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第8章 残虐姉妹と第二攻勢開幕編

第5話 現れたチャイカ姉妹

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・・5・・
3の月4の日
午後8時45分
ノイシュランデ市旧市街地

 「やっぱりあのうざったい雷属性魔法音は、異常事態を知らせやがったものみたいねえ」

 「そうね姉様。きっと警戒態勢が敷かれてしまっているのだわ。だって、結構大きな街なのに庶民はいないし静まり返ってる。さっきからウロウロしてるのは軍人ばかりだもの」

 戒厳令により市民の外出禁止令が布告され夜九時前とはいえ普段なら賑わっているノイシュランデ市旧市街地は静寂に包まれていた。外にいるのは軍人のみで、全員が険しい面持ちで警備にあたっている。
 その中で二人の軍人の格好をした女性が隠密行動で発見されないようにと細い路地から路地へと渡り歩いている。茶髪から暗めの金髪に変わっているのは変装しているチャイカ姉妹。軍用コートはソコラウ近郊における戦闘で血飛沫が付いてしまったので道中の駐屯地から盗み着替えていた。
 途中に休憩を挟んだ他に、戒厳令によって思いの外移動に手間取った彼女らはエイジスの予測より遅くノイシュランデに到達。今や中心市街地にまで侵入していた。
 チャイカ姉妹の目標地点は通常破壊工作などにおいて優先的に狙われる第五師団司令部ではなくノースロード本邸。アカツキの予測通り二人は屋敷から一キーラまで接近していた。

 「それにしてもやっぱり人間は低脳だわ。いくら私達が魔力を極力抑えて行動しているとはいえだぁれも見つけられないんだもの」

 「変装が完璧だからよ姉様。見つかったとしても適当にはぐらかせばどうとでもなるわ。途中、勘のいい人間のせいで見つかっちゃったけれどもあれは偶然だったみたいだもの」

 「しかもその人間は雑魚もいいところ。所詮敵じゃないわね」

 「ええ、ええ。だからさっさと屋敷に向かいましょう。そして、アカツキのいい鳴き声を聞くのだわ。きひひひ」

 旧市街地は新市街地と違い入り組んだ細い道が多い。隠れての行動にはうってつけの地形だった。
 独断専行が目立つチャイカ姉妹とはいえ、所属している部隊だけあって潜入は得意である。その結果があっという間にノースロードの屋敷まで着いたという成果として現れている。

 「ここがあいつのいる屋敷ね。正門には一個分隊の五人。屋敷周囲は十人って所かしら。ちょっと警備が薄い気がするわねえ」

 ラケルは相手に勘づかれないように探知魔法は使わず屋敷の周囲を回って観察をしたところ、彼女の予測に反してこの場所の警備人数は少なかった。自分達がやってくる可能性が高いにも関わらずこの警備兵の少なさはいかがなものかと思いつつも好都合だとほくそ笑む。もしかしたら王都に向かうと思われているのではないかともラケルは心中で思っていた。

 「姉様、これなら簡単に入れそうね」

 「そうね、レーラ。ささっと侵入してしまいましょうか」

 ノースロード家の屋敷を囲む塀は大して高さは無く、彼女等の身体能力を持ってすれば容易く侵入出来た。さらに、途中で兵士の会話も耳に入れる。

 「既にアカツキ少将閣下の親族方は王都に到着されただろうな」

 「今頃王都の別邸に着かれているだろうが、気が気じゃないだろう。何せアカツキ少将閣下とリイナ大佐はここに留まっているんだからな」

 「勇気のあるお方達だよな。絶対にお守りしなければ」

 「馬鹿言え。俺らが出くわしたら即死確定だぞ。発見しても即後退でお知らせするのが仕事だろう」

 兵士達の話を聞いてラケルは口角を曲げる。アカツキの親族こそ王都に逃げられてしまったが、アカツキとリイナはここノイシュランデにいるからだ。しかも、どうやら第五師団司令部ではなくこの屋敷にいるらしい。本来この屋敷を襲うのは彼の両親を襲うつもりだったのだが、ここにアカツキとリイナが纏めているのならば、自分達からしたら好都合というわけだ。

 「ちょっと危機意識が薄い気がしないでもないけれども、人間だものね」

 「いい情報を得たわね、姉様」

 チャイカ姉妹は闇夜に紛れて屋敷の庭から邸宅まで辿り着く。目の前の部屋は無人で、ラケルは微弱な風魔法でガラス窓を小さく切断。鍵を開けて難無く屋敷内部へ侵入した。
 二人が入った部屋はどうやら談話室らしく、調度品が程々に置かれておりソファは座り心地が良さそうだった。

