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第7章一冬(ひとふゆ)の戦間期と祝福の結婚披露宴編

第2話 アカツキ達が話す戦争の現状と展望に国王陛下は

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・・2・・
 「ほう? 長期戦については第一次妖魔大戦の記録に基づいてマーチスなども言うておったが、お主はさらに泥沼と化すと申すか」

 「はい、陛下。さらに踏み込んで言うのであれば、我々が経験した事の無い苛烈な戦争になる可能性すらもあります」

 「経験した事の無い苛烈な戦争ともな。改革と戦争の功労者であるそちの事だ。明確な根拠があるのであろう?」

 「はっ。何点かあります」

 「良い。全て述べよ」

 「畏まりました」

 陛下は鷹のように鋭い瞳で僕を見つめて言う。
 あの話を聞いてまだ日も浅いけれど、この半月程で自分なりに纏めたこれからの戦争の予測を述べていく。

 「第一次妖魔大戦が発生したのは二百五十年前。当時は剣と魔法が中心で、火器についてはマスケット銃と破壊力に乏しい大砲程度なのは陛下もご存知かと思います」

 「で、あるな。特にこの百年における銃や大砲の進歩は著しい。平和な世界であったが、己が国が最も優れていると見せつけられる分野じゃ。技術競争の形で威力も発射速度も段違いになった」

 「その通りにございます。となれば、妖魔帝国も技術は進化しておりましょう。ジトゥーミラの戦いでは敵軍の魔法銃を鹵獲致しました。捕虜が旧式と言っていたそれは、我々にとっての旧式と同じでした。しかし、粛清対象者ですら多数所有していた点から我が軍に比べて魔法銃の配備は進んでいるかと思われます。捕虜曰く、科学より魔法の研究が進んでいる国らしいので当然の結果ではありますが」

 「むう……。魔法銃は小さな野砲と余は聞き及んでおる。それらが大量にあるとなれば由々しき問題ぞ……」

 「はい。ですがそれだけではありません。魔法についても我が国はこの二百余年で研究が進んでいます。魔法の研究に熱心と思われる妖魔帝国です。この点についても大いなる懸念と言えるでしょう」

 「魔法は近年こそ画期的な発表は無いが、着実に研究はされておる。それが我が国より魔法能力者が非常に多い妖魔共でも同様となれば、不味いのう……」

 「ええ。今までは民族浄化対象として肉壁にされている魔物中心ですが、今後もそればかりとは限りません。捕虜が言うには妖魔軍の平時軍編成は我が軍の五倍、約百八十師団だそうです。もしこれらが大挙して押し寄せたら……」

 「言うまでもない、の……。圧倒的勝利とはいかなくなる。犠牲者は今より増えるな……」

 「妖魔軍が近代化していればしているほど、確実に増えます。一度の戦いで死傷者は数万単位、これらが当たり前のように起きる可能性すらも」

 「なっ……」

 僕のこの発言に陛下は言葉を失う。宮内大臣も顔を青ざめていたし、この話を既にしている隣にいるリイナですら表情が強ばっていた。
 だけど、起こりうる現実だ。前世の歴史を紐解けば日露戦争が最たる例だろう。旅順攻略戦では死傷者は約六万、奉天でも約七万四千発生している。この世界はまだ日露戦争の頃程は兵器類は発展していないから比較するにはズレがあるけれど、決して大袈裟な話ではないはずだ。なぜなら、この世界には魔法もあるんだから。

 「陛下、我々が勝利した時の妖魔軍の損害を思い出してください。ルブリフでは文字通りの殲滅で約九万。ジトゥーミラでも捕虜を含めれば約十一万です」

 「じゃが、それは我が軍が圧倒的であったからこそ起きた数字であろう……?」

 「無論です。今の表現は過剰でありましたが、兵器の質が拮抗し数が相手の方が上回るとなれば我が軍の死傷者が数万に至るのは何ら不思議ではありません。長期戦となればこれが連続します。当然、そうならない為に作戦を立案する参謀本部でありますが」

 「最早悪夢ぞ……。連合王国軍は現状四十一個師団。そのような状況が続けば……」

 「戦いが続けば続くほどに、死体の山は築かれてしまうでしょう。従来の戦争計画である短期決戦ならば犠牲は少なく済みますが、残念ながら妖魔帝国の皇帝は戦争狂です。そして、戦争は形を変えつつあります。死人も怪我人も、先の大戦とは比較にならないペースで跳ね上がるでしょう」

 「…………実はの、余も薄々は感じておった。ジトゥーミラ・レポートにあるように妖魔の皇帝は強行的に改革を進めて近代化を果たしておると。ならば、想像を絶する戦争になるであろうとな……」

 「本国帰還の途上、国内の貴族や軍人等の話も聞きましたが既に現場組と危機感の抱き方に差があると思いました。これまでに圧倒的勝利を重ねたから致し方ありませんが、この戦争は前と違って楽に勝てるのではと楽観視する声すら聞きました。しかし、現実は甘くありません」

