165 / 390
第10章 リチリア島の戦い編
第14話 リチリア島防衛戦7〜友軍の窮地にかけつけた堕天の戦乙女が率いる部隊は戦況を一変させる〜
しおりを挟む
・・14・・
「来るな、来るなあぁああああ!!」
「やめろ、やめてくれええええ!」
「ぎゃあああああ!!」
「痛い、痛いよおおぉぉ!!」
「母さん、父さん! ああ、あああああ……」
崩壊したシャラクーシ防衛線の北側、シャラクーシ中心街北部郊外には地獄がこの世に再現されていた。化物が跳梁跋扈し、手当たり次第に協商連合軍や法国軍の兵士を惨殺している。その背後にいる妖魔帝国軍の兵士達はこれまでいいようにしてやられた恨みを晴らすかの如く、統制を失った部隊の兵士を砲撃で、銃撃で、魔法で殺していき、抵抗する敵兵も次々と屠っていっていた。
その中で、二個旅団の中衛に配備されていたとある大隊はこの状況下でもどうにか部隊の体を保って戦っていた。夜が近い事から海からの砲撃こそ止んだがしかし、それも限界が近付いていた。
「大隊長、第二中隊はもうダメです!」
「もう予備すらないんだ、今あるのでどうにかしろ!」
「第三中隊壊滅! 中隊長戦死で既に代理が指揮している状態!」
「大隊戦力四割損耗! これ以上は!」
「全員戦っている状況なんだぞ前方の味方はどうした!?」
「情報網寸断につき不明!」
「クソッタレ全部あの化物共のせいだ! 歩兵部隊、統制取れる連中は斉射! 魔法能力者兵は歩兵を守れ! 余裕があるやつは攻撃兼任!」
「りょ、了解!」
簡潔にいえば、中年の大隊長が指揮する部隊は全員が最前線で戦いつつこれ以上の侵攻を食い止めるという無茶甚だしい状態に置かれていた。この大隊はまだマシな方で、前衛の部隊はとっくにバラバラにされ、各個撃破されている。後衛からの予備投入をしても妖魔帝国軍の勢いはとても抑えられなかった。
全ては妖魔帝国軍が投入した『異形の中隊』が原因である。これまで強固に守りきっていたシャラクーシ防衛線を崩した突破力、この時代において高威力であるはずのライフルは聞かず初級魔法程度では動きを止められない耐久力、そして腕を切断しても突撃のやまない理性を感じさせない狂気。
さらに一個師団と再編成された海兵師団の計一万五千の大攻勢は、一万の人類側軍をここまで壊滅的な打撃を与えたのである。
いくら妖魔帝国軍が共通の敵とはいえここは祖国ではなく外国、リチリア島。協商連合軍にとっては最後の一兵まで戦うよりは生き残りたいという本能が先行して大損害を受けた時点で後退した大隊もあるし、それはまだ幸せな方で敵包囲に孤立して潰滅させられた部隊もあった。
その中で、この大隊の大隊長は勇猛果敢であった。大隊副官が後退を進言しても、
「馬鹿を言うな! ここで退いたら戦線は完全に瓦解するぞ! 援軍が到着するまで何としても踏ん張れ! フィリーネ閣下は仰った! 我々を見捨てないと! ああそうだあの方は我らを捨てることはない! きっと救援にやってきてくれる!」
「……大隊長が言うのであれば分かりました! 副官の自分は最期まで貴方の傍から離れません!」
「よく言った! だが、あいつらをどうするかだな……」
「新手ですか……。畜生」
大隊長の鼓舞により死守を改めて決意した彼の周辺にいた士官や下士官に兵達。無傷な者は半分になっており、大隊長自身も魔力を消耗していた。
しかし、妖魔帝国軍は容赦しない。正面の敵と戦うのが手一杯だというのに、味方がいたはずの右側面から新たな敵が現れたのだ。
