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第四章
137 ストーカー×ストーカー
しおりを挟む黒いローブに身を包んだ一人のエルフが、全力で荒野を駆けていた。
男の名は、カルトス・エルランテ。自称ハイエルフの一人である。
額には汗がにじみ、焦燥感に満ちていた。
理由は、仲間であるボンバーがやられてしまったからである。
故にカルトスは現在、全力で逃げ帰っている最中だった。
ボンバーを倒したあの溶岩の龍を見て、他の転移者がいることを確信したのである。
また戦闘能力皆無のカルトスは、自称ハイエルフの中で情報収集を担当していた。
それは彼の神授スキルが、情報収集に適していたからである。
彼の”全知の追跡者”という神授スキルは、マーキングした相手の周囲の光景、音、におい、居場所をいつでも知ることができる優れものだ。
それにマーキングから得た光景を立体映像として、目の前に映し出すことができる。
ただし難点としてマーキングをするには、直接相手を一定時間観察しなければいけない。
加えて対象がカルトスの好みと合えば合うほど、神授スキルのあらゆる効果を高めるのである。
しかしその逆だと、神授スキルの効果が軒並み低下してしまう。
そういう訳で難点こそあるものの、今回も情報収集のため、カルトスは冒険者ギルドのギルドマスターのマーキングを行っていた。
ちなみに隠密関係スキルや装備には特に気を使っているため、気づかれることはまずない。
更にマーキングだけではなく、相棒となるボンバーのサポートや、細かい指示などを行っている。
ジンが意外と賢いと感じていた部分は、実はカルトスの手が加わっていた。
またボンバーは、基本自分で決めることが出来ない人物である。
それはキャラクターメイキング時に、迷いに迷い何もできず時間が過ぎたときに現れたランダム項目を見て、時間ギリギリにそれを選択するレベルだった。
ただし唯一本能にかかわる部分であれば、行動に移してしまう。
以前神聖な儀式の際も、予定になかった族長の娘を攫う始末である。
それによりダークエルフに想定以上に恨まれ、情報収集が中途半端な状態で独立されてしまった。
族長の娘を返却したとしても、既に手遅れだったのである。
結果として仲間内でもめてしまい、その間を何とかカルトスが取り持った。
今回の襲撃も事前に情報を集めていたとはいえ、かなり無理をしている。
それなのに襲撃は失敗どころか、ボンバーが死亡してしまった。
カルトスはストレスで、どうにかなりそうである。
けれどもそうしたストレスの積み重ねにより、以前カルトスの神授スキルに隠し効果が発現した。
ノクターンタッチと名付けたそれは、深夜限定で尚且つ時間制限付きではあるものの、相手に気づかれずに映像を越えて、直接触れることができるのだ。
それで好みの美少女に、カルトスは日々欲望をぶつけているのである。
ただしとある事情により、仲間の自称ハイエルフにはそれを使用することが出来ない。
カルトスは、それだけが残念でならなかった。
また帰還後は確実に面倒になる事は、目に見えている。
なのでカルトスは、今夜盛大にストレスを解き放つ予定だ。
それを思えば、次第に焦燥感も薄れていく。
周囲には人の気配は一切なく、ボンバーを倒した転移者もおそらくいないだろう。
そう、カルトスが確信した時だった。
「逃がさぬ」
「!?」
すると唐突に、そんな声が聞こえてくる。
同時にカルトスの周囲は、一瞬にして宇宙に放り込まれたかのような空間へと早変わりする。
そして闇から現れたのは、禍々しい地獄を彷彿とさせる、紫黒の鎧。ゲヘナデモクレスだった。
「貴様、見ていたな?」
「あっぐっ!?」
ゲヘナデモクレスに指をさされたカルトスは、あまりの威圧感に言葉が出せない。
死。
本能的に、それを感じざるを得ない。
この化け物は何だ。どうしてこんなことに? 誰か助けてくれ!
