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第6章『鉄の暴風作戦』
第3話 作戦会議で話されるは、この世界では先進的すぎるほどの
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・・3・・
16時35分
前線司令部用仮設建築物・作戦会議室
「すみません、お待たせ致しました」
「いや、大丈夫だぜアカツキ参謀長。そろそろ始めるくらいだったからちょうどいいくらいだ」
前線司令部用に建てられた仮設建築物内にある、既に長丁場に備えて魔道照明具によって灯りが灯されている作戦会議室に着くと、既にほとんどのメンバーが揃っていた。この作戦会議に参加しているのはアルヴィンおじさんやルークス少将にアレゼル中将。さらに各師団長や参謀など三個軍集団の中枢を担う人達だ。
僕は参謀長であるから、アルヴィンおじさんの右隣に座る。アルヴィンおじさんを挟んでルークス少将がいて、僕の右隣にはアレゼル中将がいて自分が座ると今日もよろしくねと微笑して挨拶してくれた。
「よし、それじゃあ『鉄の暴風作戦』第二段階及び第三段階の作戦会議を始めるぜ」
アルヴィンおじさんの号令で作戦会議は始まった。テーブルの前には各自の飲み物としてガラスコップに入った水とホットコーヒーが置かれていた。僕はさっき飲んたばかりだけどコーヒーを一口含むと、アルヴィンおじさんの話を聞く体勢を作る。
「まずここまでの作戦遂行度合いだが、輸送面で多少混乱と遅延があったものの復旧部門がアレゼル中将の連隊や、ゴーレム召喚士の活躍のお陰で想定より早く進行。お陰で帳消しになった。アレゼル中将、改めて感謝するぜ」
「どういたしましてー。これも作戦成功の為だからさー」
「おう。現状は各自の知って通りだしよ、武器弾薬の搬入やここから先に侵攻するための物資も揃えられそうだから概ね予定通り進めそうだ。よって、シュペティウ出発は従来通りの五日後、十二の日とする。異存はねえか?」
シュペティウ出発は九の月十二の日。作戦要項にある日付と同じ予定に全員が首肯する。
「うし。ならこっからは奪還予定のジトゥーミラや各方面の偵察状況の話に移るぜ。情報参謀長、レイトン大佐。説明してくれ」
「はっ」
アルヴィンおじさんに名指しされたのは切れ長の目を持つ三十代後半の男性、情報参謀長レイトン大佐だ。彼は情報参謀を取り仕切る人物で、参謀長たる僕の直下の部下にもなっている。だから彼とは何度か作戦について話す機会があった。
「情報参謀長レイトンです。皆様、地図が描かれているボードをご覧下さい。ルブリフから活躍している召喚士一個飛行隊の他さらに新設された一個飛行隊で組織される召喚士飛行団による扇形索敵偵察網によって判明したのがこちら。現在の妖魔軍配置となります」
「扇形っていうと、アカツキ参謀長と参謀本部合同立案の索敵網だな」
「その通りでありますアルヴィン中将閣下。その席には自分も同席させていただきました。二個飛行隊による偵察の結果、ジトゥーミラ周辺の状態はかなり精密に知る事が出来ました」
地図には敵軍の詳細配置が書かれている。それらに各師団長など現場で戦う人達からは歓声があがる。知ると知らないでは大違いだからだ。
「改めて説明に戻ります。ご存知の通り、連邦と対峙している北方戦線は現在妖魔軍が四万五千存在しており、開戦以来の五万五千からは減ってはおりますが、本来ならば二万五千まで減少しているはずです。しかし、現実として連邦から定期報告で入る数は一向に減りませんでした。その原因がここ、ジトゥーミラの約七万です。やはり定期的に山脈を越えて補充されていたようです」
「ううむ、面倒だね。やっぱりジトゥーミラを押さえないと増え続けるばかりだ」
レイトン大佐の報告にルークス少将は苦言を呈する。
ジトゥーミラから東百三十キーラには標高のかなり高い山脈を越えることが出来る峠が存在している。
東側が妖魔帝国本領となるこの山脈には三つの峠があり、南側は法国侵攻の際に用いたであろう南部峠ルート。真ん中は今の所使用されていないと見られている中央峠ルート。そして、今回補充に、用いられているのが北部峠ルートだ。
