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第6章『鉄の暴風作戦』
第6話 ジトゥーミラの戦い2〜順調だった作戦に起きる、一つの綻びの可能性〜
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・・6・・
単眼鏡を使わなくても、威容は僕の目にも伝わっていた。
野砲から次々と放たれる砲弾は凄まじい音を立てて、その威力を妖魔軍に身をもって実感させる。
残されていた防壁は無残にも崩れさり、付近にいた魔物は四肢をバラバラにして、もしくは原型も留めず吹き飛ばされる。
一部では魔人部隊や魔法を使える魔物が魔法障壁を展開するも、僕達連合王国軍が行っているのは飽和攻撃だ。魔法障壁が張られているのは一部に過ぎないし、それも壊れるまで砲撃してしまえばいい。
何せこの作戦に参加しているのはルブリフを経験した師団、法国の遠征を経験した師団、精鋭の旧中央方面軍から抽出した師団だ。砲兵の練度は高く、地上観測と空中観測による精密な砲撃ともなれば妖魔軍は一溜りもなかった。
砲撃を開始して半刻。絶えず、鳴り止まない砲撃と爆炎と粉塵が舞う敵陣を見ているとエイジスは観測した現況を伝えてくれる。
「マスター、妖魔軍外側防衛線西側、南側が砲撃によりほとんどの防壁は破壊されました」
「見るまでもない程に圧倒的ね。面制圧の砲撃は圧巻の一言だわ」
「ルブリフの再現、いやそれ以上だね。多くの野砲だけじゃなく、旧式化しつつあるけど元からあったカノン砲も持ってきて徹底して敵を火力で叩いてる。まさに『鉄の暴風作戦』さ」
「砲火に耐えきれずに突撃してきたところで、それは無茶だもの。今度はガトリングとライフルの餌食になるだけだわ」
「もしかしたら予定より早くジトゥーミラは落とせるかもね。相手次第ではどうなるか分からないし、市街戦で抵抗されれば長期化の恐れもあるけれど」
「ポジティブに考えましょ、旦那様。この作戦はジトゥーミラだけじゃなくて北部戦線にいる妖魔軍の寸断と撃滅も目的なのだもの」
「そうだね。僕は僕の仕事をするとしようか。テントに戻ろう」
「ええ」
「サー、マスター」
僕は暫くの間戦況を見たので、リイナとエイジスと一緒にさっきまでいたテントに戻る。
司令部のテントには砲撃箇所の情報が続々と入ってきていた。
「おう、戻ったかアカツキ准将」
「はい。砲撃の様子を見ていました。地図の方も見るに、順調のようですね」
「主な侵攻経路になる西側と南側は耕す勢いでやってるぞ。この様子なら明日にでも包囲網をさらに狭められるだろうし、明後日には敵防衛ラインの外側は占領出来るだろうよ」
「ジトゥーミラが早く終わるのに越したことはありません。冬が訪れる前に奪還して復興に取り掛れるなら尚更です」
「エルフの兵達の中にはここまで快調に作戦が進んでいるんだから、さらに東へ侵攻したい気持ちがあるらしいけれどね」
「そうなんですか、ルークス少将閣下」
「うん、視察がてら兵達の話を今日まで聞いていてね。士気が高いのはいい事だけど、連合王国軍も弾薬が無いと戦えないからね。作戦以上の侵攻は厳しいかなとは思ってるよ」
「現状の攻撃限界点ってやつだな。ジトゥーミラから東となると兵站ラインが伸びきっちまうし、他国に比べて著しく砲弾薬の消費が激しいウチの軍じゃ供給が滞るのは死活問題だ」
攻撃限界点とは、攻撃によって得られる優勢の頂点と言われるもののことだ。
