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第4章法国遠征編
第18話 戦争狂皇帝レオニードは笑む
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・・18・・
6の月27の日
妖魔帝国・首都
皇宮・皇帝執務室
冬は極寒の地である妖魔帝国首都。しかし六の月ともなれば最高気温は二十度近くまで上昇しこれから短い夏を満喫出来るようになる。
その首都中央に位置する皇宮、皇帝執務室で妖魔帝国の頂点に君臨する皇帝レオニード・ヨマニエフは部下から戦況の報告を聞いていた。その部下というのはアカツキの前に姿を現したブライフマンであった。
「うん、案の定こっぴどくやられたもんだね。連邦の戦線は膠着状態だし、連合王国では全滅。法国の戦線もウィディーネが失陥とは」
「被害総数は連邦だけでも一万、連合王国と法国に至っては送ったほとんどが全滅といっていいでしょう。事実上、我が軍は二方面で崩壊、連邦もこれ以上の侵攻は不可能と考えてみていいかと。特に連合王国の戦線は逆侵攻を受けてもおかしくありません」
ブライフマンの報告通り、妖魔軍は惨敗といっていい被害を受けている。比較的マトモに戦えている対連邦の北部戦線はともかくとして、ルブリフ丘陵の戦いでは魔人の帰還者ゼロ、法国でも一時はヴァネティアまで迫るも法国と連合王国の二カ国軍にこっぴどくやられウィディーネまで奪還されている。昨日の最新状況では間もなく法国軍は国境線まで到達するという。
結局開戦以来妖魔軍が送った総勢二十万を越す魔物軍団はその四分の三を失い、事実上の崩壊を起こしていた。
「害獣駆除には丁度いいんだけどね。穢らわしい低脳共を人間の兵器でやってくれているんだ。手間が省ける。それに山脈から西は先の戦争で我々が占領した土地の割には低開発だ。取られたところでそう痛くもない」
「確かに資金も武器弾薬も人間持ちと考えれば我々にとっては痛まない話ではありますが……。これは戦争でありますよ?」
「いいんだよこれで」
「はあ……。畏れながら皇帝陛下。諜報特務の私等呼ばなくてもこのような話は作戦局の者を呼べばよろしいのではありませんか?」
話が丁度途切れそうなところでブライフマンは疑問を口にする。彼が隊長を務めているのは『皇帝直轄諜報特務部隊』であり、決して作戦局ではない。本来ならここにいるのは自分ではなく参謀なり作戦に関わる者であるのではと軍事の素人でも思うだろう。
しかしレオニードはこう返す。
「人間を二百五十年前から下等生物と信じてやまない作戦局の連中から話を聞いても、意味が無いだろう? あれらは部屋でデスクワークをするのが仕事なんだから俺も文句は言いやしないけど、現場を知らない奴から人類諸国はどうだと聞いても返ってくる言葉は決まっているからね」
「所詮は人間。我々が本気を出せば一捻り、ですか。今回の陛下のやり方へ畏れ多くも不満を持つ者もいらっしゃるのは確かです。魔物が消え去るのは胸がすくが、なぜ投入するのか。我ら魔人で一挙に攻めれば滅ぼすのも簡単だというのにと廊下で耳にはしましたが」
「勇猛果敢なのはいい事だけどさ、人間を侮っちゃいけないよ。事実、一捻りさせられると豪語する連合王国の魔人部隊はどうなった? ルブリフからだいぶ経つというのに未だに行方不明で事実上の戦死扱いじゃないか」
「法国戦線では魔力を感じる鳥類が監視をしており、それは夜もあったと召喚士部隊から私も聞き及んでおります。これまでに召喚した動物を組織的に運用するのは我らでも例がないと。また、人間の一般兵器は連合王国のそれはまるでたえず戦術級魔法を撃ち込んでくるようだったと。もし魔人で構成される部隊であっても、アレを受ければタダじゃ済まないだろうと部隊長が報告を送ったそうです」
「法国に向かわせた隊長は随分と冷静で優秀じゃないか。そいつ、俺直々に取り立ててやった方がいいかもね」
「幸い臣民や兵卒にも今回の敗北は報道規制で伝わっておりませんからね」
「そういう事。報道なんて俺の力でどうにでも動かせる。それよりさ、貴様の意見は聞きたいんだけどいいかな?」
「はっ。なんなりと」
レオニードは話題転換をし、ブライフマンは快く頷いて答えた。
「貴様の部隊、双子のチャイカが法国で任務は果たしたそうだけどどうだった? 一応作戦局からの報告書は読んだけど魔人賛美の人間侮蔑の文書には飽き飽きしていてね」