北部峠ルートは中央や南に比べて広いと推定され、今回の偵察でやはりと言うべきか妖魔帝国によって拠点の街――旧ドロノダ市――がある程度開発されていた。長時間偵察は敵に察知されないようにするために行われなかったけれど、軍の拠点とするには規模だったって報告もあったからね。
「ルークス少将閣下の仰る通りです。現在ドロノダ・ジトゥーミラ・北部戦線の敵拠点ダボロドロブは物資及び兵員輸送ラインが確立されており、ここを崩さない限りは延々と北部戦線に魔物軍団は補充され続けるでしょう。北部戦線はこれまでと違い、魔物軍団に物資補給がなされているようで定住化している状態です。やはりと言いますか、奴らを洗脳している魔人部隊は存在していました。しかもここまで綿密に動かせているということはそれなりの数の魔人部隊がおり、隊長格はルブリフや法国より頭が回る者と考えられます」
レイトン大佐の発言に、作戦会議内からはこれまで通りにはいかなさそうだなという冷静な分析が聞こえてきた。
「なお、ジトゥーミラを防衛する魔物軍団は七万ですが厄介なのはこちら。地図上のジトゥーミラに黒い円形ラインを二つ書き込みましたが、これは連中が都市に防衛ラインらしきものを設定していたからです。作戦決行前には確認されていませんでしたが、シュペティウ到着前の偵察で判明しました。ここには簡素なものではありますが高さ一ミーラ半程、厚さは一ミーラ程度の石で作られた防壁が存在し、その手前には空堀が存在しています。この奥には同様の防衛設備がもう一つ存在。よって市街地に入るまでにこの二つを越えなければなりません」
「魔物が時代遅れとはいえ簡易要塞の建設だと?」
「ますます今までのようには戦えないな」
「いや、こちらには砲兵火力がある。吹き飛ばしてしまえば問題ないだろう」
「そうだな。相手は数世紀遅れた装備ばかりだ。力押しでも構うまい」
「第一、堀があったところでこちらの歩兵が持つライフルの射程は長い。むざむざ突撃せんでも遠射の的で終わるだけよ」
「妖魔帝国は戦争を吹っかけた割にはやる気がないのか、はたまた時代遅れなのかさっぱり分からんな」
師団長や参謀達は簡易的で崩すには容易いとはいえ防衛陣地を設定したのに多少は驚いていたけれど、相手の技術水準は彼等の言う通り戦争のやる気があるとは思えない前時代にも程がある手法だ。大砲の砲弾が飛んでくるわけでもないし、銃弾が飛んでくるわけでもない。だから彼等の顔には余裕が満ちていた。
とはいえ、注意しておきたい点があるので僕は口が開く。
「レイトン大佐、空堀と防壁が存在するってこては出入口もあるよね? そうじゃなきゃ物資搬入が出来ない。どこにあるの?」
「はっ、アカツキ参謀長閣下。別途用意した地図がありまして、…………こちらがジトゥーミラ市街の地図と敵軍の配置になります」
「なるほどね。必要のない西以外の南北東の三箇所に出入口があって、門が存在。で、この門は一応石と木で組み合わせた……、あー、表面は鉄も使ってるのか」
「はい、そうなります。補足して説明しますと、各所の門には常設型の魔法障壁が展開されておりますので、対物理・対魔法の耐性もあります。ここに魔人部隊まで現れたとなれば魔法障壁がさらに展開という可能性も」
「魔人部隊はどれくらい確認された? 夜間偵察もしたから判明はしているよね」
「はっ。六万のうち、偵察結果を元にして情報参謀部門では推定一個連隊と」
「一個連隊か。魔物軍団よりこっちに気を付けるべきだね。主兵装は?」
「杖ですね。全員魔法能力者かと」
「銃の類はどう? 二百五十年前の戦争でもあっちはマスケット銃を持っていた。だったらこちらと同様ライフル銃は持っていてもおかしくないよ」
「確認はされていません。しかし、参謀本部の計画策定から可能性としては考えています」
「まあ大砲みたいなデカ物持ち込んでいないだけマシかな……。魔人くらいには持たせてると思うけど。それよりも……」
それよりも僕が気になるのは、防衛陣地設置の期間だ。まるでこちらの侵攻計画を見越しているかのごとく、事前に作っている。作戦決行前には無かったのに今は存在しているのが確固たる理由だ。魔物が事前にこちらの動きを察知するなんて考えられない。僕達の動きを知る為には強行偵察なり、こちらと同じように空中偵察の必要があるからだ。それが可能なのは魔人部隊だけど、だったらエイジスのレーダーが感知するはずだ。けれどエイジスからそんな話は聞いていないし、あったらすぐに報告してくれる。
