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第13章 休戦会談と蠢く策謀編

第6話 着々と計画を進めるゾリャーギ達

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 1841年1の月14の日
 午後6時20分
 ロンドリウム協商連合・首都ロンドリウム
 ゾリャーギ達の活動拠点


 年が明けて一八四一年となり、新年から人類諸国では四日間の新年祭も終わり民衆達も貴族達も日常に戻った十四の日の夜。
 首都ロンドリウムの中心街にあるゾリャーギ達の作戦拠点兼住居になっている一軒家には二人の男がいた。
 一人はゾリャーギ。この日は今年一回目のフィリーネのカウンセリングを終えて帰宅していた。もう一人はシェーホフ。情報収集をしていた彼もまた一時間ほど前に帰宅しており、今は寛ぎの時間を過ごしていた。ちなみにこの屋敷の使用人を装っているチェスカは休暇の日であるので、他の妖魔帝国諜報機関要員と酒飲みがてらの情報収集に夜の街に繰り出していた。
 二人が座る椅子の前にあるテーブルに置いてあるのは、上等の蒸留酒。買えばこの世界の一般的な労働者一ヶ月分の給料が吹き飛ぶ高級酒であるが、これはゾリャーギが私費で購入したものだ。
 二人はグラスを軽く持ち上げると、二口ほど飲んだ。

「今日もお疲れ様でした、ゾリャーギ様」

「そっちもご苦労さん、シェーホフ。街の様子はどうだった?」

「話題はやっぱり休戦についてが多いですね。どうやら協商連合は連合王国と協調して休戦会談に臨むようで、開催時期は春を予定しているようです。雪解けを演出したいんじゃないですか?」

 シェーホフは酒によりやや顔を赤くして、一口大の乾燥肉を口に含んでから言う。
 ゾリャーギは感心した様子で、

「あいつら、随分と憎い演出をするじゃねえか。だが、常套手段ではあるな。この手の外交は、演劇のように演出してこそ映えるものだぜ」

「ええ。大国に相応しい行動かと思います」

「それに対して、我らが本社の動きはどうだ?」

「あくまで持ちかけた側であるから、腰を低くしての姿勢は一貫しています。ここにいる我々は人類諸国の脅威を十分に存じてますから、腰抜けだなんて思いません。随分道化に徹するとは感じますが」

「俺達もそうだが、散々に悪い所業をしてきたやつが良いことをすると評価は普通の奴より上がりやすい。それは国単位でも変わんねえ。丁寧な姿を見せておけば、連中は考え直して動いてくれるってわけだ。いかにも社長が考えそうなやり口だな」

「役員共じゃ偏見だらけですからね。何にせよ、休戦会談の方は条件交渉がどうなるかは別として至極順調ですよ。ところで、ゾリャーギ様の仕事の方はどうですか?」

 シェーホフは蒸留酒を飲み干し自身のグラスに注ぎ、ゾリャーギのグラスにも注ぎながら仕事の進捗具合を聞く。
 ゾリャーギはそれに対して、芳しいとも芳しくないとも言えないと返答した。シェーホフは意外そうな顔つきをする。

「自分はてっきり、落ちるのはすぐだと思っていたんですが……。苦戦しているのですか?」

「まあ、半分当たりで半分違うってとこだな。あの女、どうにも精神が不安定過ぎる」

「不安定なのは元からでは? 同胞からあのような仕打ちを受けているのですすし

「原因はそこにあるんだけどよ、ちいとばかし違う感じだな」

「どんな風にです?」

「あいつ、俺の姿を見て急に泣き出すかと思いきや抱きついて匂いを嗅いできたのは話しただろ?」

「え、ええ。貴方の種族的にそこも魅力なんだろうなと女性の視点に立てば理解は出来ますが……」

「そしたらうわ言のように昔の誰かを思い出したかのように呟くんだよ。でも肝心な部分を話してやくれねえ。だから検討もつかねえんだよ。想い人がいたくらいなら分かるんだが……」

「その話もお聞きして改めて探ってみたんですが、やはりそんな陰はありませんでしたよ。強いて言うなら、部下のクリスでしたっけか。アレと何らかの関わりがあるかも? という類の話なら。ただこれも、噂の域を越えないのでなんとも……」

「そもそもクリスと俺の姿は似ても似つかんだろ。うーん、考えてもこりゃ無駄なやつか?」

 ゾリャーギが真相に行き着くはずがない。
 彼の姿をフィリーネが重ねたのはこの世界にいない人物であり、前世の想い人なのだから。しかもその想い人も、前世では既にこの世にいない人物になっている。手掛かりがフィリーネ以外に持っていないのだから。

