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第12章 ブカレシタ攻防戦決着編
第9話 彼女は神の代行者。主に仇成す不遜な輩に天罰を。
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・・9・・
ワタクシの名前は、エイジス。
正式名称は『完全自律学習型所有者支援自動人形・エイジス』。
主であるマスター、アカツキ様にお仕えし日々の生活から戦場での戦闘をサポートするのがワタクシの任務です。
マスターに召喚されてから、もう一年以上。随分と経ちました。
マスターと共に歩んできた日常、そして戦争はワタクシにとって様々な知識と経験を蓄える源泉となりました。
もしこの世界が戦争のない平時ならば、今のような戦闘蓄積を得るのに何十年とかかっていたでしょう。
ワタクシはマスターと共に戦争を、『第二次妖魔大戦』を戦ってきたことで多くの力を得ることが出来たのです。召喚武器としてだけでなく、一人として扱ってくれたマスター。ワタクシにとって最幸でありました。
全てはマスターを守る為。マスターが大切な人と思う方を守る為。
なのに、だというのに、今ワタクシの目の前に広がっているのはあってはならない光景だったのです。
「旦那様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! あああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「少将閣下ぁぁぁぁぁ!!!!」
それはほんの一瞬の出来事でした。
赤の王を討伐し、残るは青の王のみ。決して油断せずカノン砲による支援砲撃が命中した直後も攻撃を止めることはありませんでした。
しかし、想定外はいつでも起こるというもの。ですがワタクシはそれが読めなかった。召喚武器であるというのに。マスターを守護する自動人形であるはずなのに。
青の王が飛び出し、狙ったのはリイナ様。マスターはリイナ様を庇う為に前に出られ、リイナ様を突き飛ばしました。
最早間に合わない。ワタクシの演算によって導き出されたのは直撃すれば即死。直撃しなくても瀕死になる確率が高い一撃。
だからワタクシはマスターの目の前で法撃を一発放ちました。爆発の衝撃によってマスターの位置が変われば生存確率は上昇する。マスターが負傷しかねない行動ですが、マスターが死ぬなんてあってはいけない。
それでも、間に合いませんでした。いえ、正確に述べるのならば確かにマスターの位置は若干後ろに変化したのです。
でも、青の王の攻撃はマスターへ命中してしまった。直撃ではありませんでしたが、極めて危険な位置。
その結果が、今の光景でした。
マスターは大きく後ろに吹き飛ばされ、魔法障壁が次々と破壊される音がワタクシにも伝わりました。
マスターが飛ばされた先にあったのは瓦礫。魔法障壁の無い人間だと衝撃力で即死する煉瓦の数々。
間に合って。どうか間に合ってください。ワタクシは魔法障壁を急速組成し、マスターの後方に展開しました。
数秒もしないうちにマスターは瓦礫と衝突しました。土煙が発せられ、マスターのお姿は見えません。
「ああぁぁぁぁ!! 旦那様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「よくも!! よくも少将閣下をぉぉぉぉぉぉ!! 目標、オーガ・キング2!! 殺せ!! 殺せぇぇぇぇ!!」
リイナ様はマスターが吹き飛ばされた方へ駆けていきました。表情には絶望が色濃かった。
ワタクシが意外だったのが、マスターがこうなっても士気が挫けるどころか憤怒に満ちた表情で青の王を抹殺せんとしようとしているアレン大尉達でした。
普通ならば、上官がああなれば強大な敵に対して立ち向かうなど思わない。敵は自らの能力を凌駕しているのです。しかも周りには妖魔帝国兵がいるのです。逃げてもおかしくないのです。戦線が瓦解してもおかしくないのです。
ところが、彼等は違った。怒りは伝播しました。マスターの大隊だけではありません。非魔法能力者に至るまで、怒りに満ちていました。
青の王を討伐する為に無謀にも挑み、マスターを守る為にマスターの周りを取り囲み、そして妖魔帝国兵との白兵戦は激しさを増しました。