 「であるだろうの……。リイナよ、そちはアカツキと最も長く接しており本件においても互いに意見を交わしておろう? お主はどう考えておるか」

 「旦那様でもあるアカツキ准将と概ね同意です、陛下。妖魔軍が今までと違い本格的な近代化戦力を大量に投入した場合、自ずと我々が不利になります。しばらくの内は対処可能でしょうが、犠牲者が増え消耗が限界に達した時、考えたくもありませんが我が軍の戦線が瓦解することも否定はしきれません」

 国王陛下が聡明なお方で本当に良かったと思う。勝利が続いている現在において、最悪の事態も想定しているからだ。もしこれが暗君ならそうはいかない。こんな話をする機会すら無かっただろうね……。

 「そうか……。エイジスはどうじゃ? そちは人間の知識蓄積と変わらぬ自動学習機能とやらがあろ? 主と共にいて何か考える所はあるか?」

 「予測。現状連合王国軍の勝利の要因は絶対的な兵と兵器の質の優勢によるもの。数に劣る軍においては質こそが勝利の要であり、これが失われば戦争における死傷者の増加は必須。兵器は生産開発を進めれば解決しますが、兵の質は兵器の質とは決定的な差があり。失ったら回復は長時間必要であり困難。精鋭を失えば失うだけ質の優位は失われ、最終的に大敗北すら可能性大。大敗北は即ち戦線の後退及び連合王国への妖魔軍侵入を許す事となります」

 「私は戦争の素人です。しかし、しかし勝利している今三人が語る内容はとても信じられませぬ……。確かに、ジトゥーミラ・レポートは衝撃的ではありましたが……」

 「じゃが宮内大臣。アカツキ達はこう申しておる。理論としても正確じゃ。妖魔の皇帝が戦争を遊戯として楽しむような愚か者であれば、彼奴きゃつが音を上げぬ限り戦争は続く。であるのならば、まさにアカツキが言うような泥沼であるぞ。余達人類諸国か妖魔帝国のどちらかが限界を迎えるまで繰り広げられる戦争。負ければ待つのは暗黒の未来ぞ……」

 「極力被害を抑えながら敵を屈させ無ければならない訳でありますか……。そうなると、問題は国民の命だけではありませんね……」

 流石は宮内大臣。僕が言う前に話を聞いていて懸案事項が軍だけではないと気付いたようだった。

 「やはり宮内大臣はお気付きになられましたか」

 「あ、ああ……。戦争とは切っても切れない、財政の問題だ。陛下にお見せする前に私が文書を読んでいるから知っている」

 「財政……。ぬう、予算の事であるな……。現在は戦時経済に移行しておるが、これも長く続くと……」

 「はい。陛下が憂いておられるように、私にとっても財政面の問題は放置出来ないと考えます。数字に関しては私よりリイナの方が強いので、リイナ、お願い」

 「分かったわ。――陛下。開戦から来月で半年を迎えますが、戦費はどれほどになっているかご存知でしょうか?」

 「想定より多いのは余も知っておるが、鉄の暴風作戦分まで含めたものまではまだ目にしておらぬ。よもやジトゥーミラだけで……」

 「編成した一年分の予算の六十五パルセントを使いました。ルブリフと法国遠征も含めれば九十一パルセントです」

 「財務大臣がいつにも増して疲労を顔に浮かべておったのはそういうことであったか……。つまり、わずか四ヶ月で年間戦費をほぼ使い切り、鉄の暴風作戦のみでおよそ半年以上分を消費することになったと……?」

 陛下が重苦しい面持ちで述べると、リイナは静かに頷く。話の先が見えてきたからなのか、陛下は片手で頭を抱えた。

 「鉄の暴風作戦において出納にも目を通していましたので、大まかに計算した所そのような数字が出ました。後日、陛下が目を通される報告書もおよそ今の数値になるかと思われます」

 「なんということか……。リイナの発言によれば、想定の三倍の早さで予算が使われるなどと……」

 「エルフォード陛下。原因は他国に比べて我が国の軍が使用する兵器が優れているからなのです」

 「アカツキ、優れているのは良いことではないか。……いや、良いが、そうか……」

 「はい。我が軍の歩兵が装備するD1836と、砲兵隊が運用している野砲MC1835は分速あたりの投射火力が他国のそれらを凌駕しています。連邦や協商連合でも類似した性能の兵器は配備されておりますが、この二国は未だ充足の途上。対して我が国は鉄の暴風作戦に投入した戦力の全てが今述べた兵器です。よって、他国に比して我が軍で消費する弾薬類は桁違いになるのです。予算編成の財務省と軍での思考の違いにより起きてしまったのでしょう。ただし補足として、ジトゥーミラでは我が国のみで戦う予測外の事態があり軍としても想定以上の消費があったのは事実ですが」

 「ううむ……。じゃが、かといって兵の命は変え難い。予算が為に弾薬を節約するような愚行を余はしたいと思わぬぞ。幸い余が今の地位になって以降は景気が良い。必要な建築はともかくとして一日しか使わぬような別荘の建築もしておらぬ。故に国庫には長期戦に備えうる資金も貯蓄されておるし、戦時国債も発行しておる。これだけあれば戦えるであろうて?」