 「貴族って本当にいいご身分よね。イライラしちゃうわ」

 「まったくね姉様。こんなに豪勢な部屋がどうせいくつもあるんだから」

 二人はアカツキ達の暮らしぶりに悪態をつきながら、外の音を確認してそっとドアを開ける。広めの廊下には誰もいなかった。どうやら内部の警戒態勢は思いの外ザルのようだ。

 「さてさて、一体どこにアカツキ達はいるのかしら」

 「姉様、手っ取り早く中にいる人間から聞いちゃうのもいいかもしれないわよ」

 「それもいいけれど、叫び声を上げられても面倒だわ。アレを召喚しましょう」

 ラケルは言うと、呪文を唱える。現れたのは小さな黒い蝶だった。召喚術も使用可能なラケルはこのように潜入向けの生物も使役出来る。彼女はさらに黒蝶へ視認阻害の魔法もかけると行ってきなさいと送り出した。
 黒蝶はヒラヒラと舞い始め、探索を始める。
 召喚された動物とは視覚だけでなく聴覚も共有可能――どんな生物だろうとまるで人間のような視覚聴覚で見られる聴けるというのが召喚術の特徴である。しかも聴覚視覚に優れる生物ならそれに準拠した形で共有されるのだ。――な為、ラケルは慣れた様子で黒蝶を動かしていた。破壊工作や人殺し大好きなチャイカ姉妹とはいえ、姉の方は妹に比べれば慎重な性格である。状況が状況だけに兵士の巡回を上手く交わしながら召喚動物を使って偵察をしていく。
 すると、一度曲がった先で兵士の話し声が聞こえた。ラケルはしめしめと思いながら黒蝶の動きを止めて死角になるような場所で聞くことにする。

 「魔人の姉妹、随分と遅いですね……。一度アカツキ少将閣下にお知らせしますか?」

 「そうだな……。リイナ大佐にどうするかお聞きしよう」

 どうやら彼らが立っている前の部屋にはリイナがいるらしい。一人が中に入ると少しの間静寂が生じ、要件を終えたのか出てきた。

 「アカツキ少将閣下に伝えてくれだそうだ。お前も付いてこい」

 「え、ここの警備はいいんですか?」

 「リイナ大佐曰く、単独行動は危険だからだそうだ。確かに俺らじゃ巻き込まれたら反撃叶わず死にそうだものな」

 「悔しいですがその通りですね。アカツキ少将閣下には最低でも二人一組行動は厳守するよう言われてますし」

 「そういう事だ。さっさと行くぞ」

 「了解です」

 二人はそう言うと、廊下の奥へと消えていった。代替にこの部屋を守る兵士を置かずにだ。本来であれば不用心極まりないが、二人の言うように彼等とチャイカ姉妹の実力差は明白。行動理論としては間違いない。
 しかし、ラケルは違和感を抱く。アカツキはあの部屋にいないもののリイナはいるのだ。だというのに、無人にした。もしかしたら部屋の中に護衛がいるのかもしれないがだとしても少しおかしい気がする。
 もしかして、誘引されているのではないかと。
 しかし、ラケルは慢心していた。どうせ相手はAランク程度のリイナだ。負ける相手ではない。それに彼女だけならアカツキもいるより殺すのはずっと難易度が低くなる。
 そう考えていた所にレーラがこんな事を言い始めた。

 「ねえ、姉様。早く行きましょうよ。アイツらを殺したくて体がウズウスしているの。早く早くぅ」

 「そうねえ……。偵察してみたらどうやら部屋にはリイナしかいないらしいし今なら見張りもいないわ。さっくり終わらせてしまいましょうかぁ」

 「リイナだけなのね。それなら楽勝だわ」

 ラケルは妹に催促された為に懸念を頭から追いやり行動を開始する。彼女達が暗殺もこなすにも関わらず軽率な行動が多いのはブライフマンも懸念していたが、まさにその傾向が現れていた。
 自身達がいた部屋を出て、リイナのいる部屋と向かう。途中見張りの兵士がいたがこれも簡単に躱してものの一分程度で目標に到達した。
 さてさてどうやって殺してしまおうかしらとラケルは思案する。レーラは今からアカツキにとって大切な人であるリイナの悲鳴が聴けるのを楽しみで仕方ないといった様子で恍惚の表情を浮かべていた。
 ラケルは扉の前に着くとノックをする。すると室内からリイナの声がした。

