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第13章 休戦会談と蠢く策謀編

第22話 休戦条約締結と英雄の決意

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 アカツキはフィリーネもとい前世の上官である如月中佐からの、怨みに満ちた手紙を読んだからであろう。結局エリアス国防大臣との私的対談を臨める精神的状況ではなく、予定を変更して翌日にはロンドリウムの地から離れ祖国に戻る事となった。
 あんな書き連ね方をされては、彼女にとって最期の地である岬はおろかかつて住まっていた屋敷にも訪れるはずが無かったのである。
 対談をキャンセルし、予定より早い帰国の行動をエリアス国防大臣を始め側近達は、人類諸国の英雄たるアカツキから見限られたと感じたかもしれない。
 だが、アカツキ達が帰国の船便に乗る際に彼が残した言葉を必ず守ろうと思った。

『貴方達から故フィリーネ氏へのせめてもの罪滅ぼしとして、墓を建ててあげてください。彼女は少なくとも、協商連合の為に尽力した人物です。ここで墓さえ建てなければ呪われますよ』

 覇気の無い声でエリアス国防大臣へ向けての発言。それは彼にとっても贖罪の行為でもあったかもしれない。また、エリアス国防大臣達もそうでもしなければ本当に呪われるかもしれないと感じていた。最早今更でしかないが、彼等が出来ることと言えばその程度しかない。
 アカツキは帰国してから、自らが暮らす連合王国に到着した事でようやく心の安寧を取り戻した。だが、常に中佐の面影がアカツキから離れることは無かった。
 常勝の英雄である彼にとって初めての敗北の衝撃は余りにも大きかったのである。自殺した人物がかつて自分を守ってくれていた上官なのだから尚更であるだろう。
 故に、アカツキの日常生活に一つ変化が生じた。
 前世でこそよくしていたが、この世界に転生してからはきっぱり行ってなかった喫煙という行動である。
 彼がどうして喫煙に至ったか。それは二度の死を遂げた上官を忘れない為であり、現実逃避であり、毎日何度か捧げる贖罪の煙を上官へ送る為でもあった。
 アカツキの喫煙という行為。この世界の男性軍人において多数派である喫煙を彼が始めた事にリイナを含め最初こそ驚きこそしたが、二週間も経てば日常の風景と化した。
 リイナはそれを否定しなかったし、あえてそっとしておいた。愛する人だからこそ突然の変化も受け入れ、何か隠しているのかもしれないと推察に至ったが話すことを待つことにしたのである。いっそ、墓場まで持っていかれても構わないと思うくらいのつもりで。
 とはいえ、アカツキもこの世界で生きるようになってから長い人間である。自身の立場を自覚して気丈に振る舞うようにしていた。
 このようにアカツキにとって心境の変化が起きた中でも国際情勢は動いていっていた。
 それも、好転する形として。

 1841年5の月1の日
 ブカレシタ休戦条約締結会議

 ついに開かれた人類諸国と妖魔帝国の会議は、戦争中は血を血で洗う戦争であったにも関わらず、だからこそだったのか非常に理性的に進んでいった。
 人類諸国の提示した案と、妖魔帝国のそれに対する返答。何回か繰り返された後、締結は半月近くかかったものの順調に事は運び目出度く休戦条約は締結される事になった。
 以下に、休戦条約の記録を記そう。


 1841年5の月17の日
『第二次妖魔大戦人妖ブカレシタ休戦条約』

 1,妖魔帝国は人類諸国に対して旧東方領(妖魔帝国側名称:西方辺境領)の領土を含む全権益を譲る事とする。

 2,妖魔帝国は人類諸国と相互不可侵を結ぶ。期間は五年間。延長は一回のみ。期間は二年間とする。

 3,人類諸国と妖魔帝国は新たに設定された国境線――ブカレシタから東一五○キーラ起点に南北に貫く部分――の東西二○キーラを非軍事境界線として設定し、この地における軍事行動を禁止とする。

