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第10章 リチリア島の戦い編

第4話 妖魔帝国陸海軍指揮官同士は語り合う

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 ・・4・・
 9の月1の日
 午後11時15分
 イリス法国南部から離れた沖合・リチリア島まで東南東65キーラ
 ヴォルティック艦隊及び上陸陸軍輸送艦隊の大艦隊
 旗艦・『ラプトルスク』の甲板


 アカツキ達がいるこの戦争における主戦線は、後退した妖魔帝国軍が立てこもるブカレシタを着実に包囲し、間もなく壮絶になるだろう市街戦が始まろうとしていた頃、妖魔帝国軍が誇る一大艦隊であるヴォルティック艦隊とリチリア島上陸部隊五個師団を乗せた輸送艦隊はついにリチリア島から東六十五キーラにまで到達した。糧秣(食糧などのこと)や燃料の関係上一度本国から最も西にある港でリチリア島までの長期航海を耐えうる物資を満載して出発し、途中イリス法国海軍と海戦を繰り広げれるが圧倒的戦力差であった為に難なく勝利。多少損害は受けてしまった為損害艦は本国へ帰投したが、実質四個半艦隊程度の戦力は残せた。陸軍輸送艦隊も何隻か沈められ三千程度と少々の武器弾薬の損害で抑えられたので予定通り前進。現状に至るわけである。
 さて、そのヴォルティック艦隊であるがこれらの艦隊は最新鋭艦が多い、いわゆる皇帝レオニード肝いりの艦隊である。
 重砲重装甲の装甲戦艦クラスから装甲巡洋艦に至るまで最新鋭艦に関しては人類諸国の中でも海軍力に優れる協商連合とそれなりに戦えるものが多く、速力もこの世界の艦船としては悪くない水準にある。走攻守バランスの取れた艦隊であった。
 だが、ヴォルティック艦隊の恐るべき点はそこではない。レオニードが進めた改革により多額の予算が投入されており、今回出されたその規模は何と五個艦隊百二十隻なのである。なお、これに陸軍輸送艦隊は含まれない。法国政治首脳部のせいで足を引っ張られ、到着は十の月上旬である連合王国と協商連合の連合艦隊――ここに陸軍輸送艦隊もある――が同数五個艦隊である点を踏まえれば一国のみで五個艦隊なのだから妖魔帝国の国力が伺える。これで本国にはまだ二個艦隊が残されているのだから、人類諸国からしたら非常な脅威であるのは言うまでもないだろう。
 そのヴォルティック艦隊の旗艦、数代前の皇帝の名が冠された、連合王国の『アルネシー』と同程度の性能を持つ装甲戦艦『ラプトスルク』の甲板には艦隊提督と上陸する陸軍総司令官がいた。
 海軍提督の名は、クドロフ・クレスチンスキー。階級は大将。ヴォルティック艦隊の全てを任されている悪魔族の老齢に差し掛かっているが皇帝レオニードからこの艦隊を任される程度には信任を得ている人物だ。やや太った体型に白めの金髪が特徴と言える。
 陸軍総司令官の名は、モイスキン・ミハルコフ。こちらはクドロフ提督に比べて若く、人間の見た目で言えばまだ四十代程度。若くして皇帝からの信頼を掴み取り陸軍総司令官、大将になった男である。髪の毛は妖魔帝国人でも珍しい部類である青みがかった水色。一見温厚そうに見えるが、その性格は残忍極まりなくだからこそ皇帝から信頼されているのだろうと噂されていた。

 「連合王国や協商連合の件がありましたから身構えていましたが、法国の艦隊はあっけなかったですねえ。とても、つまらないものでしたよ」

 「……ふん。皇帝陛下直々の御命令によって造り上げられたこのヴォルティック艦隊が、人間のあの程度の艦隊に負けるわけがなかろう。若干の損害を受けたのは気骨のある者がいたからであろうからそこは評価してやらんでもないが、だがそれまでだ」

 モイスキン陸軍大将がねちっこく高めの声音で言うと、クドロフ提督は対照的な威厳を強く感じる低い声で返す。
 二人が話しているのは、今日より五日前に起きた海戦である。衝突したのは法国海軍一個艦隊と、念の為に輸送艦隊を守る護衛艦隊以外の妖魔帝国海軍三個艦隊。法国海軍艦隊は沿岸部を守る戦力以外は全力出撃だったからそれなりの戦力ではあったが、いかんせん相手が悪過ぎた。
 ヴォルティック艦隊は新鋭艦を多数揃えているのに対し、法国海軍は予算の圧迫を受けて新鋭艦は少なく旧式化した艦艇が多かった為に、妖魔帝国海軍と輸送艦隊に多少の被害を与えるのがやっとで、結局は敗北した。
 砲撃などにより戦死した者はまだ良かった。船から投げ出された生き残りは、戦争だからこそ助けられるわけもなく、かといって敵軍が制海権を握っているから搜索されることなく海の藻屑となっていった。
 第二次妖魔大戦における初の海戦は妖魔帝国側の圧勝であり、それは士気に大いに影響した。所詮は人間共。特に法国など恐るるに足らず。リチリア島もこの意気で制圧してしまえ。といった様子であった。
 しかし、クドロフ提督にせよモイスキン陸軍大将にせよ、次の目標たるリチリア島は易々とは勝てないものだと予測していた。

