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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1

第12話 議論は紛糾する中、エイジスの予測演算が導き出した予測と方策は。

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 ・・12・・
 4の月3の日
 午後3時過ぎ
 アルネシア連合王国・王都アルネセイラ
 王宮内小会議室

「かつて伝承にしか存在しなかった光龍皇国が存在し、皇女というやんごとない立場の方が我が国に亡命希望をしたのであれば、受け入れるべきではないだろうか!」

「いいや、いくら妖魔帝国が仮想敵国へと警戒度が下がったとはいえ相手は妖魔帝国の敵国である光龍皇国の為政者の娘。仮にも休戦条約を結んでいる以上万が一本件が漏れれば国際問題となりかねんのだぞ! もし本件が発端となり戦争を再開されたらどうするのだ! 外務大臣の私としては反対だ!」

「そうだ! もし引渡しが国民に暴露されでもしてみろ! 確実に国内問題になり、陛下の威光にも悪影響を及ぼすぞ!」

「しかし皇女は我々連合王国を亡命先として指定したのだ。奇跡的にエジピトリアにたどり着いてだ。妖魔帝国が友好国ならともかく、あの戦争狂皇帝の国だぞ? 引渡しなぞしたらどうなるか想像も容易い。そもそも、敵国要人の引渡し条項なぞ休戦条約にはないだろう!」

「法務大臣として発言するが、法文の抜け道を探ればそのような解釈も可能ではある。だが、妖魔帝国側がどう出るかまでは予想出来ないと述べておく」

「宮内省としては、国王陛下は本件を一旦ここにいる者に委ねた上で、結論を待っていると仰られた。事は急を要する為、早急に取りまとめ頂きたい」

 緊急会議は午前から昼休憩を挟んで再開し既に一時間半が経過したけれど、一向に進まず会議は平行線になっていた。早い話が絶賛紛糾中というわけだ。今も外務大臣と軍部大臣が議論を重ね、法務大臣も発言する。しかし進展は全くないと言ってもよかった。
 あの通信から二日が経過して、昨日も会議を開いたけれど決着はつかなかった。御前会議となった今でもそれはほとんど変わらず、僕は沈黙を貫いている。
 御前会議は非常に機密性の高い形で行われている。参加者は次の通りだ。

【緊急会議参加者】
 ・レオルディ宮内大臣
 ・ドレスドル軍部大臣
 ・エディン外務大臣
 ・ストックランド法務大臣
 ・マーチス元帥
 ・アカツキ中将
 ・他、外務・法務・軍部省事務次官級数名

 アルネシア連合王国の政治を司る中でも関係者中トップクラスの者が集まったこの会議。
 さらにざっくりとだけど賛成派反対派は以下のように別れる。

【亡命受入賛成派】
 ・軍部省

【亡命受入反対派】
 ・外務省

【亡命受入中立派】
 ・法務省
 ・宮内省

 これまで様々な局面で一致団結していた各大臣も状況が状況だけに意見はきっぱりと分かれていた。
 まず賛成派なのが軍部省。
 情報があまりにも少ないものの、光龍皇国という滅亡した国の要人受け入れをすれば本人次第ではあるものの亡命政権を打ち立てるなりすれば再戦した場合に戦力化が可能だという観点からの賛成だ。これは伝承通りであれば光龍族という本物の龍が人類諸国側に付くという事もある。決して情ではなく実益からの判断だ。
 ちなみにこの意見を軍部大臣にさりげなく伝えたのがマーチス侯爵であり、僕は彼と話し合った上で決めている。
 次に、反対派なのは外務省。
 これは休戦条約を結びに行った当事者だからこそ危惧している観点があるからなのだろう。確かに敵国の皇女なんていう為政者が一人を受け入れるとなれば、今後情報が妖魔帝国に漏れた場合どうなるかなどの保証がない。最悪の場合理由をこじつけて条約違反だと戦争再開も否定出来ないからだ。
 最後に中立を保つのは法務省。休戦条約締結にあたり外務省と共同で策定にあたった立場だからということでストックランド法務大臣が参加していた。法務省としては亡命を受け入れるのならば条約の抜け道を狙うことも可能としつつも、外務省が想定するような事態も否定は出来ないという立場を取っていた。
 そして、会議から一言も発していないのが僕とマーチス侯爵、それに会議を見守っている宮内大臣だった。