 「誰かしら」

 「ティヒナです。アカツキ少将閣下から言伝があって来ました」

 「あらそう。入って頂戴」

 ティヒナというのは屋敷内で偵察している時に聞いた女の兵士の名前である。声も出来る限り似せて言ったからかリイナは疑わずに入室許可を与える。
 ラケルとレーラは、愚かな人間。今からこの世とおさらばすることになるのに。と内心笑いが止まらない様子で部屋に入った。
 入室すると敬礼をして部屋を観察する。そこにいたのはリイナと、隣に控えていた可愛らしい黒髪セミロングのメイドの二人だけだった。メイドは警備の兵士だと思っているのか自分達に対して礼儀正しい所作で頭を下げていた。

 「ご苦労様。奴等の出現が予想より遅くて大変でしょう?」

 「ええ。精神的に張り詰めていて、少し……」

 「ですが、これも任務ですから」

 ラケルとレーラは完璧に兵士役を演じる。リイナは労いに微笑みを向ける。

 「旦那様も気を張りっぱなしで疲れが滲み出ていたわ。それで、要件は何かしら?」

 「はっ。要件は……」

 ラケルはここまで言うと、レーラが鍵を閉めて密かに遮音の魔法を発動したタイミングで変装していた髪色を変えて正体を明かす。レーラもラケルと同様に変装を解除した。黒翼は出さなかったものの、瞳も髪色も変えて。
 ここで不意打ちすればリイナを確実に殺害出来たであろうに、愉悦に浸りたいが為に二人はこの選択をした。

 「死になさい、よぉ。ふふふふふふっ、こんばんはぁ、リイナァ」

 「法国以来ね! くひひひひっ!」

 「なっ?! チャイカ姉妹?!」

 チャイカ姉妹が正体を表すと、リイナは驚愕の顔つきに変わる。隣に控えていたメイドに至っては顔面蒼白になり、恐怖で後ずさりして座り込んでしまっていた。

 「あ、ああぁ、ああああぁ……」

 と、さぞかしチャイカ姉妹が悦びそうな恐怖に満ちた声音まで出してだ。

 「…………私を、殺しに来たのね。ラケル、レーラ……。双子の、魔人……」

 「ええそうよぉ!! 本当はアカツキの両親やジジイを殺そうと思っていけれど、ここに貴女達がいるって聞いて来たのぉ!」

 「ひひひひひっ!! もうおしまいね!! 遮音の魔法も発動したからアンタの大切な人には伝わらないわぁ!」

 「ちっ……」

 愉悦の極みに至りながら言い放つチャイカ姉妹に、リイナは進退が窮まった様子で舌打ちをする。
 自分だけなら戦えるだろうが、不幸な事に隣には非戦闘員たるメイドがいる。巻き込まれたら死は免れないだろう。
 そう考えたリイナは隣のメイドにこう言った。

 「アカネ。あなたは逃げなさい。アイツらの目標は私だから」

 「ひ、で、でも奥方様は……」

 「いいから。チャイカ姉妹、それくらいは許してくれるでしょう?」

 「いいわよぉ。魔法の使えない人間なんて興味無いしぃ、すぐ壊れちゃいそうだからぁ……」

 「遮音魔法は扉を開けても室内の声は聞こえないもの。それに、そこのメイドがアカツキを呼んでくれればアイツも殺せるし。ひひひひっ!」

 「とことん舐めてかかられているわね……。でもアカネが助かるならいいわ。早く行きなさい……」

 「は、はひぃ……」

 恐慌状態に陥っているアカネと呼ばれたメイドは立つのがやっとという状態であったがなんとか歩き出し、ラケルの隣を通り過ぎる。
 かと思われた。

 「死を持って罪を償え、ラケル」

 「えっ」

 刹那。メイドはよたよたと歩いていたと思いきや目にも留まらぬ早さでロングスカートの中からツインダガーを手に取るとエックス状にラケルを一刀両断。

 「悪魔の命を穿て、ツインリル」

 メイドがツインダガーに付与していたのは風魔法の風斬。
 魔法障壁も無く生身のまま斬撃を受けたラケルは斬り口から大量出血。ひとたまりもなく、その場に倒れた。
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