前世ではちょうどここの水準と同じくらいの十九世紀にプロイセンの軍事学者がある本で提唱したもの。この世界でもやはり軍事学者が、魔法兵科を含めているのが相違点ではあるけれど、この論に辿り着いていた。
攻撃によって得られる物的・心的な戦果は一般には増えていくものなんだけど、戦闘力は次第に消耗していく。これを戦闘力の減衰って言うんだよね。
戦闘力の減衰とは、戦闘による兵や武器弾薬の損耗、後方連絡線の維持と防衛の負担、兵站基地との距離の増大などがあるんだ。早い話が、攻撃側の優勢はある頂点を過ぎてからは漸減していって、ジトゥーミラを占領したら今度は妖魔軍を迎え撃つという、攻防の優劣が交代することになるわけだ。
今の場合、兵の損耗はほとんど無くてもいずれ両軍の兵同士が衝突すれば発生するし市街戦となればさらにリスクは増加する。そして一番の戦闘力の減衰は後方連絡の維持と防衛負担。兵站基地との距離増大だ。参謀本部がジトゥーミラや北部戦線国境程度までを限界点としたのは中者後者の要素が大きい。
というのも、この奪還作戦には鉄道輸送がない。国内に比べて大量輸送が出来ない以上は供給される物資には限界がある。兵は弾薬以前に飯が無ければ戦は出来ぬになってしまう。これを軽視してしまうと、起きるのが兵達の無駄死と戦線の後退という悲劇だ。
だから僕もアルヴィンおじさん達も作戦以上に手を広げるつもりは無かった。
「これからの季節というものもあります。厳冬期を迎えてしまうと確実に悪影響が及ぼされます。それに、北部戦線が気がかりです」
「気がかりって、連邦からの情報にあった妖魔軍の遅滞戦術を用いた後退の事かいアカツキくん?」
「ええ、ルークス少将閣下。理屈としては連絡線たるジトゥーミラが危急となれば後退も当然ではあるんですが、情報を分析したところ妙に遅いんですよね」
「そうだね。敵が拠点としているダボロドロブあたりで、一時的に後退スピードが遅れている。殿は戦いやすい場所で時間稼ぎをしているんだろうけど」
「はい。他にもドロノダを心配する必要があります。ジトゥーミラを失陥し北部戦線も瓦解すれば妖魔軍の山脈以西領地のうち、北側の主要拠点はドロノダのみとなります。作戦計画要項にはドロノダからの援軍も加味していますが、ドロノダに動きは確かなかったはず……。レイトン情報参謀長」
「自分ですか?」
「うん。ドロノダの偵察は情報を分析した結果の見解は?」
「ドロノダの妖魔軍はおよそ三万から四万です。しかし、ジトゥーミラに援軍を出す兆しはありません。既に多数の増援を派遣しているので手持ちが少ないのでは、もしくは山脈以東からまっているかのどちらかというのが自分達の見立てです。山脈以東からの即時援軍到着という可能性は少ないともお伝えします」
「だよね……。じゃあ敵軍は……」
「どうしたんだ、アカツキ准将」
「北部戦線の敵を待っている……? 連邦軍の攻撃を防ぎつつどうやって後退するんだろう……?」
「アカツキ?」
「連合王国軍や連邦軍に相対するには魔物軍団っていう頼りないコマで、しかしジトゥーミラには急行したい……。北部戦線を捨てても中継点のここを失わないために……。でも、連邦軍まで連れてきたら数的優位は作り出せない……」
僕は今まで耳にして頭に入れてきた情報を元に相手の動きを読みにかかる。だけど、イマイチ妖魔軍の意図が掴みきれない。
妖魔軍がこちらに対して数の有利を作り出す為には連邦軍をジトゥーミラに寄せ付けないといけない。でも、どんな方法でするんだ?
