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第3章 中央高地戦線編

第6話 禁断の切り札に対し、孝弘達は何を思うか

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 ・・6・・
 10月11日
 午前11時半過ぎ
 韮崎市・第一特務連隊本部


 この日の午前中、孝弘達は八日から早速始まった飛行魔法に対する訓練を行っていた。
 彼等は水帆を除き大学生までBランクに届いておらず、飛行魔法はほぼ初体験である。大学一年次に体験程度での飛行魔法基礎は行われていたものの、軍で要求されるレベルには到底及んでいない。その為カリキュラムの最初から訓練をする事となった。

 飛行魔法は飛行魔導機器を用いるのだが、この操作方法は思念。つまり自分で思い描いたイメージで飛んでくれる非常に便利な形式である。しかしそれは、裏を返せばどれだけ魔法を使ってきたかによって操作のしやすさが変わるのである。魔法自体が詠唱の際にイメージにも左右されるからだ。言霊を乗せるのもイメージをより明確化させる為であり、短縮詠唱や無詠唱発動が速度に優れる反面威力が低下するのもこれが理由だ。

 話を戻そう。
 飛行魔法の操作にイメージが必要という点において孝弘達は心配がいらなかった。
 彼等はアルストルムにおいて六年間も魔法を使っており、その能力を上げ続けていた。年間訓練時間が世界的に見ても長い方に入る日本魔法軍を凌駕する時間数で、しかも実戦で使っているのだからイメージ力は一般的な魔法軍将兵に比べて隔絶した差がある。だから飲み込みも早かった。

 とはいえ、飛行魔法に慣れるには飛行訓練時間に当然左右される。飛行練度も当たり前ながら長いほど上達する。だからたかだか数日の計十数時間では、とりあえず飛べるし巡航飛行程度ならこなせるが戦闘飛行は無理。曲芸飛行などもってのほか。これが今の四人の状態だった。

 それでもちゃんと飛んで回転翼機の速度程度なら出して飛行するが出来るなら上等だと璃佳は評価していた。
 正午前になり孝弘達は飛行魔法訓練を終えて連隊本部に到着。慣れない訓練に精神的な疲労を少し感じつつも今は璃佳が来るまで彼女の執務室で過ごしていた。本部付の兵士が出してくれたコーヒーで一息つきながらだ。
 話題は飛行魔法についてではなく、今日の朝に入ってきたあの話。米国が自国領土で戦術核を複数発爆発させたことだった。

「しっかし、まさかアメリカが自分の国の中で核爆弾を爆ぜさせるとはねえ。いつかどこかの国がやるとは思っていたけれど、アメリカなのは意外だったわ。それも合計で一五発でしょう?」

「いくら民間人がいねえ戦闘区域つっても、元は市民が暮らしてたエリアだろ?   特に北部戦線なんてサクラメントの北部。あそこって結構な人が住んでたとこじゃねえか」

「あくまで予測の段階だけど、目的が『侵攻エリアのCTを一掃。さらに放射能汚染によって今後侵攻してくるCTを弱体化ないし無力化させることで戦線の立て直しを図る』だから戦術としては間違っていないけど、だとしても……」

「禁じ手、だな……。これで爆心地は元より周辺も汚染された。この戦争が終わっても、気が遠くなるような除染をしなければ住めないだろうさ。いくら戦略核より威力の低い戦術核でも、核爆弾は核爆弾だからね」

 水帆、大輝、知花、孝弘の順に感想を言い、孝弘は天井を見上げてため息をついた。
 アメリカ軍が核爆弾を使用したという報告は、まだ参謀本部の予測段階ながらも璃佳を通じて孝弘達は詳しく知っていた。
 アメリカが核を落としたのは西海岸北部戦線と西海岸南部戦線の二つ。北部戦線はサクラメント北部周辺に五発で、CTが侵攻していた最前面の地点。南部戦線はさらに範囲が広い。メキシコより迫る戦線がツーソンから南の国境線東西約二〇〇キロで、ここに一〇発を起爆させた。
 現状、情報が未確定または不明な点が多い為に戦果はまだ分からないが、CTとて生物なのだから何らかの効果はあるだろうと思われる。とは日本軍統合参謀本部の見立て。ただし時には冷酷な判断も下す統合参謀本部でさえも、合理的ではあるが正気の沙汰ではないとコメントを付けていた。

