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1. 最悪の構図
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~東京都渋谷区~
昨夜の激しい雨が上がり、一転して綺麗な青空が広がった早朝。
都会の真ん中でありながら、それを忘れてしまう程、美しい代々木公園。
犬の散歩をする常連達が、いつもの挨拶を交わしながら、穏やかな日常を確かめる。
彼の犬は、ビーグル犬。
スヌーピーのモデルとしても有名であるが、元々は、優れた嗅覚で獲物を追う狩猟犬である。
「あっ!こら💦」
突然、何かを嗅ぎつけ走り出した。
不意を突かれて、リードが手から放れる。
慌てて追いかける主人をよそに、バードサンクチュアリへと一目散に走るビーグル。
追いついた時は、野鳥保護のために設けられた柵の前で、興奮気味に吠えていた。
「どうした、何を吠えてるんだ?」
こんなことは、初めてであった。
すると他にも2人、犬に引かれて集まり、吠え立てる飼い犬に手をやいていた。
そのうちの1人が、奥の林の手前に、黒いゴミの様な物があることに気付く。
少し急な斜面が、昨夜までの強い雨で崩れ、赤茶色い地肌が見えている場所である。
「あれに吠えてるんじゃないでしょうか?」
「誰かが生ゴミでも投げ込んだんだろう」
その異様な様子に、毎朝ゴミを拾っている、お年寄りが近づいてきた。
公園の管理を任されている坂本。
彼は元警察官である。
「おかしいな…」
皆が集まっている少し左側の柵を見て呟いた。
柵自体はさほど高くはないが、犬などの侵入を防ぐため、柵の上部は手前に曲げられている。
その一部が、更に押し曲げられていた。
「あっ、坂本さん丁度良かった。あそこに誰かが生ゴミを投げ入れたみたいなんだ」
彼のことは、常連なら知らない者はいない。
「あぁ、あれか」
彼には、それが投げ入れられた物ではなく、埋められている物だと分かった。
元警察官の勘が騒いだのであった…。
~東京 警視庁凶悪犯罪対策本部~
お台場に設けられた30階建てのビル。
近年増加する猟奇殺人や様々なテロ対策として、国が設けた統合本部である。
そんな折り、奇《く》しくも東京は、警視庁史上最悪の事態を迎えていた。
既に3つの特別対策本部が設立。
刑事課のメンバーは各対策本部に割り振られ、所轄の刑事との協力体制のもと、捜査に追われていた。
刑事部長兼課長、富士本の携帯が鳴る。
「咲です。今朝見つかった遺体の身元はまだ不明だけど…遺体の状況から13号と同一犯によるものと考えて間違い無いわね」
鳳来咲《ほうらいさき》、ミニスカがトレードマークのベテラン敏腕刑事である。
「分かった。目撃者や監視カメラ、何でもかまわん、情報収集を続けてくれ」
苛立つ富士本。
『第13号:指切り連続殺人事件』
2週間程前に、渋谷区代々木公園で第一の被害者が発見され、それが連続のきっかけの様に、江戸川区葛飾臨海公園、葛飾区水元公園、そして今朝、新宿区新宿御苑で、4人目である。
当初は、死体遺棄事件として捜査が開始されたが、2人、3人と被害者が増え、連続殺人事件として、特別対策本部が設けられた。
一貫しているのは、死体遺棄場所がいずれも公園であること、そして…全ての遺体の指が一本無くなっている猟奇的な事実である。
いずれも、深夜に遺棄されたと考えられ、未だに目撃者はなく、また被害者に共通点も認められず、ほとんど手ががりが掴めない状況であった。
あるのは、現場周辺の靴跡と、代々木公園の柵に付いていた、僅かな繊維。
これといった特徴はない。
10:30
「戻りました~。寝る暇もねぇよ、全く」
現場から戻った宮本淳一《みやもとじゅんいち》が、いつも通りボヤく。
それも当然ではあった。
昨夜、世田谷区にて、帰宅途中のサラリーマンが、ゴミ捨て場から転がりおちている、ソレを発見し、110番通報した。
彼が見つけたのは、女性の一部。
始めは悪いおもちゃかと思い、思わず手にし、ソレが本物であることが分かったのである。
そこから、捜査員や地元警察、消防まで借り出して一帯を捜索し、ようやくほぼ全ての部位を回収したのが、5:00。