……そうなると、考えられるのは情報の漏えい、か。
双子の魔人が国内に入り込んでいたみたいに、魔人が諜報活動を行っている可能性が高いね。
問題はどこから、なんだけど……。
「それよりも、とはどうなさいましたかアカツキ参謀長閣下」
「いや、なんでもないよ。事前の計画通り、出発と同時から到着直前まで、到着後も『流星雨作戦』を用いよう。と思ってね」
「『流星雨作戦』、ああ、戦術爆撃の事ですね」
「そそ。全体向けに説明よろしく」
僕が発した作戦名に、周囲は反応を示すけれど既に内容は手短ながらも耳にしているからか驚きは少なかった。
「了解しました。では、これからジトゥーミラ攻略戦における事前段階作戦、『流星雨作戦』の説明を始めます。本作戦は、五日後から到着直前及び直後にかけて行われる召喚士飛行団を利用した航空作戦です。ここにおられる方は『将来に向けた空中作戦等三次元空間戦争の可能性』の講習会を受けた方々ですので効力についてはご存知だと思いますが、いわゆる戦術爆撃になります。立案はこちらもアカツキ参謀長閣下と参謀本部の合同立案です」
「おー、軍でやった勉強会だな。将官含めて大規模にやったやつだろ。相変わらずおもしれえ戦術だと思ったぜ」
「アカツキ准将が爆殺魔って呼ばれても当然だと思ったね」
「アカツキくんって可愛い顔して、残酷な事考えるよねー。参謀としては最高だけどさっ」
事前講習会は感想を述べたアルヴィンおじさん、ルークス少将、アレゼル中将以外にここにいる全員が受けていて、敵軍に対していかに効果的なのかは知っていた。だから僕の二つ名が余計に広まったみたいなんだけど、この際気にするのはやめよう……。
「本作戦に参加するのは、ルブリフで活躍した第一飛行隊から第六飛行隊の新設第一飛行群、新設第七飛行隊から第十二飛行隊の第二飛行群。その中でも空爆可能な飛行動物を扱える選抜百二名。三個攻撃飛行隊になります。一日一個飛行隊が作戦参加し、持ち回りで行います。投下するのはルブリフと同様魔法石。ミニドラゴンなどは大型のものを、鷹や鳶に鷲などは可載重量を鑑みて中型小型を投下します。また、夜間爆撃も今回行われます。使用するのは梟フクロウで、これまで夜間偵察を可能とした動物です」
「質問よろしいか」
「どうぞ、B軍集団第四師団長」
「昼間爆撃については十分な効力を認むるが、夜間爆撃は威力を発揮出来ないと考えられる。梟は大きなものでもせいぜい小型の魔法石爆弾しか投下出来ぬと思われるが」
「それについては私から説明します」
「おお、アカツキ参謀長直々か。頼む」
僕は立ち上がると、地図の前に立って口を開く。
「第四師団長の懸念通り、夜間爆撃は大した威力を持ちません。小型の魔法石では建物一つ壊すのがやっとです」
「であろう? ならばなぜ行う必要があるのか?」
「夜間爆撃は破壊力を主眼とした作戦ではありません。敵軍の、特に魔人部隊に対して精神攻撃の側面を持っています」
「ほう? というのも?」
「ジトゥーミラは魔物軍団が活動しやすいように夜間でも火を絶やさずにいます。とはいえ、魔道照明具に比べて灯りは弱く精密爆撃にも向きません。しかし、大まかな爆撃は可能です。ですので、防衛ラインの都市外縁部や市街地に投下。これを一週間毎日一個飛行隊が行います。夜間爆撃は人員上隔日となってしまいますが。しかし、想像してみてください。昼間は毎日、夜は一日おきに問わずどこかに爆弾が落ちてくるのです。しかも高度は上級魔法でやっと当たるかどうか。通常の飛行動物と比べれば魔力稼働で疲れ知らずですし、対象地域では魔石を持っているのでいつもより遅いとはいえ高速で飛来、運良く当たっても召喚士による魔法障壁が付与されて撃墜は難しい。そんなものが一週間です」
「自分達がやられる立場となると、悪夢だな……。一週間もおちおち寝ておられんなど、確実に消耗する。考えたくもない」
「その通りです。昼間爆撃は破壊中心、夜間爆撃は精神攻撃中心で行います」
「我が軍にとっては非常に魅力的なのは分かった。だがアカツキ参謀長。重箱の隅をつつくようで申し訳ないが攻撃隊は魔石爆弾を持つことにより行動半径が狭まるだろう? 偵察よりも気を遣う。誘導、という言葉であったか? それらはどうするのだ?」
「ご心配なく。エイジスには最初反対されましたが、彼女も参加します」
「おお! 参謀長の至高の召喚武器エイジスが直々とな! しかし意志を持つ召喚武器が反対意見を出すとはまさに人間よな!」