化物が四体と、歩兵と魔法能力者兵の混合中隊。それらは目標たる自分達を睨んでいた。化物は獲物を見つけたと言わんばかりに咆哮を上げて突進を始める。
「これまでだろうな。だが、タダでやられてたまるか! こうなったら後先考えなくていいから遠慮なくぶっぱなせ! 一人でも多く道連れにするぞ!」
『了解ッッ!』
悲壮な決断。右側面と正面を同時に相手する為応戦体制を整える彼ら。
そんな勇気ある者達だからこそ戦場の女神、いや、戦場の死神は喜色の笑みで笑ったのだろう。奇跡は起きた。
「風を支配するはこのあたし! 自在に舞え。『風刃舞踏曲』!!」
「いずるは仇なす者を焼却する業火。てめらなんぞ燃え死に灰になっちまえばいいんだぜ! 『聖火滅却』!!」
後方から男女の声がした。女が声を発すると、右側面にいた敵兵と化物に向かって無数の風の刃が凄まじい早さで襲う。風の刃はまるで意志を持つかのように自在に舞った。瞬く間に化物四体を千切りの如く裂き、妖魔帝国兵は魔法障壁を容易く破壊され、化物達と同じ末路を辿った。
男の声がした直後に、大隊の彼らの頭上を通過したのは神々しいまでの炎弾が数十。それらは妖魔帝国兵達へと降り注ぎ燃やし尽くしていっていた。
そうして彼らの左右に駆けて現れたのは。
「七〇二大隊長、レイミーとーちゃくぅ! 後はあたし達にお任せあれ!」
「七〇一大隊長のヨルンたぁ、オレの事だぜ! 化物狩りはオレ達がしてやっからな!」
七〇一の大隊長ヨルン少佐と、七〇二大隊長のレイミー少佐だった。
大隊長は信心深くないがこの時ばかりかは、おお神よ。ありがとうございます。と感謝した。
望んでいた援軍が来てくれた。そして彼等がいると言うことは、忠誠を誓ったあの方もきっといるのだから。
彼の願いは叶った。後方から彼女が現れたのだ。
その人は決して女神ではない。むしろアレは堕天戦乙女の類だろう。戦争なんて起きるまではあるとも思っていなかったのに異常に厳しい訓練はさせられるし、苛烈な人物だった。けれども、その人は末端の兵に至るまでこう言ってくれた。絶対に見捨てないと。
そうして本当にやって来てくれたのだ。
「ランディ少佐、よく耐えてくれたわね。ひひっ、後は私にクソ共を殺させなさいな」
「フィ、フィリーネ閣下ぁ!!」
「ばぁか泣くなよ。お前達は下がれ。十二分に戦ったよ」
「君達、医療班がすぐ後ろにいる。治療を受けてくれ」
暗黒の双剣を手に持ち、狂った笑いを見せるフィリーネはだけれども言葉は瞳は優しかった。大隊長に声を掛けた一瞬だけ、惚れてしまいそうな微笑みを見せると先へ敵の方へと吶喊していった。クリス大佐も共に向かう。
「救われた、本当に救われたぞ……」
「ええ、フィリーネ閣下は来てくださいました……」
「…………でもあれだな。やはり閣下は末恐ろしい存在だ。敵だったら会いたくないし、味方ですら畏怖を抱く」
「女神では……、無いですねえ」
「……うわぁ、化物を一刀両断じゃないか。どうなってんだ本当に」
レイミー少佐とヨルン少佐の二個大隊とフィリーネ、傍らにいるクリス大佐が一気に押し返す間に戦場には安全地帯となった彼等の下へは衛生兵などの医療班が到着し、それらを守護する魔法能力者兵が分厚い魔法障壁を展開する。
「ランディ少佐、よくぞご無事でした。兵士達の応急処置と後送は我々がします。フィリーネ閣下の命令通り、後退を」
「…………馬鹿いっちゃいけねえよ衛生兵。もう戦えねえ奴等は是非ともそうしてやってほしいが、俺等はまだ戦える。なあ、ジェイド副官」
「閣下達ばかりに任せては罰が当たりますよ。散々いいように弄ばれたんです。復讐の機会があってもいいでしょう」
「えっと……、まさかですが」