化学分析班と鑑識班、医療機関が連携して復元し、背骨《ろっこつ》が2つと、右の眼球が足りないことが分かった。
「ご苦労。やはり14号か?淳」
富士本が、ため息の様に呟く。
「あのバラバラ状態と、欠けている部位がある点、そしてその切り口は見事なまでに綺麗なこと、この共通点から、間違いないですね、全くひでぇ奴だ」
『第14号:連続死体解体遺棄事件』
練馬区、杉並区に次いで、今回が3人目の被害者であった。
練馬では肋骨2本、杉並区では両手の全ての爪と顔面の皮膚が無くなっていたのである。
その解体の手口から、メスなどの医療器具を用いたと考えられ、犯人は高度な医療知識を有する者と推定。
「淳、被害者の身元についてはどうだ?」
「指紋は全て溶かされ、歯形での照合も進めちゃあいるが、まだ該当者なし。どうなっちまってんだか、全く」
「紗夜の方はどうですか部長?」
「今、順番に怪しい施設を調査中だ」
「頼むから、もう増やさないでくれよ~💧」
宮本紗夜《みやもとさや》、幼い頃に、刑事であった養父を、目の前で殺害された。
以来、その事件が解決するまで盲目であった。
そこで芽生えた読心術を生かし、今では心理捜査官として、この刑事課にいた。
彼女が捜査しているのは、この一月の間に、老人ホームや介護施設に於いて、老人の不審死が多発している件である。
「紗夜ぁ、どんな状況だ?」
夫である淳一が電話をかけた。
スピーカーフォンに切り替える。
「今、7件目のホームに着いたとこよ。今までのところ、どの施設も複数の外部の介護・医療団体の援助を受けていて、そのリストは全て入手したわ。今まで行ったホームや施設の担当者や関係者に話は聞いたけど…怪しい点は無しよ」
紗夜の言う「怪しい点無し」とは、嘘や隠し事はない事を意味する。
「やっぱり、豊川の勘違いじゃないか?」
豊川勝政《とよかわかつまさ》、優秀な検死官であった彼は、今や化学分析部と鑑識部の部長を務めている。
彼が気になったのは、検死の結果、死因と推定されている薬物の投与量であった。
不審死とされた老人は既に15名。
薬は違えど、全て危険性を生じ得る、ギリギリ量の投与がされていた。
まだ医療ミスとは断定できず、投与した人物の特定もこれからであった。
「富士本さん、これはとても偶然とは思えません。このままではまだまだ増える可能性があります。本部を立ち上げて、捜査をする必要があると私は思います」
「事件性が判明してからでは…手遅れになる…か。よし、分かった。君が指揮をとれ、紗夜」
紗夜の養父が亡くなってすぐ、養母も命を落とし、当時その現場に急行した富士本が、その後の親代わりをしたのであった。
紗夜への信頼は厚い。
こうしてまた一つ、特別捜査本部ができた。
『第15号:老人施設連続不審死事件』
「淳ではないが…一体…何が起きてるんだ…」
窓から見える東京の街並みに、禍々《まがまが》しい異常な気配を、感じずにはいられなかった。
~東京都江戸川区~
平成庭園のすぐそばにある二階建ての民家。
特にこれといった特徴もない、普通の住宅。
その家のドアの前に立つ神崎昴《かんざきすばる》。
名古屋市警から本庁へ栄転して5ケ月。
穏和な性格とその童顔は、婦警達に絶大な人気を得ていた。
父親は人類学から世界史、天文学、考古学と多くの分野で博士号を持つ著名人であり、息子の彼も又、豊富な知識を持つ優秀な刑事である。
通報があったのは昼の12時を過ぎた頃。
最近越してきた社交的な家族で、若い夫婦と小学5年生の娘がいた。
昨夜も楽しげな笑い声が聞こえていたという。
それが、通勤に出るはずの車はそのまま。
カーテンは閉まり、朝から誰も出た様子がないことを、不審に思っての通報であった。
家の周りを取り囲む警官。
「お願いします」
呼び鈴は押さず、そばにいた男に指示する昴。
同様な通報は、この一月で8件目である。
「開きました」
ゆっくりドアを開ける。
途端に錆臭い異臭が鼻をつく。
(やはり、だめか…)
いくつもの凄惨な現場が脳裏に過《よ》ぎる。
玄関からダイニングへの扉を開けた。
「二階をお願いします、あと鑑識を!」
続いて入って来た警官に指示する。
