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第6章『鉄の暴風作戦』

第9話 ジトゥーミラの戦い5〜後方もまた戦場なり〜

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・・9・・
9の月27の日
正午過ぎ
ジトゥーミラより西25キーラ・連合王国軍兵站拠点

 アカツキ達がジトゥーミラ攻略と迎撃作戦を進める中、ジトゥーミラから西にある兵站拠点は多忙を極めており多くの兵士達が動き回っていた。前線からの要請で想定を上回る砲弾薬と物資の要請を受けたからである。
 ジトゥーミラ市街戦は妖魔軍の強い抵抗で一日に五百ミーラ進むのがやっとという状況。降伏という言葉を知らないのかと言いたくなるような戦況であった。そこへ連合王国軍独力で北部戦線から戻ってくる妖魔軍まで相手にしないといけないとなれば必要になる弾薬量は跳ね上がる。そのしわ寄せは後方の兵站拠点を圧迫していた。改革特務部兵站改革課や参謀本部の計画的かつ緻密な兵站線で無ければ耐えきれなかったであろう。
 それはこの現場に立つアカツキの部下だったロイド少佐は身をもって体感していた。

「到着次第、動かせる輸送馬車はすぐに送れ! 昼の便はもう出たか!」

「小休憩の後に出しました! 三十分遅れで出発です!」

「糧食などの一般物資はいつも通りに、砲弾などはシュペティウから送られた余剰人員と馬車で送れているか! 妖魔軍が北方からやってくるのは十の月一の日である! 時間との勝負だぞ!」

「ここから発の便は今日夕方前までに計画量を満たす七便が出ます! ピークは越えました!」

「よし! このまま次々と運べ! 輸送を絶やすなここも戦場だぞ!」

 普段は寡黙がちで険しい顔をしているロイド少佐は声を張り上げて命令を飛ばしていく。ここ数日の忙しさで疲労が滲み出ていたが、瞳に輝く闘志は灯し続けていた。

「お疲れ様です、ロイド少佐。喉が乾いていると思いまして水を持ってきました」

「すまぬ、大尉」

「とんでもないです」

 ロイド少佐に声を掛けてきたのは兵站改革課副課長のバレット大尉だった。大尉は水の入った水筒を手に持っており、ロイド少佐は彼から受け取ると一気に水を飲み干す。大きくついた溜息はやっと一息つけたという様子であった。

「一時は要請分を満たせないかと思っていたが、なんとかなりそうであるな……」

「十万の将兵に物資と武器弾薬を供給するなんて初めての事で最初の頃は混乱がありましたがやっと現場も慣れ始めて、というところにあの報が入りましたからね……。連邦軍が来れなくなったから連合王国軍のみで相手するとなって運ぶ物資がさらに増える。要請の七割から八割を輸送するのがやっとなんて事態でしたから現場は混乱ですよ……」

「だがあの一報で救われた。糧食などの物資類の輸送を彼等が請け負ってくれたお陰で軍の輸送部隊に余裕が生まれ、今はこの通り兵達も落ち着き、忙しいのは変わらないが規定量を輸送出来ている」

「北東部商業組合有志連合には助けられましたね……。感謝の念しかありませんよ」

「まったくであるな」

 国内と違い鉄道のない国境から東では大量に素早く輸送が出来ない。馬車も作戦に用意していた分では前線からの要請を満たせないという状態でロイド少佐達も焦っていた。
 そのような時に、九の月二十一の日に彼等に入った報告が以下のものだった。

『速報。ノイシュランデ及びワルシャーの北東部商業組合が有志連合を組織し砲弾薬を除く物資類輸送の一部を負担すると通達。駆けつける。これにより軍兵站部には余剰人員と馬車が発生するので、その分は武器類の輸送を遂行可能となった。前線で戦う者達の為に後方で戦う将兵諸君は安心して益々励むよう』

 この一報にロイド少佐は大いに喜んだ。北東部商業組合有志連合は自身が商売で用いる馬車で一大キャラバンを組織してやって来てくれると言うのだ。その数は現在の輸送部隊の割合から計算して二割。つまり有志連合の彼等が食糧などを運んでくれれば、前線から欲しいと言われた弾薬類など満たす分を軍で輸送出来るようになったのである。無論、この協力に軍は諸手を上げて喜び即時了承。今は有志連合によって糧食や水の一部が輸送されていた。
 いくら敵がほとんどいない後方とはいえここは国境を越えた戦場。軍人でもない一般市民の彼等がやって来てくれるのを階級問わず軍人は賞賛していた。マーチス侯爵は商人達に感謝し、国王も褒賞を与えてやらねばと喜色の笑みを受かべたくらいに。