指揮官不在にも関わらず、戦っていました。
それは、マスターが沢山の方々に慕われているからでしょう。
そして、マスターの大隊がこのような行動を起こしきっかけを作ったからこそ、今の空気が瞬間的に作られたのでしょう。
全てがイレギュラー。ワタクシやリイナ様のようなマスターに近しい者ならともかく、理解出来ない行動でした。
ワタクシの思考回路は混乱していました。しかし、周りの方々がマスターの為に動いている瞬間、やっと我に帰りました。
まずは、まずはワタクシに出来ることは。
そう、マスターの無事を確かめる事でした。
「マスター!! マイマスター!!」
ワタクシはすぐさまマスターの下へと駆け寄りました。同時に情報共有を応用しての生存確認を始めました。
「旦那様!! 旦那様!! アカツキ様!!」
リイナ様は既にマスターのお傍についていました。マスターを抱きしめていました。マスターは返事をしません。
「メディカルチェックスタート。緊急判定を開始……!」
「エイジス……! ああ、エイジス! 旦那様は、旦那様は無事なの?!」
青の王や妖魔帝国兵をマスターに近付けさせない為に取り囲んで護衛する兵士達は必死に法撃と銃撃をしておりました。持ちうる力を放っていました。
凄まじい音が響く中で、ワタクシはマスターのメディカルチェックをしていきます。
リイナ様にマスターの瞳を開けてもらい、瞳孔を確認。脈拍については内部判定で確認します。
「負傷箇所特定開始。頭部からの出血を確認。出血量やや多。脳に損傷は簡易判断では見られず。背部に打撲。胴体部、内臓損傷軽微。骨折無し。ただし肋骨一箇所ヒビ有。腕部、左腕に捻挫箇所有。脚部、ほぼダメージ無し。火傷、無し。骨にヒビを確認。トリアージカラー、イエロー! 生命反応……、有り! マスターは生きていますリイナ様!」
「本当に?! アカツキ様は生きているの?! 目を覚まさないのよ!!」
「一時的な意識混濁と推定。負傷箇所がいくつかありますが、生存していますリイナ様」
「良かった……! 旦那様は、少なくとも目を覚ますのね?!」
「不明。確定としては発言しかねます。しかし、マスターなら必ず目を覚まされます」
「……そう。けれど、生きているのね……!」
「肯定。死亡確率は著しく低いかと」
「良かった……! 生きているのなら……!」
ワタクシの発言にリイナ様は心底安心され、兵士達も戦いながら聞いておりその内容にひとまずは安堵されていました。
直後、衛生兵と魔法軍医が到着しました。ワタクシはメディカルチェックの内容を伝えると、マスターの命に別状がない事を安心されておりました。
ですが、予断は許しません。すぐに回復魔法の詠唱をし治療を開始しました。頭部には包帯も巻かれていきます。この頃には各自の独断で魔法障壁の展開でマスターに攻撃が当たらないよう体制が作られていました。
なぜこうしているか。本来ならばマスターをすぐさま後送するべきなのですが、立ち塞がる者がいました。
青の王です。オーガ・キング2は暴れ狂っており、そこかしこを破壊しながら戦っていました。このような状況ではマスターを安全に運べません。それ故の現場での応急処置でした。
妖魔帝国兵との衝突もさることながら、オーガ・キング2とマスターの大隊の方々との戦闘は熾烈を極めていました。
アレン大尉が指揮なさる小隊の他にも総勢五十名近くで戦っていますが、ダメージはあまり与えられていません。むしろ、この短時間に負傷者が数名発生していました。死者が出ていないのは最精鋭だからでしょう。
マスターは生きておられる。目を覚ますと信じている。
オーガ・キング2は狂乱したかのように暴れ回っている。手が付けられない。
ならば、ワタクシのやる事は一つだけでしょう。
「リイナ様」
「……なにかしら、エイジス」
ワタクシはリイナ様を見つめます。リイナ様はボロボロに泣いておられました。未だ錯乱から抜けられておりません。戦闘は推奨出来ません。リイナ様にはマスターのお傍にいて貰いたい。
だから、こう言いました。
「リイナ様はマスターから離れず、声を掛け続けてあげてください。自動人形たるワタクシが精神論を語るのも可笑しな話ですが、大切な方がおられた方が、早く目を覚まされる可能性が高いです」
「貴女は機械的な自動人形なんかじゃないわ。とても、感情的な人間らしいわよ? だって、頬に」
