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第2部 戦間期に歩むそれぞれの道 第14章 戦間期編1

第2話 勝利に酔わず、長期的計画をアカツキは既に見据え

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 ・・2・・
 ルイベンハルク中佐の手記
 10の月25の日


 この日、私は軍人としての視野が大きく変化した。大多数が受けること願わなかった敬愛するアカツキ閣下の特別講義の初回講義である。
 アカツキ閣下と言えば、連合王国どころか人類諸国において知らぬ者はいないほどに有名な人物である。
 第二次妖魔大戦の一年前に、まるで戦争が起きるのを予期していたように国家改革を提案し実行したかのお方は、休戦になったとはいえ人類諸国有利の形を生んだ英雄。そのお方の特別講義を受けたくない訳なく熱望した。
 私が受講の権利を受けた時、人生で初めて身が震えた。軍人では軽視しがちな兵站と情報も重要視する方の講義を私は待ちわびついにその日が訪れた。
 午後二時。アカツキ閣下は教壇に立たれた。
 短い間だがかのお方の部下として働いていたから分かる。アカツキ閣下は少し緊張しておられた。閣下でも緊張はするものなのかと意外であった。
 だが、いざ始まればいつものような凛々しいお姿になられた。
 以下に私が驚愕した講義の概要を記そう。


 □休戦において平和を享受するは当然の権利であるが、軍人は平和ボケなどしてはならない。休戦期間こそ期限切れ後の戦争に備えた鍛錬と準備の時である。本講義は全四十二回であるが、時間が許す限り徹底的に次世代の戦争を視野に入れた内容を話す。

 □我々は戦争に勝ったに等しい形で休戦を迎えたがしかし、驕ることなかれ。本戦争において数万人の戦死者で収まったのは総力戦、絶滅戦争さえ危ぶまれた中では損害を抑えられたものの尊い国民の血が流れたのは事実である。些細な反省材料さえ逃さず研究するは軍人の務め。慢心は滅亡への第一歩である。

 □本戦争において人類諸国が有利に戦争を展開させられたのは情報と兵站の重視、優勢火力ドクトリンの体現あってこそであるがしかし、妖魔帝国が我々の戦力を見誤り慢心した挙句初戦では時代錯誤の兵力を投入してきたからこそである。故に中盤以降、苦戦する場面も続出した。一般・魔法混合近代化軍同士の衝突ともなれば、血を血で洗う戦争が待ち受ける。その象徴がブカレシタであった。

 □記憶に新しいブカレシタ要塞戦では長期戦となった。理由は明白。敵に優れた指揮官、堅牢な要塞、屈強な兵士。切り札たる戦術級召喚魔法といった複合火力による防御戦を妖魔帝国軍は実行したからである。ともなれば彼我の戦力は妖魔帝国軍側不利であるとはいえかつてなくその差が縮まったからである。もしこれが妖魔帝国軍優位の敵国本土戦ともなれば、凄惨な戦争となる事想像に難くない。諸君のたゆまぬ努力あってこそだが、休戦を提示した妖魔帝国軍にある意味では感謝せねばならないし我々は運が良かったとも捉えられる。

 補記
 私はこの話を聞いた時、批判もあるのではないかと冷や汗をかいたが、これは参謀本部や情報部では周知の事実であり誰もが閣下と同じ答えに行き着いていた。確かに運が良かったのである。

 □故に休戦となり最低五年の猶予が生じた今こそ連合王国がさらなる進化を遂げるべき時期にある。兵器は大いに進化した。僅か三年で数十年分進歩したと言っても過言ではないが我々は野心的にあらねばならない。すなわち、圧倒的数的戦力を持つ妖魔帝国軍に対して圧倒的質的戦力を持つのである。

 □これより話す内容については全四十二回の講義で都度詳細を触れるが、私(ここではアカツキ閣下の事)はA号改革にて作り上げられた戦力を基礎としてさらに発展させる所存である。


 ここまでアカツキ閣下が話された内容だけでも、いかにこのお方が先を見据えているのかを実感した。
 しかも、アカツキ閣下は十分に先進的なA号改革を既に旧式的と言わんばかりに次の発言で新たな計画を並べたのである。
 それも以下に記そう。

 1、魔法無線装置について。現状、一部では大隊規模での運用となっているが全軍中隊規模での運用。将来的には現在より簡易かつ小型の携帯型魔法無線装置にて小隊規模で運用する。後を見越し、通信要員を通信兵として兵科新設。上位指揮所及び司令部の情報機能の拡充。

 2,小隊規模通信にまで耐えうる魔法無線装置中継基地の増設。五年後までに旧東方領も本国並の緻密な通信網を構築する。

 3,上記を活用した『早期警戒通報システム』の構築。召喚士偵察飛行隊と連携して運用する。

 4,3と併せ召喚士飛行隊の人員拡充。現状の三倍の定数が目標。

 5,師団砲兵火力増強。大口径新型カノン砲の開発、速射型野砲の開発。またL1ロケットに次ぐ次世代型兵器『仮称・L2ロケット』の開発。

 6,非魔法能力者向けにD1836の次世代型新ライフルの開発。装弾数、威力を増強し個人携行型兵器の火力増強を目的とする。

 7,非召喚武器所有者の魔法能力者には魔法銃を配備。

 8,兵站能力増強に馬による輸送の他蒸気トラックの輸送を拡大。現在物資輸送が中心であるが、人員輸送用トラック、兵員輸送車の普及。併せて輸送量増加に伴い兵站基地、デポの開設。