「な…なんなんだこれは⁉️」
地元警察の彼は、初めて見る光景であった。
「うぇっ…」
慌ててトイレを探して部屋を出て行く。
大きなテーブルに、向かい合って座る夫婦。
口は強固なテープで塞がれ、手足は椅子に縛られている。
テーブルには、ナプキンの上に置かれた、白いプレート皿、その両側にナイフとフォーク。
夫婦のものと、奥の席の3セット。
テーブルの中央。
何度見ても決して慣れる事はない光景。
四つ這いの手足を太い釘でテーブルに固定され、息絶えている全裸の娘。
その臀部《でんぶ》は切り取られ、夫婦の皿に。
奥の皿には血の跡だけが残っている。
夫婦のワイングラスには、赤い液体。
奥のグラスは飲み干されていた。
辺りに赤ワインなどは、もちろん無い。
それ以上は足を踏み入れず、鑑識を待つ。
向かいの席を、歯を食いしばって睨む昴。
怒りに燃えるその頭の中で。
その椅子に座り、血のワインを飲みながら娘の肉を食す、悪魔のイメージが微笑んでいた。
「クッソぉおー❗️」
握り拳の中で爪がめり込み、塞ぎかけた傷から、また血が滲み出る。
それから約30分間。
昴は外の石段に腰掛け、今見た光景を細部まで、絵と文字にしてノートに書き留めていた。
書く事で、見えてくるものもある為である。
そこへ、検死官と鑑識官の報告を書き足す。
そして、力なくスマホを取り出した。
程なく富士本が出る。
「やはり…12号か?」
「はい」
今見た光景を伝える。
「少女は、生きたまま臀部を皿に切り分けられ、目の前でそれを…食べられるところを見させられた。両親の見ている前で。グラスにあった血は、娘の脇腹に刺された、筒状の凶器から採取したものと考えられます」
「むごいな。娘が失血死したあと、両親か」
「ええ、いままでと同じ手口で、頸動脈を切断されてます。死亡推定時刻は、昨夜11時から1時の間。靴跡はいつもと同じ先の長いビジネスシューズで、サイズも一致しました」
『第12号:幼女食人連続殺人事件』
今まさに、これらの4つの猟奇的事件が、大都会東京を、未曾有の恐怖で包み込んでいた。
それはもう、通常を逸脱した、怪異の世界。
極・三悪道へ迷い込んだのである。
昨夜の激しい雨が上がり、一転して綺麗な青空が広がった早朝。
都会の真ん中でありながら、それを忘れてしまう程、美しい代々木公園。
犬の散歩をする常連達が、いつもの挨拶を交わしながら、穏やかな日常を確かめる。
彼の犬は、ビーグル犬。
スヌーピーのモデルとしても有名であるが、元々は、優れた嗅覚で獲物を追う狩猟犬である。
「あっ!こら💦」
突然、何かを嗅ぎつけ走り出した。
不意を突かれて、リードが手から放れる。
慌てて追いかける主人をよそに、バードサンクチュアリへと一目散に走るビーグル。
追いついた時は、野鳥保護のために設けられた柵の前で、興奮気味に吠えていた。
「どうした、何を吠えてるんだ?」
こんなことは、初めてであった。
すると他にも2人、犬に引かれて集まり、吠え立てる飼い犬に手をやいていた。
そのうちの1人が、奥の林の手前に、黒いゴミの様な物があることに気付く。
少し急な斜面が、昨夜までの強い雨で崩れ、赤茶色い地肌が見えている場所である。
「あれに吠えてるんじゃないでしょうか?」
「誰かが生ゴミでも投げ込んだんだろう」
その異様な様子に、毎朝ゴミを拾っている、お年寄りが近づいてきた。
公園の管理を任されている坂本。
彼は元警察官である。
「おかしいな…」
皆が集まっている少し左側の柵を見て呟いた。
柵自体はさほど高くはないが、犬などの侵入を防ぐため、柵の上部は手前に曲げられている。
その一部が、更に押し曲げられていた。
「あっ、坂本さん丁度良かった。あそこに誰かが生ゴミを投げ入れたみたいなんだ」
彼のことは、常連なら知らない者はいない。
「あぁ、あれか」
彼には、それが投げ入れられた物ではなく、埋められている物だと分かった。
元警察官の勘が騒いだのであった…。
~東京 警視庁凶悪犯罪対策本部~
お台場に設けられた30階建てのビル。
近年増加する猟奇殺人や様々なテロ対策として、国が設けた統合本部である。
そんな折り、奇《く》しくも東京は、警視庁史上最悪の事態を迎えていた。