「皇帝陛下が直々に命じた任務は難なく成功させました。法国軍指揮官の豚は司令部ごと吹き飛ばしましたが」
「知っている。そうじゃなくて、俺が聞きたいのは『変革者』の方だよ」
「『変革者』とは皇帝陛下が造語された、ああ、あの軍人ですか。アカツキ・ノースロードでありますよね?」
「そうそう。軍の連中は未だに関心がないようだけど、貴様がよく記載している名前の人間だ。チャイカが遭遇したそうじゃないか」
「遭遇したというより、実は望んで会いに行ったという方が正しいのですが……。ええ、確かに交戦しました。わざわざ敵前で拷問なんてしでかすものですから途中で彼の部下と法国軍の高位召喚武器持ちが援軍に駆けつけてあと一歩のところで取り逃がす羽目になりました。彼の持つ召喚武器は完全に破壊したそうですが……」
「これだから頭のイカれた戦闘狂は困るね……。召喚武器まで壊したとか一番厄介じゃないか」
皇帝は豪奢で座り心地のいい執務椅子に肘を置いて、頬に手を置いてため息をつく。
「彼の持つ銃型召喚武器も一応はランクの高いものですよ? 破壊しておいて損は無いと思いますし、その点は私もチャイカ姉妹を褒めましたが」
「貴様なら分かっていると思うけどさ、アレの一番危険な点は?」
「召喚武器ではなく、頭ですよね。ですから皇帝陛下の憂慮も大変よく分かりますが」
「魔人の中じゃ貴様は人間を侮らないからいいけど、そうじゃない。なぜ俺が彼を『変革者』と呼ぶかだよ」
「…………申し訳ありません。意思を図りかねます」
「ちょっと遠回しに言いすぎたね。率直に言おう。アレは軍でも上の者で、貴族だ。新たな召喚武器とやらを召喚させるには造作もないだろう?」
「ええ。召喚石は貴重であっても貴族でましてや王宮伯爵の位まであれば容易いでしょう」
「じゃあ、だ。もしアカツキ・ノースロードがSSランクの召喚武器を召喚成功してしまったらどうする?」
「……まさか。SSランクは一万分の一の顕現確率ですよ? Sランクですら五千分の一だというのに簡単に出せるものではありません。諜報による報告書にも明記したはずですが」
「勿論頭に入れているさ。だけどね、アレは連合王国に変革をもたらしている人間だぞ。もしクソッタレの神が微笑んだらどうする? 頭も回る上にSSランクなんて顕現させようものなら今度は真の英雄になりうるぞ? 脅威なんてものじゃない。アレ個人すらが立ち塞がる大いなる壁となる」
「今でさえ連合王国の英雄とされている彼がもし顕現させれば……」
「連合王国は国内外に大規模な宣伝をするだろうな。あのアカツキ・ノースロードがSSランクの召喚武器を手に入れた。我々の勝利は最早確定されただろう。って具合にね。少なくとも俺なら大々的にやる。国民は沸き立つし、兵の士気は上昇するだろう。財政だって国債は飛ぶように売れるぞ。アレの改革提言自体目を通してみたら債務に過分に頼らない経済を構築しようとしているのに、そうなったらますます継戦に障害は無くなるだろうね」
「彼の存在自体が、連合王国をより強大にすると……」
「人間を見下しやしない貴様なら俺と同じ考えに行き着くだろう?」
「…………」
ブライフマンは与太話程度で聞いていたが、レオニードの分析を脳内で考える内に決して彼の推測が与太では無くなるのではないかと思っていた。
皇帝レオニードは先代の頃から続く慢性的な財政赤字を解決しつつあり、経済の立て直しに成功していた。さらに肥大化していた軍を大胆にリストラ――それでも人的資源の豊富な帝国軍の総数は連合王国軍を遥かに上回るが――。浮いた人員は国営工場に回すなどして失業者対策もしている。反対する金に汚い貴族や官僚、軍人を容赦無く粛清する恐怖政治を伴いながらではあるものの、実績を出しているだけに頭のいい政府や軍関係者からの支持は厚く、ここ数年で随分と皇帝の政治に異を唱える者は減っている。
だからであろう、カリスマ性のある皇帝の意見を聞いている内にブライフマンは推測に真実味があるように思えてしまった。
「諜報を強化しましょう。連合王国だけでなく、あの国に釣られて他国も改革をする可能性は十分にあります」
「貴様が有能で助かるよ。言おうとしていた事を言ってくれた」
「身に余る光栄です」
「俺も方策は考えておこう。しばらくは魔物軍団の物量をぶつけて消耗戦をさせておけばいい。本当の戦争はそれからだ」
「はっ! 全ては皇帝陛下の為に!」