 9,召喚武器を戦略級兵器としつつも、全くもって新しい新兵器の開発に連合王国軍魔法研究所や各研究局など、魔法非魔法関わらず研究資金の投入。これには効率的な魔法運用や新しい魔法の開発など多岐に渡る。

 10,9に関しては随時発表す。

 11,上記含め軍各方面は新しい軍に変貌する為、運用する人物を育成する。この特別講義もその一環である。


 その他にも講義の時間内に閣下は様々な知見を披露なされた。
 現状でも妖魔帝国軍を凌駕するであろう我々を、アカツキ閣下は満足しておられないようであった。
 だが、荒唐無稽に思える中身を我々は実現不可能だとは思わなかった。それは、アカツキ閣下が話されているからだと私は感じた。
 私は情報分野においては専門家だと自負している。だが他分野については素人だ。
 ここに集まった学生含む三〇〇名には各分野に長けた人物が集まっている。学生はあらゆる知識を吸収するかけがえのない機会になるだろうが、それは特別講義生たる我々とて同じ。関係の無い分野も含めて広い視野を持てとアカツキ閣下は言いたいのであろう。
 この半年は学ぶ格好の機会である。
 アカツキ閣下の頭の中がどうなっているかなど私には到底想像出来ない。しかし、きっとアカツキ閣下は新しい景色を見せてくれるのだろう。
 ならば私も一軍人として新しき事を学び、今ある知識も融合した何かを提案出来るようになればと思う。
 ひと時の平和とはいえ、今は学べる機会なのだから。
 私は、果てしなく日々の充実感を抱いている。


 ・・Φ・・
 11の月15の日
 アルネセイラ・軍大学校
 午後5時半

 いよいよ晩秋も終わりを迎えつつあり、もうすぐ冬が迫ってきた連合王国王都アルネセイラ。軍大学校での講義を終えた僕は、用意されている特別講師の研究室で帰り支度をしていた。
 リイナは既に黒い軍用コートを羽織っていて、僕は彼女から同じタイプのコートを受け取る。エイジスはリイナがいつもの人形衣装店が製作した、この冬用の新しいロングコートを着用している。装飾が適度にあしらわれているけれど、基本的には僕達が着ているものに似ていた。
 リイナはコートを僕に渡す時に、心が安らぐ微笑みを見せてくれながら労いの言葉をかけてくれた。

「旦那様、今日もお疲れさま。だいぶん講義には慣れてきたみたいね」

「もう四回目になるからね。やっと話し方もたどたどしさが無くなったよ。A号改革で関わってて勉強している所だから予備知識もいらなかったし」

「今日の講義は『兵站能力と攻勢限界点』だったものね。ブカレシタ要塞戦の前に実体験をしていたから話しやすかったんじゃない?」

「腹が減っては戦争なんて出来ないし、弾が無ければ戦えない。医療物資が不足すれば助かる兵も助からない。戦いはただ銃と魔法を撃ち合って白兵戦をすればいいってものじゃないからね。現場組はその身で感じたわけで、前線にいなかった軍人達への情報共有は大切だよ。特に、未来の指揮官たる大学校生にはね」

「肯定。戦場を目の当たりにした者達による情報共有が無ければ現実が伝わりません。勝利という表面だけを眺めては、なんだこれで十分勝てるじゃないかと油断し、結果的に慢心が生じてしまいます。その先に待ち受けるのは暗い未来でしかありません。今は勝てても、いつかは負ける。最悪、滅亡に至る。マスターはそう伝えたいのでしょう」

「エイジスが言いたい事を大体言ってくれたね。その通りさ。いくら条約という国同士の約束があったとしても、破られないなんて保証は確実にはない。律儀に守ってくれたとしても、五年か長くて七年だ。だったら、備えないといけないのは道理だからね。それは既存の兵器の強化や新兵器だけじゃない。一番重要なのは、使う人だから」

 古今東西、どんなに優秀な兵器があったとしても使う側である人がダメでは無駄になってしまう。
 僕が最も恐れているのは、妖魔帝国を見下すこと。休戦が有利になった昨今、国民の中には平和を味わいつつもまた戦争になっても勝てるという雰囲気がどこかにある。
 国民はまだいいさ。暴走さえしなければどうとでもなる。問題は舵取りする政治家と実行役の軍人。僕が大きく関われるのは後者で、勝利の美酒に泥酔して機能不全に陥るのだけは避けたい。だからこそ、この半年で伝えられる事は伝えておきたいんだよね。
 とはいえ、常に気を張っていても疲れてしまうわけで、何事もメリハリだ。
 僕は真面目な話を二人と終えると提案する。

「明日は通常の軍務だけど、少しワインでも飲もうかな。息抜きは必要だしさ」

「いいわね! 一本くらいなら空けても問題ないわ。今日も終えたご褒美に乾杯しましょう!」

「賛成。ワタクシは飲酒の必要性がありませんが、マスターとリイナ様が楽しまれる雰囲気をとても好ましく感じます」

「そうと決まれば、屋敷に帰ろうか。ワインのつまみは何にしよう。レーラにも相談してみようかな」

「レーラならきっとぴったりのものをすすめてくれるわ」

「うん。とっても楽しみだ」

 僕達が命を懸けて作り出した平和はずっとは続かない。
 だとしても、軍人であっても味わってもいいはず。
 その日の夜、一本だけのはずだったワインは三本も空けてしまい、次の日の僕は二日酔い寸前だったのは言うまでもなかった。
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