「アカツキ」

「どうなさいましたか、マーチス元帥閣下」

 エイジスにあらゆる事態を想定した可能性の演算を任せ、一昨日から出来うる限りの光龍皇国に関する伝承や古文書などを再度読み込んでいた僕に、マーチス侯爵は話しかけてきた。
 僕は三本目の煙草を吸い終えて灰皿に押してからマーチス侯爵の方に顔を向ける。

「これは埒があかんのではないか? オレとアカツキは立場上軍部省側に立っているが、エディン外務大臣の言い分も正しい。あえて何も言わないでおいているが、お前はそうはいかんだろ」

「何せ当事者、指名された側ですからね……。どうして僕を名指ししてきたのか未だに分かりませんが、機密通信では読み師がどうとか……」

「予言、だったか……。大昔に交流が断絶した国家の記録など人類諸国側に情報は無いに等しいものだったからな……。我々にはジトゥーミラ・レポートがあるから妖魔帝国側からの光龍皇国の情報があるからいいものの、多くあるわけではないし偏っている。これじゃあオレもさっぱり分からん。それで、どうする?」

「今エイジスに演算させています。結果を鑑みて、意見を述べようかとは思いますが難しい判断をせざるを得ないのは間違いありませんね」

 僕はため息をついてマーチス侯爵に言う。彼は、お前でもかなり厳しい案件だろうな……。と慰めてくれる。
 本当に、本当にその通りだ。
 休戦になり、ようやく落ち着いて国内改革や事業に取り掛れると思ったら急に降って湧いたこの事件。亡命者の受け入れ問題。
 しかも相手は妖魔帝国にとって敵国――王朝滅亡がジトゥーミラ・レポートによって確定しているとはいえ――の皇女、前世で例えるのならば天皇の娘の立場にある人物なんだから厄介極まりない。後継者にならないのならともかく、光龍皇国では女性も龍皇すなわちは天皇になれるという現実がさらに輪をかけて厄介にしていた。
 だから僕もどう発言するべきかを迷っていた。判断材料となる情報は著しく不足していて、戦争の真っ最中ならともかく一応は休戦条約という国と国との約束で戦争をやめている現状もある。光龍皇国の皇女や側仕えに護衛の近衛達はいずれも『本物の龍』である光龍族。国益を踏まえると決して利用価値が無いわけではない人達ではあるけれど、じゃあそれらがリスクに見合うかと言われると微妙なところ。僕がずっと黙っているのもそれが理由だった。
 だけど、いつまでもこうはしていられないだろう。

「アカツキ中将、アカツキ中将!」

 ほらね。

「なんでしょうか、エディン外務大臣」

「貴君は亡命希望者たる光龍皇国第一継承者である皇女ココノエより直々に指名されたのであろう? なんでも、読み師などという国家公認預言者は貴君に助けを求める事が救いの道であるだとか。貴君の性格上、困難極まる本件に対して真摯に思考を張り巡らせ案を構築しようとしているのは私もよく理解しているつもりだが、そろそろ考えを聞きたいところなのだが?」

「エディン外務大臣に賛成ですな。法務省としても、是非連合王国至宝の軍人であるアカツキ中将の意見を耳にしたいところだ」

 エディン外務大臣は遅々として進まない議論にやや苛立ちを浮かべながら言い、法務家らしく理知的で冷静な顔つきをしているストックランド法務大臣も言を求めてくる。
 流石にそろそろだんまりの時間は終わりかな……。

「私としては亡命受入の判断を賛成としながらも、拙速に結論へと至ることを懸念する立場にあります。エイジス、演算終了までどれくらいいる?」

「サー。連合王国内に存在する光龍皇国資料及びジトゥーミラ・レポートの情報、これまでの蓄積を含め全件検索し演算中。故に進言。情報不足及び不確定要素が多すぎる為に、信頼性のある予測を立てることは非常に難しいかと。それでも宜しければ、あと十数分で完了」

 エイジスのあと数分という発言に、会議室内からは一旦休憩にしようという声が上がる。正直なところ、僕もそれに賛成だった。昨日から延々と会議を繰り返していて、場の空気を入れ替えたいのと頭の整理が必要だと感じているからだ。

