。
「見てよカルチョトフ主任! ついに煉獄の釜は開けられた! 解き放たれた! これがあれば、人類諸国を絶望のドン底に突き落とせるんだよ?! そうカルチョトフ主任! 貴方の、貴方達の成果はここに実ったの! あははははははははははっ!」
「す、素晴らしいです……。嬉しくて、声が震えて、おります……」
「そうだよね! そうだよね! だって貴方達の努力の成果が、ここに現れたんだもの! こんなに嬉しい事はないよね?! くひひひ、くひひひひひっ!」
カルチョトフ主任は強く思った。
やはりこの人は狂っていると。
しかしもう誰にも止められないとだろうとも、思ったという。
「オットー副師団長!」
「は、はっ!」
「実験は誰が見ても大成功だよ! これで人類諸国に致命的な一撃すら与えることが出来る! 私達は、切り札を今手にしたんだよ! 帝都に連絡を! 太陽は光ったと!」
「はっ! 至急連絡致します!」
オットー副師団長は余りの光景に惚けていたものの、すぐに平静を取り戻して通信員に帝都へ実験の成功を伝えるよう連絡を命じた。
リシュカは観測所の前に立ち、満面の狂笑をまた浮かべる。
皇帝レオニードに劣らない、いや彼以上の狂人が考えている事は一つだけだった。
「きひひひひっ。ねえ、クソ英雄ぅ? こいつにはどう対抗するのかな? てめえの大切な国も、街も、人も、これで全部全部私の掌の上になったわけ。あぁ、あぁ、早く見たいなぁ? お前の、絶望に染まった顔をさぁ? ひひひひひひひっ、ひひひひひひひっ!!」
一八四六年二の月十六の日。
レオニブルク計画は最終段階たる爆発実験を成功させてしまった。
実験は、ほぼリシュカの期待通りのデータを得ていた。
純粋な爆発力。衝撃力。飛散するフォールアウトに似た毒物。
まさに魔法で再現された核爆弾であった。
動き出した歯車は止まらない。止まるはずもない。
前世でも今世でも世界が、国が、人が彼女を裏切り続けたという誤ちを犯したが為に、破滅の兵器を産み出させてしまったのである。
人類諸国が再戦に備えて動員を開始する中で、妖魔帝国も動員令を発令し戦争の足音は確実に大きくなっていた。
間違いなく、休戦前の戦争に比べて今度の戦争は凄惨な光景が繰り広げられるであろう。
そして、今度こそ果てのない総力戦になるであろう。
戦争の果てにある景色を、まだ誰も知る由もない。
しかし今この場にいる彼女、リシュカ・フィブラは誰よりも絶滅戦争を望んでいるのだけは間違いなかった。
再戦に備え悠久の平和を掲げるアカツキと人類諸国、復讐が為に人類諸国の殲滅を目指すリシュカと妖魔帝国。
死体の山脈を築く日は、すぐそこまで迫っていた。
【第2部戦間期編・完】
第二次妖魔大戦の休戦に関するブカレシタ休戦条約。
その効力切れは一八四六年五月であるが前年の十二の月、年越しを前にして人類諸国と妖魔帝国の定期的な会談で連合王国外務省担当者はこう述べたと記録されている。
「貴国との休戦条約は延長せず、来年五月をもって休戦は解除の方針が本国で決定された」
この発言に妖魔帝国外務省担当者は別段驚きもせず、また彼もこう言った。
「あくまで休戦期間の延長が有り得るのは両者の合意場合。貴国、そして人類諸国が延長せずであるのならば、それもまた運命なのだろう」
妖魔帝国外務省担当者は会談にあたって外務省からの情報と皇帝レオニードからの限定的な情報しか与えられていない。
だからこそ、少し寂しそうに笑ってこうも言ったという。
「貴官と私は二年半の付き合いだった。共に飲む紅茶は美味かった。我々妖魔帝国は人類諸国のみは対等と認めているから。だが次会う時は、いや会えたらだが悪いが敵同士。無条件降伏か絶滅のいずれかだ」
この会談にて互いに条約延長をしない点を確認。翌年五の月十八の日より両国は戦争状態になることも確認された。
既に連合王国は準備動員令を発令。再戦に向けて四○個師団の編成と海軍の編成、そして新生アルネシア連合王国陸軍航空隊と海軍航空隊も着々と準備を進めていた。
翌年、一八四六年となった二の月。
妖魔帝国帝都から遠く離れた、比較的温暖な南東部辺境の地にリシュカはある者達も引き連れていた。
・・Φ・・
1846年2の月16の日
妖魔帝国南東部・チャリャビンスカより東160キルラ地点
トゥリンスカリ実験場・ポイントAより15キーラ観測地点
「リシュカ閣下、最終準備完了の報告がありました。あとは発動するだけとのこと」
「はいはーい。オットー副師団長、報告ありがとー」
リシュカはオットー副師団長からの報告に上機嫌な様子で答える。