「ええ。私の身はアレゼル中将やルークス少将が守ってくださり、自分自身もエイジスによって魔力半減効果で高火力で戦える点。また、万が一の際は彼女が展開可能な魔法障壁最大の十五枚の使用許可、危険と感じたら即時離脱を条件に参加させました」
「マイマスター、発言の許可を」
「ん、いいよエイジス」
エイジスが話したがっていたので僕は首を縦に振ると、室内にいた全員が彼女に注目する。
「皆様方。改めまして、マスター所有の支援型自動人形のエイジスです。以後お見知りおきを」
「お、おお。よろしく」
「SSランクでも特殊とはまさにその通りだな」
「自身で説明までするのか! 面白い!」
「説明を開始します。本作戦において、ワタクシはマスターの直掩から離れ、召喚士攻撃飛行隊と共に行動し参加します。ワタクシの任務は攻撃飛行隊の誘導及び索敵です。シュペティウを離れた直後から魔力感知レーダーを起動し、敵を感知します」
「れ、れーだー、と言うとあれか。魔力で君が探るという神の目か? 学習会でも学んで驚きと共に知ったが」
「肯定。第七師団長の発言された通りです。道中の敵発見も併せて行い、空中にいないかも監視します。ジトゥーミラ上空付近に到着後はワタクシは郊外から攻撃場所の指定など精密誘導を開始します。座標指定は予めマスターに送ります」
「私が補足しますジトゥーミラの地図には既に座標を振ってあります。南北には北端から数字を、東西にはABCの順に振り分けてあります。ルブリフで行ったものの応用ですね」
「補足感謝するアカツキ参謀長。時代を先取りし過ぎていて少々付いていくのに難儀したが、覚えてしまえば素晴らしさしかないな」
「エイジスのそれは先進的すぎる点がありますので……。というより、戦争の歴史を大きく塗り替えるものかと」
「まったくであるな」
それからもエイジスの説明は続く。
要するに彼女を用いて行う空爆は第一次世界大戦どころか第二次世界大戦の水準、下手すれば戦後に行っていた戦法だ。エイジスが空中管制機、召喚した鳥達は爆撃機という感じかな。
レーダーは僕しか見られないという限定的要素があるもののリアルタイムに戦況を知る事が出来て、僕はエイジスが得た情報を伝える。召喚士は召喚した飛行動物との意思疎通は可能だから自分を経由して伝えられるし、あっちはあっちでないとは思うけどもし飛行隊が現れて対処不可能だったとしても即時離脱許可を出せる。
まあ、万が一があったとしてもエイジスは自衛火力があるから攻撃飛行隊の防衛も出来るから大丈夫だとは思うけどね。
この世界においては百年以上先の戦い方。間違いなく一方的な戦争になるだろう。
「――以上、ワタクシからの説明を終わります」
「素晴らしい! これなら戦争に勝ったも同然だ! ジトゥーミラの戦いに敗北なし!」
「今後の戦いも圧倒的に優位に進められるぞ! 東部領奪還は夢ではない!」
「ロイヤル・アルネシアに勝利を!」
作戦決行が知らされてから短期間とはいえ自身の軍務の他に学習会を重ねてきた室内にいる人達は沸き立つ。ここまでやって負けるはずがないといった様子だ。僕だってそう思う。ルブリフに続く先進的戦法に対して相手は中世水準。同情したくなるような結果になるのは間違いない。
だけど、これは戦争だ。相手の心をバキバキに折って戦意喪失をさせ、戦況をこちら側優位に進めないといけないんだ。まだマーチス侯爵達の意見を聞いていないけど、僕は東部領は全て奪還を目標としている。そうすれば先の大戦前の状態に戻した上で、妖魔帝国に侵略させない心境を醸成させられるはずだから。少なくとも、連合王国を攻めてくるなんて真似はしてこないはずだし、全体抑止力にも繋がる。あくまで理想通りに進めばの話ではあるけどね。
この後も作戦会議は進みジトゥーミラの奪還部分、そして連邦と連携しての挟み撃ちによる敵北部戦線の崩壊を狙った話まで終わると。
「いやあ、相変わらず参謀長の才智は心強いな! それを作戦として落とし込める参謀本部もまた心強い! そしてだ! 俺達現場で作戦を実現させればこの戦争は絶対に勝てる。東部領を取り戻す、最初の戦いだ! 必ず成功させるぞ!」
『おおおおおおお!!』
アルヴィンおじさんが右腕を掲げると、室内には雄叫びがあがる。士気は申し分ないほどに上がっていた。