「うん、ご苦労。下がってよし」
レオニードが微笑んで言うと、ブライフマンは退室する。
一人になったレオニードはすると、表情を凶悪な笑みに変える。
「この戦争、楽しくなってきたじゃないか」
チャイカ姉妹を戦闘狂と呼ぶ彼も、また戦争狂であった。
6の月27の日
妖魔帝国・首都
皇宮・皇帝執務室
冬は極寒の地である妖魔帝国首都。しかし六の月ともなれば最高気温は二十度近くまで上昇しこれから短い夏を満喫出来るようになる。
その首都中央に位置する皇宮、皇帝執務室で妖魔帝国の頂点に君臨する皇帝レオニード・ヨマニエフは部下から戦況の報告を聞いていた。その部下というのはアカツキの前に姿を現したブライフマンであった。
「うん、案の定こっぴどくやられたもんだね。連邦の戦線は膠着状態だし、連合王国では全滅。法国の戦線もウィディーネが失陥とは」
「被害総数は連邦だけでも一万、連合王国と法国に至っては送ったほとんどが全滅といっていいでしょう。事実上、我が軍は二方面で崩壊、連邦もこれ以上の侵攻は不可能と考えてみていいかと。特に連合王国の戦線は逆侵攻を受けてもおかしくありません」
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結局開戦以来妖魔軍が送った総勢二十万を越す魔物軍団はその四分の三を失い、事実上の崩壊を起こしていた。
「害獣駆除には丁度いいんだけどね。穢らわしい低脳共を人間の兵器でやってくれているんだ。手間が省ける。それに山脈から西は先の戦争で我々が占領した土地の割には低開発だ。取られたところでそう痛くもない」
「確かに資金も武器弾薬も人間持ちと考えれば我々にとっては痛まない話ではありますが……。これは戦争でありますよ?」
「いいんだよこれで」
「はあ……。畏れながら皇帝陛下。諜報特務の私等呼ばなくてもこのような話は作戦局の者を呼べばよろしいのではありませんか?」
話が丁度途切れそうなところでブライフマンは疑問を口にする。彼が隊長を務めているのは『皇帝直轄諜報特務部隊』であり、決して作戦局ではない。本来ならここにいるのは自分ではなく参謀なり作戦に関わる者であるのではと軍事の素人でも思うだろう。
しかしレオニードはこう返す。
「人間を二百五十年前から下等生物と信じてやまない作戦局の連中から話を聞いても、意味が無いだろう? あれらは部屋でデスクワークをするのが仕事なんだから俺も文句は言いやしないけど、現場を知らない奴から人類諸国はどうだと聞いても返ってくる言葉は決まっているからね」
「所詮は人間。我々が本気を出せば一捻り、ですか。今回の陛下のやり方へ畏れ多くも不満を持つ者もいらっしゃるのは確かです。魔物が消え去るのは胸がすくが、なぜ投入するのか。我ら魔人で一挙に攻めれば滅ぼすのも簡単だというのにと廊下で耳にはしましたが」
「勇猛果敢なのはいい事だけどさ、人間を侮っちゃいけないよ。事実、一捻りさせられると豪語する連合王国の魔人部隊はどうなった? ルブリフからだいぶ経つというのに未だに行方不明で事実上の戦死扱いじゃないか」
「法国戦線では魔力を感じる鳥類が監視をしており、それは夜もあったと召喚士部隊から私も聞き及んでおります。これまでに召喚した動物を組織的に運用するのは我らでも例がないと。また、人間の一般兵器は連合王国のそれはまるでたえず戦術級魔法を撃ち込んでくるようだったと。もし魔人で構成される部隊であっても、アレを受ければタダじゃ済まないだろうと部隊長が報告を送ったそうです」
「法国に向かわせた隊長は随分と冷静で優秀じゃないか。そいつ、俺直々に取り立ててやった方がいいかもね」
「幸い臣民や兵卒にも今回の敗北は報道規制で伝わっておりませんからね」
「そういう事。報道なんて俺の力でどうにでも動かせる。それよりさ、貴様の意見は聞きたいんだけどいいかな?」
「はっ。なんなりと」
レオニードは話題転換をし、ブライフマンは快く頷いて答えた。
「貴様の部隊、双子のチャイカが法国で任務は果たしたそうだけどどうだった? 一応作戦局からの報告書は読んだけど魔人賛美の人間侮蔑の文書には飽き飽きしていてね」
「皇帝陛下が直々に命じた任務は難なく成功させました。法国軍指揮官の豚は司令部ごと吹き飛ばしましたが」
「知っている。そうじゃなくて、俺が聞きたいのは『変革者』の方だよ」
「『変革者』とは皇帝陛下が造語された、ああ、あの軍人ですか。アカツキ・ノースロードでありますよね?」