こんな時に連邦軍が連合王国軍みたいに偵察飛行隊を有していれば、連邦軍の現在位置からはやや離れているドロノダの様子を掴めるのに……。
「おい、アカツキ。どうしたんだよ」
「え、あ……、すみません……。ちょっと思考を……」
「だと思ったぜ。引っかかるのは俺も同じだけどよ、お前、今何を考えてたんだ? 軍の頭脳たる参謀長の意見だ。聞かせてくれ」
「パズルのピースが揃わないので、推測でしかありませんよ?」
「構わねえ。国内と違ってここは東部領だ。不測の事態が発生しかねねえなら対策を講じておきたい」
「分かりました。ルークス少将閣下もですが、リイナやレイトン大佐達参謀達も一緒に聞いてもらえるとありがたいかな」
「分かった、アカツキくん」
「了解よ」
「了解です」
ルークス少将やリイナ、レイトン大佐達参謀は頷き言う。
僕はガラスのコップに水を注いでもらって半分ほど飲むと。
「現状を整理します。僕達連合王国軍は十万でジトゥーミラには損害を抜いておよそ六万五千います。このままでは攻勢を仕掛けた所で数的不利では僕達に被害は与えられません」
「そうだな。ただでさえこっちの火力は相手を凌駕しているんだ」
「はい。なので、敵は今より数を増やしたい。だから北部戦線は捨ててでも四万五千がジトゥーミラに戻ってこようとしています。しかし、連邦軍を連れてきては意味がありません。数的優位を作り出す為には、連邦軍をジトゥーミラの地に来させない必要があります」
「でも北部戦線の妖魔軍では難しいんじゃないかしら? 私達みたいに魔石型遠隔起動式地雷で一網打尽に出来るわけでもないし、武装に世代間格差がありすぎるわ。殿を立てたところで連邦軍の火器相手ではせいぜいちょっとの時間稼ぎがいい所よ。進軍速度が少し遅くなった程度にしかならないわ」
「そこなんだよ、リイナ。常套手段では貴重な軍をすり減らして終わるだけなんだ」
「准将閣下、焦土戦術を使えばよろしいのでは? 連邦軍の兵站線を伸び切らせれば限界点がジトゥーミラより北になってしまい、結果的に辿り着けません。あってほしくはないんですが、自分が敵の魔人ならそう考えます」
「レイトン大佐の読みは僕も考えたよ。立派な戦術だ。でも、ドロノダ以外にも南には小規模ながら山と山に挟まれた街がある。街を焦土化したとしても、兵站線に無理をしてもしくは連合王国軍を頼りにすれば来れないこともないよ」
「……仰る通りですね。武器弾薬、最悪食糧もなんとかなりますね。進軍速度を遅くすれば、不可能ではありません」
「だから僕も悩んでいるんだ。だったら他に何をして敵軍は思惑を実現させようとしてるのかなって」
「アカツキ准将閣下意見具申してもよろしいでしょうか?」
「ニナ情報参謀だね。なんでも言ってくれていいよ」
右手を上げてやたら早口に発言したのはニナ情報参謀で階級は大尉。暗めの茶髪をした、少し下にずれた丸眼鏡をかけた小柄な二十代後半の女性だ。レイトン大佐の部下にあたる彼女は有り体に言ってしまえば変わり者だ。とことん理論武装をして議論を行う彼女は、参謀本部の優秀な頭脳が揃う討論会で次々と相手を論破した過去がある。
さらに今年の春に彼女が提出した論文は『将来の召喚士飛行隊拡充に伴う新たなる作戦の可能性』。彼等は魔石を運べるのなら物資弾薬も運べるのではという理論に基づいて、少数精鋭による奇襲作戦の実現可能性を論じていた。相手の目視外ないしは夜間に物資弾薬を召喚士飛行隊の飛行動物が運搬すれば、途中までは奇襲する部隊は身軽に素早く行動可能とする点の他にも、緊急物資投下も少量ながら断続的に可能でもある。
これは前世で空軍が行っていた手法の一部だ。前世でよく知っていて空挺投下でも世話になっている僕と違い、彼女は真の意味でこの世界で生きてきた人だ。にも関わらず、既に空軍機能を理解していた。
大いに関心した僕は、マーチス侯爵から人事裁量権も貰っているから彼女を本作戦の情報参謀として引き入れたんだけど、どうやらその彼女は何か答えに行き着いた様子だった。
「はい准将閣下。装備について著しく劣る妖魔軍が連邦軍を足止めする方法があります。焦土戦術よりさらに効果的なのは物資だけでなく人間にとって必須のものすら使えなくなってしまえばいいのです。現地で調達必要なものすら絶ってしまえば連邦軍は後方から持ってこざるをえず、兵站線に多大な負担をかけられます」
「うん、つまり何を絶てばいいんだい?」
「水です」
「水ぅ? ニナ情報参謀。言うのはいいんだが、具体的にどうやってだよ。進路には川だってあるし、街には奴らが復旧させたであろう井戸だってあるんだぞ。井戸はよしんば破壊しちまえばいいけどよ、そんなもん連邦軍が元通りにすれば意味無いぜ?」
「壊す必要はありません使用不可用にしてしまえばいいんです。水だけでなく衛生的にも」
ニナ情報参謀は聞き取るのも大変な位の速さで喋る。
水だけでなくて、衛生的にも?
