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第3章第二次妖魔大戦開戦編

第7話 改革特務部は戦時であれど変わらず励む

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・・7・・
五の月二十七の日
アルネセイラ・連合王国軍統合本部
10時23分

「と、とんでもない事になった……」

 ジェフ大尉はやや声を震わせて統合本部の建物内、職場である改革特務部オフィスルームに戻ろうとしていた。手には正式書類に用いられる質のいい紙が持たれていた。
 彼がオフィスルームの外に出ていたのには理由がある。出勤直後、改革特務部の部屋に現れたのはマーチス侯爵の秘書官である女性軍人であった。
 彼女が告げたのはアカツキとリイナが異動となり戦場である東部へ向かった事。さらに、ジェフ大尉はマーチス侯爵の執務室に今から向かうようにという二点であった。
 ただでさえ昨日の宣戦布告で衝撃を受けたというのに、今日も驚愕の事実が告げられオフィスルームは騒然となる。
 とはいえ彼等も軍人だ。アカツキとリイナがAランク以上の高位能力者である事から戦場行きになるのには納得しようと思えば出来ることであった。
 だが、問題は指名されたジェフ大尉である。一体何を告げられのだろうかと戦々恐々であった。
 彼がマーチス侯爵に伝えられた内容。それは。

「おれが改革特務部の部長……。しかも少佐に昇進……?」

 ジェフ大尉はタイプライターで打ち込まれた、マーチス侯爵とアカツキのサイン付き正式文書の文面を何度も確認する。
 そこには本日付でジェフ大尉が少佐となり改革特務部の部長となる事、補佐には各課長を充てること、新しい鉄道改革課課長には彼の副官的立ち位置になっていたモルト中尉になることなどが書かれていた。少佐になる事で変わる新しい軍服も今週中には手配されるらしい。戦時になったというのに随分と手際が良かった。

「アカツキ大佐が東部行きでおれが呼ばれた時点で何かあるとは思っていたけれど、まさか自分が部長だなんてなあ……。他の改革に比べれば鉄道改革は一段落したからって人選なのは理解出来るけど……。おれが、部長かあ……」

 ジェフ大尉は不安であった。アカツキは仕事を共にしてからとても評価してくれていた事は実感している。僕がいない時は皆を纏めてくれているから助かるよ。とも言っていた覚えがあるからそれがマーチス侯爵に伝っていたのかもしれない。
 けれども、アカツキがしていた膨大な仕事量を思うと自分が彼と同じように仕事がやれるとは思えなかった。いくら改革特務部が何度かの増員があって当初の二倍近い七十五名になっていてでもだ。

「とにかく皆には伝えよう。後々を考えるのはそれからだ」

 ジェフ大尉は改革特務部オフィスルームの目の前まで近付いたからか気合を入れる。
 扉を開くと、案の定全員から注目された。

「ただいま。開戦でここも忙しいのに悪かったな」

「いや、いいっすよー。で、何の話だったっすか? マーチス大将閣下から呼ばれるなんてよっぽどっすよね?」

 彼が現れてから最初に声を掛けてきたのは、情報改革課課長のキャロル大尉だった。

「ああ、よっぽどだったよ。アカツキ大佐がノイシュランデに向かわれる事になったのもそうだけど、おれ自身もな」

「おれ自身……? ジ、ジェフ大尉がですか?」

 おどおどする事は仕事に慣れたからか少なくなったとはいえ、当初の頃から変わらず同じ階級の者でも敬語で話すジョセフ大尉は彼に聞く。

「まずなんだけどな、おれ、少佐になる事になった」

『おおおおおお!』

 ジェフ大尉の昇進に改革特務部は歓声が広がる。戦時になったとはいえ昇進はめでたい事だからだ。

「おめでとうっす! 出世じゃないっすか!」

「まさかこの歳で佐官になれるとは思わなかったよ。だけど、それだけじゃない」

「おっ? 出世の理由っすか? どこ? 戦時になったし兵站輸送本部とか?」

「いや、ここ改革特務部の部長だ。アカツキ大佐の後任になった」

『ええええええええ!?』

 今度は驚きの声である。まさかアカツキが改革特務部がいなくなるのが判明したその日の、それもすぐに後任が分かるとは思わなかったからである。
 しかし、驚愕もすぐに収まった。

「まー、ジェフくんなら納得っすよねー。アカツキ大佐とよくいたし、あたし達を纏めてくれたし」

「ぼくの手助けとかもしてくれましたし、何かと橋渡し役をしてくれてましたからね」

 キャロル大尉とジョセフ大尉の発言に、改革特務部のメンバーは一様に頷く。最初こそビックリはしたが、普段の行動や仕事ぶりから彼が部長になっても問題ないといった様子だった。
 むしろ改革特務部の者達は。