「ったりまえだ我等は常にフィリーネ閣下達と共にある。いいだろ?」
「……軍医殿」
「言っても聞かない人達だ。ったくこれだからフィリーネ閣下の師団は……。大隊長殿、無理だけはしないようにお願いしますよ。重傷者等は我々が救ってみせます。一人でも多く命を救います。ですから、死なないでください。我々の仕事が増えます」
「軍医大尉は正直で大変よろしいな。了解した。さあ行くぞお前ら。逆襲の時間だ」
「ええ」
「逆襲の時間ですね」
「タダじゃおかねえぞ妖魔のクソッタレ共」
ほぼ無傷で済んでいた者達は勿論、応急処置を受けていた軽傷の者達も立ち上がる。軍医大尉はしょうがない人達だと思いながら彼らを見送った。
再び立ち上がったのは、大隊長達だけでなく比較的損害の少なかった別の大隊の生き残りの中隊もいた。およそ二百の兵士は、再戦に向かった。
フィリーネはその様子をちょうど化物を切り刻んでいた時に見ていた。
「あいつら馬鹿じゃないの。下がれって言ったのに」
「口振りの割には嬉しそうですが」
「黙らっしゃいなクリス大佐。部下の勇猛っぷりが嬉しいだけよ」
「素直じゃないですね」
「うっさい」
フィリーネは呆れた物言いをしていたが、顔つきは反して笑んでいた。クリス大佐はいつものように小言を口にしながらも、抱いた心はフィリーネと同じだった。
「しかし、戦っていた者達がああならば負けてられませんね」
「獲物は私がかっさらっていくわよ。あんたはいつものように付いてきなさいな」
「了解」
「さあさあさあさあかかってきなさいよ妖魔帝国兵に化物共! どうせ最優先目標は私でしょう? 殺してみせなさい! 殺せるものならねッッ!」
フィリーネ達の参戦により、そこからの人類側軍はこれまでの防戦一方がまるで嘘かのように盛り返した。
彼女と二個大隊が援軍にかけつけるまでに『異形の中隊』およそ二百は百七十まで減っていたが、それでも八割以上が残っていたのである。
だがこの『異形の中隊』を、フィリーネと二個大隊、再び戦線に身を投じた兵士達は次々と討ち取っていく。特にフィリーネやクリス大佐、レイミー少佐やヨルン少佐は個人で数体を屠っていた。
『異形の中隊』は非常に強い。七〇一と七〇二の部隊員達ですら妖魔帝国兵と併せてこれを倒さねばならないから討伐には苦労した。恐怖心が無いからこそフィリーネの独自魔法の効果は薄く、死傷者も先日の夜間奇襲に比べればずっと多い。
それでも一度覆えされた戦況を再び自分達のものへと引き寄せるのには妖魔帝国軍は困難を極めた。時間が経過するにつれてそれは不可能へと変化していく。
例えば七〇一の兵士が異形の巨腕に掴まれた時、兵士は死を覚悟した。
「くそっ、離せ! 離せ!」
軋む骨の音は確実に背後に死神がいることを示している。だが。
「私の兵士をどうするつもりかしら?」
目にも止まらぬ早さで接近したフィリーネは跳躍し化物の首を叩き切る。
いくら化物とはいえ首を切断されれば死ぬ。巨体は倒れ、力が緩んだ隙に部隊員は脱出した。
「少将閣下!」
「感謝は後! まだ動けるの?」
「ちょっとばかし痛いくらいですからまだ平気です! 魔法銃と銃剣もこの通り!」
「ひひっ、ならよし! 引き続き殺しなさい!」
「はっ!」
部下の危機には上官が救い、上官の危機を部下が救う。大隊を一個の巨人として動く彼等の見事な連携力は損害を極限まで減らす努力がなされていた。
戦況は人類側有利の乱戦へと変貌する。キルレシオも人類側が多数に傾いていっていた。
「化物が三体。体ばっかし大きくて結局は雑魚ぉ? ほらほらついさっきまでみたいに殺ってみせなさいな?」
