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第7章一冬(ひとふゆ)の戦間期と祝福の結婚披露宴編
第7話 協商連合国防大臣との問答1
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・・7・・
「ロンドリウム協商連合と協商連合軍について、ですか」
エリアス国防大臣の質問は大雑把なものであり、相手がその国の閣僚だけになかなかに答えづらいものだった。だから僕は思考を張り巡らせる時間稼ぎの為に少しゆっくりめに返す。
「うん。我が国と我が軍だねえ。まずリイナ中佐。我が国の現状をどう捉えているかな?」
「そうですわね……」
最初に問いを投げかけられたのはリイナだった。彼女は少しの間思案する素振りを見せると。
「常識的に答えるのであれば、連邦に比べればずっといいですが共和国よりは農業が盛んではない国ですわね。しかし西の大洋の海流のお陰で冬も比較的温暖。その恩恵を受けておりますから、農業はしっかりと成り立っておりますの。それよりも注目すべきは、協商連合も我が国とほぼ同時期に産業革命を果たして工業に力を注いでいる点ですわ。国力で常に我が国と追いつけ追い越せを繰り返しておりますから」
「素晴らしい、模範的回答だねえ。これが講義ならば完璧さあ。じゃあ、国力において常にキミ達の国と競い合っている我が国。決定的な違いは何かな?」
「……植民地保有の有無、ですわ。正確に言えば連合王国も南方大陸において一部利権はありますけれど、植民地はありません。対して協商連合は妖魔帝国のいない南方大陸に数々の植民地があります。よって経済の仕組みは私達連合王国は国内中心。協商連合は国内だけでなく植民地も含めて経済が回っておりますの」
「大変よろしいねえ。その通りだよ。我が国は昔から海軍国家。だから第一次妖魔大戦が休戦という形になってから百年後くらいから共和国、今やだいぶん勢力を落としたポルトイン王国と競うように植民地を増やしていった歴史があるからね。そして今や、植民地競走においては我が国が一番で、次が共和国というところかなあ」
歴史はどこでも似たような轍を踏むというけれど、この世界でも同じだ。第一次妖魔大戦で多大な損害を受けた連合王国・連邦・法国と違って、西側三カ国は国力も戦力も残っていた――派兵はしているけれど、国土は蹂躙されていないから――この国達は早めに立ち直り、状況が落ち着くにつれて膨張思考を持つようになった。その結果が、かなりの地域が年中夏の南方大陸への進出だ。
初期は妖魔帝国の勢力図がどこまで伸びているか分からなかっただけにかなり慎重に、しかし大胆に探索などを行った。
長年かかった調査の結果は妖魔帝国はいない。それが分かったのが九十五年前だ。脅威がいないとなれば、西方三カ国は勢力を伸ばしていった。
こうなると戦争が勃発する可能性が高いんだけど、いかんせん東に戦争を吹っかけてきた妖魔帝国が控えている以上国力を消耗しまくるような戦争にまでは発展せず、植民地で小競り合いが発生したり、その度に会議だとかでどこそこは自分の植民地だという風に決定された。
さて、この歴史を振り返ると僕は前世であった植民地獲得競走の決定的差異に気付く。
一つ目は妖魔帝国がいる故に国内の軍などを温存せざるを得ず過剰に獲得競走に走れない点。二つ目は一つ目に関係していて、三カ国共に自国領土面積を越えるような植民地獲得にまでは至っていない点だ。なので三カ国の植民地は広い南方大陸の北部に偏っている。もっともポルトイン王国は近年の財政難でせっかく得た植民地を売却するハメになっているけれど。
というわけで南方大陸は未だ北部から南の南中部は手付かず。探検が続いて、その護衛に傭兵組合が未だに活発――戦争が始まってからはそれどころじゃないとすっかり行われなくなったけれど――なのも頷ける。
「質問を続けよう。リイナ中佐、植民地に関連して君達に無くて私達の国にあるものと言えばなんだい? 君にしてもアカツキ准将にしても、心象があまり良くないかもしれないけれどねえ」
「奴隷、の事ですわね」