「え……?」
リイナ様は微笑まれています。まるでワタクシを本当の人間のように扱われています。
ワタクシは指で頬を触りました。すると、あるはずない現象が起きていました。
液体が、透明な水が流れていたのです。血液こそ流れておらず魔法粒子で組成され具現化されている肉体のワタクシは人間を模倣してデザインされている自動人形ですから、瞳を保護する為の液体はあります。瞳が乾いているのはおかしいですから。
でも、これはなんでしょう。どうしてワタクシが『涙』をながしているのでしょう。
「不可解、です。ワタクシが突発的にこうなるなんて……。場面に合わせて笑うことはありました。マスターと共に歩んで、最初は演技も含めていただけで、ほとんど無かった感情の幅が広がったのも自覚しています。ですが、『涙』を流すだなんて、分かりません……」
「旦那様を大切に思っているからこそよ。ご覧なさい。アレン大尉達は、旦那様がこうなって怒りを感じている。よくもやってくれたなと、逆襲するが為に圧倒的に強いオーガ・キングに怯まず戦っている。兵士達もそう。誰一人逃げない。それは、皆旦那様を慕っているから。貴女だって、いえ、貴女だからこそ、『そうなった』のよ」
「分かりません……。ですが、幾つか言えることがあります。マスターが無事で良かった。生きておられていて良かった。そして――」
そう。ワタクシに満ちている気持ちは一つだけではありません。
涙を流すだけでも理解不能なのに、まだありました。
それは、許せない。という心。
よくもマスターを。
絶対に許さない。
許してなるものか。
必ず討伐してやる。
生かしてはおけない。
マスターを傷つけた、あの者を私は。
殺してやる。
と。それは、明確な怒りという感情でした。
「貴女、怒っているのね。顔がとっても、怖いもの。頼もしいくらいに、ね」
「…………はい。ワタクシは、あの場にいるオーガ・キング2が許せません。マスターを傷つけた不埒な存在を許せません。今までのような曖昧な心情ではなく、明確に。絶対に、討ち取ってやると。ですから、マスターの代理としてどうか命じてください。『オーガ・キング2を殺せ』と」
「オーガ・キング2を殺しなさい、エイジス。これは、命令よ」
「サー、リイナ様。最優先討伐目標を確定。目標『青の王』。ワタクシの全力を持って、殺します」
「やってしまいなさい、エイジス。マスターの、守護者」
「了解しました。――ああそれと、行く前に一つ。どうやらワタクシに新たな力が、能力が生まれたようです」
「あら。今の状況にぴったりね。見せつけてやりなさい」
「サー。お任せ下さい」
ワタクシはリイナ様に敬礼をすると、戦場の方へ向きます。
人の姿を模倣した存在たるワタクシが、経験蓄積だけでなく様々な感情の獲得と自覚によって新たな力に目覚めるだなんて、本当にこの世界は何が起こるか分からないものです。
世界は確率論で構成されていると思っていました。けれど、今なら違うと言えます。
感情は、人の心というものは確率論だけでは語れません。
そして、心というものがいかに能力を左右するかも今分かりました。
この力は、マスターの為に。マスターに仇なす者を討つ為に。
それには第一解放だなんて生温いものでは足りません。
だから、唱えます。
「天よ、主あるじの為にワタクシに力を与えたまえ。確定された勝利の為に、ワタクシ力を与えたまえ。主に仇成し、天に仇成す不埒者への天罰を。今ここに、ワタクシは宣言します。第二解放。モード、『神の代行者装束』」
ワタクシは神々しい魔法陣に、光に包まれます。
姿は変わり、人形程度から成人女性程度の大きさへ。
いつも身に纏っている黒いゴシックドレスは、神の代行者として相応しい純白のドレスへ。
背中には三対六枚の白く輝く天翼。右手に持つは、白銀の魔法剣。
宙に浮いた体は、悠然と地に足を着け。
右手に持つ白銀の魔法剣は、不遜な輩たるオーガ・キング2へ向けて。
そして私は、高らかに宣言しました。
「青の王よ、滅びなさい。断罪の時間です」
ワタクシの名前は、エイジス。
正式名称は『完全自律学習型所有者支援自動人形・エイジス』。
主であるマスター、アカツキ様にお仕えし日々の生活から戦場での戦闘をサポートするのがワタクシの任務です。