ここは妖魔帝国南東部チャリャビンスカからさらに離れたトゥリンスカリ実験場。何も無い平原の地には今、人類諸国の都市を模した建造物群が広がっていた。とある実験の為だけに、小規模な街が作られたのである。
「本当に、今日実験が行われるのですね……」
「そうだよオットー副師団長ー。この世界で初めて、太陽が再現されるの」
「いよいよ、ですな……」
「どうしたの、カルチョトフ主任? 事前の計算は完璧なんでしょ?」
「え、ええ……。間違いなく起動はするはずです……」
緊張している様子のオットー副師団長と、顔が強ばっているレオニブルク計画のカルチョトフ主任をよそに、リシュカはまるでこれから観劇でもするかのような落ち着いた様子だった。
リシュカ達のいる観測地点には多くの白衣姿の研究員や軍人達が忙しなく動き回っていた。簡易陣地のようなものが作られ、そこには観測機材や単眼鏡なども置かれていた。
一五キーラ先に広がっている小さな街並みには粛清された魔人や南方蛮族地域の捕虜、ソズダーニアの失敗作などがいるが、これらは洗脳魔法が施されておりその場からほとんど動いていないか屋内にいた。
そこにいる全ては、いわゆる実験体だった。これから起こる事象を考えれば、何の実験体なのかは言うまでもない。
「どうなるかなー、どういう様を見せてくれるのかなー」
口笛を吹きながらその瞬間を今か今かと待ちわびるリシュカ。
とっくに毒されているオットー副師団長はともかく、カルチョトフ主任は彼女が恐ろしくてたまらなかった。
前世で核爆弾を知っているリシュカを除き、開発にずっと携わっていたカルチョトフ主任はデータ通りならば今から発生する事象がどのようなものかを一番よく知っていた。
実験通りなら、爆心地から二キルラ以内はまずほとんどが死亡するし建造物の大半は倒壊する。こんなものが目標地点に投下されれば阿鼻叫喚の様子になるのは想像に難くない。
だが、目の前にいる女性はパレードが始まる子供のようにニコニコとしているのだ。
(やはり、正気ではないな……。)
カルチョトフ主任は独りごちる。
だが、カルチョトフ主任も今更反対する気など無かった。自分は勅命で研究開発をしただけであり投入は上が決めるのだからと、責任転嫁をしていた。
「カルチョトフ主任、魔力伝導線もチェック完了しました。起動術式を発動すれば爆発します」
「分かった。…………リシュカ閣下、やりますか?」
「いいよ。実験体を除く軍人と研究員の退避が終了次第、始めてちょうだい」
カルチョトフ主任が報告を受けると、リシュカに言う。リシュカはあっさりと許可した。
魔力伝導線とは、今回の実験に限り用意されたものである。
本来ならば『煉獄の太陽』は発動者が直接起動させるものであり、有線方式ではない。実際に使う目標地点ではそのようなバレバレな形態は使えないからだ。
しかし、今回はあくまで実験である為に有線方式での起動となった。ノウハウ自体はさして難しいものでは無いし、装置に取り付けるだけの微調整――装置が入った事による若干の再計算はされたが――で済んでいる。
その優先はこの観測地点から爆心地になるであろう場所まで伸びていた。
「研究員の退避、確認しました」
「監視各小隊の退避も確認。安全圏まで出ました」
「よーし、じゃあ安全装置の解除を始めてー」
「了解!」
リシュカの命令により研究員の一人が装置を動かし始める。安全装置を解除して、後は魔力を流し込むだけの状態にした。
「完了しました!」
「おっけ。どうせ誰もやらないから私が起動させるよ。魔法障壁担当、念の為に最大展開しなさい」
「はっ!」
リシュカは意気揚々と装置の前に立つ。
起動術式の消費魔力は妖魔帝国主要種族の魔人にとってはそう大したものでは無い。リシュカであれば尚更だった。
リシュカは軽く息を吸うと。
「起動術式、第一作動」
リシュカが魔力伝導機器に触れると第一作動が始まり淡く青白い光が放たれる。
「第一作動完了です」
「おっけ。続けて第二作動を開始」
リシュカが第二作動を開始すると、研究員達も軍人達も固唾を飲んで見守る。
自分達が歴史の証明者になることを、震えながら待つ者もいた。
「――線は点に繋がり、太陽は光輝く。あるのは絶望と破滅。今ここに、煉獄の太陽は発動する。…………ひひひ、滅べ。死に絶えろ。全てを、呑み込んでしまえ……!」
リシュカが流し込んだ魔力は伝導線を伝わって装置に流入する。
瞬間、観測機器は『煉獄の太陽』に魔力が注入された事を示し、そして針は一気に振れて――。
彼女等の目の前に太陽は発現した。
次に耳に入るはこの歴史の舞台にいる者が初めて味わう凄まじい爆音。
「うぉ……!!」
「一五キルラも離れているのに……!?」