 4,3に関し妖魔帝国は本大戦を起こした事を理由とし国境線から七○キーラに一切の軍を置くことを禁止とする。

 5,3に関し妖魔帝国は人類諸国が非軍事境界線外での休戦監視である召喚士飛行隊の空中偵察を認めること。ただし、人類諸国は妖魔帝国が国境線七○キーラ外における軍事行動監視の為の召喚士飛行隊の空中偵察を認めること。

 6,妖魔帝国は人類諸国が得た妖魔帝国軍捕虜の返還に際し、将官・佐官・尉官・下士官・兵の階級に応じて設定された返還金を支払うこと。返還金はアルネシア連合王国通貨換算で総額三○億ネシア。割合はアルネシア連合王国三○パルセント。イリス法国二五パルセント。ロンドリウム協商連合三○パルセント。スカンディア連邦一五パルセント。

 7,6に関し、ただし妖魔帝国軍人の亡命希望者の人類諸国への亡命を認めること。亡命希望者の対象は妖魔帝国内における被粛清人物含めた九五二六名とする。

 8,妖魔帝国は賠償金を支払うこと。ロンドリウム協商連合とスカンディア連邦は返還金を賠償金とする為、辞退。支払い先国家は、イリス法国へ海軍艦隊に対する賠償金と陸軍被害に対する賠償金として一五億イリシィ。アルネシア連合王国へ陸軍被害に対する賠償金として八億ネシア。

 9,8に関し、支払い期間は三年半。計七回。方法は同額の貴金属か魔石または資源とする。


 他に詳細の項目が八項、計一七項目に及ぶ『第二次妖魔大戦人妖ブカレシタ休戦条約』は発効されたのである。
 国境線及び非軍事境界線に関しては即日、捕虜返還に関しては順次行われていき、この年の秋までには完了していった。
 賠償金に関しては、アカツキの前世で起きた第一次世界大戦の事を思えば随分と人類諸国が妥協した金額だった。そもそも第一次世界大戦と第二次妖魔大戦では終わり方が大いに違う点と、死者と戦費の違い、捕虜返還金が賠償金も兼ねている点がある。また、イリス法国が連合王国や協商連合と事前協議し破格の利率で借款を得られていた事もあった。
 なお、アカツキが最も懸念していたダロノワ大佐含む亡命希望者に関してはほぼ完全な形で認められたのは彼にとって大きな安堵を生むものであった。
 こうして人類諸国は五年間、最長七年間とはいえ平和を取り戻した。一時は総力戦へ突入するのではないかという危機的状況にあったが、妖魔帝国が本休戦を持ちかけたことにより狂気の絶滅戦争ではなく理知的なテーブルを挟んで話し合う外交手段を選び回避されたのである。
 しかし、あくまでも休戦である。終戦の形となりもう二度と戦争はしたくないと決意した地球における歴史ですら、第二次世界大戦は起きてしまったのだ。皇帝レオニードが健在である以上、人類諸国に向けた矛先が東や南に逸れたとしても片が付けば再び向かうかもしれない。
 アカツキはそれを危惧していた。
 だが、休戦は休戦である。人類諸国の国民は泡沫かもしれないが平和を得たのである。
 とはいえ、アカツキは既に次の一手を自身の執務室で考えていた。
 敬愛していた上官の面影をなぞるように、煙草に火をつけて紫煙をくゆらして。

「もう二度と間違えない。僕は隣にいるかけがえのない大切な人を守る為に、国を守る為に、五年後を見据えて動いていく。より国を富ませ、より軍を強くして」

 だがしかし、人類諸国の英雄と称される彼ですらも一つ見誤っていた事があった。
 彼が死んだと思っているフィリーネ・リヴェット。
 彼女は六の月中旬、陸路と航路を経てゾリャーギ達とついに妖魔帝国の地を踏んだのである。
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