マスターに召喚されてから、もう一年以上。随分と経ちました。
マスターと共に歩んできた日常、そして戦争はワタクシにとって様々な知識と経験を蓄える源泉となりました。
もしこの世界が戦争のない平時ならば、今のような戦闘蓄積を得るのに何十年とかかっていたでしょう。
ワタクシはマスターと共に戦争を、『第二次妖魔大戦』を戦ってきたことで多くの力を得ることが出来たのです。召喚武器としてだけでなく、一人として扱ってくれたマスター。ワタクシにとって最幸でありました。
全てはマスターを守る為。マスターが大切な人と思う方を守る為。
なのに、だというのに、今ワタクシの目の前に広がっているのはあってはならない光景だったのです。
「旦那様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! あああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「少将閣下ぁぁぁぁぁ!!!!」
それはほんの一瞬の出来事でした。
赤の王を討伐し、残るは青の王のみ。決して油断せずカノン砲による支援砲撃が命中した直後も攻撃を止めることはありませんでした。
しかし、想定外はいつでも起こるというもの。ですがワタクシはそれが読めなかった。召喚武器であるというのに。マスターを守護する自動人形であるはずなのに。
青の王が飛び出し、狙ったのはリイナ様。マスターはリイナ様を庇う為に前に出られ、リイナ様を突き飛ばしました。
最早間に合わない。ワタクシの演算によって導き出されたのは直撃すれば即死。直撃しなくても瀕死になる確率が高い一撃。
だからワタクシはマスターの目の前で法撃を一発放ちました。爆発の衝撃によってマスターの位置が変われば生存確率は上昇する。マスターが負傷しかねない行動ですが、マスターが死ぬなんてあってはいけない。
それでも、間に合いませんでした。いえ、正確に述べるのならば確かにマスターの位置は若干後ろに変化したのです。
でも、青の王の攻撃はマスターへ命中してしまった。直撃ではありませんでしたが、極めて危険な位置。
その結果が、今の光景でした。
マスターは大きく後ろに吹き飛ばされ、魔法障壁が次々と破壊される音がワタクシにも伝わりました。
マスターが飛ばされた先にあったのは瓦礫。魔法障壁の無い人間だと衝撃力で即死する煉瓦の数々。
間に合って。どうか間に合ってください。ワタクシは魔法障壁を急速組成し、マスターの後方に展開しました。
数秒もしないうちにマスターは瓦礫と衝突しました。土煙が発せられ、マスターのお姿は見えません。
「ああぁぁぁぁ!! 旦那様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「よくも!! よくも少将閣下をぉぉぉぉぉぉ!! 目標、オーガ・キング2!! 殺せ!! 殺せぇぇぇぇ!!」
リイナ様はマスターが吹き飛ばされた方へ駆けていきました。表情には絶望が色濃かった。
ワタクシが意外だったのが、マスターがこうなっても士気が挫けるどころか憤怒に満ちた表情で青の王を抹殺せんとしようとしているアレン大尉達でした。
普通ならば、上官がああなれば強大な敵に対して立ち向かうなど思わない。敵は自らの能力を凌駕しているのです。しかも周りには妖魔帝国兵がいるのです。逃げてもおかしくないのです。戦線が瓦解してもおかしくないのです。
ところが、彼等は違った。怒りは伝播しました。マスターの大隊だけではありません。非魔法能力者に至るまで、怒りに満ちていました。
青の王を討伐する為に無謀にも挑み、マスターを守る為にマスターの周りを取り囲み、そして妖魔帝国兵との白兵戦は激しさを増しました。
指揮官不在にも関わらず、戦っていました。
それは、マスターが沢山の方々に慕われているからでしょう。
そして、マスターの大隊がこのような行動を起こしきっかけを作ったからこそ、今の空気が瞬間的に作られたのでしょう。
全てがイレギュラー。ワタクシやリイナ様のようなマスターに近しい者ならともかく、理解出来ない行動でした。
ワタクシの思考回路は混乱していました。しかし、周りの方々がマスターの為に動いている瞬間、やっと我に帰りました。
まずは、まずはワタクシに出来ることは。
そう、マスターの無事を確かめる事でした。