「なら休憩だ。エイジス特務官が演算終了したら再開しよう」

「法務省としても賛成だ」

「軍部省も賛成。これまでの話を少し整えたいし、室外の空気を吸いたい」

 議論で対立していた会議室内の者達も、この時ばかりは満場一致だった。
 昨日を含めればこんな会議を十数時間している。いい加減精神的に疲労が来るからだ。
 何人かが退室し、室内にいる人達もコーヒーや紅茶、水を飲んだりして一息つく。
 僕とマーチス侯爵は煙草に火をつけて二人して紫煙を吐き出すと、ドレスドル軍部大臣がこちらにやって来た。

「マーチス元帥閣下、お疲れ様です。流石に堪えますね……」

「ドレスドル軍部大臣もご苦労。よく乗り切ってくれた」

「いえ、エディン外務大臣の発言にも一定の理解はしているので。アカツキ中将、あえて休憩時間を作ってくれて感謝する」

「いえ。本当にエイジスの演算に時間がかかっておりますので。ただ、そろそろ休憩にしたかったのは事実です。ドレスドル軍部大臣にはご負担をかけてしまい申し訳ありません」

「気にしないでくれたまえ。いきなりとんでもない爆弾が降ってきたような案件だ。こうなるのも仕方ない。だが、いつまでも先延ばしには出来ないだろうな」

「ドレスドル軍部大臣、アカツキも相当に判断に迷っている。許してやってくれ」

「い、いえっ。決してそのようなつもりで言っているわけではありません。アカツキ中将の事は強く信頼しておりますから、自分も時間稼ぎに出たまでですから」

 発言に誤解が生じてしまったと感じたのか、ドレスドル軍部大臣は少し慌ててマーチス侯爵に謝罪する。マーチス侯爵は気にするなと素振りを見せ、しかし今の会議の様子を芳しくは思っていなかった。

「ドレスドル軍部大臣の言うように、事態の先延ばしはあまり出来ないのは確かだ。亡命希望者が協商連合への亡命ではなく我々連合王国への亡命を望んでいるのならば我々が当事国。協商連合がオレ達に投げてきても道理は通るし、反対派閥にとってはいい迷惑だとも思っているかもしれんだろうな」

「一時的に預かっている身ですからね。あちらとしては早い事決定し、受け入れるのならば我々に預かってほしいのでしょう」

 マーチス侯爵の言葉にドレスドル軍部大臣は同意する。
 協商連合にとって、いつまでも植民地のエジピトリアに亡命者を置かせたくはないだろう。もちろん、僕達の会議がどう転がるにしても同盟国として協商連合は協力してくれるだろうし、法国や連邦に比べれば機密保持力は高いから数日はごまかせる。もし亡命となれば、護送なども秘密裏にしてくれるだろう。
 とはいえ、協商連合側はいつまでも皇女達を保護してくれはしない。皇女が連合王国亡命を希望しているからだ。
 結局は、僕達で結論付けるしかない。それはスーパーコンピューター並の演算力を持つエイジスの予測で是非は決まるだろう。
 この世界では不可能な分析能力を持ち、人が数ヶ月経てようやく導き出せる問題を数時間で導き出せる。今やエイジスの演算は連合王国にとって必要不可欠。これまでの実績も含めて、それだけの説得力をエイジスは持っているのだから。

「マスター。演算完了しました」

「ありがとうエイジス。結果を共有に出して」

「サー、マイマスター」

 ちょうど外へ出ていた人達も戻ってきたところで、ついにエイジスが演算を終える。
 困った時のエイジスの予測、を待っていた会議室にいた者達は再び緊張感のある雰囲気へと変わり、視線の全てが僕とエイジスに集まる。
 エイジスの演算結果が視覚共有で僕にも表示される。
 …………なるほど。こういう答えを導き出したわけだね。

「エイジスによる予測演算の結果を発表します」

 僕の言葉に、これで人類諸国を左右する結論へ至るだけに中には唾を飲み込むくらいの者もいた。
 僕は一度息を吸い、ゆっくりと吐くと。

「光龍皇国皇女及び護衛者などの亡命受け入れた場合、リスクよりリターンが大きいと出ました。ただし、これは光龍皇国の皇女と近衛達を人類諸国側へ戦力化した場合にのみ適用されます。戦力化出来ない場合はリスクしか生み出さず、その場合は速やかに妖魔帝国側へ通報し亡命希望者を引き渡した方が良いでしょう」
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