いける。勝てる。僕もその心で満たされ、作戦会議はすっかり夜になった頃に終わった。
勝利への序曲は盛大に演奏が始まろうとしていた。
16時35分
前線司令部用仮設建築物・作戦会議室
「すみません、お待たせ致しました」
「いや、大丈夫だぜアカツキ参謀長。そろそろ始めるくらいだったからちょうどいいくらいだ」
前線司令部用に建てられた仮設建築物内にある、既に長丁場に備えて魔道照明具によって灯りが灯されている作戦会議室に着くと、既にほとんどのメンバーが揃っていた。この作戦会議に参加しているのはアルヴィンおじさんやルークス少将にアレゼル中将。さらに各師団長や参謀など三個軍集団の中枢を担う人達だ。
僕は参謀長であるから、アルヴィンおじさんの右隣に座る。アルヴィンおじさんを挟んでルークス少将がいて、僕の右隣にはアレゼル中将がいて自分が座ると今日もよろしくねと微笑して挨拶してくれた。
「よし、それじゃあ『鉄の暴風作戦』第二段階及び第三段階の作戦会議を始めるぜ」
アルヴィンおじさんの号令で作戦会議は始まった。テーブルの前には各自の飲み物としてガラスコップに入った水とホットコーヒーが置かれていた。僕はさっき飲んたばかりだけどコーヒーを一口含むと、アルヴィンおじさんの話を聞く体勢を作る。
「まずここまでの作戦遂行度合いだが、輸送面で多少混乱と遅延があったものの復旧部門がアレゼル中将の連隊や、ゴーレム召喚士の活躍のお陰で想定より早く進行。お陰で帳消しになった。アレゼル中将、改めて感謝するぜ」
「どういたしましてー。これも作戦成功の為だからさー」
「おう。現状は各自の知って通りだしよ、武器弾薬の搬入やここから先に侵攻するための物資も揃えられそうだから概ね予定通り進めそうだ。よって、シュペティウ出発は従来通りの五日後、十二の日とする。異存はねえか?」
シュペティウ出発は九の月十二の日。作戦要項にある日付と同じ予定に全員が首肯する。
「うし。ならこっからは奪還予定のジトゥーミラや各方面の偵察状況の話に移るぜ。情報参謀長、レイトン大佐。説明してくれ」
「はっ」
アルヴィンおじさんに名指しされたのは切れ長の目を持つ三十代後半の男性、情報参謀長レイトン大佐だ。彼は情報参謀を取り仕切る人物で、参謀長たる僕の直下の部下にもなっている。だから彼とは何度か作戦について話す機会があった。
「情報参謀長レイトンです。皆様、地図が描かれているボードをご覧下さい。ルブリフから活躍している召喚士一個飛行隊の他さらに新設された一個飛行隊で組織される召喚士飛行団による扇形索敵偵察網によって判明したのがこちら。現在の妖魔軍配置となります」
「扇形っていうと、アカツキ参謀長と参謀本部合同立案の索敵網だな」
「その通りでありますアルヴィン中将閣下。その席には自分も同席させていただきました。二個飛行隊による偵察の結果、ジトゥーミラ周辺の状態はかなり精密に知る事が出来ました」
地図には敵軍の詳細配置が書かれている。それらに各師団長など現場で戦う人達からは歓声があがる。知ると知らないでは大違いだからだ。
「改めて説明に戻ります。ご存知の通り、連邦と対峙している北方戦線は現在妖魔軍が四万五千存在しており、開戦以来の五万五千からは減ってはおりますが、本来ならば二万五千まで減少しているはずです。しかし、現実として連邦から定期報告で入る数は一向に減りませんでした。その原因がここ、ジトゥーミラの約七万です。やはり定期的に山脈を越えて補充されていたようです」
「ううむ、面倒だね。やっぱりジトゥーミラを押さえないと増え続けるばかりだ」
レイトン大佐の報告にルークス少将は苦言を呈する。
ジトゥーミラから東百三十キーラには標高のかなり高い山脈を越えることが出来る峠が存在している。
東側が妖魔帝国本領となるこの山脈には三つの峠があり、南側は法国侵攻の際に用いたであろう南部峠ルート。真ん中は今の所使用されていないと見られている中央峠ルート。そして、今回補充に、用いられているのが北部峠ルートだ。
北部峠ルートは中央や南に比べて広いと推定され、今回の偵察でやはりと言うべきか妖魔帝国によって拠点の街――旧ドロノダ市――がある程度開発されていた。長時間偵察は敵に察知されないようにするために行われなかったけれど、軍の拠点とするには規模だったって報告もあったからね。