既に3つの特別対策本部が設立。
刑事課のメンバーは各対策本部に割り振られ、所轄の刑事との協力体制のもと、捜査に追われていた。
刑事部長兼課長、富士本の携帯が鳴る。
「咲です。今朝見つかった遺体の身元はまだ不明だけど…遺体の状況から13号と同一犯によるものと考えて間違い無いわね」
鳳来咲《ほうらいさき》、ミニスカがトレードマークのベテラン敏腕刑事である。
「分かった。目撃者や監視カメラ、何でもかまわん、情報収集を続けてくれ」
苛立つ富士本。
『第13号:指切り連続殺人事件』
2週間程前に、渋谷区代々木公園で第一の被害者が発見され、それが連続のきっかけの様に、江戸川区葛飾臨海公園、葛飾区水元公園、そして今朝、新宿区新宿御苑で、4人目である。
当初は、死体遺棄事件として捜査が開始されたが、2人、3人と被害者が増え、連続殺人事件として、特別対策本部が設けられた。
一貫しているのは、死体遺棄場所がいずれも公園であること、そして…全ての遺体の指が一本無くなっている猟奇的な事実である。
いずれも、深夜に遺棄されたと考えられ、未だに目撃者はなく、また被害者に共通点も認められず、ほとんど手ががりが掴めない状況であった。
あるのは、現場周辺の靴跡と、代々木公園の柵に付いていた、僅かな繊維。
これといった特徴はない。
10:30
「戻りました~。寝る暇もねぇよ、全く」
現場から戻った宮本淳一《みやもとじゅんいち》が、いつも通りボヤく。
それも当然ではあった。
昨夜、世田谷区にて、帰宅途中のサラリーマンが、ゴミ捨て場から転がりおちている、ソレを発見し、110番通報した。
彼が見つけたのは、女性の一部。
始めは悪いおもちゃかと思い、思わず手にし、ソレが本物であることが分かったのである。
そこから、捜査員や地元警察、消防まで借り出して一帯を捜索し、ようやくほぼ全ての部位を回収したのが、5:00。
化学分析班と鑑識班、医療機関が連携して復元し、背骨《ろっこつ》が2つと、右の眼球が足りないことが分かった。
「ご苦労。やはり14号か?淳」
富士本が、ため息の様に呟く。
「あのバラバラ状態と、欠けている部位がある点、そしてその切り口は見事なまでに綺麗なこと、この共通点から、間違いないですね、全くひでぇ奴だ」
『第14号:連続死体解体遺棄事件』
練馬区、杉並区に次いで、今回が3人目の被害者であった。
練馬では肋骨2本、杉並区では両手の全ての爪と顔面の皮膚が無くなっていたのである。
その解体の手口から、メスなどの医療器具を用いたと考えられ、犯人は高度な医療知識を有する者と推定。
「淳、被害者の身元についてはどうだ?」
「指紋は全て溶かされ、歯形での照合も進めちゃあいるが、まだ該当者なし。どうなっちまってんだか、全く」
「紗夜の方はどうですか部長?」
「今、順番に怪しい施設を調査中だ」
「頼むから、もう増やさないでくれよ~💧」
宮本紗夜《みやもとさや》、幼い頃に、刑事であった養父を、目の前で殺害された。
以来、その事件が解決するまで盲目であった。
そこで芽生えた読心術を生かし、今では心理捜査官として、この刑事課にいた。
彼女が捜査しているのは、この一月の間に、老人ホームや介護施設に於いて、老人の不審死が多発している件である。
「紗夜ぁ、どんな状況だ?」
夫である淳一が電話をかけた。
スピーカーフォンに切り替える。
「今、7件目のホームに着いたとこよ。今までのところ、どの施設も複数の外部の介護・医療団体の援助を受けていて、そのリストは全て入手したわ。今まで行ったホームや施設の担当者や関係者に話は聞いたけど…怪しい点は無しよ」
紗夜の言う「怪しい点無し」とは、嘘や隠し事はない事を意味する。
「やっぱり、豊川の勘違いじゃないか?」
豊川勝政《とよかわかつまさ》、優秀な検死官であった彼は、今や化学分析部と鑑識部の部長を務めている。
彼が気になったのは、検死の結果、死因と推定されている薬物の投与量であった。
不審死とされた老人は既に15名。
薬は違えど、全て危険性を生じ得る、ギリギリ量の投与がされていた。
まだ医療ミスとは断定できず、投与した人物の特定もこれからであった。