カルトスの脳内では、そんな言葉が飛び交った。
「貴様、ストーカーだな? 下劣な行為にはヘドが出る。我は、そういった輩を軽蔑する」
ジンを常につけ回すゲヘナデモクレスが、どの口で言うのだろうか。
盛大なブーメランであるが、そんなことを知らないカルトスは、まるで心臓を掴まれた気持ちになる。
「ち、ちがぁ――」
何か言い訳を口にしようとするが、やはり言葉が出ない。
あらゆる格が、違い過ぎた。
魔王や邪神がいるとすれば、目の前の存在の事ではないかと思ってしまうほどである。
「それに貴様、我の主を舐め回すように見ていたな? 許さぬ。許さぬぞ!」
「ぇ――!?」
ゲヘナデモクレスの怒りに心臓が止まりそうになるが、それよりも驚くべきことがあった。
目の前の化け物に、主がいることである。
そしてそれは、あの訓練場にいたという事実だった。
確かにカルトスは、その中にいた美少女たちを視姦していた事には違いない。
しかし誰がこの化け物の主なのか、まったく見当が付かなかった。
けれどもこの事実を、どうにかして仲間に伝えなければいけない。
でなければ、大変な事になる。
そう一瞬考えたが、カルトスはこの窮地で何か目覚めるような精神性をしていなかった。
何よりも、既に遅い。
気が付けばゲヘナデモクレスに、カルトスは頭部を片手で掴まれていた。
「加えて貴様は、我が主の敵だな? あの愚物の仲間であろう?」
「ぐがっあ!?」
なぜバレたのか。そう考えるよりも、カルトスは失ってはいけない何かを吸い取られている感覚に襲われる。
これは、ただ死ぬだけでは済まない。
そう思ってしまうほどの、喪失感だった。
もがいても抜け出せず、思考力や力も次第に失われていく。
「これを見逃せば、我が主を見守るという言葉の意味が無くなる。故に、貴様にはこの場で我に命と魔力、そして魂を差し出してもらう」
「もがっあ!!」
その言葉を聞いて、カルトスは本能的に抗う。
だが当然、それは無駄な足掻きだった。
既に、事は終わっている。
気が付けばカルトスの肉体は、砂のように変わって崩れていく。
そして奪ったものが、ゲヘナデモクレスの魔力へと変換されていった。
「これでまた、主を見守ることに集中できる」
ゲヘナデモクレスがそう呟いた時、それは起きる。
『転移者の資格を奪った初の偉業を達成いたしました。称号【資格を奪う者】を獲得します。また神授スキル【全知の追跡者】を獲得しました』
「これは……ふはは! これで主をより感じられるぞ! 主よ、待っていろ!」
ゲヘナデモクレスは歓喜の声を上げると、空間を解除して荒野を駆ける。
思わぬ物を、ゲヘナデモクレスは手に入れた。
名称:資格を奪う者
効果
・この一度に限り、資格を奪った対象の神授スキルを得る。
・〇〇〇〇資格を得る。
・奪う系統のスキル効果が大幅に上昇する。
・奪われる系統のスキルに対して、耐性(大)を得る。
名称:全知の追跡者
効果
・興味のある対象を見続けることで、マーキングすることができる。
・マーキングした相手の周囲の光景、音、におい、居場所をいつでも知ることができる。
・マーキングから得た光景を立体映像として、目の前に映し出すことができる。
・マーキングの上限は、魔力の総量によって決まる。
果たしてこれが後にどのような影響を与えるのか、この時はまだ誰も知る由もなかった。
「こ、これが、主の匂い!!!! 声! そして入浴!!! ムフ――ッ!! だ、だがこのクソ猫め! 主と混浴だとっ!! それにウサギまで!? うらやま……けしからんっ!!」
けれどもただ一つ言えることがあるとすれば、それは今後ジンにある意味苦難が待っているという事に他ならない。
そしてジンの気づかぬところで、自称ハイエルフの一人、カルトス・エルランテは存在も知られずに、この世から退場したのだった。
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