飲料水は連合王国軍も実感している、嵩張る補給物資だ。連邦軍も連合王国軍に比べればやや劣るとはいえ兵站線の構築は充実している。そこに負担をかけるってどのように……?
僕は少しの間考え込み、一つの答えに至る。
「まさかだと思うけれど……」
「やはりアカツキ准将閣下なら分かりましたか」
「文字通り汚いやり方だね。でもこれなら妖魔軍でも可能だ」
「私はさっぱりだわ、旦那様」
「うっわ。そういうことかよ」
「ちょっと待ってくれないか。ニナ情報参謀もアカツキくんも、君らの言うことがどういうことかさっぱり分からないよ」
顔を顰めたルヴィンおじさんは分かってしまったみたいだけど、リイナとルークス少将は理解出来なかったみたいだ。なので僕は。
「ルークス少将閣下、今から彼女が話します。ニナ情報参謀、説明してくれるかな?」
「了解しました。ルークス少将閣下、リイナ中佐。排泄物の処理についてはご存知ですよね?」
「まあ……。十万もいればかなりの手間だよね」
「他にも魔法兵科には女性も少数いるし私もそうだけど、特有の月のアレもあるわね……」
「私もリイナ中佐と同じ性別なので非常に実感しておりますが妖魔軍に関してそちらは不明なので排泄物のみで考えます。これらは四万五千もあると膨大になりますが何も埋めるなんてしなくていいんですそもそも撤退するんですから。じゃあどうするかというと井戸に廃棄したり市街のそこらじゅうに放置したり、川に投げ捨てるのです」
「あ、あー……。そういうことか……」
「食後しばらく経っていて良かったわ……」
リイナやルークス少将の率直な心境の吐露に、テント内にいたどれだけの人達が苦い顔をし頷いて同意する。
「食糧はともかく水は現地調達可能なもの。なので連邦軍も奪還したドロノダで手に入れる算段でいますがもし井戸に排泄物が投げ捨てられていたら飲料用にはとても使えません浄化が必要です。一時滞在拠点としたいのに市街地が糞尿塗れだと清掃が必要でしょう衛生的に悪すぎますから。さらに川にまで大量に投棄されると影響は下流にまで及びさらなる補給の困難を招きます」
「結果的に連邦軍は進軍出来なくなり、妖魔軍もジトゥーミラに駆けつけられるってことだね」
「はいアカツキ准将閣下」
「だとしたら不味いぞ。元々最終段階は市街戦を行ってから占領し挟み撃ちにするつもりだった。連邦軍が来れねえ北部戦線の妖魔軍もやってくるとなっちゃ、計画を大きく変更せざるを得なくなるんだぜ」
「洒落にならなくなるね……。十万で迎え撃つ形になってしまうし、スケジュールが大いに前倒しで相手することになる……」
「北部戦線の妖魔軍は四万五千から減っているとしても、よろしくないわね……。兵もそうだけど、相手をするだけ余分に弾薬がいるんだもの……」
「いずれにせよ緊急立案が必要になります。実行する可能性も加味して検討を始めないといけませんね」
僕の発言の後、今も続いている砲撃で順調にジトゥーミラ攻略は進んでいるというのに、情報要員以外の者達は沈黙に包まれる。情報要員も心配そうに聞いていた。
そして、こういう時に悪い予感は的中してしまうのである。
この日は間もなく夜を迎えるからと前準備の砲撃のみで終了し、その日の夜。連邦軍から報告がもたらされた。
『我が軍妖魔軍が放棄したドロノダ市に入るも、敵は井戸に糞尿を投棄し街中は汚物で塗れていた。川も汚染が確認されており、浄化作業が必要。敵のこの策により、我が軍は物資補給の必要が発生した為これ以上の進軍は不可能。追撃も不可能となる』
単眼鏡を使わなくても、威容は僕の目にも伝わっていた。
野砲から次々と放たれる砲弾は凄まじい音を立てて、その威力を妖魔軍に身をもって実感させる。
残されていた防壁は無残にも崩れさり、付近にいた魔物は四肢をバラバラにして、もしくは原型も留めず吹き飛ばされる。