「富士本さん、これはとても偶然とは思えません。このままではまだまだ増える可能性があります。本部を立ち上げて、捜査をする必要があると私は思います」
「事件性が判明してからでは…手遅れになる…か。よし、分かった。君が指揮をとれ、紗夜」
紗夜の養父が亡くなってすぐ、養母も命を落とし、当時その現場に急行した富士本が、その後の親代わりをしたのであった。
紗夜への信頼は厚い。
こうしてまた一つ、特別捜査本部ができた。
『第15号:老人施設連続不審死事件』
「淳ではないが…一体…何が起きてるんだ…」
窓から見える東京の街並みに、禍々《まがまが》しい異常な気配を、感じずにはいられなかった。
~東京都江戸川区~
平成庭園のすぐそばにある二階建ての民家。
特にこれといった特徴もない、普通の住宅。
その家のドアの前に立つ神崎昴《かんざきすばる》。
名古屋市警から本庁へ栄転して5ケ月。
穏和な性格とその童顔は、婦警達に絶大な人気を得ていた。
父親は人類学から世界史、天文学、考古学と多くの分野で博士号を持つ著名人であり、息子の彼も又、豊富な知識を持つ優秀な刑事である。
通報があったのは昼の12時を過ぎた頃。
最近越してきた社交的な家族で、若い夫婦と小学5年生の娘がいた。
昨夜も楽しげな笑い声が聞こえていたという。
それが、通勤に出るはずの車はそのまま。
カーテンは閉まり、朝から誰も出た様子がないことを、不審に思っての通報であった。
家の周りを取り囲む警官。
「お願いします」
呼び鈴は押さず、そばにいた男に指示する昴。
同様な通報は、この一月で8件目である。
「開きました」
ゆっくりドアを開ける。
途端に錆臭い異臭が鼻をつく。
(やはり、だめか…)
いくつもの凄惨な現場が脳裏に過《よ》ぎる。
玄関からダイニングへの扉を開けた。
「二階をお願いします、あと鑑識を!」
続いて入って来た警官に指示する。
「な…なんなんだこれは⁉️」
地元警察の彼は、初めて見る光景であった。
「うぇっ…」
慌ててトイレを探して部屋を出て行く。
大きなテーブルに、向かい合って座る夫婦。
口は強固なテープで塞がれ、手足は椅子に縛られている。
テーブルには、ナプキンの上に置かれた、白いプレート皿、その両側にナイフとフォーク。
夫婦のものと、奥の席の3セット。
テーブルの中央。
何度見ても決して慣れる事はない光景。
四つ這いの手足を太い釘でテーブルに固定され、息絶えている全裸の娘。
その臀部《でんぶ》は切り取られ、夫婦の皿に。
奥の皿には血の跡だけが残っている。
夫婦のワイングラスには、赤い液体。
奥のグラスは飲み干されていた。
辺りに赤ワインなどは、もちろん無い。
それ以上は足を踏み入れず、鑑識を待つ。
向かいの席を、歯を食いしばって睨む昴。
怒りに燃えるその頭の中で。
その椅子に座り、血のワインを飲みながら娘の肉を食す、悪魔のイメージが微笑んでいた。
「クッソぉおー❗️」
握り拳の中で爪がめり込み、塞ぎかけた傷から、また血が滲み出る。
それから約30分間。
昴は外の石段に腰掛け、今見た光景を細部まで、絵と文字にしてノートに書き留めていた。
書く事で、見えてくるものもある為である。
そこへ、検死官と鑑識官の報告を書き足す。
そして、力なくスマホを取り出した。
程なく富士本が出る。
「やはり…12号か?」
「はい」
今見た光景を伝える。
「少女は、生きたまま臀部を皿に切り分けられ、目の前でそれを…食べられるところを見させられた。両親の見ている前で。グラスにあった血は、娘の脇腹に刺された、筒状の凶器から採取したものと考えられます」
「むごいな。娘が失血死したあと、両親か」
「ええ、いままでと同じ手口で、頸動脈を切断されてます。死亡推定時刻は、昨夜11時から1時の間。靴跡はいつもと同じ先の長いビジネスシューズで、サイズも一致しました」
『第12号:幼女食人連続殺人事件』
今まさに、これらの4つの猟奇的事件が、大都会東京を、未曾有の恐怖で包み込んでいた。
それはもう、通常を逸脱した、怪異の世界。
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