「正解だねえ。かつてあったようなのじゃなくて正確には労働力としての奴隷かな。衣食住の保証はさせているし、買い手には奴隷は安価な働き手だから過度の暴力は法律で禁止されてる。奴隷を取った初期の頃にやり過ぎで問題になったからね。とはいえ、中には酷い事してるのもいるらしいけど、取り締まろうにもいたちごっこなんだよねえ。ここ数年でかなり良くはなったけれどさあ。――さて、アカツキ准将へ回答者を変えようか。キミは奴隷をどう思う? 連合王国は優しい王様が続く幸福な国で、それもあって奴隷制度を持っていないけれど」
奴隷といえば前世でもかつて存在していたし、差別の温床にもなっていた。この世界でも存在するんだけど、これもまた前世と事情が違ってややこしく一から勉強し直さないといけなかった。
原因は奴隷契約の際に用いる魔道具、隷属の首輪。つまりは魔法の存在だ。本来は犯罪人等が抵抗しない為のものなんだけど、これを使おうとしたらしい。
しかし植民地統治後の初期の内に早くも問題が起きる。数が足らなかったんだ。
そもそも犯罪者用に作られたそれは数量があんまりない上にすぐに増産出来るものでもない。
結果、絶対数の少ない罪を犯して奴隷落ちパターンの犯罪奴隷には隷属の首輪を。人身売買の結果などその他の事例では魔法での契約による奴隷印という形に落ち着いた。それが今現在の状態だ。
ちなみに過度な暴力などが法律で禁じられているというのは割と近年になってからの話だ。理由は奴隷印の拘束魔法は魔導具のそれより効力が弱いのと契約者が殺されれば解除されるという特性がある点。共和国があんまりにも奴隷主が暴力を振るったところ一度ある地域で反乱が起きかけてあわや経済的に大惨事になるところだったとか。
この時点で苛烈なやり方は良くないと気付いたらしく、犯罪奴隷を除いて最低限衣食住の保証と過度な暴力禁止が定められたとか。だからって根本的な解決にならず、たまに奴隷解放運動も起きているけどね。
その、なんというか、この世界の奴隷の歴史はかなり駆け足すぎる気がする……。
と、このような流れを転生したから学んだ前世の知識もある僕だけど、エリアス国防大臣にこう言った。
「人身売買は未だにありますが、確かに奴隷はありません。思うところがないと言えば嘘になりますが、私は奴隷についてとやかく言える立場ではありません。そもそも内政干渉になります」
「意外だね。かつては差別もあったエルフやドワーフ等と手を合わせて戦争を乗り越えた連合王国だからこそこの手の話は敏感で、奴隷制への反対なんて意見もあるけれど」
「権利の問題等からの視点でしょう。ある意味では正論であると思います」
「ふうん。私はてっきり、君は反対するかと思っていたよ。言える立場にないというのはその通りではあるけれど、思うところがあるんじゃないの? その思うところとはなにかい?」
「奴隷制度はいつか終わりを迎える。でしょうか」
「奴隷制度が終わる? 興味深い話だねえ。なんでだい?」
「第一次妖魔大戦の復興が落ち着いてからは学者が市民の権利を提唱する時代になりました。共和国等は腐敗した政治で共和制に移行した程です。その共和国は政治体制移行の際早々にかつ大胆に奴隷を廃止しました。市民の平等を謳っている以上廃止せざるを得ないからでしょう。実態は差別が残っているそうですけどね。なお、我が国は幸いにして名君が続いておりますから王政でありますが、それでも他国の様子を見つつ段階的に市民の権利は大きくなっています。限定的な選挙権付与と庶民も議員になっている点がその典型でしょうか。このように共和国の例と、我が国でも人権意識が高まっている程です。かつてより大幅な改善があるとはいえ奴隷制度が形として残っているのは協商連合のみ。他国の流れも鑑みると、協商連合でもじきに奴隷制度は差別こそ残るかもしれませんが無くなるのではないかと」
「大学の講義を受けているか、もしくはまるでアカツキ准将が見てきたみたいな語りぶりだねえ。面白い話を聞いたよ」
「失礼がありましたら申し訳ございません」
前世で歴史を知っているとは言えないから、適当に僕はお茶を濁して言う。エリアス国防大臣はとんでもないよと返しながら続けて。
「いやいやー、興味のそそられるお話をありがとう」
「ちなみに、思うところがあるのは何も感情面や人権面の話だけではありありません」
「へえ? まだあるのかい?」