一部では魔人部隊や魔法を使える魔物が魔法障壁を展開するも、僕達連合王国軍が行っているのは飽和攻撃だ。魔法障壁が張られているのは一部に過ぎないし、それも壊れるまで砲撃してしまえばいい。
何せこの作戦に参加しているのはルブリフを経験した師団、法国の遠征を経験した師団、精鋭の旧中央方面軍から抽出した師団だ。砲兵の練度は高く、地上観測と空中観測による精密な砲撃ともなれば妖魔軍は一溜りもなかった。
砲撃を開始して半刻。絶えず、鳴り止まない砲撃と爆炎と粉塵が舞う敵陣を見ているとエイジスは観測した現況を伝えてくれる。
「マスター、妖魔軍外側防衛線西側、南側が砲撃によりほとんどの防壁は破壊されました」
「見るまでもない程に圧倒的ね。面制圧の砲撃は圧巻の一言だわ」
「ルブリフの再現、いやそれ以上だね。多くの野砲だけじゃなく、旧式化しつつあるけど元からあったカノン砲も持ってきて徹底して敵を火力で叩いてる。まさに『鉄の暴風作戦』さ」
「砲火に耐えきれずに突撃してきたところで、それは無茶だもの。今度はガトリングとライフルの餌食になるだけだわ」
「もしかしたら予定より早くジトゥーミラは落とせるかもね。相手次第ではどうなるか分からないし、市街戦で抵抗されれば長期化の恐れもあるけれど」
「ポジティブに考えましょ、旦那様。この作戦はジトゥーミラだけじゃなくて北部戦線にいる妖魔軍の寸断と撃滅も目的なのだもの」
「そうだね。僕は僕の仕事をするとしようか。テントに戻ろう」
「ええ」
「サー、マスター」
僕は暫くの間戦況を見たので、リイナとエイジスと一緒にさっきまでいたテントに戻る。
司令部のテントには砲撃箇所の情報が続々と入ってきていた。
「おう、戻ったかアカツキ准将」
「はい。砲撃の様子を見ていました。地図の方も見るに、順調のようですね」
「主な侵攻経路になる西側と南側は耕す勢いでやってるぞ。この様子なら明日にでも包囲網をさらに狭められるだろうし、明後日には敵防衛ラインの外側は占領出来るだろうよ」
「ジトゥーミラが早く終わるのに越したことはありません。冬が訪れる前に奪還して復興に取り掛れるなら尚更です」
「エルフの兵達の中にはここまで快調に作戦が進んでいるんだから、さらに東へ侵攻したい気持ちがあるらしいけれどね」
「そうなんですか、ルークス少将閣下」
「うん、視察がてら兵達の話を今日まで聞いていてね。士気が高いのはいい事だけど、連合王国軍も弾薬が無いと戦えないからね。作戦以上の侵攻は厳しいかなとは思ってるよ」
「現状の攻撃限界点ってやつだな。ジトゥーミラから東となると兵站ラインが伸びきっちまうし、他国に比べて著しく砲弾薬の消費が激しいウチの軍じゃ供給が滞るのは死活問題だ」
攻撃限界点とは、攻撃によって得られる優勢の頂点と言われるもののことだ。
前世ではちょうどここの水準と同じくらいの十九世紀にプロイセンの軍事学者がある本で提唱したもの。この世界でもやはり軍事学者が、魔法兵科を含めているのが相違点ではあるけれど、この論に辿り着いていた。
攻撃によって得られる物的・心的な戦果は一般には増えていくものなんだけど、戦闘力は次第に消耗していく。これを戦闘力の減衰って言うんだよね。
戦闘力の減衰とは、戦闘による兵や武器弾薬の損耗、後方連絡線の維持と防衛の負担、兵站基地との距離の増大などがあるんだ。早い話が、攻撃側の優勢はある頂点を過ぎてからは漸減していって、ジトゥーミラを占領したら今度は妖魔軍を迎え撃つという、攻防の優劣が交代することになるわけだ。
今の場合、兵の損耗はほとんど無くてもいずれ両軍の兵同士が衝突すれば発生するし市街戦となればさらにリスクは増加する。そして一番の戦闘力の減衰は後方連絡の維持と防衛負担。兵站基地との距離増大だ。参謀本部がジトゥーミラや北部戦線国境程度までを限界点としたのは中者後者の要素が大きい。