「ジェフ大尉、いや今度から少佐でしたか。あなたが部長ならこれまで通り仕事出来ますから助かりますよ」

「確かに。もう一年もやってきたここに他から誰か来ても勝手が変わると困るしなー」

「戦時体制以降でまた忙しくなるかもしんないのにそれはやだよなー」

「そもそもアカツキ大佐直伝の仕事の仕方を一番知っててこなしてきたのはジェフさんだものね。だったら円滑に業務出来るわ。私達はジェフさんなら信頼できるし」

「うんうん。その通りだわ」

 とこのように既に受け入れムードである。反対する者は誰もいなかった。

「皆、ありがとう……。何かと迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」

 ジェフ大尉改めジェフ少佐は感謝の念を込めて頭を下げる。これまで職務に励んできて改めて良かったと感じた瞬間だった。

「こちらこそっす! アカツキ大佐とリイナ少佐がいなくなるのは寂しいっすけど、ここにいるみんなでならやれるっすよ」

「微力ながら、ぼくもお手伝いします。その、少しは自信もつきましたし。多分ですけど、そこの書類には補佐についても書いてあるんですよね?」

「察しが良くて助かる、ジョセフ。補佐については各課長があたることになってる」

「ならなおさらです! 一丸となって仕事してきましょう!」

 そう言うジョセフ大尉の顔は、最初に比べて凛々しくなっていた。
 改革特務部の者達も全員が首を縦に振る。一年以上仕事を共にしてきたからこその団結が垣間見られた。

「そうだな。ありがとうジョセフ」

「はい! あ、でも兵器改革の方は戦場で多忙になりそうだから手伝えないかもしれません……」

「気にするなよ。お前が空いてる時でいいって」

「申し訳ないですうう……」

「はははっ、いいっていいって。――あれ、ところでロイド大尉は?」

 彼はここまで話してとある人物の言葉が聞こえなかった事に気付く。必ずいるはずのロイド大尉がいなかったからだ。

「ロイド課長ならマーチス侯爵に呼ばれましたよ。ジェフ少佐と入れ替えだったかもしれません」

「ロイド大尉もか!?」

「すまん、遅くなった!」

「噂をすればなんとやら、戻ってきたっすねー」

 キャロル大尉が言いジェフ少佐が振り向くと、入り口にいたのは大柄で逞しい体付きのロイド大尉だった。手には紙を持っている。

「ジェフ大尉、おかえり。珍しく慌てた様子だな」

「マーチス大将閣下に呼ばれてな……。ジェフもそうだったろう」

「ああ。実は少佐に昇進の上で改革特務部の部長になった」

「なんと! 良いことではないか! おめでとう!」

 ロイド大尉は厳つい顔つきの頬を緩めて、ジェフ大尉と握手を交わす。

「ありがとう。ロイド大尉も何かあったみたいだがどうした?」

「ジェフ大尉がせっかく部長になったんだがすまん。俺どころか兵站改革課ごと一時的にここから離れなければならん」

「なんだって? またどうして」

「皆聞いてくれ。三日後、俺と兵站改革課はアカツキ大佐が向かっている彼の故郷、ノイシュランデへ移動する事になった。兵站面で東部統合軍のサポートをする任に就く」

『え、えええええええ!?』

 本日二度目の、改革特務部全体が驚きの声に包まれる瞬間である。兵站改革課のメンバーは全員で十七名。それらが一斉にいなくなるのもさることながら、向かう先がノイシュランデというのも彼等を驚かせた。

「そうか、ノイシュランデ行きに。戦争だから仕方ないよな……」

「ロイド大尉もっすか……。でもまー、兵站っすからねー。急な展開だし引っ張られるのも仕方ないかー」

「き、気をつけて行ってきてくださいね? アカツキ大佐の故郷だから大丈夫だとは思いますけど……」

 ジェフ少佐、キャロル大尉、ジョセフ大尉の順に、心配の声と納得の声が上がる。だが、ロイド大尉の顔つきは誇らしそうだった。

「これまで俺らの仕事は地味だった。地道にやってきた。しかし、此度の東部行きで縁の下の力持ちだが力を発揮出来るのだ。アカツキ大佐を全力でサポートしたい。それは、ここにいる皆がそうだろう?」

 ロイド大尉の発言に全員が頷く。アカツキが戦場に向かうことになり改革特務部からいなくなったとはいえ、彼等の仕事は変わりなく今日も職務に励みのみだ。それは国の為でもあり、職場を離れることになった上官の為でもあるのだから。
 故に、ジェフ大尉は口を開く。

「そうだな、ならば仕事を進めるために気合を入れよう。――総員今日も励むぞ! 全ては連合王国の為に!」

『全ては連合王国の為に!』

 戦時体制に移行した連合王国。しかし、改革特務部の職務に変わりはない。国を良くするため、より強い軍を築くため。今日も彼等はペンと紙を武器に、それぞれの戦場へ立ち向かってゆく。
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