「ここから先、進みたくば我々を倒すんだな。無論、倒せればだが」
これ以上押し返されまいと攻勢をかけようとする妖魔帝国兵と化物数体。しかし立ち塞がるはフィリーネとクリス大佐。
あまりの気迫と殺気に妖魔帝国兵どころか、僅かに残った理性と本能が警鐘を鳴らした化物ですら後ずさる。
進めば、殺されると。敵う存在ではないと。
既に日は沈んだ。照明弾の明かりが二人を照らす。
一人は至極冷静な顔つきで。もう一人は死神ですら裸足で逃げ出しそうな笑みで。
昼までは人類側にとっての地獄は、夜には妖魔帝国軍にとっての地獄へと変わっていった。
「来るな、来るなあぁああああ!!」
「やめろ、やめてくれええええ!」
「ぎゃあああああ!!」
「痛い、痛いよおおぉぉ!!」
「母さん、父さん! ああ、あああああ……」
崩壊したシャラクーシ防衛線の北側、シャラクーシ中心街北部郊外には地獄がこの世に再現されていた。化物が跳梁跋扈し、手当たり次第に協商連合軍や法国軍の兵士を惨殺している。その背後にいる妖魔帝国軍の兵士達はこれまでいいようにしてやられた恨みを晴らすかの如く、統制を失った部隊の兵士を砲撃で、銃撃で、魔法で殺していき、抵抗する敵兵も次々と屠っていっていた。
その中で、二個旅団の中衛に配備されていたとある大隊はこの状況下でもどうにか部隊の体を保って戦っていた。夜が近い事から海からの砲撃こそ止んだがしかし、それも限界が近付いていた。
「大隊長、第二中隊はもうダメです!」
「もう予備すらないんだ、今あるのでどうにかしろ!」
「第三中隊壊滅! 中隊長戦死で既に代理が指揮している状態!」
「大隊戦力四割損耗! これ以上は!」
「全員戦っている状況なんだぞ前方の味方はどうした!?」
「情報網寸断につき不明!」
「クソッタレ全部あの化物共のせいだ! 歩兵部隊、統制取れる連中は斉射! 魔法能力者兵は歩兵を守れ! 余裕があるやつは攻撃兼任!」
「りょ、了解!」
簡潔にいえば、中年の大隊長が指揮する部隊は全員が最前線で戦いつつこれ以上の侵攻を食い止めるという無茶甚だしい状態に置かれていた。この大隊はまだマシな方で、前衛の部隊はとっくにバラバラにされ、各個撃破されている。後衛からの予備投入をしても妖魔帝国軍の勢いはとても抑えられなかった。
全ては妖魔帝国軍が投入した『異形の中隊』が原因である。これまで強固に守りきっていたシャラクーシ防衛線を崩した突破力、この時代において高威力であるはずのライフルは聞かず初級魔法程度では動きを止められない耐久力、そして腕を切断しても突撃のやまない理性を感じさせない狂気。
さらに一個師団と再編成された海兵師団の計一万五千の大攻勢は、一万の人類側軍をここまで壊滅的な打撃を与えたのである。
いくら妖魔帝国軍が共通の敵とはいえここは祖国ではなく外国、リチリア島。協商連合軍にとっては最後の一兵まで戦うよりは生き残りたいという本能が先行して大損害を受けた時点で後退した大隊もあるし、それはまだ幸せな方で敵包囲に孤立して潰滅させられた部隊もあった。
その中で、この大隊の大隊長は勇猛果敢であった。大隊副官が後退を進言しても、
「馬鹿を言うな! ここで退いたら戦線は完全に瓦解するぞ! 援軍が到着するまで何としても踏ん張れ! フィリーネ閣下は仰った! 我々を見捨てないと! ああそうだあの方は我らを捨てることはない! きっと救援にやってきてくれる!」
「……大隊長が言うのであれば分かりました! 副官の自分は最期まで貴方の傍から離れません!」
