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第1章 ハッピーエンドは幻夢の如く

第7話 ショッピングモールの司令部

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 ・・7・・
 午後3時45分
 静岡県富士宮市
 旧ショッピングモール
 現日本陸軍及び日本魔法軍東海道方面防衛軍富士・富士宮方面前線司令部


 四人が案内された軍の前線司令部とは、転移前の彼等が何度も利用したことのある全国的に有名なショッピングモール。その富士宮店だった。
 平時であれば、休日ともなれば多くの車が駐車されている駐車場も、今あるのは装甲車や輸送車など多数の軍用車両ばかりで、軍が設営したテントもあった。ショッピングモールとはかけ離れた雰囲気になっている。いる人間もほぼ全てが軍服だ。

 それも致し方ない。何せショッピングモールにある前線司令部を含めてここ東海道方面軍には日本陸軍が二個師団、日本魔法軍が一個師団がいる。司令部そのものは近傍の富士市に置かれているが、ここは北部と東部を抑えるための要として前線司令部が置かれている。他に日本海兵隊が一個旅団展開している。

 桑名曹長がそれらを簡単に説明すると、四人の元に女性士官がやってきた。階級は少尉。冷静沈着を姿に現したらこうなるだろうと言ってもいいような、きりりとした目が特徴的なやや長身の女性だ。年齢は孝弘達とあまり変わらなさそうに見える。

「貴方達が報告のあった民間人らしからぬ民間人ですね?」

「はい。自分は米原孝弘です」

「高崎水帆です」

「川島大輝です。助けて貰い、感謝します」

「関知花です。貴女が桑名曹長がお話されていた案内役の方ですか?」

「ええ。私が案内役になります。名前は福地祥子ふくちしょうこ。魔法軍の少尉です。短い間になると思いますが、よろしくお願いします」

 福地少尉が礼儀正しい挨拶をすると、普段はざっくばらんな言葉遣いの大輝を含めて全員が敬語調で礼を返す。

「桑名曹長、任務ご苦労でした。不測の事態もありましたし、ゆっくり休んでください。今は休める時に休むのが最重要任務と言っても過言ではありませんから」

「はっ。それでは自分はこれで」

 桑名曹長がこの場を後にすると、四人は福地少尉の案内でショッピングモールの中に入る。
 ショッピングモールの中も多くの軍人が行き交っていた。かつては店舗区画だった部分は司令部機能の区画になっていて、かつての姿は外観のみになってしまっている。
 そんな中で四人がいるのだから、当然軍人達の注目の的になっていた。幸いなのは彼等の視線が怪しいものを見るものではないことか。少々の軍人がどうしてここに民間人が?   といった様子で眺めていたが、興味程度のものだった。
 四人があちこちに視線を移していると、福地少尉が話しかけてきた。

「本来ここは民間人立入禁止区画です。ごくたまに市民が来ますが、基本は軍人かごくわずかな軍属ばかり。皆さんが珍しいのかもしれませんが、お気になさらず」

「仕方ないと思いますよ。前線に市民がいたらこうなるのも当然ですから」

「米原さん、でしたか。理解が早くて助かります。他の三人もあまり緊張していない様子というか、場馴れしてそうですよね。前線司令部魔法軍司令官の古川少将閣下が興味を持たれるのも納得です」

「そんなに、ですか?」

「ええ。貴方達の自覚が薄いのと情報をほとんど得られていないようなので致し方ありませんけど、『域外』の生存者は絶望視されていたんです。そこに現れたのが貴方達です。報告によればたったの四人で敵性生命体、我々は貴方達が遭遇したタイプをCTクリーチャーと呼んでいますがそのCT一個大隊相当を屠ったとか。しかも苦戦の果てではなく一方的に。軍人じゃなくても興味津々になりますよ」

「ですよねえ……」

 孝弘は今日何度目か分からない苦笑いをする。三人も言葉に並べられると自分達がいかに異質なのか理解したようだ。どうやら四人ともアルストルムでの六年間に及ぶ戦争で、常識のネジが飛んでいっていたことに今気付いたようだった。

「自分達に現状把握が欠けているのは自覚しています。もしかしたら、色々と聞くかもしれません」

 水帆が言うと福地少尉はあまり表情は変えず、

「構いませんよ。機密に触れない範囲であれば、お答えが可能です」

「ありがとうございます」

「いえ、礼には及びませんよ高崎さん」

 四人は福地少尉に連れられてショッピングモールの中を歩く。
 少々歩くと、とある区画にたどり着いた。元はやや高めの喫茶店で知られている店舗があった所で、今は士官以上クラスが話す時に使われているらしい。その中でも奥の席の方、仕切りがありほぼ個室になっている所に座るように案内された。

「ここで少々お待ちください。待っている間、飲み物を出します。コーヒーかお茶、どちらにしますか?」

 福地少尉の提案に孝弘と大輝と水帆はコーヒーを、知花はお茶を選択した。
 福地少尉が司令官と連絡をする為だろう。席を外してから少しすると、ステンレスのカップに入った温かいコーヒーとお茶が出された。
 四人は飲み物を出してくれた下士官に礼を言うと口につける。

「美味しいな。まだ物資には余裕があるのか?」

「フレッシュと砂糖も出てきたし、ショッピングモールのスーパーにあるやつでも使ってるんじゃない?」

「フレッシュは微妙かもしれねえけど、砂糖は日持ちするからな。あ、でもよ、もしかしたら軍には物資が優先配分されてるんじゃねえのか?   今日本がどうなってんのか次第だけどよ、軍に嗜好品は必須だろ。腹が減っては戦は出来ぬはどこでも一緒だろ」

「戦場でのご飯は娯楽だもんね」

 四人は二十代半ば過ぎとは思えない話をするが、これは正解だった。
 四人は後程真相を知ることになるが、前線には優先して物資が送られていた。一部は現状の混乱下でショッピングモール内にあるスーパーの保存が効くものを軍が企業から有償の形で接収していたが、大体は軍の兵站を用いて娯楽となる食を兵士達の為に回していたのである。この点では、まだ日本が決定的な破綻にまでは陥っていないことが判明するわけである。
 軍のレーション扱いで供給されているクッキーも貰った四人は、携帯端末が未だに圏外で繋がらない事――自分達の死亡扱いもあるかもしれないが、民間回線がダメになっているかも。などなど。――を話していると、福地少尉が一人で戻ってきた。先程と違うのは、何か資料を持ってきたことだろうか。

「お待たせしました。皆さんには申し訳ありませんが、少将閣下は所用であと三〇分程来るのにかかるそうです」

「そうでしたか。このような時ですから将官はお忙しいのでしょう」

「はい、米原さん。ですので、皆さんからの質問は私が可能な範囲でお答えします」

 向かいの席に座りいくつかの資料を置いた福地少尉に、四人は礼を述べる。

「改めて確認になるのですが、皆さんは今の状況はほとんどご存知ないのですよね?」

「富士の山中にいましたので……」

 孝弘は半分本当の事を、半分は嘘をつく。流石に異世界に転移させられて六年戦い、帰還したとは口が裂けても言えないし、言ったら四人まとめて精神病院送りになるからだ。そうなれば、下手しなくても隔離である。

「魔法能力者の中には四半期どころか半期か一年は普通に山篭りするような変わり者もいますから驚きはしませんが……。では、先に簡潔に現状をお伝えしましょうか」

 四人の事を変わり者扱いした福地少尉は嘆息をついて、日本地図と世界地図を広げるとこう言った。

「我々日本は、いえ、世界もですね。今より二ヶ月前より、突如として現れた異なる世界の者達に侵略されつつあります」
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