 「陛下の仰る通り、我が国は戦えます。あくまで私が資料を閲覧した際に弾き出した簡易的な見積もりであれば、国庫を払底したとして五年でしょうか」

 「アカツキの今の話であれば我が国はなんとかなると? 確かに長期戦とはいえ、我等が勝利すれば賠償金を得て元は取れるであろうな」

 「それも妖魔帝国が支払えればの話ですが、まだ見えない勝利から見積もるのは危険かと。それよりも、問題は他国でしょう。特に法国あたりは長期戦に耐えうる財政であるとは思えません。我が国にしても、独力で戦い続けるには限界があります」

 「では、お主はどうするつもりなのじゃ? まだ帰還から日が浅い故に論が固まっておらずとも良い。述べよ」

 「法国が同盟条項を活用してきたように、我が国も早期に同盟条項を適用し既に参戦済みの連邦を除く他国にも参戦を促します。例えば、協商連合」

 「ほう、協商連合であるか」

 ロンドリウム協商連合は鉄の暴風作戦において魔法無線装置の有償譲渡や無償貸与で支援してくれた国家で、連合王国とは友好な関係にある。
 軍としても魔法能力者こそ連合王国軍より人数は少ない全体の十五パルセントだが陸軍は連合王国に次いで優秀な装備を保有していて、D1836やMC1835とほぼ同水準の兵器が普及もしつつあるくらいだ。A号改革発表によってあの国も装備更新を推進。三年後には完全に切り替えするらしい。
 海軍に関しては連合王国海軍より強力で外征艦隊も含めればなんと連合王国海軍の二倍である四個艦隊を保有している。共に戦う相手としては申し分ないだろう。同盟条項を適用して直接参戦を要請するにはぴったりな国なんだよね。

 「かの国は南方植民地を所有している点から法国が侵略されてほしくないと思っています。法国の港を取られると自ずと南方大陸も危うくなりますので。また、協商連合と我が国は早くから産業革命に踏み出した者同士で貿易が活発です。商売や利権に目ざといあの国に、参戦してくれれば東方領の一部の利権が得られると言えば食いつくでしょう。正直東方領は我が国だけでの再開拓や復興は手間も資金もかかりすぎますから。ただ、植民地での現地民に対する扱いが倫理面に問題がありますのである程度釘を刺しておくべきかと」

 「奴隷の事であるな。労働力としては効率が良かろうが、協商連合がやりすぎなのは否めぬ。ところで、共和国は良いのか? あれも隣国じゃぞ?」

 「未だに旧式の装備で、充てるべき予算を召喚武器に熱をあげすぎているフラスルイトはアテにならないどころか肝心な時に足を引っ張られる可能性があります。平和を尊ぶのは良いのですが、どうもあの国は本格参戦に及び腰ですから物資の支援要請に留めておきましょう。しかし協商連合なら装備も悪くありません。我が国に次ぐ軍事力を保有しておりますし、今後有りうる海戦に対しても海軍王国の協商連合なら心強い戦力ですので」

 「あいわかった。今の話を外務大臣を呼び出してしておこう。早い内に協商連合と固く手を結ぶのは余も悪くないと感じておる。外務省に努力してもらおう」

 「ありがとうございます。私は軍人故に外交は専門ではありませんから……」

 「良い良い。お主は軍人としての務めを十分以上に果たしておる。此度の活躍を評して勲章を与えるつもりぞ」

 「感謝の極みにございます、エルフォード陛下」

 「本来であれば少将への昇進があってもおかしくないのだが、マーチスに止められての。僅かな期間で大幅な昇進はいらぬ波風を生みかねんと言われてしもうた。その通りではあるのだけどの」

 「マーチス大将閣下のご助言の通りかと。私は去年の春はまだ少佐でしたから。間違いなく何れかから文句が出ます。私としても将官としてはまだまだ勉強の途上。勲章を頂けるだけでも十分でございます」

 例えば、西部統合軍のトップとその派閥からとかね。今の准将の地位ですら異例の出世だと僕でも思うもの。

 「アカツキは謙虚であるの。じゃが、お主もそう言うのであれば勲章のみとしよう。後日、授与式を行う故に続報を待っておれ」

 「はっ」

 「陛下。間もなく謁見の予定時間を迎えます。三時からは財務大臣が来ますので、そろそろ」

 会話がちょうどよく区切れたので宮内大臣が陛下に時間と次のスケジュールを伝えると、陛下はやや驚いたような面持ちで。

 「もうそのような時間であったか。アカツキ、リイナ、エイジスよ。充実した実りある時間を過ごせて良かったぞ。やはりお主らを呼んだのは間違いではなかったの」

 「ありがとうございます、陛下」

 「私も陛下との謁見が充実したものとなり、嬉しく思いますわ」

 エルフォード陛下の言葉に僕とリイナは頭を下げていい、エイジスも同様の動作をする。

 「お主らや参謀本部はこれより新たな戦争計画策定に入るであろう? 期待して待っておるぞ?」

『はっ!』

 突然の陛下への謁見。だけど、陛下が名君であるからこそこの一連のやり取りは今後の連合王国にとって、戦争にとって好影響を与えるものになるだろうと僕は思ったのだった。
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