「となると、どう攻めるんですか? ゾリャーギ様が手こずる時点で、相当難しい仕事になってしまいますが」

「確かに難しいが、やれないことはねえ。今日までに四回ほどカウンセリングをしているが、少しずつ話はしてくれるようになった。砂地獄には、踏み入れてくれているぜ」

「それを聞いて安心しました。期限は条約調印までです。恐らくは四の月か五の月になりますから」

「春までにはカタをつけるつもりでいるぜ。なあに、あの手の人間は最終的に依存させるに限るし、すぐにこっちの虜になってくれる。そしたらあとは慣れたもんだ」

「協商連合の英雄であり美女を美味しく頂く、ですか。羨ましいですよぉ」

 シェーホフは既に蒸留酒を三杯飲んでおり、気分が良くなる程度には酔っている。しきりにいいなあと、口に出していた。
 シェーホフも男だ。フィリーネは飛び抜けた美女であり、魅了される市井の男も多かった。どこか感じさせる仄暗さがさらに魅力を引き立てていたのもある。
 それをゾリャーギは最終的には味わえるのだ。食糧的な意味もあるが、快楽的な意味でも食べられるのはシェーホフにとっては羨望でもある。
 ゾリャーギはシェーホフの口振りに吹き出して笑う。

「くくっ! はははっ! まあ、あの女は俺から見てもランクの高い美女に見えるからな。絶望に染まった瞳、歪んだ魔力から感じる闇の深さ、どれも一級品だ。ちなみにだがな、すげえいい匂いがしたぜ?」

「うわぁー! なんですかそれぇ! 自分も写真だけじゃなくて生で見たいですよー! かなうなら、嗅覚でも……!」

「少し変態的に聞こえるぞ……。分からんでもないけどよ」

「……失礼しました。つい。でも、羨ましいのは本当ですよ? 部下達も同じ感想でした」

「立場と時代次第では国を傾かせかねない美貌だからな。あいつ」

「全力で同意をしたいです。――あ、そうだ。話題が変わりますが、連合王国の動きが少し変化したかもしれません」

 居酒屋で交わされるような話から、シェーホフは話題を仕事に切り替える。これ以上は羨ましいの言葉しか出てこないのもあるが、国という単語で思い出したようだ。

「ん? 連合王国がどうしたんだ?」

「年明けから連合王国大使館の連中がしきりに協商連合外務省に出入りをしているんですよ」

「今は条約の件で忙しいからじゃねえのか? だったら日を追う事にあいつらの出入りが増えるのはおかしい事じゃねえぞ?」

「そうなんですけどね……。なんか雰囲気が違うのがいたんですよ。武官の出入りも増えたんです。あとは、協商連合の軍人も」

「駐在武官と協商連合の軍人が? どういうやつだ?」

「マーチス元帥の右腕、ブリック中将の部下と思われる人物です。協商連合は、ラットン中将の関係者でしたね。長いことこの地にいなかったら顔が分かりませんでした」

「へえ。連合王国軍の頂点に上り詰めたのと、協商連合の老雄の部下が揃ってなあ。まさか俺らを嗅ぎつけられたわけじゃないだろうな?」

「まさか。ここは法国と並んで悟られていない場所ですよ」

 ゾリャーギは部下を疑うわけではないが、連邦での前例がある。些細な手掛かりを掴んで連合王国軍の情報機関は彼を発見し捕縛しようとする手前まで辿り着いたのだ。敏感になるのは職業柄のようなものだった。
 しかし、彼は同時に連合王国は自分達は見つけ出せないだろうと自負もしていた。今回の任務において用意された人員は連邦にいた人員以上に練度の高い者ばかり。それが証拠に潜入以降協商連合の街並みに馴染んでいるのだ。余程の手練で無ければ探るなど到底不可能。
 そう。

「アカツキ・ノースロードじゃなけりゃ、行き着かねえよ」

「そのアカツキ・ノースロードは連合王国からは離れられないでしょう。軍だけでなく政治中枢にいる以上、おいそれとは出てこれません。万が一外交として協商連合に訪れたとしても大々的に報道されます。事前対策ならいくらでも立てられますよ」

「そういうこった」

 二人にせよ、妖魔帝国関係者全員はアカツキを過大評価していた。
 確かにアカツキが勘づけばエイジスの精密探知で誰かを特定するのは可能だ。しかしそれには一度エイジスが本人と接触しなければならず、この世界においては魔力を探知して個人を特定する機械は未だに発明されていない。魔力波のデータがない以上、彼等を見つけ出すのはエイジスでさえ不可能なのだ。
 故にアカツキの対応が後手に回っているという論はこの面においても正しいし、ゾリャーギの自信もまた正しいのである。
 とはいえゾリャーギは部隊を預かる者として、皇帝直々に任務を任された身として慎重であった。

「過敏になる必要はねえと思うが、特に連合王国の動向には注意しておけ。悟られない程度で動きは見張っておくようにな」

「分かりました、ゾリャーギ様。おっと、つまみが無くなったのでとってきますね」

「おう。頼むわ」

 シェーホフはそこの浅い白い皿にあった酒のつまみがほとんど無くなったので、キッチンへと向かった。
 ゾリャーギはグラスを小さく回すと、照明器具のある天井へ向けて、ニヤリと笑う。

「なあ、アカツキさんよ。今度ばかしは、お前でも失敗しちまうと思うぜ?」
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