「有志連合の中でもここまで輸送してくれる者達が間もなく到着のはずです。その時には」

「俺が代表してありがとうと伝える。かの者達無しには今前線を満たす量を運べなかったからな」

「ええ。自分もそのつもりです。――お! 彼等が着いたみたいですよ!」

「おお、急いでいかねばな!」

 小休憩がてらにロイド少佐とバレット大尉が会話をしている内に有志連合の一団がこの兵站拠点に着いたようで、二人は小走りで彼等の方に向かう。

「諸君等は北東部商業組合有志連合の者達であるか!」

「そうですぜ! 我ら連合王国北東部商業組合でさあ! オレの名前はボーナム。以後よろしく!」

 ロイド少佐が彼等に声を掛けると、輸送団の長であろう四十代半ばのやや荒っぽい男性が馬車から降りてロイド少佐のもとへ走ってやってきた。

「よく任を受けてくれたボーナム! ありがとう、本当にありがとう!」

「とんでもねえ! こちらこそ到着が二時間遅れちまったんでね。軍人さんにそこまで喜んで貰えたなら来た甲斐があったってもんですわ」

 ロイド少佐と輸送団の長ボーナムは固い握手を交わす。その後ろでは早速到着物資の確認を兵達が行っていた。

「諸君等は民間人だというのに、二十五キーラ先が最前線のここまでよくやって来てくれたのである。感謝の一言に尽きる」

「水くせえ事はなしですよ。何せ、向こうじゃウチの次期当主様が参謀長の大役を任されてるんでしょう? だったらオレらもやらなきゃならねえわけですわ」

「む? もしや、諸君等は?」

「ええ。このキャラバンはノイシュランデで運輸を仕事にしてるモン達です。当主様にも次期当主様にも日頃良くしてもらってるお陰でウチらも好景気でさ、恩恵はしょっちゅう授かってるんですわ」

「そうだったのであるか! 俺はアカツキ准将閣下の部下でな。改革の際に兵站部門の課長を任されていたのだ」

「おおお! 次期当主様の部下だった方ですかい! 世の中ってのは存外狭いもんだなぁ」

「これも何かの縁えにしやもしれんな」

「まったくですわ!」

「しかし、ここまで早く動いて貰えるとは思わなかったのである。どうしてなのだ?」

 ロイド少佐は報告が入ってから気になっていた点を、事情を知っているであろうボーナムに質問する。
 するとボーナムは。

「実は二十一の日の夕方に当主様がノイシュランデの組合に自らやってきたんですわ。なんでも戦争の事情が少し変化しちまったとかで、輸送隊が必要だとかでね。オレら商売人ですら秘密はありまさあ、だからこういうのって軍の秘密だとかの部類じゃねえですか。でもどうやら当主様は軍とかけ合って、それを一部解除したとかでウチにやってきたんでさ。正直に話してもらえると思わなくて、ウチらはびっくりしたもんですよ」

「確かに軍の行動にはすまぬが機密が多いのである。戦況においては尚更」

「まあ二十一の日の朝には新聞が報じてるんで驚愕って程ではないんですがね。連邦で報じられていたのが連邦の方から連合王国に流れてきただとか」

「む……。そうであったのか……」

 彼曰く新聞は連邦からの情報と明記されており、連合王国側も隠したところでいらぬ疑念を生むということでそのまま新聞報道を通したらしい。
 ロイド少佐は一つ懸念になりかねない言葉を聞いたと思った。なぜ封鎖されるべき情報が連邦内にて早くも流れているのか。軍の機密事項――それも連邦軍にとっては不利な話が――が漏れるのは軍人である彼にとっては眉をひそめたくなる話である。だが、今回はその漏洩に連合王国は救われているので気にするのはここでやめにしておいた。そういった部類の話はそれこそ彼の上官であるアカツキ達の方が詳しいからだ。