さらに衝撃波が到達。
安全圏からより離れたこの地点ですら、魔法障壁が空気が、ビリビリと音を立てた。
初期段階では爆発による黒炎と煙が爆心地を包む為に何も見えなくなる。恐らくあの中心地にいた実験体は蒸発してしまっただろう。二キルラより先ですらも無事では済まない。何も無い平原だ。防壁となる山や丘すらも無いのだから、観測地点にも衝撃波直撃した。
「魔法無線装置、通信不能に!」
「観測機器、観測不能です!」
当然ではあるが、この爆発により魔力粒子は攪拌。一時観測不能の事態になる。
十分近く経って。ようやく魔法無線装置が影響の少ない観測地点より近い場所との交信が再開された。
そしてさらに数分。周辺部の粉塵もようやく収まりつつある中で、実験の全容が少しずつ判明してきた。
「なんて、なんて爆煙だ……」
「あんなに、煙が高く……」
「天高く伸びている……」
爆心地には高く高く、黒煙が巻き起こりキノコ状の雲を作り出した。所謂キノコ雲と呼称されるものだ。
まさに前世の原子爆弾と遜色の無い爆発力。ある程度の時間が経過すれば、爆発と粉塵によって発生する黒い雨、フォールアウトと同様の現象が起きるだろう。
リシュカはしばらくじっと爆心地を見つめていたが、周りの者達が未体験の現象に動揺している中でゆっくりと口角を歪に曲げていた。
「…………くひ」
「リシュカ、閣下……?」
その様子を初めに目撃したカルチョトフ主任は顔を引き攣らせながら、声を掛ける。
だがリシュカから返答は無い。代わりに。
「くひひ、くひひひひひひっ!! ひひひひひひひっっ!! 素晴らしい!! 最高だよ!!」
「……は?」
高笑いを、狂笑をするリシュカの表情はおぞましさを感じさせるには十分だった。
キノコ雲を背景に、彼女は両手を広げ嗤う。
「見てよカルチョトフ主任! ついに煉獄の釜は開けられた! 解き放たれた! これがあれば、人類諸国を絶望のドン底に突き落とせるんだよ?! そうカルチョトフ主任! 貴方の、貴方達の成果はここに実ったの! あははははははははははっ!」
「す、素晴らしいです……。嬉しくて、声が震えて、おります……」
「そうだよね! そうだよね! だって貴方達の努力の成果が、ここに現れたんだもの! こんなに嬉しい事はないよね?! くひひひ、くひひひひひっ!」
カルチョトフ主任は強く思った。
やはりこの人は狂っていると。
しかしもう誰にも止められないとだろうとも、思ったという。
「オットー副師団長!」
「は、はっ!」
「実験は誰が見ても大成功だよ! これで人類諸国に致命的な一撃すら与えることが出来る! 私達は、切り札を今手にしたんだよ! 帝都に連絡を! 太陽は光ったと!」
「はっ! 至急連絡致します!」
オットー副師団長は余りの光景に惚けていたものの、すぐに平静を取り戻して通信員に帝都へ実験の成功を伝えるよう連絡を命じた。
リシュカは観測所の前に立ち、満面の狂笑をまた浮かべる。
皇帝レオニードに劣らない、いや彼以上の狂人が考えている事は一つだけだった。
「きひひひひっ。ねえ、クソ英雄ぅ? こいつにはどう対抗するのかな? てめえの大切な国も、街も、人も、これで全部全部私の掌の上になったわけ。あぁ、あぁ、早く見たいなぁ? お前の、絶望に染まった顔をさぁ? ひひひひひひひっ、ひひひひひひひっ!!」
一八四六年二の月十六の日。
レオニブルク計画は最終段階たる爆発実験を成功させてしまった。
実験は、ほぼリシュカの期待通りのデータを得ていた。
純粋な爆発力。衝撃力。飛散するフォールアウトに似た毒物。
まさに魔法で再現された核爆弾であった。
動き出した歯車は止まらない。止まるはずもない。
前世でも今世でも世界が、国が、人が彼女を裏切り続けたという誤ちを犯したが為に、破滅の兵器を産み出させてしまったのである。
人類諸国が再戦に備えて動員を開始する中で、妖魔帝国も動員令を発令し戦争の足音は確実に大きくなっていた。
間違いなく、休戦前の戦争に比べて今度の戦争は凄惨な光景が繰り広げられるであろう。
そして、今度こそ果てのない総力戦になるであろう。
戦争の果てにある景色を、まだ誰も知る由もない。
しかし今この場にいる彼女、リシュカ・フィブラは誰よりも絶滅戦争を望んでいるのだけは間違いなかった。
再戦に備え悠久の平和を掲げるアカツキと人類諸国、復讐が為に人類諸国の殲滅を目指すリシュカと妖魔帝国。
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
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