「よく言った! だが、あいつらをどうするかだな……」
「新手ですか……。畜生」
大隊長の鼓舞により死守を改めて決意した彼の周辺にいた士官や下士官に兵達。無傷な者は半分になっており、大隊長自身も魔力を消耗していた。
しかし、妖魔帝国軍は容赦しない。正面の敵と戦うのが手一杯だというのに、味方がいたはずの右側面から新たな敵が現れたのだ。
化物が四体と、歩兵と魔法能力者兵の混合中隊。それらは目標たる自分達を睨んでいた。化物は獲物を見つけたと言わんばかりに咆哮を上げて突進を始める。
「これまでだろうな。だが、タダでやられてたまるか! こうなったら後先考えなくていいから遠慮なくぶっぱなせ! 一人でも多く道連れにするぞ!」
『了解ッッ!』
悲壮な決断。右側面と正面を同時に相手する為応戦体制を整える彼ら。
そんな勇気ある者達だからこそ戦場の女神、いや、戦場の死神は喜色の笑みで笑ったのだろう。奇跡は起きた。
「風を支配するはこのあたし! 自在に舞え。『風刃舞踏曲』!!」
「いずるは仇なす者を焼却する業火。てめらなんぞ燃え死に灰になっちまえばいいんだぜ! 『聖火滅却』!!」
後方から男女の声がした。女が声を発すると、右側面にいた敵兵と化物に向かって無数の風の刃が凄まじい早さで襲う。風の刃はまるで意志を持つかのように自在に舞った。瞬く間に化物四体を千切りの如く裂き、妖魔帝国兵は魔法障壁を容易く破壊され、化物達と同じ末路を辿った。
男の声がした直後に、大隊の彼らの頭上を通過したのは神々しいまでの炎弾が数十。それらは妖魔帝国兵達へと降り注ぎ燃やし尽くしていっていた。
そうして彼らの左右に駆けて現れたのは。
「七〇二大隊長、レイミーとーちゃくぅ! 後はあたし達にお任せあれ!」
「七〇一大隊長のヨルンたぁ、オレの事だぜ! 化物狩りはオレ達がしてやっからな!」
七〇一の大隊長ヨルン少佐と、七〇二大隊長のレイミー少佐だった。
大隊長は信心深くないがこの時ばかりかは、おお神よ。ありがとうございます。と感謝した。
望んでいた援軍が来てくれた。そして彼等がいると言うことは、忠誠を誓ったあの方もきっといるのだから。
彼の願いは叶った。後方から彼女が現れたのだ。
その人は決して女神ではない。むしろアレは堕天戦乙女の類だろう。戦争なんて起きるまではあるとも思っていなかったのに異常に厳しい訓練はさせられるし、苛烈な人物だった。けれども、その人は末端の兵に至るまでこう言ってくれた。絶対に見捨てないと。
そうして本当にやって来てくれたのだ。
「ランディ少佐、よく耐えてくれたわね。ひひっ、後は私にクソ共を殺させなさいな」
「フィ、フィリーネ閣下ぁ!!」
「ばぁか泣くなよ。お前達は下がれ。十二分に戦ったよ」
「君達、医療班がすぐ後ろにいる。治療を受けてくれ」
暗黒の双剣を手に持ち、狂った笑いを見せるフィリーネはだけれども言葉は瞳は優しかった。大隊長に声を掛けた一瞬だけ、惚れてしまいそうな微笑みを見せると先へ敵の方へと吶喊していった。クリス大佐も共に向かう。
「救われた、本当に救われたぞ……」
「ええ、フィリーネ閣下は来てくださいました……」
「…………でもあれだな。やはり閣下は末恐ろしい存在だ。敵だったら会いたくないし、味方ですら畏怖を抱く」
「女神では……、無いですねえ」
「……うわぁ、化物を一刀両断じゃないか。どうなってんだ本当に」
レイミー少佐とヨルン少佐の二個大隊とフィリーネ、傍らにいるクリス大佐が一気に押し返す間に戦場には安全地帯となった彼等の下へは衛生兵などの医療班が到着し、それらを守護する魔法能力者兵が分厚い魔法障壁を展開する。