「まあ我らが連合王国軍は勝利に向かっていると報じてたし、オレらも次期当主様が参謀長なんだから絶対に勝つと信じてますよ。で、当主様はワルシャーから安全な東部国境のすぐの街かシュペティウあたりまでの中継輸送を頼みたいと仰ってね。おまけに期間中はノイシュランデ家の基金から報酬も出してくれるって。あのあたりなら軍も多いし、エルフのモン達もいるんだから安全じゃねえですか。それなら心配はねえし金払いもいいし、さっきも言いやしたけど日頃の恩に報いる日が来たってわけですわ」

「なるほど。そのような事があったのか……」

「それだけじゃねえですよ。鉄道が完成してから長距離輸送の一部はあっちがやり始めましたけど、すぐに戦争で軍輸送中心になった。民間輸送もあるっちゃあるんですが、本数が増える途上でまだまだオレ達の仕事は取られるほどじゃねえわけです。直に鉄道がやるようになるんでしょうけどね。でも、オレらが王都に用があった時に、戦争が始まる前だったかな。次期当主様と話をしたんですわ」

「ほう。どのような話であるか?」

「なんでも今後はまだ開拓可能な中距離以下の輸送をしてみたらいいのではないか、とか。長距離輸送もしばらくはまだまだ君達が必要だとか。あ、そうだ。オレらも将来考えて新しいのとやろうって話もしましたわ。あの鉄道は国でやってるやつでしょう? 今は遠い所を結ぶ中心になってます。短い距離で鉄道って出来てねえ訳ですよ。だったらオレらが株式会社作って鉄道を始めたらどうかって話です。今は資材の値段が国営の方の敷設で高いけど、じきに値も落ち着くはず。その時点までに計画練っておいて、始められるようにって話を次期当主様にしましたわ」

「おお、民間で鉄道を作るという話なのだな。鉄道改革課は同僚もいるから多少知っているが、その話はなかなかに魅力的だと思うのである」

「でしょう? アカツキ様もそれはいい是非やったらどうだと喜んでましたわ。んで、もし鉄道を作るとなったら自分が担当の省にかけ合ってみたり、陛下にお伺かいするって言ってくれました。オレらとしても大喜びですよ。なんでも鉄道敷設には民間でやるとして免許? ってもので貰ったもんがやれるようにする体制にするらしくて、ここで次期当主様が仲立ちしてくれんなら手間も省けるわけですし」

「准将閣下はそんな事までされていたのか……。相変わらず凄い人であるな……」

「まだ二十代半ば前なのに素晴らしいお方です。自分も見習わないと思いますよ」

「まったくでさあ。貴族で軍人なのに、よくまあオレらの専門分野まで知ってるもんですよ。話が出来る時点で感心もんです」

「つまりだ。諸君等は准将閣下の父上にも、准将閣下にも今の話があったからこそ手伝ってくれたわけなのであるな」

「そういう事情です。ま、商売人であってもなくても持ちつ持たれつってもんです。おまけに奪還作戦が終われば今度はこっちの開拓と復興でしょう? 美味しい商売の匂いがプンプンして仕方ねえわけですし、ここいらでこっちも恩を売っておけば、おっと失礼。つい仕事柄の心が出ちまいました」

 ボーナムはおどけるように笑う。彼も商業をならわいとしているのだ。当然利益になりそうな話には敏感であり、復興の際に生まれるてあろう仕事を感じ取っていたのである。商魂たくましいというべきだろう。

「気にするな。諸君等の仕事に文句など付けんさ。このように前線手前まで来てくれたそれこそ恩がある。重ねて、感謝する」

「どういたしまして」

「ここからは軍が担当する。諸君等は気を付けて戻ってくれ。護衛は余分にちゃんと付けておく。諸君等や馬の食糧なども手配しておこう」

「そいつは助かりまさあ。行きも付けて貰いましたけど、帰りもあるなら安心ですし飯まで出してもらえんなら文句なしです」

「諸君等が応えてくれたのならば、我らも応えねばならぬ。ボーナムのいう持ちつ持たれつだ」

「ははっ、こいつは一本取られたな!」

「うむ」

 二人は笑い合い、ロイド少佐の隣に控えるバレット大尉も笑っていた。後方であれど戦場。しかし朗らかな空気であった。

「ロイヤル・アルネシアに栄光を。諸君等の働きのお陰で我ら軍に勝利をもたらしてくれるだろう」

「頑張ってくだせえ。そして、ロイヤル・アルネシアに栄光を」

 後方もまた戦場なり。
 しかし、軍民問わぬたえまぬ努力によって最前線は支えられていたのであった。
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