「マスター!! マイマスター!!」
ワタクシはすぐさまマスターの下へと駆け寄りました。同時に情報共有を応用しての生存確認を始めました。
「旦那様!! 旦那様!! アカツキ様!!」
リイナ様は既にマスターのお傍についていました。マスターを抱きしめていました。マスターは返事をしません。
「メディカルチェックスタート。緊急判定を開始……!」
「エイジス……! ああ、エイジス! 旦那様は、旦那様は無事なの?!」
青の王や妖魔帝国兵をマスターに近付けさせない為に取り囲んで護衛する兵士達は必死に法撃と銃撃をしておりました。持ちうる力を放っていました。
凄まじい音が響く中で、ワタクシはマスターのメディカルチェックをしていきます。
リイナ様にマスターの瞳を開けてもらい、瞳孔を確認。脈拍については内部判定で確認します。
「負傷箇所特定開始。頭部からの出血を確認。出血量やや多。脳に損傷は簡易判断では見られず。背部に打撲。胴体部、内臓損傷軽微。骨折無し。ただし肋骨一箇所ヒビ有。腕部、左腕に捻挫箇所有。脚部、ほぼダメージ無し。火傷、無し。骨にヒビを確認。トリアージカラー、イエロー! 生命反応……、有り! マスターは生きていますリイナ様!」
「本当に?! アカツキ様は生きているの?! 目を覚まさないのよ!!」
「一時的な意識混濁と推定。負傷箇所がいくつかありますが、生存していますリイナ様」
「良かった……! 旦那様は、少なくとも目を覚ますのね?!」
「不明。確定としては発言しかねます。しかし、マスターなら必ず目を覚まされます」
「……そう。けれど、生きているのね……!」
「肯定。死亡確率は著しく低いかと」
「良かった……! 生きているのなら……!」
ワタクシの発言にリイナ様は心底安心され、兵士達も戦いながら聞いておりその内容にひとまずは安堵されていました。
直後、衛生兵と魔法軍医が到着しました。ワタクシはメディカルチェックの内容を伝えると、マスターの命に別状がない事を安心されておりました。
ですが、予断は許しません。すぐに回復魔法の詠唱をし治療を開始しました。頭部には包帯も巻かれていきます。この頃には各自の独断で魔法障壁の展開でマスターに攻撃が当たらないよう体制が作られていました。
なぜこうしているか。本来ならばマスターをすぐさま後送するべきなのですが、立ち塞がる者がいました。
青の王です。オーガ・キング2は暴れ狂っており、そこかしこを破壊しながら戦っていました。このような状況ではマスターを安全に運べません。それ故の現場での応急処置でした。
妖魔帝国兵との衝突もさることながら、オーガ・キング2とマスターの大隊の方々との戦闘は熾烈を極めていました。
アレン大尉が指揮なさる小隊の他にも総勢五十名近くで戦っていますが、ダメージはあまり与えられていません。むしろ、この短時間に負傷者が数名発生していました。死者が出ていないのは最精鋭だからでしょう。
マスターは生きておられる。目を覚ますと信じている。
オーガ・キング2は狂乱したかのように暴れ回っている。手が付けられない。
ならば、ワタクシのやる事は一つだけでしょう。
「リイナ様」
「……なにかしら、エイジス」
ワタクシはリイナ様を見つめます。リイナ様はボロボロに泣いておられました。未だ錯乱から抜けられておりません。戦闘は推奨出来ません。リイナ様にはマスターのお傍にいて貰いたい。
だから、こう言いました。
「リイナ様はマスターから離れず、声を掛け続けてあげてください。自動人形たるワタクシが精神論を語るのも可笑しな話ですが、大切な方がおられた方が、早く目を覚まされる可能性が高いです」
「貴女は機械的な自動人形なんかじゃないわ。とても、感情的な人間らしいわよ? だって、頬に」
「え……?」
リイナ様は微笑まれています。まるでワタクシを本当の人間のように扱われています。
ワタクシは指で頬を触りました。すると、あるはずない現象が起きていました。
液体が、透明な水が流れていたのです。血液こそ流れておらず魔法粒子で組成され具現化されている肉体のワタクシは人間を模倣してデザインされている自動人形ですから、瞳を保護する為の液体はあります。瞳が乾いているのはおかしいですから。
でも、これはなんでしょう。どうしてワタクシが『涙』をながしているのでしょう。