というのも、この奪還作戦には鉄道輸送がない。国内に比べて大量輸送が出来ない以上は供給される物資には限界がある。兵は弾薬以前に飯が無ければ戦は出来ぬになってしまう。これを軽視してしまうと、起きるのが兵達の無駄死と戦線の後退という悲劇だ。
だから僕もアルヴィンおじさん達も作戦以上に手を広げるつもりは無かった。
「これからの季節というものもあります。厳冬期を迎えてしまうと確実に悪影響が及ぼされます。それに、北部戦線が気がかりです」
「気がかりって、連邦からの情報にあった妖魔軍の遅滞戦術を用いた後退の事かいアカツキくん?」
「ええ、ルークス少将閣下。理屈としては連絡線たるジトゥーミラが危急となれば後退も当然ではあるんですが、情報を分析したところ妙に遅いんですよね」
「そうだね。敵が拠点としているダボロドロブあたりで、一時的に後退スピードが遅れている。殿は戦いやすい場所で時間稼ぎをしているんだろうけど」
「はい。他にもドロノダを心配する必要があります。ジトゥーミラを失陥し北部戦線も瓦解すれば妖魔軍の山脈以西領地のうち、北側の主要拠点はドロノダのみとなります。作戦計画要項にはドロノダからの援軍も加味していますが、ドロノダに動きは確かなかったはず……。レイトン情報参謀長」
「自分ですか?」
「うん。ドロノダの偵察は情報を分析した結果の見解は?」
「ドロノダの妖魔軍はおよそ三万から四万です。しかし、ジトゥーミラに援軍を出す兆しはありません。既に多数の増援を派遣しているので手持ちが少ないのでは、もしくは山脈以東からまっているかのどちらかというのが自分達の見立てです。山脈以東からの即時援軍到着という可能性は少ないともお伝えします」
「だよね……。じゃあ敵軍は……」
「どうしたんだ、アカツキ准将」
「北部戦線の敵を待っている……? 連邦軍の攻撃を防ぎつつどうやって後退するんだろう……?」
「アカツキ?」
「連合王国軍や連邦軍に相対するには魔物軍団っていう頼りないコマで、しかしジトゥーミラには急行したい……。北部戦線を捨てても中継点のここを失わないために……。でも、連邦軍まで連れてきたら数的優位は作り出せない……」
僕は今まで耳にして頭に入れてきた情報を元に相手の動きを読みにかかる。だけど、イマイチ妖魔軍の意図が掴みきれない。
妖魔軍がこちらに対して数の有利を作り出す為には連邦軍をジトゥーミラに寄せ付けないといけない。でも、どんな方法でするんだ?
こんな時に連邦軍が連合王国軍みたいに偵察飛行隊を有していれば、連邦軍の現在位置からはやや離れているドロノダの様子を掴めるのに……。
「おい、アカツキ。どうしたんだよ」
「え、あ……、すみません……。ちょっと思考を……」
「だと思ったぜ。引っかかるのは俺も同じだけどよ、お前、今何を考えてたんだ? 軍の頭脳たる参謀長の意見だ。聞かせてくれ」
「パズルのピースが揃わないので、推測でしかありませんよ?」
「構わねえ。国内と違ってここは東部領だ。不測の事態が発生しかねねえなら対策を講じておきたい」
「分かりました。ルークス少将閣下もですが、リイナやレイトン大佐達参謀達も一緒に聞いてもらえるとありがたいかな」
「分かった、アカツキくん」
「了解よ」
「了解です」
ルークス少将やリイナ、レイトン大佐達参謀は頷き言う。
僕はガラスのコップに水を注いでもらって半分ほど飲むと。
「現状を整理します。僕達連合王国軍は十万でジトゥーミラには損害を抜いておよそ六万五千います。このままでは攻勢を仕掛けた所で数的不利では僕達に被害は与えられません」
「そうだな。ただでさえこっちの火力は相手を凌駕しているんだ」