 「法国海軍はこれで大部分の戦力は失いましたからいいとして、問題はこの後ですねえ」

 「……うむ。皇帝陛下の諜報部隊によれば、リチリア島には連合王国に次いで危険視せねばならない陸軍二個師団が派遣されたそうだ。法国と合わせれば三個師団。現状が四万七千となったから未だに数的有利はあるが、貴様、どのように考える?」

 「私ですか? そうですねえ、数だけ見れば魔法火力に優れる我らですから捻り潰すと言えますが、気になるのは諜報からもたされた協商連合の指揮官。この人間が厄介と思っていますよお?」

 「確か、名前はフィリーネだったか。女傑らしいな」

 「ええ、ええ。面白い方ですよ。何せ、連合王国のあのアカツキと並ぶ人物らしいですから」

 「ほほう、アカツキと。皇帝陛下が『変革者』と呼んでおられたから、さしずめ第二の変革者、といったところか」

 「いえ、それが諜報が情報ダダ漏らしの連邦経由で寄越してくれた様々な情報によれば、フィリーネという人間の方が緩やかながら先に様々とやっていたらしく。年齢も女の方が半周りほど年上ですよお」

 「なるほどな……。なんにせよ、皇帝陛下のお抱えのお陰で前持って警戒すべき人物が分かったのは有難い事だ。何をしでかしてくれるかまでは分からんがね」

 「さしずめ、厄神の箱でしょうねえ。それもまた、楽しい戦争になるでしょうけど。くくくっ」

 これから巻き起こる戦争を想像して、愉快に嗤うモイスキン。ちなみに彼が言った厄神の箱とは、アカツキ達の前世でいう例えの、パンドラの箱と同意義である。

 「まったく貴様は皇帝陛下に似て戦争狂だな……」

 「いえいえ、皇帝陛下には及びませんよ」

 「そればかりかは同感であるな。しかし、我が引っかかるのは協商連合の海軍先遣艦隊であるな。姿が未だに見えん。先の法国より戦力は少ないのだから、運ぶだけ運んで逃げたのやもしれんが、気をつけておいた方がよいかもしれぬ」

 「そうしてくださいよお? 私の大切な陸軍も乗っているのですから」

 「分かっておる。して、作戦の最終確認でもしておくか?」

 「慎重であられますねえ。いえ、否定はしておりませんよ? 敵が法国だけでなく、協商連合もいますし?」

 「一言余計だ。なら、詰めておくぞ。互いに確認をしておこう」

 二人が会話を交わしたのは、これからの妖魔帝国陸海軍の予定であった。それらは以下のようになっている。

 1、上陸前に艦隊による島への艦砲射撃を行う。目的は上陸の事前段階として敵戦力に打撃を与えておき、上陸をなるべく楽にすること。重点目標は沿岸砲台及び上陸地点付近。キャターニャ市街地。東側が目標で、西側に関しては包囲してから行う。

 2、我――ここでは妖魔帝国海軍のこと――の艦隊勢力が優位であるので、敵本土と島の航路を遮断する。

 3、敵艦隊は既に壊滅したと考えられるが、敵本土南部及びその港湾部への攻撃は控える。理由は我と同数程度の協商連合及び連合王国の連合艦が推定約一ヶ月後に襲来するため艦隊決戦に温存する。

 4、艦砲射撃を三の日夕方ないし夜まで行った後、リチリア島へ陸軍は上陸。敵の援軍到着までに同島を制圧する。なお、橋頭堡等の構築の先陣には皇帝陛下直接指導の新編成師団、第一近衛海兵師団が参加。突破口を開く。

 5、作戦期間はオクトの月一の日まで。上陸日時はセプトの月四の日。

 「艦砲射撃が明日のみというのは心許ないと感じますが、これは時間が限られているからですねえ」

 「我々は長距離遠征をしている。さらに一月後には敵の襲来。艦隊決戦にも備えねばならんのだ。悪いが我慢してくれ」

 「はいはい分かっていますよお? 要は私達が敵を殲滅してしまえばいいのでしょう?」

 「そういう事だ。代わりに支援砲撃は任せておけ。許す限りはしてやる」

 「感謝しますよお、提督」

 「ふんっ。ねちねちした話し方で無ければ素直に受け取ってやるのだがな」

 「こればかりかは、癖ですからぁ」

 「理解しておる」

 一見仲が良さそうには見えないこの二人。だが、目的は同じであり皇帝レオニードの覚えも良いという共通項があるために連携はまずまずと言ったところであった。
 リチリア島沖は闇夜となった。
 間もなく、イリス法国南部の島を争って戦争が始まろうとしていた。
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