「ルークス少将閣下の仰る通りです。現在ドロノダ・ジトゥーミラ・北部戦線の敵拠点ダボロドロブは物資及び兵員輸送ラインが確立されており、ここを崩さない限りは延々と北部戦線に魔物軍団は補充され続けるでしょう。北部戦線はこれまでと違い、魔物軍団に物資補給がなされているようで定住化している状態です。やはりと言いますか、奴らを洗脳している魔人部隊は存在していました。しかもここまで綿密に動かせているということはそれなりの数の魔人部隊がおり、隊長格はルブリフや法国より頭が回る者と考えられます」
レイトン大佐の発言に、作戦会議内からはこれまで通りにはいかなさそうだなという冷静な分析が聞こえてきた。
「なお、ジトゥーミラを防衛する魔物軍団は七万ですが厄介なのはこちら。地図上のジトゥーミラに黒い円形ラインを二つ書き込みましたが、これは連中が都市に防衛ラインらしきものを設定していたからです。作戦決行前には確認されていませんでしたが、シュペティウ到着前の偵察で判明しました。ここには簡素なものではありますが高さ一ミーラ半程、厚さは一ミーラ程度の石で作られた防壁が存在し、その手前には空堀が存在しています。この奥には同様の防衛設備がもう一つ存在。よって市街地に入るまでにこの二つを越えなければなりません」
「魔物が時代遅れとはいえ簡易要塞の建設だと?」
「ますます今までのようには戦えないな」
「いや、こちらには砲兵火力がある。吹き飛ばしてしまえば問題ないだろう」
「そうだな。相手は数世紀遅れた装備ばかりだ。力押しでも構うまい」
「第一、堀があったところでこちらの歩兵が持つライフルの射程は長い。むざむざ突撃せんでも遠射の的で終わるだけよ」
「妖魔帝国は戦争を吹っかけた割にはやる気がないのか、はたまた時代遅れなのかさっぱり分からんな」
師団長や参謀達は簡易的で崩すには容易いとはいえ防衛陣地を設定したのに多少は驚いていたけれど、相手の技術水準は彼等の言う通り戦争のやる気があるとは思えない前時代にも程がある手法だ。大砲の砲弾が飛んでくるわけでもないし、銃弾が飛んでくるわけでもない。だから彼等の顔には余裕が満ちていた。
とはいえ、注意しておきたい点があるので僕は口が開く。
「レイトン大佐、空堀と防壁が存在するってこては出入口もあるよね? そうじゃなきゃ物資搬入が出来ない。どこにあるの?」
「はっ、アカツキ参謀長閣下。別途用意した地図がありまして、…………こちらがジトゥーミラ市街の地図と敵軍の配置になります」
「なるほどね。必要のない西以外の南北東の三箇所に出入口があって、門が存在。で、この門は一応石と木で組み合わせた……、あー、表面は鉄も使ってるのか」
「はい、そうなります。補足して説明しますと、各所の門には常設型の魔法障壁が展開されておりますので、対物理・対魔法の耐性もあります。ここに魔人部隊まで現れたとなれば魔法障壁がさらに展開という可能性も」
「魔人部隊はどれくらい確認された? 夜間偵察もしたから判明はしているよね」
「はっ。六万のうち、偵察結果を元にして情報参謀部門では推定一個連隊と」
「一個連隊か。魔物軍団よりこっちに気を付けるべきだね。主兵装は?」
「杖ですね。全員魔法能力者かと」
「銃の類はどう? 二百五十年前の戦争でもあっちはマスケット銃を持っていた。だったらこちらと同様ライフル銃は持っていてもおかしくないよ」
「確認はされていません。しかし、参謀本部の計画策定から可能性としては考えています」
「まあ大砲みたいなデカ物持ち込んでいないだけマシかな……。魔人くらいには持たせてると思うけど。それよりも……」
それよりも僕が気になるのは、防衛陣地設置の期間だ。まるでこちらの侵攻計画を見越しているかのごとく、事前に作っている。作戦決行前には無かったのに今は存在しているのが確固たる理由だ。魔物が事前にこちらの動きを察知するなんて考えられない。僕達の動きを知る為には強行偵察なり、こちらと同じように空中偵察の必要があるからだ。それが可能なのは魔人部隊だけど、だったらエイジスのレーダーが感知するはずだ。けれどエイジスからそんな話は聞いていないし、あったらすぐに報告してくれる。
……そうなると、考えられるのは情報の漏えい、か。
双子の魔人が国内に入り込んでいたみたいに、魔人が諜報活動を行っている可能性が高いね。
問題はどこから、なんだけど……。
「それよりも、とはどうなさいましたかアカツキ参謀長閣下」