「不可解、です。ワタクシが突発的にこうなるなんて……。場面に合わせて笑うことはありました。マスターと共に歩んで、最初は演技も含めていただけで、ほとんど無かった感情の幅が広がったのも自覚しています。ですが、『涙』を流すだなんて、分かりません……」
「旦那様を大切に思っているからこそよ。ご覧なさい。アレン大尉達は、旦那様がこうなって怒りを感じている。よくもやってくれたなと、逆襲するが為に圧倒的に強いオーガ・キングに怯まず戦っている。兵士達もそう。誰一人逃げない。それは、皆旦那様を慕っているから。貴女だって、いえ、貴女だからこそ、『そうなった』のよ」
「分かりません……。ですが、幾つか言えることがあります。マスターが無事で良かった。生きておられていて良かった。そして――」
そう。ワタクシに満ちている気持ちは一つだけではありません。
涙を流すだけでも理解不能なのに、まだありました。
それは、許せない。という心。
よくもマスターを。
絶対に許さない。
許してなるものか。
必ず討伐してやる。
生かしてはおけない。
マスターを傷つけた、あの者を私は。
殺してやる。
と。それは、明確な怒りという感情でした。
「貴女、怒っているのね。顔がとっても、怖いもの。頼もしいくらいに、ね」
「…………はい。ワタクシは、あの場にいるオーガ・キング2が許せません。マスターを傷つけた不埒な存在を許せません。今までのような曖昧な心情ではなく、明確に。絶対に、討ち取ってやると。ですから、マスターの代理としてどうか命じてください。『オーガ・キング2を殺せ』と」
「オーガ・キング2を殺しなさい、エイジス。これは、命令よ」
「サー、リイナ様。最優先討伐目標を確定。目標『青の王』。ワタクシの全力を持って、殺します」
「やってしまいなさい、エイジス。マスターの、守護者」
「了解しました。――ああそれと、行く前に一つ。どうやらワタクシに新たな力が、能力が生まれたようです」
「あら。今の状況にぴったりね。見せつけてやりなさい」
「サー。お任せ下さい」
ワタクシはリイナ様に敬礼をすると、戦場の方へ向きます。
人の姿を模倣した存在たるワタクシが、経験蓄積だけでなく様々な感情の獲得と自覚によって新たな力に目覚めるだなんて、本当にこの世界は何が起こるか分からないものです。
世界は確率論で構成されていると思っていました。けれど、今なら違うと言えます。
感情は、人の心というものは確率論だけでは語れません。
そして、心というものがいかに能力を左右するかも今分かりました。
この力は、マスターの為に。マスターに仇なす者を討つ為に。
それには第一解放だなんて生温いものでは足りません。
だから、唱えます。
「天よ、主あるじの為にワタクシに力を与えたまえ。確定された勝利の為に、ワタクシ力を与えたまえ。主に仇成し、天に仇成す不埒者への天罰を。今ここに、ワタクシは宣言します。第二解放。モード、『神の代行者装束』」
ワタクシは神々しい魔法陣に、光に包まれます。
姿は変わり、人形程度から成人女性程度の大きさへ。
いつも身に纏っている黒いゴシックドレスは、神の代行者として相応しい純白のドレスへ。
背中には三対六枚の白く輝く天翼。右手に持つは、白銀の魔法剣。
宙に浮いた体は、悠然と地に足を着け。
右手に持つ白銀の魔法剣は、不遜な輩たるオーガ・キング2へ向けて。
そして私は、高らかに宣言しました。
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公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。
そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。
そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。
彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。
それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。
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