「ランディ少佐、よくぞご無事でした。兵士達の応急処置と後送は我々がします。フィリーネ閣下の命令通り、後退を」
「…………馬鹿いっちゃいけねえよ衛生兵。もう戦えねえ奴等は是非ともそうしてやってほしいが、俺等はまだ戦える。なあ、ジェイド副官」
「閣下達ばかりに任せては罰が当たりますよ。散々いいように弄ばれたんです。復讐の機会があってもいいでしょう」
「えっと……、まさかですが」
「ったりまえだ我等は常にフィリーネ閣下達と共にある。いいだろ?」
「……軍医殿」
「言っても聞かない人達だ。ったくこれだからフィリーネ閣下の師団は……。大隊長殿、無理だけはしないようにお願いしますよ。重傷者等は我々が救ってみせます。一人でも多く命を救います。ですから、死なないでください。我々の仕事が増えます」
「軍医大尉は正直で大変よろしいな。了解した。さあ行くぞお前ら。逆襲の時間だ」
「ええ」
「逆襲の時間ですね」
「タダじゃおかねえぞ妖魔のクソッタレ共」
ほぼ無傷で済んでいた者達は勿論、応急処置を受けていた軽傷の者達も立ち上がる。軍医大尉はしょうがない人達だと思いながら彼らを見送った。
再び立ち上がったのは、大隊長達だけでなく比較的損害の少なかった別の大隊の生き残りの中隊もいた。およそ二百の兵士は、再戦に向かった。
フィリーネはその様子をちょうど化物を切り刻んでいた時に見ていた。
「あいつら馬鹿じゃないの。下がれって言ったのに」
「口振りの割には嬉しそうですが」
「黙らっしゃいなクリス大佐。部下の勇猛っぷりが嬉しいだけよ」
「素直じゃないですね」
「うっさい」
フィリーネは呆れた物言いをしていたが、顔つきは反して笑んでいた。クリス大佐はいつものように小言を口にしながらも、抱いた心はフィリーネと同じだった。
「しかし、戦っていた者達がああならば負けてられませんね」
「獲物は私がかっさらっていくわよ。あんたはいつものように付いてきなさいな」
「了解」
「さあさあさあさあかかってきなさいよ妖魔帝国兵に化物共! どうせ最優先目標は私でしょう? 殺してみせなさい! 殺せるものならねッッ!」
フィリーネ達の参戦により、そこからの人類側軍はこれまでの防戦一方がまるで嘘かのように盛り返した。
彼女と二個大隊が援軍にかけつけるまでに『異形の中隊』およそ二百は百七十まで減っていたが、それでも八割以上が残っていたのである。
だがこの『異形の中隊』を、フィリーネと二個大隊、再び戦線に身を投じた兵士達は次々と討ち取っていく。特にフィリーネやクリス大佐、レイミー少佐やヨルン少佐は個人で数体を屠っていた。
『異形の中隊』は非常に強い。七〇一と七〇二の部隊員達ですら妖魔帝国兵と併せてこれを倒さねばならないから討伐には苦労した。恐怖心が無いからこそフィリーネの独自魔法の効果は薄く、死傷者も先日の夜間奇襲に比べればずっと多い。
それでも一度覆えされた戦況を再び自分達のものへと引き寄せるのには妖魔帝国軍は困難を極めた。時間が経過するにつれてそれは不可能へと変化していく。
例えば七〇一の兵士が異形の巨腕に掴まれた時、兵士は死を覚悟した。
「くそっ、離せ! 離せ!」
軋む骨の音は確実に背後に死神がいることを示している。だが。
「私の兵士をどうするつもりかしら?」
目にも止まらぬ早さで接近したフィリーネは跳躍し化物の首を叩き切る。
いくら化物とはいえ首を切断されれば死ぬ。巨体は倒れ、力が緩んだ隙に部隊員は脱出した。
「少将閣下!」
「感謝は後! まだ動けるの?」