「はい。なので、敵は今より数を増やしたい。だから北部戦線は捨ててでも四万五千がジトゥーミラに戻ってこようとしています。しかし、連邦軍を連れてきては意味がありません。数的優位を作り出す為には、連邦軍をジトゥーミラの地に来させない必要があります」
「でも北部戦線の妖魔軍では難しいんじゃないかしら? 私達みたいに魔石型遠隔起動式地雷で一網打尽に出来るわけでもないし、武装に世代間格差がありすぎるわ。殿を立てたところで連邦軍の火器相手ではせいぜいちょっとの時間稼ぎがいい所よ。進軍速度が少し遅くなった程度にしかならないわ」
「そこなんだよ、リイナ。常套手段では貴重な軍をすり減らして終わるだけなんだ」
「准将閣下、焦土戦術を使えばよろしいのでは? 連邦軍の兵站線を伸び切らせれば限界点がジトゥーミラより北になってしまい、結果的に辿り着けません。あってほしくはないんですが、自分が敵の魔人ならそう考えます」
「レイトン大佐の読みは僕も考えたよ。立派な戦術だ。でも、ドロノダ以外にも南には小規模ながら山と山に挟まれた街がある。街を焦土化したとしても、兵站線に無理をしてもしくは連合王国軍を頼りにすれば来れないこともないよ」
「……仰る通りですね。武器弾薬、最悪食糧もなんとかなりますね。進軍速度を遅くすれば、不可能ではありません」
「だから僕も悩んでいるんだ。だったら他に何をして敵軍は思惑を実現させようとしてるのかなって」
「アカツキ准将閣下意見具申してもよろしいでしょうか?」
「ニナ情報参謀だね。なんでも言ってくれていいよ」
右手を上げてやたら早口に発言したのはニナ情報参謀で階級は大尉。暗めの茶髪をした、少し下にずれた丸眼鏡をかけた小柄な二十代後半の女性だ。レイトン大佐の部下にあたる彼女は有り体に言ってしまえば変わり者だ。とことん理論武装をして議論を行う彼女は、参謀本部の優秀な頭脳が揃う討論会で次々と相手を論破した過去がある。
さらに今年の春に彼女が提出した論文は『将来の召喚士飛行隊拡充に伴う新たなる作戦の可能性』。彼等は魔石を運べるのなら物資弾薬も運べるのではという理論に基づいて、少数精鋭による奇襲作戦の実現可能性を論じていた。相手の目視外ないしは夜間に物資弾薬を召喚士飛行隊の飛行動物が運搬すれば、途中までは奇襲する部隊は身軽に素早く行動可能とする点の他にも、緊急物資投下も少量ながら断続的に可能でもある。
これは前世で空軍が行っていた手法の一部だ。前世でよく知っていて空挺投下でも世話になっている僕と違い、彼女は真の意味でこの世界で生きてきた人だ。にも関わらず、既に空軍機能を理解していた。
大いに関心した僕は、マーチス侯爵から人事裁量権も貰っているから彼女を本作戦の情報参謀として引き入れたんだけど、どうやらその彼女は何か答えに行き着いた様子だった。
「はい准将閣下。装備について著しく劣る妖魔軍が連邦軍を足止めする方法があります。焦土戦術よりさらに効果的なのは物資だけでなく人間にとって必須のものすら使えなくなってしまえばいいのです。現地で調達必要なものすら絶ってしまえば連邦軍は後方から持ってこざるをえず、兵站線に多大な負担をかけられます」
「うん、つまり何を絶てばいいんだい?」
「水です」
「水ぅ? ニナ情報参謀。言うのはいいんだが、具体的にどうやってだよ。進路には川だってあるし、街には奴らが復旧させたであろう井戸だってあるんだぞ。井戸はよしんば破壊しちまえばいいけどよ、そんなもん連邦軍が元通りにすれば意味無いぜ?」
「壊す必要はありません使用不可用にしてしまえばいいんです。水だけでなく衛生的にも」
ニナ情報参謀は聞き取るのも大変な位の速さで喋る。
水だけでなくて、衛生的にも?
飲料水は連合王国軍も実感している、嵩張る補給物資だ。連邦軍も連合王国軍に比べればやや劣るとはいえ兵站線の構築は充実している。そこに負担をかけるってどのように……?
僕は少しの間考え込み、一つの答えに至る。
「まさかだと思うけれど……」
「やはりアカツキ准将閣下なら分かりましたか」
「文字通り汚いやり方だね。でもこれなら妖魔軍でも可能だ」
「私はさっぱりだわ、旦那様」
「うっわ。そういうことかよ」
「ちょっと待ってくれないか。ニナ情報参謀もアカツキくんも、君らの言うことがどういうことかさっぱり分からないよ」
顔を顰めたルヴィンおじさんは分かってしまったみたいだけど、リイナとルークス少将は理解出来なかったみたいだ。なので僕は。
「ルークス少将閣下、今から彼女が話します。ニナ情報参謀、説明してくれるかな?」
「了解しました。ルークス少将閣下、リイナ中佐。排泄物の処理についてはご存知ですよね?」
「まあ……。十万もいればかなりの手間だよね」
「他にも魔法兵科には女性も少数いるし私もそうだけど、特有の月のアレもあるわね……」
「私もリイナ中佐と同じ性別なので非常に実感しておりますが妖魔軍に関してそちらは不明なので排泄物のみで考えます。これらは四万五千もあると膨大になりますが何も埋めるなんてしなくていいんですそもそも撤退するんですから。じゃあどうするかというと井戸に廃棄したり市街のそこらじゅうに放置したり、川に投げ捨てるのです」
「あ、あー……。そういうことか……」
「食後しばらく経っていて良かったわ……」
リイナやルークス少将の率直な心境の吐露に、テント内にいたどれだけの人達が苦い顔をし頷いて同意する。
「食糧はともかく水は現地調達可能なもの。なので連邦軍も奪還したドロノダで手に入れる算段でいますがもし井戸に排泄物が投げ捨てられていたら飲料用にはとても使えません浄化が必要です。一時滞在拠点としたいのに市街地が糞尿塗れだと清掃が必要でしょう衛生的に悪すぎますから。さらに川にまで大量に投棄されると影響は下流にまで及びさらなる補給の困難を招きます」
「結果的に連邦軍は進軍出来なくなり、妖魔軍もジトゥーミラに駆けつけられるってことだね」
「はいアカツキ准将閣下」
「だとしたら不味いぞ。元々最終段階は市街戦を行ってから占領し挟み撃ちにするつもりだった。連邦軍が来れねえ北部戦線の妖魔軍もやってくるとなっちゃ、計画を大きく変更せざるを得なくなるんだぜ」
「洒落にならなくなるね……。十万で迎え撃つ形になってしまうし、スケジュールが大いに前倒しで相手することになる……」
「北部戦線の妖魔軍は四万五千から減っているとしても、よろしくないわね……。兵もそうだけど、相手をするだけ余分に弾薬がいるんだもの……」
「いずれにせよ緊急立案が必要になります。実行する可能性も加味して検討を始めないといけませんね」
僕の発言の後、今も続いている砲撃で順調にジトゥーミラ攻略は進んでいるというのに、情報要員以外の者達は沈黙に包まれる。情報要員も心配そうに聞いていた。
そして、こういう時に悪い予感は的中してしまうのである。
この日は間もなく夜を迎えるからと前準備の砲撃のみで終了し、その日の夜。連邦軍から報告がもたらされた。
『我が軍妖魔軍が放棄したドロノダ市に入るも、敵は井戸に糞尿を投棄し街中は汚物で塗れていた。川も汚染が確認されており、浄化作業が必要。敵のこの策により、我が軍は物資補給の必要が発生した為これ以上の進軍は不可能。追撃も不可能となる』
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
転生幼児は夢いっぱい
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恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
あなたのレベル買い取ります! 無能と罵られ最強ギルドを追放されたので、世界で唯一の店を出した ~俺だけの【レベル売買】スキルで稼ぎまくり~
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異世界で暮らすただの商人・カイトは『レベル売買』という通常では絶対にありえない、世界で唯一のスキルを所持していた事に気付く。ゆえに最強ギルドに目をつけられ、直ぐにスカウトされ所属していた。
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【登場人物】(メインキャラ)
主人公 :カイト / 男 / 商人
ヒロイン:ルナ / 女 / メイド
ヒロイン:ソレイユ / 女 / 聖騎士
ヒロイン:ミーティア / 女 / ダークエルフ
***忙しい人向けの簡単な流れ***
◇ギルドを追放されますが、実は最強のスキル持ち
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