「これはあくまで極論なので頭の片隅程度にしてください」
「分かったよ。で、どんな内容だい?」
「妖魔帝国の工作員による、奴隷達のどれだけかが持つ不満を焚き付けて行う内乱工作です」
「ロンドリウム協商連合と協商連合軍について、ですか」
エリアス国防大臣の質問は大雑把なものであり、相手がその国の閣僚だけになかなかに答えづらいものだった。だから僕は思考を張り巡らせる時間稼ぎの為に少しゆっくりめに返す。
「うん。我が国と我が軍だねえ。まずリイナ中佐。我が国の現状をどう捉えているかな?」
「そうですわね……」
最初に問いを投げかけられたのはリイナだった。彼女は少しの間思案する素振りを見せると。
「常識的に答えるのであれば、連邦に比べればずっといいですが共和国よりは農業が盛んではない国ですわね。しかし西の大洋の海流のお陰で冬も比較的温暖。その恩恵を受けておりますから、農業はしっかりと成り立っておりますの。それよりも注目すべきは、協商連合も我が国とほぼ同時期に産業革命を果たして工業に力を注いでいる点ですわ。国力で常に我が国と追いつけ追い越せを繰り返しておりますから」
「素晴らしい、模範的回答だねえ。これが講義ならば完璧さあ。じゃあ、国力において常にキミ達の国と競い合っている我が国。決定的な違いは何かな?」
「……植民地保有の有無、ですわ。正確に言えば連合王国も南方大陸において一部利権はありますけれど、植民地はありません。対して協商連合は妖魔帝国のいない南方大陸に数々の植民地があります。よって経済の仕組みは私達連合王国は国内中心。協商連合は国内だけでなく植民地も含めて経済が回っておりますの」
「大変よろしいねえ。その通りだよ。我が国は昔から海軍国家。だから第一次妖魔大戦が休戦という形になってから百年後くらいから共和国、今やだいぶん勢力を落としたポルトイン王国と競うように植民地を増やしていった歴史があるからね。そして今や、植民地競走においては我が国が一番で、次が共和国というところかなあ」
歴史はどこでも似たような轍を踏むというけれど、この世界でも同じだ。第一次妖魔大戦で多大な損害を受けた連合王国・連邦・法国と違って、西側三カ国は国力も戦力も残っていた――派兵はしているけれど、国土は蹂躙されていないから――この国達は早めに立ち直り、状況が落ち着くにつれて膨張思考を持つようになった。その結果が、かなりの地域が年中夏の南方大陸への進出だ。
初期は妖魔帝国の勢力図がどこまで伸びているか分からなかっただけにかなり慎重に、しかし大胆に探索などを行った。
長年かかった調査の結果は妖魔帝国はいない。それが分かったのが九十五年前だ。脅威がいないとなれば、西方三カ国は勢力を伸ばしていった。
こうなると戦争が勃発する可能性が高いんだけど、いかんせん東に戦争を吹っかけてきた妖魔帝国が控えている以上国力を消耗しまくるような戦争にまでは発展せず、植民地で小競り合いが発生したり、その度に会議だとかでどこそこは自分の植民地だという風に決定された。
さて、この歴史を振り返ると僕は前世であった植民地獲得競走の決定的差異に気付く。
一つ目は妖魔帝国がいる故に国内の軍などを温存せざるを得ず過剰に獲得競走に走れない点。二つ目は一つ目に関係していて、三カ国共に自国領土面積を越えるような植民地獲得にまでは至っていない点だ。なので三カ国の植民地は広い南方大陸の北部に偏っている。もっともポルトイン王国は近年の財政難でせっかく得た植民地を売却するハメになっているけれど。
というわけで南方大陸は未だ北部から南の南中部は手付かず。探検が続いて、その護衛に傭兵組合が未だに活発――戦争が始まってからはそれどころじゃないとすっかり行われなくなったけれど――なのも頷ける。
「質問を続けよう。リイナ中佐、植民地に関連して君達に無くて私達の国にあるものと言えばなんだい? 君にしてもアカツキ准将にしても、心象があまり良くないかもしれないけれどねえ」
「奴隷、の事ですわね」
「正解だねえ。かつてあったようなのじゃなくて正確には労働力としての奴隷かな。衣食住の保証はさせているし、買い手には奴隷は安価な働き手だから過度の暴力は法律で禁止されてる。奴隷を取った初期の頃にやり過ぎで問題になったからね。とはいえ、中には酷い事してるのもいるらしいけど、取り締まろうにもいたちごっこなんだよねえ。ここ数年でかなり良くはなったけれどさあ。――さて、アカツキ准将へ回答者を変えようか。キミは奴隷をどう思う? 連合王国は優しい王様が続く幸福な国で、それもあって奴隷制度を持っていないけれど」
奴隷といえば前世でもかつて存在していたし、差別の温床にもなっていた。この世界でも存在するんだけど、これもまた前世と事情が違ってややこしく一から勉強し直さないといけなかった。
原因は奴隷契約の際に用いる魔道具、隷属の首輪。つまりは魔法の存在だ。本来は犯罪人等が抵抗しない為のものなんだけど、これを使おうとしたらしい。
しかし植民地統治後の初期の内に早くも問題が起きる。数が足らなかったんだ。
そもそも犯罪者用に作られたそれは数量があんまりない上にすぐに増産出来るものでもない。
結果、絶対数の少ない罪を犯して奴隷落ちパターンの犯罪奴隷には隷属の首輪を。人身売買の結果などその他の事例では魔法での契約による奴隷印という形に落ち着いた。それが今現在の状態だ。
ちなみに過度な暴力などが法律で禁じられているというのは割と近年になってからの話だ。理由は奴隷印の拘束魔法は魔導具のそれより効力が弱いのと契約者が殺されれば解除されるという特性がある点。共和国があんまりにも奴隷主が暴力を振るったところ一度ある地域で反乱が起きかけてあわや経済的に大惨事になるところだったとか。
この時点で苛烈なやり方は良くないと気付いたらしく、犯罪奴隷を除いて最低限衣食住の保証と過度な暴力禁止が定められたとか。だからって根本的な解決にならず、たまに奴隷解放運動も起きているけどね。
その、なんというか、この世界の奴隷の歴史はかなり駆け足すぎる気がする……。
と、このような流れを転生したから学んだ前世の知識もある僕だけど、エリアス国防大臣にこう言った。
「人身売買は未だにありますが、確かに奴隷はありません。思うところがないと言えば嘘になりますが、私は奴隷についてとやかく言える立場ではありません。そもそも内政干渉になります」
「意外だね。かつては差別もあったエルフやドワーフ等と手を合わせて戦争を乗り越えた連合王国だからこそこの手の話は敏感で、奴隷制への反対なんて意見もあるけれど」
「権利の問題等からの視点でしょう。ある意味では正論であると思います」
「ふうん。私はてっきり、君は反対するかと思っていたよ。言える立場にないというのはその通りではあるけれど、思うところがあるんじゃないの? その思うところとはなにかい?」
「奴隷制度はいつか終わりを迎える。でしょうか」
「奴隷制度が終わる? 興味深い話だねえ。なんでだい?」
「第一次妖魔大戦の復興が落ち着いてからは学者が市民の権利を提唱する時代になりました。共和国等は腐敗した政治で共和制に移行した程です。その共和国は政治体制移行の際早々にかつ大胆に奴隷を廃止しました。市民の平等を謳っている以上廃止せざるを得ないからでしょう。実態は差別が残っているそうですけどね。なお、我が国は幸いにして名君が続いておりますから王政でありますが、それでも他国の様子を見つつ段階的に市民の権利は大きくなっています。限定的な選挙権付与と庶民も議員になっている点がその典型でしょうか。このように共和国の例と、我が国でも人権意識が高まっている程です。かつてより大幅な改善があるとはいえ奴隷制度が形として残っているのは協商連合のみ。他国の流れも鑑みると、協商連合でもじきに奴隷制度は差別こそ残るかもしれませんが無くなるのではないかと」
「大学の講義を受けているか、もしくはまるでアカツキ准将が見てきたみたいな語りぶりだねえ。面白い話を聞いたよ」
「失礼がありましたら申し訳ございません」
前世で歴史を知っているとは言えないから、適当に僕はお茶を濁して言う。エリアス国防大臣はとんでもないよと返しながら続けて。
「いやいやー、興味のそそられるお話をありがとう」
「ちなみに、思うところがあるのは何も感情面や人権面の話だけではありありません」
「へえ? まだあるのかい?」
「これはあくまで極論なので頭の片隅程度にしてください」
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