「ちょっとばかし痛いくらいですからまだ平気です! 魔法銃と銃剣もこの通り!」
「ひひっ、ならよし! 引き続き殺しなさい!」
「はっ!」
部下の危機には上官が救い、上官の危機を部下が救う。大隊を一個の巨人として動く彼等の見事な連携力は損害を極限まで減らす努力がなされていた。
戦況は人類側有利の乱戦へと変貌する。キルレシオも人類側が多数に傾いていっていた。
「化物が三体。体ばっかし大きくて結局は雑魚ぉ? ほらほらついさっきまでみたいに殺ってみせなさいな?」
「ここから先、進みたくば我々を倒すんだな。無論、倒せればだが」
これ以上押し返されまいと攻勢をかけようとする妖魔帝国兵と化物数体。しかし立ち塞がるはフィリーネとクリス大佐。
あまりの気迫と殺気に妖魔帝国兵どころか、僅かに残った理性と本能が警鐘を鳴らした化物ですら後ずさる。
進めば、殺されると。敵う存在ではないと。
既に日は沈んだ。照明弾の明かりが二人を照らす。
一人は至極冷静な顔つきで。もう一人は死神ですら裸足で逃げ出しそうな笑みで。
昼までは人類側にとっての地獄は、夜には妖魔帝国軍にとっての地獄へと変わっていった。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
異世界帰還組の英雄譚〜ハッピーエンドのはずだったのに故郷が侵略されていたので、もう一度世界を救います〜
金華高乃
ファンタジー
〈異世界帰還後に彼等が初めて会ったのは、地球ではありえない異形のバケモノたち〉
異世界から帰還した四人を待っていたのは、新たな戦争の幕開けだった。
六年前、米原孝弘たち四人の男女は事故で死ぬ運命だったが異世界に転移させられた。
世界を救って欲しいと無茶振りをされた彼等は、世界を救わねばどのみち地球に帰れないと知り、紆余曲折を経て異世界を救い日本へ帰還した。
これからは日常。ハッピーエンドの後日談を迎える……、はずだった。
しかし。
彼等の前に広がっていたのは凄惨な光景。日本は、世界は、異世界からの侵略者と戦争を繰り広げていた。
彼等は故郷を救うことが出来るのか。
血と硝煙。数々の苦難と絶望があろうとも、ハッピーエンドがその先にあると信じて、四人は戦いに身を投じる。
帝国少尉の冒険奇譚
八神 凪
ファンタジー
生活を豊かにする発明を促すのはいつも戦争だ――
そう口にしたのは誰だったか?
その言葉通り『煉獄の祝祭』と呼ばれた戦争から百年、荒廃した世界は徐々に元の姿を取り戻していた。魔法は科学と融合し、”魔科学”という新たな分野を生み出し、鉄の船舶や飛行船、冷蔵庫やコンロといった生活に便利なものが次々と開発されていく。しかし、歴史は繰り返すのか、武器も同じくして発展していくのである。
そんな『騎士』と呼ばれる兵が廃れつつある世界に存在する”ゲラート帝国”には『軍隊』がある。
いつか再びやってくるであろう戦争に備えている。という、外国に対して直接的な威光を見せる意味合いの他に、もう一つ任務を与えられている。
それは『遺物の回収と遺跡調査』
世界各地にはいつからあるのかわからない遺跡や遺物があり、発見されると軍を向かわせて『遺跡』や『遺物』を『保護』するのだ。
遺跡には理解不能な文字があり、人々の間には大昔に天空に移り住んだ人が作ったという声や、地底人が作ったなどの噂がまことしやかに流れている。
――そして、また一つ、不可解な遺跡が発見され、ゲラート帝国から軍が派遣されるところから物語は始まる。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる