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第五章『生死』

第37話 思い出話

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 食器の音が食堂に響く。
 向こう側の席に座ってオムライスを頬張っているかなえ
 食べ始める前に私は「ケチャップで何かを描いてほしい?」と訊いたけど、彼女は空腹感に耐えられなかったのか、首を左右に振った。
 ださいと思ったから私は自分のオムライスに何も描かなかった。

のぞみの料理をやっと食べてみたね!」

 感想を聞かせてくれないかと思って、私はかなえを直接訊くことにした。

「あの、いかがだったの?」
のぞみは料理が上手いから、美味かったよ」
「うまいだけに……?」
「そう、うまいだけに~」

 ーーかなえじゃを言うタイプなのか? 

 笑ったほうがいいのかな……? いや、かなえの冗談は寒すぎる。

「やっぱり冗談がウケなかったわね……」

 かなえは視線をさまよわせて、観念したように吐息を吐いた。
 そして、店内が静まり返った。
 しばらくの間、私たちは皿にうつむいたまま何も言わなかった。
 少し気持ち悪くなったので、私は話題を切り出そうとした。

「あのね」
「……ん?」

 考え込んでいたのか、かなえの返事が遅れた。彼女は我に返ったように突然こちらに視線を向けて、目を合わせた。

「故・のぞみは……どんな人だったの?」

 今まではその質問を訊くのを遠慮していたけど、気になりすぎて訊きざるを得なかった。

「彼女はね……。正直、問題児と言っても過言ではない。最後まで問題を起こしたばかりなのね……」

 ーー問題児? どんな問題を……?

 いや、考え込むより質問を口に出したほうがいい。

「……どんな問題を起こしてきたの?」
「いろいろだね。お客様の迎えを忘れたり、仕事で明らかに退屈した表情をしたりして……けど、文句は言えない。結局のところ、彼女は最後まで仕事をしてたんだ。たくさんの願い事を叶えて、たくさんの人を幸せにした。本当に彼女のおかげでここまで来られたんだよ」

 かなえの顔が少し歪んで、唇が震えている。その顔は故・のぞみが死んだ時と同じだった。

「だから……だからわからないの。どうして……。どうして彼女は死ななければならなかったのか……?」

 かなえの頬に一筋の涙が伝った。涙は落ちながら天井灯に照らされて輝く。
 そして、一つ一つ涙が雨のようにぽつりとこぼれた。

 ーーかなえは、泣いているのか!?

 もちろん泣いても当然だけど、かなえはあまり泣くタイプではなさそうだった。
 その泣き声が初めて耳に入ると、私は面食らった。
 やっぱりこの質問をしたのは間違いだった。かなえを泣かせるつもりはなかったのに、こうなってしまった……。だから、今すぐ謝らなければいけない。

「ごめん、かなえ。泣かせるつもりはーー」
「いえ、のぞみのせいじゃないし。ただ、わたくしはこんな気持ちをずっと抑えてて、もうできないんだ」

 言いながら、涙がどんどん溢れ出す。
 私はかなえに近寄って、抱きしめた。彼女からの温もりは意外と熱かった。
 視界を生み尽くしている空色の髪の毛が海のように見えた。

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 四時間後。
 私たちはすでにワンピースに着替えて、ゆめゐ喫茶の戸締りをしているところ。
 泥棒が来ないように、かなえは一つの天井灯をつけっぱなしにしておいた。

「さて、そろそろ行かないとね」

 と、かなえは靴を履きながら言った。
 私は鍵をポケットから取り出して、厨房のドアの鍵穴に鍵を挿した。すると、ガラガラと音が店内に響く。

「あのねかなえ……。大丈夫?」

 故・希の話題はこれ以上振りたくないけど、一応かなえの気持ちを確認したほうがいいと思った。

「わたくしのことを心配しないで。きっとなんとかなるから」

 言って、かなえは髪の毛を肩にかけた。
 メイド服ではなく、黒いワンピースを着ているかなえの姿は新鮮だった。私はともかく、そんなたたずまいが思ったより彼女に似合っている。黒い服が空色の髪を引き出して、薄青色のように見えた。
 私は黒髪ロングだから、髪の色が引き出されるとは思わない。むしろ、黒い服を着ると髪の艶しか見えない。

「それでは………」

 何を言えばいいのかわからなくて、私は口をつぐんでしまった。

「それでは……?」
「……何でもない。とにかく、行こうね」

 私は入り口に目をやって、目配せするかのようにかなえに視線を戻した。

「そう。行くわね」

 かなえはドアを開けて、くぐる。すると彼女は私に振り向いて、店を出るように手招きした。
 頷いて、私は店を出て行った。
 太陽が早めに沈んでいて、かなえの長い影が道に投げかけられた。
 彼女は鍵を鍵穴に挿して回す。
 鍵がかかったのを確認してから、私たちは橙色に染めた空を見上げた。

彼女のぞみの魂はきっとあそこにいるね。天国に……」
「そうね。そんなに律儀で優しい人は地獄に堕ちるわけがないから」

 一応慰めるつもりで言ったけど、私は心からその言葉を信じていた。のぞみはきっといい人だったんだ。
 かなえが地平線に視線を落とすと、私たちはいよいよ集合場所に出かけた。
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