「いや、なんでもないよ。事前の計画通り、出発と同時から到着直前まで、到着後も『流星雨作戦』を用いよう。と思ってね」
「『流星雨作戦』、ああ、戦術爆撃の事ですね」
「そそ。全体向けに説明よろしく」
僕が発した作戦名に、周囲は反応を示すけれど既に内容は手短ながらも耳にしているからか驚きは少なかった。
「了解しました。では、これからジトゥーミラ攻略戦における事前段階作戦、『流星雨作戦』の説明を始めます。本作戦は、五日後から到着直前及び直後にかけて行われる召喚士飛行団を利用した航空作戦です。ここにおられる方は『将来に向けた空中作戦等三次元空間戦争の可能性』の講習会を受けた方々ですので効力についてはご存知だと思いますが、いわゆる戦術爆撃になります。立案はこちらもアカツキ参謀長閣下と参謀本部の合同立案です」
「おー、軍でやった勉強会だな。将官含めて大規模にやったやつだろ。相変わらずおもしれえ戦術だと思ったぜ」
「アカツキ准将が爆殺魔って呼ばれても当然だと思ったね」
「アカツキくんって可愛い顔して、残酷な事考えるよねー。参謀としては最高だけどさっ」
事前講習会は感想を述べたアルヴィンおじさん、ルークス少将、アレゼル中将以外にここにいる全員が受けていて、敵軍に対していかに効果的なのかは知っていた。だから僕の二つ名が余計に広まったみたいなんだけど、この際気にするのはやめよう……。
「本作戦に参加するのは、ルブリフで活躍した第一飛行隊から第六飛行隊の新設第一飛行群、新設第七飛行隊から第十二飛行隊の第二飛行群。その中でも空爆可能な飛行動物を扱える選抜百二名。三個攻撃飛行隊になります。一日一個飛行隊が作戦参加し、持ち回りで行います。投下するのはルブリフと同様魔法石。ミニドラゴンなどは大型のものを、鷹や鳶に鷲などは可載重量を鑑みて中型小型を投下します。また、夜間爆撃も今回行われます。使用するのは梟フクロウで、これまで夜間偵察を可能とした動物です」
「質問よろしいか」
「どうぞ、B軍集団第四師団長」
「昼間爆撃については十分な効力を認むるが、夜間爆撃は威力を発揮出来ないと考えられる。梟は大きなものでもせいぜい小型の魔法石爆弾しか投下出来ぬと思われるが」
「それについては私から説明します」
「おお、アカツキ参謀長直々か。頼む」
僕は立ち上がると、地図の前に立って口を開く。
「第四師団長の懸念通り、夜間爆撃は大した威力を持ちません。小型の魔法石では建物一つ壊すのがやっとです」
「であろう? ならばなぜ行う必要があるのか?」
「夜間爆撃は破壊力を主眼とした作戦ではありません。敵軍の、特に魔人部隊に対して精神攻撃の側面を持っています」
「ほう? というのも?」
「ジトゥーミラは魔物軍団が活動しやすいように夜間でも火を絶やさずにいます。とはいえ、魔道照明具に比べて灯りは弱く精密爆撃にも向きません。しかし、大まかな爆撃は可能です。ですので、防衛ラインの都市外縁部や市街地に投下。これを一週間毎日一個飛行隊が行います。夜間爆撃は人員上隔日となってしまいますが。しかし、想像してみてください。昼間は毎日、夜は一日おきに問わずどこかに爆弾が落ちてくるのです。しかも高度は上級魔法でやっと当たるかどうか。通常の飛行動物と比べれば魔力稼働で疲れ知らずですし、対象地域では魔石を持っているのでいつもより遅いとはいえ高速で飛来、運良く当たっても召喚士による魔法障壁が付与されて撃墜は難しい。そんなものが一週間です」
「自分達がやられる立場となると、悪夢だな……。一週間もおちおち寝ておられんなど、確実に消耗する。考えたくもない」
「その通りです。昼間爆撃は破壊中心、夜間爆撃は精神攻撃中心で行います」
「我が軍にとっては非常に魅力的なのは分かった。だがアカツキ参謀長。重箱の隅をつつくようで申し訳ないが攻撃隊は魔石爆弾を持つことにより行動半径が狭まるだろう? 偵察よりも気を遣う。誘導、という言葉であったか? それらはどうするのだ?」
「ご心配なく。エイジスには最初反対されましたが、彼女も参加します」
「おお! 参謀長の至高の召喚武器エイジスが直々とな! しかし意志を持つ召喚武器が反対意見を出すとはまさに人間よな!」
「ええ。私の身はアレゼル中将やルークス少将が守ってくださり、自分自身もエイジスによって魔力半減効果で高火力で戦える点。また、万が一の際は彼女が展開可能な魔法障壁最大の十五枚の使用許可、危険と感じたら即時離脱を条件に参加させました」