「九〇年前の戦争でもしかしたら日本にも使われていたかもしれない核爆弾を、当時連合国だったのに突然裏切ったソ連のサンクトペテルブルクに使った国だけどよ、だとしても自国で使うなんて思わねえよ……。本当にどうすんだか。一発や二発じゃねえんだぞ」

 補足だが、この世界においても第二次世界大戦はあった。あったのだが、日本は一九四四年のグアムサイパン陥落の際に条件付降伏を行っている。ソ連が想定するよりもずっと早くドイツ軍が瓦解し、一九四四年春の段階で既にドイツ国内に入り込んでいたのだ。その際にソ連の当時の指導者は疑心暗鬼に塗れた果てにとんでもない判断を下す。ドイツを踏み潰すそのままの勢いで、フランスに迫ったのだ。

 当然米国を初めとした連合国が許すはずもなく、ソ連と戦争状態へ突入。
 既に絶対国防圏を失陥した日本はこれを機に終戦派が和平工作に動く。継戦派を粛清してあわや内乱になりかけてもソ連の参戦で混乱していたアメリカへ、そしてより当事者に近いイギリスに働きかけ条件付き降伏にこじつける。

 これであったかもしれない日本国土への本格的な空襲や原爆投下を防いだ日本は、終戦後徐々にしかし確実に民主化を進め、国軍もかなり削減されながら国防に必要な戦力を維持。今の政治体制と安全保障体制、そして経済状況に至るわけである。

「特に南部戦線の使い方よね。あれで効果が無かったらどうするのかしら」

「どうだろうな。こっちも海外の心配なんてしてる場合じゃないから分析程度で終わるだろうけど、他の国がアメリカも使ったからウチもってならなければいいけれど……」

「そこが一番心配だよね。最悪の場合、CTは倒せたけど地球が核の冬になりましたになっちゃうし」

「んなの本末転倒じゃねえか」

「だからさ。あぁ、とんでもないことやらかしたなあ……。あの国はさぁ……」

 孝弘は自国の事ではないが項垂れる。この手の経験はアルストルムでもあったのだ。自国防衛の為に戦略魔法兵器の使用を取った国が。
 この時は戦略兵器の効果が乏しいということで他国は同じ手を使わなかったが、この世界における核兵器のような切り札たる戦略兵器が使われていれば、あちこちが焦土になっていた。
 それが今、自分達の故郷たる地球でも行われるかもしれない。甲府盆地奪還作戦を四日後に控えていたとしても、気にせずにはいられなかった。
 しかし、他国を気にしている場合では無いのも確かだ。やっと大規模な反攻作戦が行われようとしていて、この戦いの如何によっては日本国の運命も変わってくる。水を差されたにせよ、目の前の事に集中すべきなのは孝弘達もよく分かってはいたのだ。
 暗い話題が支配する中で扉が開く。この部屋の主である璃佳と副官の熊川が入ってきた。

「訓練お疲れー。どうだったー?   って、あれ?   どったのそんな暗い顔して」

「失礼しました。少し、話をしておりまして」

「あー。今朝入ったアメリカの件?    私はあの国ならやりかねないとは思ってたよ。二十一世紀に入るまで世界の警察気取ってて、未だに超大国のデカいプライドを捨てられない国だけど、こと国防については何でもやるのがあの国だもん。まして、これ以上自国を侵略されない為なら尚更ね。ささ、海の向こう側の国の前に自分とこに集中しよう。君達は色々あの手のやり口に心当たりがあるかもしれないけど、国家戦略を考えるのは国の仕事で、君達じゃない。気を取り直して、四日後の任務の話にしよっか」

『了解』

 上官たる璃佳がピシッと言い切ると、孝弘達はすぐに感情を切り替える。
 四日後に迫り、正式に通達された作戦の説明が始まった。
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