「そうそう。軍の連中は未だに関心がないようだけど、貴様がよく記載している名前の人間だ。チャイカが遭遇したそうじゃないか」
「遭遇したというより、実は望んで会いに行ったという方が正しいのですが……。ええ、確かに交戦しました。わざわざ敵前で拷問なんてしでかすものですから途中で彼の部下と法国軍の高位召喚武器持ちが援軍に駆けつけてあと一歩のところで取り逃がす羽目になりました。彼の持つ召喚武器は完全に破壊したそうですが……」
「これだから頭のイカれた戦闘狂は困るね……。召喚武器まで壊したとか一番厄介じゃないか」
皇帝は豪奢で座り心地のいい執務椅子に肘を置いて、頬に手を置いてため息をつく。
「彼の持つ銃型召喚武器も一応はランクの高いものですよ? 破壊しておいて損は無いと思いますし、その点は私もチャイカ姉妹を褒めましたが」
「貴様なら分かっていると思うけどさ、アレの一番危険な点は?」
「召喚武器ではなく、頭ですよね。ですから皇帝陛下の憂慮も大変よく分かりますが」
「魔人の中じゃ貴様は人間を侮らないからいいけど、そうじゃない。なぜ俺が彼を『変革者』と呼ぶかだよ」
「…………申し訳ありません。意思を図りかねます」
「ちょっと遠回しに言いすぎたね。率直に言おう。アレは軍でも上の者で、貴族だ。新たな召喚武器とやらを召喚させるには造作もないだろう?」
「ええ。召喚石は貴重であっても貴族でましてや王宮伯爵の位まであれば容易いでしょう」
「じゃあ、だ。もしアカツキ・ノースロードがSSランクの召喚武器を召喚成功してしまったらどうする?」
「……まさか。SSランクは一万分の一の顕現確率ですよ? Sランクですら五千分の一だというのに簡単に出せるものではありません。諜報による報告書にも明記したはずですが」
「勿論頭に入れているさ。だけどね、アレは連合王国に変革をもたらしている人間だぞ。もしクソッタレの神が微笑んだらどうする? 頭も回る上にSSランクなんて顕現させようものなら今度は真の英雄になりうるぞ? 脅威なんてものじゃない。アレ個人すらが立ち塞がる大いなる壁となる」
「今でさえ連合王国の英雄とされている彼がもし顕現させれば……」
「連合王国は国内外に大規模な宣伝をするだろうな。あのアカツキ・ノースロードがSSランクの召喚武器を手に入れた。我々の勝利は最早確定されただろう。って具合にね。少なくとも俺なら大々的にやる。国民は沸き立つし、兵の士気は上昇するだろう。財政だって国債は飛ぶように売れるぞ。アレの改革提言自体目を通してみたら債務に過分に頼らない経済を構築しようとしているのに、そうなったらますます継戦に障害は無くなるだろうね」
「彼の存在自体が、連合王国をより強大にすると……」
「人間を見下しやしない貴様なら俺と同じ考えに行き着くだろう?」
「…………」
ブライフマンは与太話程度で聞いていたが、レオニードの分析を脳内で考える内に決して彼の推測が与太では無くなるのではないかと思っていた。
皇帝レオニードは先代の頃から続く慢性的な財政赤字を解決しつつあり、経済の立て直しに成功していた。さらに肥大化していた軍を大胆にリストラ――それでも人的資源の豊富な帝国軍の総数は連合王国軍を遥かに上回るが――。浮いた人員は国営工場に回すなどして失業者対策もしている。反対する金に汚い貴族や官僚、軍人を容赦無く粛清する恐怖政治を伴いながらではあるものの、実績を出しているだけに頭のいい政府や軍関係者からの支持は厚く、ここ数年で随分と皇帝の政治に異を唱える者は減っている。
だからであろう、カリスマ性のある皇帝の意見を聞いている内にブライフマンは推測に真実味があるように思えてしまった。
「諜報を強化しましょう。連合王国だけでなく、あの国に釣られて他国も改革をする可能性は十分にあります」
「貴様が有能で助かるよ。言おうとしていた事を言ってくれた」
「身に余る光栄です」
「俺も方策は考えておこう。しばらくは魔物軍団の物量をぶつけて消耗戦をさせておけばいい。本当の戦争はそれからだ」
「はっ! 全ては皇帝陛下の為に!」
「うん、ご苦労。下がってよし」
レオニードが微笑んで言うと、ブライフマンは退室する。
一人になったレオニードはすると、表情を凶悪な笑みに変える。
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