「マイマスター、発言の許可を」
「ん、いいよエイジス」
エイジスが話したがっていたので僕は首を縦に振ると、室内にいた全員が彼女に注目する。
「皆様方。改めまして、マスター所有の支援型自動人形のエイジスです。以後お見知りおきを」
「お、おお。よろしく」
「SSランクでも特殊とはまさにその通りだな」
「自身で説明までするのか! 面白い!」
「説明を開始します。本作戦において、ワタクシはマスターの直掩から離れ、召喚士攻撃飛行隊と共に行動し参加します。ワタクシの任務は攻撃飛行隊の誘導及び索敵です。シュペティウを離れた直後から魔力感知レーダーを起動し、敵を感知します」
「れ、れーだー、と言うとあれか。魔力で君が探るという神の目か? 学習会でも学んで驚きと共に知ったが」
「肯定。第七師団長の発言された通りです。道中の敵発見も併せて行い、空中にいないかも監視します。ジトゥーミラ上空付近に到着後はワタクシは郊外から攻撃場所の指定など精密誘導を開始します。座標指定は予めマスターに送ります」
「私が補足しますジトゥーミラの地図には既に座標を振ってあります。南北には北端から数字を、東西にはABCの順に振り分けてあります。ルブリフで行ったものの応用ですね」
「補足感謝するアカツキ参謀長。時代を先取りし過ぎていて少々付いていくのに難儀したが、覚えてしまえば素晴らしさしかないな」
「エイジスのそれは先進的すぎる点がありますので……。というより、戦争の歴史を大きく塗り替えるものかと」
「まったくであるな」
それからもエイジスの説明は続く。
要するに彼女を用いて行う空爆は第一次世界大戦どころか第二次世界大戦の水準、下手すれば戦後に行っていた戦法だ。エイジスが空中管制機、召喚した鳥達は爆撃機という感じかな。
レーダーは僕しか見られないという限定的要素があるもののリアルタイムに戦況を知る事が出来て、僕はエイジスが得た情報を伝える。召喚士は召喚した飛行動物との意思疎通は可能だから自分を経由して伝えられるし、あっちはあっちでないとは思うけどもし飛行隊が現れて対処不可能だったとしても即時離脱許可を出せる。
まあ、万が一があったとしてもエイジスは自衛火力があるから攻撃飛行隊の防衛も出来るから大丈夫だとは思うけどね。
この世界においては百年以上先の戦い方。間違いなく一方的な戦争になるだろう。
「――以上、ワタクシからの説明を終わります」
「素晴らしい! これなら戦争に勝ったも同然だ! ジトゥーミラの戦いに敗北なし!」
「今後の戦いも圧倒的に優位に進められるぞ! 東部領奪還は夢ではない!」
「ロイヤル・アルネシアに勝利を!」
作戦決行が知らされてから短期間とはいえ自身の軍務の他に学習会を重ねてきた室内にいる人達は沸き立つ。ここまでやって負けるはずがないといった様子だ。僕だってそう思う。ルブリフに続く先進的戦法に対して相手は中世水準。同情したくなるような結果になるのは間違いない。
だけど、これは戦争だ。相手の心をバキバキに折って戦意喪失をさせ、戦況をこちら側優位に進めないといけないんだ。まだマーチス侯爵達の意見を聞いていないけど、僕は東部領は全て奪還を目標としている。そうすれば先の大戦前の状態に戻した上で、妖魔帝国に侵略させない心境を醸成させられるはずだから。少なくとも、連合王国を攻めてくるなんて真似はしてこないはずだし、全体抑止力にも繋がる。あくまで理想通りに進めばの話ではあるけどね。
この後も作戦会議は進みジトゥーミラの奪還部分、そして連邦と連携しての挟み撃ちによる敵北部戦線の崩壊を狙った話まで終わると。
「いやあ、相変わらず参謀長の才智は心強いな! それを作戦として落とし込める参謀本部もまた心強い! そしてだ! 俺達現場で作戦を実現させればこの戦争は絶対に勝てる。東部領を取り戻す、最初の戦いだ! 必ず成功させるぞ!」
『おおおおおおお!!』
アルヴィンおじさんが右腕を掲げると、室内には雄叫びがあがる。士気は申し分ないほどに上がっていた。
いける。勝てる。僕もその心で満たされ、作戦会議はすっかり夜になった頃に終わった。
勝利への序曲は盛大に演奏が始まろうとしていた。
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